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クーの迷宮(地下28階 ワイバーン戦)子供たちは低く飛ぶ

「どうする?」

 子供たちが僕の書いた地図とにらめっこし始めた。

「このペースじゃ駄目だよね?」

 何を今更。

「ショートカットして」

 トーニオは森を抜けようと指でなぞってやめた。

「高く飛べないんだった」

 練習用では森の上を飛ぶことはできない。

 道なりだと徒歩と同じで迂回することになるが、仕方がない。大道まで出たら後はひたすらまっすぐ飛ぶだけだから、遅れを取り戻すことは可能だ。でも、巣に寄るとなると……

 円陣を組んでしばらくすると子供たちは頭を上げた。

「よし! 決まった」

 子供たちは僕を振り返った。

「最初の巣だけ寄って、後はスルーする!」

 一番高価なお宝が出る最初の巣だけ攻略して、時間調節することにしたらしい。巣の位置も残りの巣に比べたら大道から近いし。取捨選択、いい判断だ。

 僕たちは移動を再開した。

 山裾の山道を道なりに一気に滑り降りた。

「ワイバーン発見!」

「高度が低いから放っておく?」

「そうだな。やり過ごそう」


 そう言っている間にワイバーンの数は徐々に増えていった。

 先を急ぎたい子供たちは追撃の可能性を考慮しながら戦う相手を慎重に選んだ。

「前方、二体。崖の上」

 ボードから降りて物陰に隠れた。

「落とすぞ」

 トーニオの合図に、子供たちは防御態勢を取った。

「三、二、一!」

 雷が落ちた。森から小鳥たちが一斉に飛び立った。

 崖下の森に巨大な肉の塊が落ちた。地響きが足元を揺らした。

「成果報告!」

「待って……」

 落ちた肉塊に慌てふためく小動物の反応が確認の邪魔をした。

「撃退確認!」

 今日の稼ぎは宝箱の中身だけでいいと子供たちは腹をくくっていたので、回収は行わず再びボードに跨がった。


「あれが巣なの?」

 いくら耳のいい僕でも小声過ぎるだろう。ヴィートが囁いた。

「ああ、あそこには主がいて、そいつは――」

「知ってる。レベルが高いんだよね」

「気付かれる前に仕留めろよ。気付かれるとこの狭い場所で暴れるからな」

 僕たちは当初の予定通り一つ目の転移ポイントにいた。

 一夜漬けの飛行技術で未開拓の森のなかを抜けるのも、子供の短い足で抜けるのも時間を要すると判断したから進言した。脇道を通って待ち構えるワイバーンの群れを相手にしてもよかったが、数を相手にしていたら結局、時間を要することになる。

 日にちを費やしてもいいと言うなら任せたが、子供たちは首を振ったので手を貸すことにした。

 僕が無双してもよかったんだが……


「あった!」

 巣の主は留守だったので、こっそり宝箱を開けることにした。

 ヘモジが鍵を持って近付いた。

 カチャッ。錠が開いた。

 巣の外でワイバーンがバサバサと羽音を立てながら崖を飛び降りていく。

 子供たちが宝箱に一斉に近付いて覗き込んだ。

 そしてしばらく言葉を失った。

 中身は先日同様、金銀財宝の山だった。

「何度も言うが――」

「この宝箱は最高難易度だから手を出すな、だろ?」

「僕たち、そんなに馬鹿じゃないよ」

「あんたはやりそうだけどね」

 ニコレッタがヴィートをからかった。

「『迷宮の鍵』があるときだけ。マスタークラスの鍵師でもこの箱を開けられる確率は二分の一、だよね」

 口うるさい舅のようだと思われても、ここは何度でも言っておく。迷宮内での重傷・死亡理由、上位三つには毎年、必ず解錠失敗が含まれているからだ。どんなに腕のいいベテランでも欲が絡むと足を掬われるのが迷宮だ。

「帰ったら、これ整理しないといけないんだよね?」

「ふへー」

「またコイン数えるのか」

「面倒臭いよー」

「報酬いらないなら別に参加しなくてもいいけど?」

 お姉さんのきつい一言に年少組は口を尖らせた。

「言ってみただけじゃん」

「よし、大通りを目指すぞ。後はひたすら前進あるのみだ!」

 トーニオが気分を一新させた。

「オーッ!」

 バサッと羽音がしたと思ったら、頭の上が暗くなった。

「主、来た!」

 全員の結界障壁が輝いた。

「隠れろ!」

 羽ばたきで埃が舞い上がる。

「くそっ」

「任せて!」

 フィオリーナが風を巻き起こして、埃を巣から追い払った。

「ビンゴ」

 ニコレッタが舌舐めずりをする。

 雷が主の頭を見事に貫いた。

「怖ーッ」

「姉ちゃんズ、怖ーッ」

 ちびっ子男子が姉貴分を羨望を込めてからかった。

「気付かれたよ」

 ニコロが叫んだ。

 外の連中が一斉にこちらを振り返った。

「やばい」

 ものすごい勢いで鳴きだした。

「やばいよ!」

「師匠、脱出!」

「ゲート出して!」

「早く! 早く」

「はいよ」

 宝箱を転送すると、別のゲートを巣の中央に開いた。

「ナナナ!」

 ヘモジを先頭に次々飛び込んでいった。


 子供たちは順調に大道をひた走る。

 たまに待ち伏せするワイバーンがいても、子供たちを止めることはできなかった。

 子供たちは余裕があったが故に自ら自分たちに課題を課した。雷魔法の精度上げと、ボードの操作技術の向上である。

 精度向上はワイバーンをよく狙うしかないが、操作技術の方は幅の広い道をわざと蛇行してみたり、急加速と停止を繰り返してみたり、レンタルしたとき手に入れたマニュアル本を参考に手当たり次第だった。

 最終的にはマニュアルの最後のページ、後ろ向きのスラロームからの急ターン加速までがノルマとなった。

 結果、終日までに立体飛行前の基本カリキュラムをすべてこなしてしまった。

 途中、できなくて半べそを掻いた年少組もいたが、それこそお姉さんズやお兄さんズが手を取り足を取り助け合ってなんとかクリアする形になった。

 相手にされないワイバーンはいい面の皮である。


 そんなわけで子供たちは普段より疲れていた。

「ワイバーンがいる」

「……」

 こちらが回避するつもりでも、あちらが見逃してくれるとは限らない。一口サイズのちょうどいいのが地上に転がっていたら行くでしょう?

 子供たちは判断が遅れた。

 そしてパーティーのど真ん中に突っ込まれ、砂塵を巻き上げられた。

 各々結界を張っていたので直撃はなかったが、跳ね上げられた石片がマリーの額部分に直撃した。結界が衝撃を和らげたが、巻き上げられた風にも押されてボードごと後方に吹き飛ばされた。

 他の子供たちは青ざめた。

『無刃剣』を叩き込んでワイバーンを刻むと、全員がマリーのところに集まった。

「今回復するから!」

 全員が回復薬を取り出したが、マリーはケロッとしていた。

「いたたた。死ぬかと思った」

「怪我は?」

「大丈夫、師匠が」

「油断大敵」

 オリエッタがマリーに近付いた。普段、触られるのを嫌がるオリエッタが、触ることを許した。

「オリエッタちゃん」

 痛くなくとも怖くないはずがない。マリーはオリエッタをきつく抱きしめた。

 僕も砂塵のせいで反応が遅れた。危ないところだった。一番たるんでいたのは僕だったか。

 子供たちは気を引き締めた。全員万能薬を舐めて、体調を整えた。


 目的のコロコロのいる草原まで来たところで昼食を挟むことにした。

 白亜のゲートを出たとき、大きな商業船と護衛船団が入港してきていた。

 一隻は『ビアンコ商会』のいつもの輸送船。もう一隻は……

「師匠!」

「ん?」

「あの旗!」

「商業ギルドだ」

「オーッ。来たー」

「いきなり大型船での入港とは豪気だな」

「あれ!」

 子供たちの視線が手前の桟橋を降りてくる一組の乗客に釘付けになった。

 子連れの親子だった。

「入植組?」

『ビアンコ商会』の船が運んできたのは金品だけでなく、『銀花の紋章団』の構成員の家族たちもだった!

 桟橋付近は出迎える構成員で溢れ、港の上の展望台は食事をするついでに傍観する者たちで溢れた。

 桟橋を母親に手を引かれて幼い子供がよたよたと渡ってくる。身体がまだ揺れているのだろう。

 子供たちと同じ年頃の兄妹だった。

 子供たちの胸中は如何に。

「あの子たち、お友達になる?」

「他にも子供たち、乗ってるのかな?」

 ちょっと見ただけでも今回は非戦闘員が多そうだった。

 商業ギルドが来たということは戦闘地域という指定が半分解除されたも同然であるから、当然の帰結とも言えるが。北部戦線も南部戦線も現状、一般人の受け入れはしていない。この砦だけ住民を入れることは時期尚早なのではないか? タロスの反攻がないと決め付ける理由はないし。むしろ、過去の歴史を遡れば、これからが正念場になるはずなのだが。

「まさかいきなり運んでくるとはな」

 姉さんの判断か? 大伯母か?

「みんな行くわよ! 今日中にクリアーできなくなっちゃう」


 昼食は静かなものになった。子供たちは港で見た子供たちのことを気にしていた。

 この砦にいる子供たちは今まで自分たちだけだった。運命共同体だから考える必要がなかったが、これから同様にやってくる子供たちとどうやって付き合うのか? 自分たちの日常と大きくかけ離れているはずのあの兄妹とどう付き合うべきなのか。悩みどころであった。

「一緒に迷宮探索はできないよな……」

 ニコロがぼそっと呟いた。

 ドラゴン肉の香草焼きとパタータ丸々一個の蒸し焼き。パンは朝食の残り物。野菜はオイル漬け。飲み物はヨーグルトに牛乳を加えたラッシーが飲み放題。

 明らかに夫人の料理じゃない。と思ったら本日の調理担当はカテリーナのお姉さんたちだった。

「今日はどうしたんですか?」

「いろいろ重なってしまって忙しいというので、急遽わたしたちが助っ人に。台所の勝手がわからなかったので、あり合わせの物しか出せませんが」

 ジュディッタが言った。

「こんなときに商業ギルドが来るなんて。予定ではまだ先だったはずですよね」

 イルマが洗い物を運んできた。

「盗賊とかち合わなくてよかったですよね」

 ルチャーナの言葉にふと、思った。これは偶然か?

「どうかなさいました?」

「盗賊たちは知っていたのかも!」

 僕は急いで家を出て、取り調べをしている砦に向かった。

 詰め所にいたアマーティさんとロマーノ・ジュゼッペ氏にこのことを話すと、アマーティさんは青ざめて飛び出していった。

 単に盗賊側が情報を手に入れて襲撃時期を合わせてきたと言うなら何も問題はないが、これが商業ギルド側の企みだったとしたら一大事だ。

 冒険者ギルドと違って参加が遅れた分、この砦での発言力がない商業ギルド側が主導権を得るため画策したとしたら。今回わざと損害を受けて、その補償に権利を求めてくる予定だったとしたら。

 穿った見方かも知れないが、これなら盗賊たちの無謀な襲撃にも意味が出てくる。上位ギルドが絡んできたことも筋が通る……

 初めから違和感があったのだ。事前に内部情報を手に入れていたにしてはお粗末な侵攻。単に収奪が目的だったとしても、的が大き過ぎた。

 そもそも実入りがなくて襲撃を企てたというが、海を越えてくるだけの資金はどこから来た?

 考え過ぎだろうか……

 だが、自答している時間はない。

 話はラーラを飛び越え、大伯母の耳にも入った。



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