閑話 コロリン
お父さんに会える。
いつもお正月にしか会えないお父さんに会いに行く。
大きな船にたくさん乗った。お魚食べた。いっぱい食べた。もういらない。
お兄ちゃん風邪引いた。チーに移した。チー咳したからお母さんも風邪引いた。
お兄ちゃん元気になった。一人だけずるいから嫌いになった。
船員さんが蜂蜜味のお薬くれた。
お母さんだけいっぱい飲んだ。チーは半分だけ。ずるいからお母さん嫌いになった。
お薬飲んだら元気になった。お兄ちゃんは飲めなかったから許してあげた。
お母さんのお薬苦かった。大人味だったから許してあげた。
探検したらお友達できた。お友達できたらお友達できた。女の子のお友達できた。
ユキちゃんはお父さんと一緒。お兄ちゃんと一緒。お母さんに会いに行く。
朝起きたら、湖あった。おっきなおっきな湖あった。
海どっか行っちゃった?
コロリンと涼しい音がした気がした。
湖のむこうにお船があった。大きなお船、かわいいお船。壊れてるお船……
「ゴーレムだ!」
タオ君が言った。タオ君はユキちゃんのお兄ちゃん。
見たことない大きなゴーレムが二人。動いてた。
「うおおおおお!」
お兄ちゃんと船の端っこまで追っかけた。おばか。
「お父さんたちここにいるの?」
おっきなお山に家がたくさん並んでた。
「綺麗だね。お母さんたち、ここにいるんだね」
「迎えに来てくれるかな?」
「着くのが早くなっちゃったからわからないって、お父さん言ってたよ」
タオ君が言った。
船が港に着いたのにすぐには降りちゃ駄目だって。
「まーだ?」
お兄ちゃんが我慢しきれず、おトイレ行った。
「お兄ちゃんは? 船降りるわよ」
「おトイレ行った」
「なんで今なの、あの子ったら!」
お兄ちゃんは間が悪い。何も悪くないのにお母さんに叱られた。
船に乗っていたお客さんがみーんな船を降り始めた。
順番来ない。出口狭い。
螺旋階段に荷物を持ったお客さんが大勢並んだまま動かなくなった。
ユキちゃんたちどこにいるのかな?
順番来ない。
船長さんと挨拶なんていいから、早く降りて。
順番来ない。
どうして他の列ばかり?
チーたちの列はいつ動くの?
お兄ちゃんがそわそわしてる。まただ。ジュースいっぱい飲むからだよ。
チーもそわそわになってきた。
列が動き出した!
どうしよう。我慢する? 我慢できる?
出口はもうそこだけど……
我慢できない!
お漏らししちゃう!
「お母さん、チー、トイレ!」
「僕も!」
お兄ちゃんと一緒に駆け出した。
「なんで今なの!」
お母さんが怒った。
「待たせる方が悪いんだよ!」
お兄ちゃんの言う通りだ! 悪いのはチーたちじゃない!
おトイレから戻ったらお客さんはお母さんしかいなかった。
なのに船乗りさんたちはみんな待っててくれた。
お母さんはぺこぺこ頭を下げてた。
チーたち悪くないんだよ。
船乗りさんたちは優しく笑って見送ってくれた。
チーはうれしくなって大きく手を振った。
「またねー」
地面に降りたら、ぐらっと身体が揺れた。もう水の上じゃないのに身体が揺れた。
コロリン。また音がした。
お母さんが途方に暮れて立ち止まった。
「お父さん、見付けてくれるかしら?」
港は忙しそうで、お父さんはいなかった。
だからチーたちは迷子になった。
「どうしたの?」
「迷子になった?」
魔法使いの子供が突然いっぱい現れた!
「お父さんが留守で家に入れないの。それでお母さん、お父さんを探しにいってるの。チーとお兄ちゃんはここでお留守番」
「その服知ってる! 魔法学院の制服だ!」
お兄ちゃんは指差した。
魔法学院、それってお爺ちゃんが卒業した学校の名前だ。チーのお爺ちゃんはすごい魔法使いだった。お父さんは冒険者になったけど。チーも魔法使えるよ。
「似てるけど、これは私服」
魔法使いの少年が言った。
「お母さん、どこまで行ったの?」
「ギルド事務所?」
「事務所の場所知ってるの?」
「港の方行った」
「あちゃ、冒険者ギルドの方に行っちゃったか」
「ここマストさんの家だよね?」
「マストロベラルディー、いッ。舌噛んだ」
「マストさんなら『銀団』の仕事してるはずだから『紋章団』の事務所に行かないと駄目なんだよ」
魔法使いのお兄ちゃんとお姉ちゃんが慌てだした。
「ちょっと聞いてくる!」
一番背の低い子が跳んだ!
風がぼわってなって、高く舞い上がった。
「すごい!」
あっという間に坂の向こうに消えた。
「あれが魔法使い?? 空飛んでったよ」
「知ってる魔法使いと違う」
お兄ちゃんに同感。
「うちでは普通だよ。うちの師匠なんて見えなくなるくらい速いからね」
背の高いお兄ちゃんが自慢げに言う。
「お姉ちゃんも?」
「あそこまで高く跳ぶのは怖いかな。でもみんな速いよ」
ふえー。チーより少しだけお姉さんなだけなのに……
「わたしマリー、あなたは?」
「チロル…… チロル・マストロベラルディー」
「お父さん、外周防壁工事に行ってるってさ」
小さい子が帰ってきた。
「外周防壁?」
「あれだよ。遠くに見えるあの壁。あそこにタイタンがいるでしょう」
「あれがタイタン!」
お兄ちゃんの目が丸くなった。
「マストさん、今日はあそこに行ってるんだってさ」
「遠いね……」
お兄ちゃんがしゅんとなったから、チーもしゅんとなった。
「大丈夫!」
一番小さな少年が言った。
そして空に向かって叫んだ。
「マストさんに伝言お願いしまーす! 奥さんとチェーリオ君とチーちゃんが自宅に来ていまーす。早く帰ってきて下さーい」
お兄ちゃんがぽかーんてなった。
チーもすっごい大きな声だったからぽかーんてなった。
通りすがりの男の人が突然、チーたちの目の前で立ち止まった。
魔法使いの子たちが全員じっと遠くを見詰めた。
「伝言成功だ。お父さんすぐ帰ってくるってさ」
魔法使いの少年たちとおじさんがハイタッチを交わした。
「この砦には獣人さんがどこにでもいるから、遠くにいても声が通るんだよ」
「内緒話もできないけどね」
みんな笑った。チーも笑った。
「すぐ慣れるさ」
坂を下りるおじさんの後ろ姿をみんな目で追いかけた。
お母さん、あれからすぐ帰ってきた。
「いきなり通りすがりの人に『旦那さん、お宅に向かっているから急いで帰った方がいいですよ』なんて言われてびっくりしたわよ」
「じゃあ、何かわからないことがあったら、この下の広場のソルダーノさんのお店で聞いてね」
「あ、お父さん、来たわよ」
「どこ?」
「ほら」
お父さんが坂の途中から顔を出した。
なんでわかったの?
「じゃあ、行くか」
「じゃあな。チェーリオ」
「じゃあね。チーちゃん」
お姉ちゃんたちはお父さんと擦れ違いながら、さっき言ってたお店に入っていった。
「チー、チェーリオ!」
お父さんがチーとお兄ちゃんを抱き寄せた。
「お父さん、魔法使いの子供がいっぱいいたよ」
「ああ、あの子たちはお爺ちゃんのお師匠様と一緒にあの砦のてっぺんに住んでるんだ。もうお話ししたのかい?」
「お爺ちゃんのお師匠!」
凄い偶然。これってもう奇跡?
「みんなおしゃべりは後にして。あなた、玄関開けてくれるかしら?」
お母さんが割り込んできてお父さんと抱き付いた。
「玄関開けるんじゃ……」
お兄ちゃんが呆れた。
「チー、後で行ってみないか?」
「どこに?」
お兄ちゃんが坂の頂上を指差した。
この村はお金持ちなのかな? どの家の窓にもガラスが嵌っている。
ここはチーとお兄ちゃんのお部屋。
「今日からここで暮らすんだね」
坂の上から何かが飛んできた。
「!」
お兄ちゃんがベランダに出る木の扉を開けた。
「さっきの魔法使いの……」
マリーお姉ちゃんとカテリーナお姉ちゃん…… ふたりベランダに降り立った。
「お邪魔しまーす」
もっと大人のお姉ちゃんもお兄ちゃんもやってきた。
「ちょっと行かない?」
チーたちは空飛んだ。
お店の前の広場のベンチに腰掛けた。
コロリン。
あ、この音!
「あれは『かき氷製造器』だよ」
お皿の上に魔法で作った氷の塊がコロコロ落ちた。
「営業じゃないから、氷は自前だけどね」
お皿に一杯になった氷を機械のなかにゴロゴロ落としていく。
「すごい」
「魔法使いだからこれくらいはね」
シャコシャコシャコシャコ……
「やってみる?」
ハンドルを回すと先っぽから雪がサラサラ出てきてお皿から溢れるほど山盛りになった。
カテリーナお姉ちゃんが白いどろっとした液体をそれに掛けて、スプーンを突き刺した。
「冷たくておいしいよ」
「ようこそ、人類の最前線、クーストゥス・ラクーサ・アスファラへ」
雪がいっぱい入った器を貰った。
みんなで座ってかき氷を食べた。
甘い!
冷たい!
「おいしい! 何これー」
生まれて初めての食感。
真っ青なお空が透き通る。
「ヘモジだ!」
「ヘモジちゃん!」
「ヘモジ?」
通りを鍬を背負った泥だらけの小人が近付いてくる。
ちっちゃ!
「ヘモジちゃんも食べる?」
「ナーナ」
「農作業終ったの? 今作ったげるね」
マリーお姉ちゃんとふたり、お店に消えた。
「誰?」
「師匠の召喚獣」
「召喚獣??」
「ああ見えてもタイタンより強いんだぜ」
「へぇえ?」
お兄ちゃんが変な声を上げた。
チーは思った。
コロリン。また氷の音がする。
シャコシャコシャコシャコ……
楽しい予感。
小人ちゃんもこっそりステップを踏んでいる。




