クーの迷宮(地下29階 サイクロプス戦)
「ナ、ナ、ナ、ナ」
久しぶりに見る尻振りダンス。
「ヘモジ、楽しそうだな」
「ナナーナ」
サイクロプスを踏み付けながら、くねくねデレる。
「いた! サイクロプス、一」
オリエッタも度重なる狂戦士の戦いを見て興奮、髭をピンと張った。
ヘモジは足元の獲物に目もくれず、駆け出した。
緩やかな坂を疾風のように駆け降りていく。
「ナーナンナーッ!」
サイクロプスが頭上から迫るヘモジの存在に気が付いた。
が、ヘモジはもう眼前に。振り下ろされたミョルニルがサイクロプスの頭蓋を襲う。
太い腕が咄嗟にヘモジを振り払った!
ヘモジはそれをミョルニルの柄で受け切った。が、弾かれて射程外に。
「ナーナ!」
ペッと唾を吐く。
たった一つの目を見開くサイクロプス。長い下顎の牙を剥き出しにして咆哮を上げた。
盾を棍棒で叩いて、小さな敵を煽った。
「ナーナンナーッ」
ミョルニルを地面に叩き付け、反動で空高くに舞い上がる。
物理法則を無視した動きに驚く間もなく、サイクロプスはヘモジの渾身の一撃を浴びた。
衝撃がサイクロプスの頭を吹き飛ばす。
やり過ぎだ。
息を止めて膨らんだヘモジの頬から空気が漏れた。
「ナ、ナーナ……」
『一歩出遅れたら負けていた』?
「嘘付け」
「嘘だ」
僕もオリエッタもツッコミを入れた。
ヘモジがケタケタ腹を抱えて笑う。
「これでオルグ族は全滅だな」
このフロアには三種のサイクロプスがいる。オルグ族にルサン族、レルム族。三つ巴の戦いをしていた。その一角が今、崩れ去った。
地形を記録して、土の魔石(大)を回収した。
そして森のなかにいる次なる集団に向かった。というか道なりに進んだ。
サイクロプスの飼い犬、でかい野牛サイズのブラックドッグが道のど真ん中で待ち構えていた。
ヘモジは無関心を装った。
「はいはい」
襲いかかってくるところを僕が衝撃波で仕留めた。
飼い主が怒って、でかい棍棒を振り回しながら迫ってくる。
「ナーナンナー」
ヘモジが飛び出した!
交差する瞬間、突き上げ気味にミョルニルを振り抜いたら、飛んでった。
「……」
丈夫だな、ミョルニル。
落下した先で、別のサイクロプスの群れとブラックドックが騒ぎ始めた。
「ナナナナ、ナナナ、ナーナンナーッ!」
勝利の雄叫びもめちゃくちゃだ。
「何言ってるかわかんない」
オリエッタも匙を投げた。
勝手に興奮してて下さい。
午後を少し回ったところで、二部族を壊滅させることに成功した。
とりあえず攻略の三分の二を消化したことになる。
ヘモジが頑張ってくれたおかげで、遅れて始まった攻略も今日中に片付きそうだ。
だが、戦いに飽きてきたヘモジの闘争心は風前の灯火であった。
「昼にしよう」
「子供が増えてる……」
倍に増えていた。
「ごゆっくり」
半日授業を終えて、お誘いしたようだ。
デザートはシュークリームか……
僕は邪魔しないように二階の居間に向かった。
二階にはラーラたちがいた。
「お帰り」
「ヘモジが雑巾のよう……」
肩にぐったりぶら下がっていた。
ラーラとイザベル、大伯母がいた。
テーブルに地図が置かれ、現状の配置が記されていた。
情報の伝達がもっとスムーズに行けばいいのだが。
「今わかってるのはこの辺までよ」
「ふむ」
新しい情報はなしか。
「方針は決まった?」
「リリアーナの動きを確認してる。アマーティが本隊を出たときは変わりなかったそうだ」
「動いたとしたら、その間か」
「動いてればな」
「やっぱり奥の手を使うか」
「奥の手」
「モナにやらせてる」
「え?」
まさか。
「『補助推進装置』を使う。換装したときの『スクルド』用のデータが残ってる」
取ってたのかーッ。
「たまたまだ」
僕の視線に大伯母が気付いた。
僕の食事が運ばれてきた。
運んできたのはフィオリーナとニコレッタと夫人だった。
ヘモジ用のボール一杯のサラダ。オリエッタ用の軟骨入りミートボール。僕にはケバブサンドとアイランだ。
他家と食生活に差を設けないための夫人の策であろう。
「今夜までに整備を終らせて三機、本隊に送る。取り敢えず、打てる手は打っておきたい。思い通りに動かされるのは気に入らん」
『情報が遅れて』というのが、今回のネックだからな。
姉さんがいつ動くのか、動いたのか、すべてはそこからだ。
「没落貴族連中にこんな大それたことをする手駒があると思う?」
「災害級が自分たちだけだと?」
災害認定者…… 本家のアンドレア様レベルか……
「何があってもおかしくない……」
「ラーラとわたし、お前とリーチャには事と次第によっては斬り合いをして貰うぞ」
「リーチャさんも出てくれるの?」
「その分、これが掛かるがな」
金だと指を丸めた。
「臨時収入、喜びそうだな」
「あいつは金に細かいからな。昔から」
今も昔も上司が大雑把だから、尻ぬぐいしてるだけだろう。
「今、名鑑で面子を探ってるから持ち駒があれば、そのうちわかるわ」
S級冒険者レベルでも雇い続けようと思うと金が掛かる。何せ放っておいてもドラゴンを狩る連中だ。
うちみたいに高レベルがゴロゴロしている貴族は滅多にない。
災害級ともなると国家レベルの最終兵器だ。金では買えない。彼らの手駒にいるとしたら、それは身内だけだ。
みな神妙な顔をしているのは、その点が引っ掛かるからだろう。もしそんな手駒がいたら没落などしないだろうから。迷宮最下層でドラゴンを年に数匹狩るだけで、ジリ貧から抜け出せるのだから。
無謀という言葉が脳裏から離れない。彼我兵力差を覆す何かがあると考えない限り理屈が……
想定している何かが間違っている。
迷宮に戻って残りの攻略だ。
三分の二は終ってると思ったら、なんでだ。無人になったエリアに残りの部族が。
「レルム族がこんなところにまで」
スタート地点を出たところにまで。
これじゃ、ゼロからやり直しだ。
でもヘモジのやる気はもうない。午後からは趣味の小物集めの時間だ。
減らした分だけ楽になってくれていればいいけど。
転移するか……
「明かりが付いてる!」
オリエッタが叫んだ。
それはスタート近くにある浅い洞穴。
「まさか…… クエスト?」
「あった!」
来たか。このタイミングで!
メモ書きが朽ちかけの椅子の上に置かれていた。
『神樹の宿り木』クエストか……
『ニューエイジを守り切れ!』
違う!
『神樹の宿り木』のクエストは『オルグ族とルサン族とレルム族を三つ巴の戦いに導け』だったはず。
大体、ニューエイジは例の四種目の種族だ。『神樹の宿り木』クエストをクリアした後、このフロアを占有する平和的種族の名だ。
「ライフル持ってくればよかった」
混戦状態で魔法を使うのは難しい。守る対象まで一緒に傷付けかねない。
巨人族相手にさて、どう戦おうか。




