襲撃の夜3
砂嵐の合間から突然出てきた守備隊に驚く愚連隊。悪天候の幻影に疲れ果てたのか、どこか安堵した表情を見せながら武器を捨て、両手を挙げた。
チェックメイト。終ったかと思ったその時、守備隊のガーディアンから集中砲火を浴びて、小型船が一隻、吹き飛んだ。
ガーディアンを稼働させようとした馬鹿な連中が蜂の巣にされたようだ。
傾いた大型船の甲板にガーディアンが次々乗り込んでいく。
「出番なかったな」
脱落した連中が四散するのを防いだだけだった。
「ん?」
何かの反応が遠くに見えた気がした。
海上に…… 明滅する光?
「まだいる!」
空から空気を切り裂くような音が!
爆音が空に轟き渡り、空が赤く染まった。
魔法の鏃が上空の結界に命中したのだった。
ほお、対ドラゴン用の天井障壁があんなところまでカバーしていたのか。話には聞いていたが……
さすが大伯母。
普段使いが悪いので、湖の西側水平方向には防壁も結界障壁も設けられていないが、無防備と言うわけではない。非常事態に対してそれなりの備えはあるのだ。ただ普段は間に合っているだけで。ラーラの言うところの見えない網というのが実はこのことであった。その気になれば、砦の結界とは別に、西側も結構な範囲を障壁でカバーできるのである。その場合、堰の外側は範囲外になってしまうらしいが……
そんなわけで今、水平方向に転移を妨げるものはない。僕は転移して外の船に飛び込もうと思ったが、矢継ぎ早に放たれるバリスタの矢を撃ち落とすのに掛かり切りになってしまった。
これだけ大きな鏃を揃えられるというのは結構な資金力がある証拠だ。おまけに砲撃の練度が先の愚連隊とは明らかに違った。
敵味方まとめて仕留める気のようだった。
だが海面から海岸線の絶壁を越えるように撃ち込むと、どうしても仰角が付いてしまって天井障壁に当たる弾道になる。何発撃ち込んでも僕たちに当てることはできない。
砲撃が一段落すると僕は、大本を叩くべくボードに跳び乗った。
そして天井障壁の庇を越えた辺りで敵の姿を確認した。
大型船、発見! 『箱船』クラスだ。
どこの連中か知らないが、ここまでやってただで済むと思うなよ!
空に巨大な土の鏃を造った。それを敵の多連装バリスタ、八基めがけて撃ち込んだ。
最初の数発は船を覆った結界障壁に弾かれたが、四発目が突破、目標を若干はずれた甲板に命中。それからは矢継ぎ早に目標に命中した。阻まれた四発分を再び放った。そして今度こそすべてのバリスタを黙らせた。
折角手加減してやっているというのに…… 格納庫からワラワラとガーディアンが飛び立った。
フライングボードタイプの旧型だった。武器だけは新式の多連装ライフルを装備している。
先頭のガーディアンに転移した。そして機体の結界のなかに強引に侵入し、パイロットの一人の頭に銃口を向けた。
「ば、化け物!」
化け物とは心外だ。程度の低い機械仕掛けの結界に侵入するぐらいわけないことだ。より強力な結界を以て干渉すればいいだけのこと。
「降りろ、下は海だ」
硬直しているのでシートに一発お見舞いした。
敵パイロットは我に返ると、奇声を上げながら反射的に機体から飛び降りようとした。が、シートベルトが肩に食い込んでシートに押し戻された。
「うぐっ!」
「降りないのか?」
「お、降りる! 降りるから、撃たないでくれ!」
そんなにおびえなくても。僕は人でなしじゃないぞ。
震える手で固定金具を外していく。
突然、別のガーディアンが気流の乱れも気にせず、目と目が合う距離まで接近してきた!
乗っ取られると判断したのだろう。向こう側のパイロットは味方のガーディアンに銃口を向けた。そして放った。
数発の弾丸を弾いた機体の障壁は抗しきれずに砕けた。続け様に撃ち込まれた弾はパイロットの上半身を吹き飛ばして真っ赤な肉片に変えた。
「仲間だろうにッ!」
僕は血染めになった機体を諦め、発砲した機体にありったけの怒りを放った!
『衝撃波』は敵機を空中分解させて余りあった。
指向性のない波は同じ高度を飛んでいたすべての機体を巻き込んだ。そしてそのほとんどがバラバラになって海面に落ちていった。
理不尽だと自分でも思うが、平気で仲間に銃口を向ける奴がいるなんて、あまつさえ発砲するだなんて!
「許さないぞ! お前たちだけは!」
僕は手のひらを握り締めた。
そして手のひらと指先に魔力を込める。
握り締めた拳から光が漏れた。
その光は七色に輝き、夜の海原を太陽のように照らした。
船橋めがけて僕は……
「ナーナナー」
ヘモジ?
突然、隣に湧いた。
僕の攻撃は逸れて、海原に巨大な水柱を打ち立てた。
高波が浮いている大型船の甲板にまで押し寄せ、船体を大きく揺らした。
「ナ、ナーナ」
ヘモジが僕の顔を蹴飛ばしながら、無事肩の上に着地した。
「ナー」
僕の気の高ぶりを感じ取って跳んできたのか?
「ナナ?」
ミョルニルが差さったホルスターに手を置いた。
「いや、もう終わりだ」
メインマストに白旗が揚がり『降伏する』との光通信が発せられた。
不満そうにヘモジの額に皺が寄った。
「ありがとな、来てくれて」
僕は寝癖の付いているヘモジの頭を撫で回した。
「師匠、朝だよ」
「早く起きて。遅刻しちゃうよ」
ヴィートとマリーの声だ。
「ナナナ」
ヘモジが僕の頭を踏み付けていった。
「遅刻する」
腹の辺りが重い。オリエッタか。
「長旅、急ぐ」
そうだった! ワイバーンのフロアは広いんだった。
大人たちは軒並み寝不足に陥っていた。特にラーラと大伯母は事後処理で夜明けまで掛かり切りだったそうだ。
「牢屋で食事を与えるのもむかつくから、賠償だけさせて、メインガーデン行きの船に詰め込んでやったわ」
「ずいぶん軽い処罰だな」
「そうでもないわよ。彼らの有り金はすべて没収。罪の分だけメインガーデンで投獄、強制労働が待ってるわ」
「正体わかったの?」
「話してもいいけど、凄い目で睨んでるわよ」
子供たちが出発はまだかと食事中の僕を食堂の入口から睨んでいた。
「なんで怒ってるんだ?」
「港に停泊中の大型船を見たいんですって」
「ああ、あれね」
「残党がいるかも知れないから、子供たちだけで行かせられないって夫人がね」
「それでか」
パン屑を手を叩いて落とし、席を立った瞬間、子供たちの顔がほころんだ。
「じゃあ、行ってくる」
「はいはい、続きは後でね」
ラーラは大きな欠伸を空に向けた。
「ナナナナ」
「早くする」
ふたりも僕を急かした。
「凄ーッ」
「でかい船」
坂から見下ろす港に一際大きな船が留め置かれている。
「あれを全部没収とはね」
当然だけどな。
「あの船、前に見たことある」
「そうなのか?」
「何年か前まで冒険者ランク十位ぐらいに入ってた船だよ」と、ミケーレが言った。
嘘だろ? そんなハイランカーがなんで?
ゲート前に並んでいた冒険者たちの間でもその話題で持ち切りだった。
ただ、僕が顔を出すと、あれをどうやって無血開城させたのかという話題に変わっていった。
「それで頭に来て『魔弾』を放り込んだら、船橋に当たらないでたまたま外れて」
同じ事を列に並ぶ者が増える度に繰り返した。
ヘモジがあの時、現れてくれなかったら……
犠牲にしてしまった操縦士を思い出すと目頭が熱くなった。
「ナーナ」
「気持ちを入れ替える」
「よし、行くぞ」
僕はゲートを開いた。
ヘモジを先頭に子供たちが一斉に飛び込んでいった。
「あれ?」
子供たちが全員ボードを脇に抱えていることに気付いた。
今の今まで気付かなかった。僕自身、誰に持たされたのか自分のボードを背中に背負っている。
駄目だ。浮き足立っている。寝不足もあるだろうが、冷静にならなくちゃ。子供たちの安全は僕が握っているんだから。
自分の頬を両手で叩き、オリエッタの揺れる尻尾を追って、ゲートに飛び込んだ。
「ほえー」
「でけー」
「ボードがいるわけね」
「ナナーナ」
「高く飛ぶの駄目だから」
オリエッタが注意喚起すると「これ高くは飛べないやつだから」という答えが返ってきた。
「みんな結界を発動しながら飛べるのか?」
「昨日の午後頑張ったから」
「なんだ、付け焼き刃か」
「いいでしょ、別に。間に合ったんだから」
「ワイバーンのレベルは野生のものに比べてかなり緩いけど、数はいるから注意するように」
「じゃあ、行くよ」
みな、よたよたしながら自分のフライングボードに乗った。
「いつ買ったんだ?」
「買ったんじゃないよ。借りたの。レンタル」
「子供サイズ、よくあったな」
「廃墟からの回収品だってさ。師匠のみたく高く飛べないんだよな」
「練習用だもん」
「本物はラーラ姉ちゃんが頼んでくれたけど、アールヴヘイムからだからまだ来ないんだって」
本物も何も…… 通称『スプレコーン』 フライング機能付きの魔法の盾だ。成長期のお前たちじゃ、すぐサイズが小さくなってしまうから、時期尚早なんだけどな。
子供たちは慎重に坂をゆっくり下りていく。年長組はうまいもんだが、さすがに幼いマリーやカテリーナはまだゆらゆらしてる。
「低く飛べ。その方が安定するから」
「んー」
返事もままならなかった。
「こりゃ、狩りどころじゃないぞ……」
と、思ったのは序盤だけだった。山を一つ越えたときにはワイバーンそっちのけで地上をかっ飛ばしていた。
「ワイバーン見付けた!」
「距離あるからスルーで」
「りょうかーい」
「トーニオ兄ちゃん、疲れたー」
「あの丘まで我慢しろ」
「ふあーい」
昨日、転移して通り過ぎてしまった景色を僕は楽しんだ。
「モコモコだ」
『眠り羊』を小さくしたような羊が道端の草を食んでいた。
「眠くなりそうな景色ね」
フィオリーナが羊の群れを目で追った。
僕は地図に追記する。
「狼だ!」
着地ポイントに狼の群れを発見したので、コースを変更して峰に沿って高度を上げていった。程よく距離が開いたところで子供たちは次々着地していく。
「ふへー、疲れた」
背もたれ付きの椅子を魔法で作り出すとジョバンニは身を投げた。警戒を密にしていた年長組の方が疲れているようだった。
年少組はボードを下りると、笑いながらいつも通り自分の仕事を始めた。
狼よけの壁を設け、テーブルと人数分の椅子をこしらえる。魔法で湯を沸かし、茶葉をティーポットに入れた。
「今日はお茶か?」
「山だって言うから、暖かいのにしたの」
ニコレッタがリュックからベリーとナッツがたっぷり入った大きなカンパーニュを取り出した。
「ちょっと早いけど」
飛び始めてまだ一時間も経ってなかったが、疲労を考えると中休みが必要な時間帯だった。
「師匠、どうぞ」
カテリーナが切り分けた僕の分のパンを運んできた。
「ありがとう」
頬を高揚させた可愛らしい顔が笑った。
「みんな、汗掻いたままだと風邪引くぞ」
「このパン、硬ッ」
「誰だよ、作ったの?」
「お前だろ」
誰も聞いちゃいない。
お茶も入り、ゆったりした一時が流れる。
「いただきまーす」
まだ序盤もいいところなんだけど、たまにはいいか。




