襲撃の顛末と来訪者
盗賊の首謀者、上位ランカーだった男にハイエルフの自白剤を使って白状させることになった。
その結果、恐れていた事態が発覚した。
すぐさまメインガーデンの冒険者ギルド本部のカイエン・ジョフレ老に連絡が行き、さらに大きな騒動に発展した。
幸い、組織ぐるみの犯行ではなく、こちらに就任予定だった所長候補の独断だったらしいが、天下の商業ギルドが盗賊まがいな連中とつるんで悪事を企むとは…… 船の到着が早まったのもそのせいらしかった。
こちらの管轄内で味方を襲わせ、損害が出た分の補償を求める計画だったらしく、金で払えないなら権利をよこせという段取りだったそうだ。
因みにではあるが、仮に企てが成功していたとしても、損害を補填するだけの金子は砦にはあった。我が家の倉庫に両替できずに眠っている金貨の山で充分であった。
「うちの子供たちの個人資産だけでも払えたかもね」とは、ラーラの言葉である。
「あの組織が知らなかったはずないでしょう。恐らく泳がされていたのよ。うまくいけば御の字、失敗すれば詰め腹を」
「気付かなかったのか?」
「同じ目的地に行くんだから警備費用を安く上げようと考えるのは商人として間違った判断ではないでしょう。こっちは経費が浮くわけだし、お互い都合のいい取引だったのよ」
このことについて現地ボスであるオリヴィアはケロッとしていた。
母船の護衛を依頼された『ビアンコ商会』も、餌食になるところだったのに。
護衛が失敗すれば評判は落ちるし、補償も発生する。ここでの影響力にも当然、関わってくる。敵には一石二鳥の作戦だったのだ。
世の中にはどんなに警戒していても避けられない事態はあるものだと彼女は言った。
だから船は沈むし、夜盗の類いはなくならない。
大切なことは引き摺らないこと、さらなる損失を出さないこと。そしてチャンスは最大限に生かすこと。
「今頃、商業ギルド本部と『ビアンコ商会』本店との間で手打ちの調整が始まってるわね。調停役は王家かしら。商業ギルドは大きな損失になるわね」
忘れられがちだが『銀花の紋章団』のトップは代々王家の女が団長を務めるのが習わしだ。言うなれば王家に手を出したのだ。
想定以上のしっぺ返しを食らう覚悟をしないといけないだろう。が、何より鉄壁の名声に傷が付いたことが痛いだろうとオリヴィアは我がことのように言った。
そして「それだけの価値がここにはあるんだけどね」と、笑って返した。
幸か不幸か情報はこの砦の内側とメインガーデンの上層部だけに留まっていた。うちの砦は獣人が多いからほとんどの住人にはもうばれているけど、閉鎖空間であるため外部に飛び火することは今のところない。メインガーデンも最初から戒厳令を引いて対処したので、情報漏洩は限定的だ。口軽な者もさすがに事の重大さにまだ口を開けずにいる。早めの口封じのためにさらなる出費がみ込まれる。
「踏んだり蹴ったりだな」
就任予定だった主犯の男はすぐメインガーデンに護送され、盗賊を働いた連中と仲よく投獄されるだろう。商業ギルド本店からも厳しい沙汰が降りるものと思われるが、本店の上層部もただでは済まないだろう。
「そうか、移住組は元々こっちに住んでいた連中か」
ゲートキーパーが再開した時期を考えると、あちらの世界からの移住組じゃないんだなと、疲れて脱線した僕の脳みそが、窓の外に見える喧噪を見てどうでもいいことに納得していた。
そんなこんなで午後の探索は中止になった。
これ幸いにと子供たちは気になっていた兄妹を探しに村に下りた。
ジュディッタさんが僕と同じ理由で溜め息をついた。
子供の友達選定に身内が気安く口出すべきではないとは思うが…… 変わっていく日常とどう付き合うべきか。悩みどころである。
僕の弟子として背伸びした日々を送るか、年相応の友達と楽しい日常を送るか。僕には決められない。ただ、後者を選んだとしてもあの子たちはもう僕の弟であり妹だ。
元々、迷宮に入っていい歳ではなかったし、ペースを落とすにはちょうどいい機会だったのかもしれない。
寂しくはあるが、あの子たちには急ぐ理由などどこにもないのだから。
この日の夕日はやけに赤かった気がする。
いろいろむちゃくちゃな一日だった。商業ギルドも代理をおいて軌道修正を試みたが、いきなりの事件勃発で現地人との関係はぐちゃぐちゃだ。
明日、ジュゼッペ氏が朝礼を行う。事の顛末を周知させ、未来に前向きになることを宣言する予定になっている。それで手打ちだ。ここでは情報を隠蔽できないんだから、共有するしかないわけだ。そして共に責任を負うのだ。
「『ヴァンデルフの魔女』を見て青ざめていたわよ。どうやらこっちにいることを知らなかったみたい」
商業ギルドの所長になるはずだった男は貴族の出で、大伯母を知っていた。牢のなかで本人を見たとき怖くなって失禁したのだそうだ。
ラーラは食事の席で不適切な発言をして、夫人の失笑を買った。
「計画倒れもいいところじゃないの」と、肉にフォークを突き立ててイザベルが言った。
盗賊行為に荷担した連中はいい面の皮だ。
「襲う側と襲われる側が申し合わせていれば、確かに簡単な仕事だっただろうな」
「ほとんど全滅しちゃったけどね」
「残される商業ギルドの職員は気の毒ね」
「当分は針の筵だろうな」
「そっちはどうだった?」
気が滅入るので子供たちに話題を振った。
すると子供たちはあっけらかんと答えた。
「あの子たちだけじゃなかったの」
「十人ぐらいいるんだって。船のなかでもう友達になったって」
子連れの家族が六組ほど来ていたらしかった。
自分たちの日常に、強引に彼らを巻き込まずに済むとわかって子供たちは安堵している様子だった。
他に友達がいるなら、仲間はずれを気にすることはないんだから。
「住む場所も決まってた」
「おじさんのお店のすぐ近くだったよ」
「誰だろう?」
ソルダーノさんがうれしそうに話題に乗っかった。
「マスカルポーネ?」
「違うよ。マストロ…… マエストロ?」
「マストさんよ」
「ああ」
「大師匠、知ってる? その子たちのお爺ちゃん、大師匠の弟子だったって」
「ファイアーマンって言うの。希代? の炎の魔法使いだったって」
「ああ! マストロベラルディーノ。わたしのというより、エルネストの後輩だな」
「爺ちゃんの?」
「魔法学院を卒業して『魔法の塔』に就職したんだ。そうか、あいつにも孫ができたのか」
大伯母はどこか懐かしそうな顔をしてサラダの器をつついた。
「じゃあ、あの子たちも魔法使いになるのかな?」
袖触れ合うも多生の縁だな。
「そうだ! 座学だけでもご一緒したら?」
夫人が言った。
「ああ、それいいわね。まだ、ここには学校もないし。いいアイデアだわ」
ラーラがすぐに賛成した。
「異存はない」
「わたしも」
イザベルもモナさんも同意した。
「なら、先方の親御さんに話を通しておきましょう」
「勉強はどこでやるの?」
「図書館があるじゃない」
「この際、立派な学校を」
全員が訝しげに大伯母を見た。
「地下はどうかと……」
「地上でよろしく」
夫人とラーラに先手を打たれた。
「村に空き家は……」
「もう、みんな埋まってます」
空き地はこの家の北側麓、村の建築用石材の供給源として残してある石切場だけだ。教会と村の増築を見越して残してあるのだが……
「そもそも今回の受け入れはどういうことなんだ? 誰が言い出したんだよ。一年は様子見るって言ってただろう?」
「リリアーナだろう」
「なんで?」
「本人に聞け」
「世の中、人の成功を黙って見ていられるような人間ばかりじゃないってことでしょう」
「どういうこと?」
ラーラにイザベルが問い返した。
「商業ギルドでさえああなのよ。なんの対価も寄越さずに実った果実をタダ食いしたい連中で世の中、溢れているということよ」
「そんな連中、外周の隅っこでいいんじゃないのか」
「そうもいかないから、解放が前倒しになる前に味方の生活圏を整えたいのよ」
「団員の生活が一番だからな」
「南部の損耗率が一割越えたっていうのに。暢気なことだな」
「一割!」
「それって多いんですか?」
「補充が常に一割を上回っていれば問題ないさ」
「一割減るのに一ヶ月も掛かってないのよ。急がないと加速度的に味方の数が減ることになるわよ」
「工房は眠れないだろうな」
「死にたくなりますね」
「補充が間に合うか、資金が枯渇するか」
「狙い撃ちですね」
「そう思って油断してるとこっちが寝首を掻かれるぞ」
「うちの本隊はどうなんです?」
「今は持ち直してるわよ。ロングレンジの改修型がすぐ配備できたからね。最近、幽霊船、入港してこなくなったでしょう」
「確かに」
「特殊砲台のパラメータ。変えまくってる気がするよ」
「師匠!」
「ん?」
「あのね。送別会したいの」
「マリー、違うわよ。歓迎会よ。歓迎会!」
「だから自分で言ってっていったのに!」
ほら、喧嘩しないで。
「そうだな。久しぶりにやるか。肉祭り」
「違うよ、師匠。歓迎会だよ!」
「だから肉祭りじゃん」
「…… 肉祭りって…… 歓迎会なの?」
マリーが首を傾げた。
「そう……」
「違うから!」
僕以外の全員が言葉を遮った。




