備えあっても憂いあり
爆弾を置いて行きやがった。
夜も遅いし、詰め所に寄ることもできず、ラーラに聞こうにも先に帰宅して既に自室の明かりは消えていた。
何かの前触れなら迷宮を攻略している場合ではない。朝一で情報収集する必要が出てきた。
そう言えば大伯母はどこ行った?
ベッドに転がり天井を見上げた。
ヘモジもオリエッタも既に自分の寝床で寝息を立てている。
姉さんが動くというのはどういうことだろう。東の本隊を動かすということか? 動かすのは全部か? それとも一部?
確かにあの襲撃以来、タロスとの戦闘は散発的になっている。が、だからといってラインを押し進めるのは過去の歴史と照らし合わせても時期尚早だ。波はまだ来るはず…… となると、やはり南の救援か?
でも誘導とは?
ワタツミ様が言葉の選択を間違えたか……
南に偏ったタロスの軍勢を誘って勢力を分断する腹か?
数を減らしたところで南部が総攻撃とか? 数的劣勢を一気に挽回する気だろうか?
だったらはなから挟撃の方がいいのでは? 姉さんたち本隊は機動力が売りなのだから、むしろその方が戦果を期待できるはず……
「眠れない……」
やはり今年の『銀団』は稼ぎ過ぎたのだろうか……
大人の理由で勝ちを譲るとか…… 誘導だけなら味方の戦力を消耗しないで済むし……
でもあの姉さんがそんな理由で動くだろうか?
それに情報が遅れてくると言うのは…… 一体どんな情報を、誰が、いつ、なんのために? 今わかるのは人為的な悪意が絡んでいるということ。タロスじゃない。
となると人類側の理屈だ。なぜ?
『門を閉じろ』という比喩から察するに、ここを指していることに間違いはないだろう。
何を警戒しろと言っているのか?
姉さんたちを遠ざけておいて、その隙にこの砦を襲おうというのか?
『誘われるな』というのは姉さんの動きに同調して、この砦の守備隊を動かすなと言ってるのだろう。
一応、意味は通るが。
商業ギルドの襲撃はただの前哨戦だったのか?
航路から外れれば、海の上にそれなりの数の船が隠れていてもこちらにはわからない……
姉さんは既に動いていたりしないか? この情報自体遅れているとしたら。
アマーティさんがここにいるのは偶然じゃないのかも。
「伝言をくれるなら、もうちょっと詳しく教えてくれればいいのに。聞かなかったこっちも悪いんだけどさ」
やることは決まってる。
でも理屈がわからなきゃ、いい動きはできないんだぞ。
大伯母が足音もさせずに帰ってきた。
祭りにも参加せずにこんな時間まで何をしていたのか。学校造りに精を出していたわけではあるまい。
「師匠、ちょっと話があるんだけど」
僕は部屋を出て階段から下を覗き込んだ。
「ちょうどいい」
大伯母が僕を手招きした。
「食事は?」
「取ったが、喉が渇いたな」
食堂のシャンデリアが魔力を吸って光り出した。
「祭りはうまくいったか?」
「まあね…… いつも通りかな」
お互い言いたいことを隠して、過去の上っ面を舐めた。
どちらから話を切り出すか。
グラスとワインの入った瓶をテーブルに置いた。
「ワタツミ様が来ましたよ」
最初のカードは僕から切った。
「なら情報ソースは同じだな」
大伯母は最初の一杯をうまそうに飲み干した。
「師匠の情報源って、空に浮かぶアレでしょう?」
「そうだ」
「今どこに浮いてるんです?」
「死ぬまで教えてやらん」
ゲートキーパーの専用ポータル第一号を積んだ浮遊要塞だ。世界を繋ぐ重要施設。扇の要。世界を繋ぎ止めるべく最初にこちらの世界にやってきた先人たちが乗ってきた始まりの船である。彼らは帰れる保証もなく、一か八かの片道切符を握り締めてミズガルズに飛び込んできた影の英雄たちだ。
今でこそビフレストに専用ポータルの複製が置かれているが、一号機もバックアップ用に今も稼働している。大伯母はその浮遊要塞の設計者のひとりだ。
「リリアーナは断れない。本国からの命令だ。今頃、勅使と会ってる頃だろう」
「王家?」
「なりすましだ」
「……」
「そんな顔するな」
「わかってて策に乗るわけ?」
「わかってるから乗るんだ。後々既成事実が必要になるからな」
「未遂で終らせる気はないってこと?」
「連中はかつてこの地で失敗した先人達だ。多くの人命と大枚を失い、責任を取らされ本国に帰ることも許されなくなった没落貴族達だ」
「人類の生存と面子を天秤に?」
「嘘のような本当の話だ」
「そいつらにはまだ紐が?」
「向こう側からきた情報だからな。こちらの単独ということはあるまい」
「商業ギルドの一件で火が付いたかな?」
「この砦を金山と間違えてるんだろう」
「情報を故意に遅らせてくる手筈らしいんだけど、何か聞いてる?」
「知らんな。そうなのか?」
「よくわからないんだよな。漠然としていて。ここじゃ情報は遅れてくるのは当たり前だし」
「まあ、扉を閉じていろというならそうするのがいいのだろう。リーチャにも明日、話を通しておく。お前はいつも通り狩りでもしていろ」
していろと言われても、そんな場合ではない。外周防壁は今も建造中だ。
階段を上がり自室に戻る。
情報のおかげで先手が打てるのだからよしとするか。
ロールトップのなかの『万能薬』の瓶の数を数える。
少し足しておくか。
『補助推進装置』を『ワルキューレ』に付けている暇はない。
いくら大軍であろうと気付かれずにとなると規模は限られる。その上でこの砦を落とすとなると数より質だ。
最強レベルの冒険者を相手にすることになるだろうな。
「船があったら、かき回せたのにな……」
翌朝から空を飛ぶガーディアンの数が増えた。子供たちはそんななか既に外出している。
僕は久しぶりに『ワルキューレ』の整備をし、防壁周辺の地形探索に出掛けた。
「ナナナ」
「久しぶりー、楽しー」
風を切りながら空を飛ぶのは鳥になったようで心地よい。
「『補助推進装置』まだ返ってこない?」
「ナーナ」
「機密扱いだから、姉さんが帰ってくるまではな」
「新しく造る?」
「造るのは簡単だけど、パラメーターを調整するのが面倒なんだよな」
バックアップデータは工房に送っちゃったし、本体のデータは姉さんが乗っていった機体と一緒に最前線だ。
「急ぎだったから、バックアップ取り忘れたんだよな」
モナさんの工房で管理している機体のなかで『補助推進装置』が付いてるのは、皮肉にも偵察任務に一番向かない『ニース』だけである。
「参考にならんな」
僕たちは北の防壁から外周を時計回りに見ていくことにした。
天井障壁に当たらないように高度を下げていく。無駄に高い壁は砦までの距離が短いからだが、それでもタロスの弓が外側の湖畔まで届くことはない。
北から滝を抜け東の外防壁の隅に至る。
馬車道らしき街道の敷設が進んでいた。湖畔ほど規模は大きくないが、道端では流砂を防止する土壌開発も進んでいた。
東の外防壁は北の二倍から三倍離れた距離にあって、必要充分な高さしかなかったが、それでも対タロスサイズの巨大な物である。
濠や運河を掘ったときに出た大量の石材は既になく、今は整地や外堀を掘ったときに出る残土を固めて補っているという。面積だけならもういっぱしの都市レベルだ。
作業員たちが日陰で休憩を取っている。
「マンパワーが圧倒的に不足してるんだよな」
一方、我らがタイタンは今日も元気であった。
「あれだけ役に立ってるゴーレムも珍しい」
あいつらがいなきゃ、安易に外防壁を造ろうなんて誰も言わなかっただろう。
「ナーナ」
「手を振ってる」
作業員たちがこちらを見上げていた。
守備隊の機体でないことは一目瞭然か。
防壁に沿って僕たちは南に向かった。
防壁には等間隔に物見の塔が並んでいる。その天井にはロングレンジ用のバリスタが陣取っていて、敵の新兵器に対応できるよう睨みを利かせていた。
こちらは工事も終り、のんびりしたものである。
南の大門の周りでは先日の後片付けがまだ続いていた。
タイタンの圧倒的暴力で破壊された船がただの鉄屑になってしまって動かせずにいた。使える武装の類いは回収したようで、船体のあちこちに穴が開いている。
「『浮遊魔法陣』いっちゃってるな」
「勿体ない」
「ナーナ」
そう言えば今頃、がらくた市が立っているはずだ。さぞや盛況なことだろう。モナさんが現金を握りしめて興奮しまくってる姿が目に浮かぶ。
そうだ。子供たちは荷運び用のガーディアンを注文したのか?
僕もがらくた市に行きたくなった。
南門から西へ。壁は南西で突然、途切れて砂原だけになる。大門を潜れない大型船の迂回路でもあるからだが、こうも人類側からのアタックが多くなると考えたくなる。とは言え、海の入り江の断崖絶壁が防壁代わりを果たしてくれているので、直線的な侵攻を受けることはない。
その証拠に前回の敵は何もないこの場所ではなく、大門から潜入を試みた。砂原を通るには城壁に沿って折り返し西進する必要があるからで、船は壁に埋め込まれているバリスタの列に船舷を向けながら進むことになる。やましい気持ちがある者はここを通る気にはならないはずだ。
仮に砂原に辿り着けたとしても『浮遊魔法陣』の効果を打ち消すトラップが仕掛けられているので、砂原をあっという間に船の墓場にすることも可能である。同じ理屈で北の大門から西に迂回するコースもあるが、こちらは海岸線の断崖が果てしなく伸びているため『愉快な仲間たち』のテリトリーまで北上しなければならない。
前回同様、侵攻してくるならほぼ真西にある運河を越えてくる必要があるが、特に何もしなくても通常の防御だけであの結果である。呼び込んで叩こうとすると運河が傷付くのが玉に瑕だが。
今回、海から来るなら相応の対策を取ることになるだろう。
結界高度のギリギリに位置しながら探索スキルを全開にする。
海原に船影なし……
「戻って迷宮探索でもするか」




