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襲撃の夜

 午後は大道に近いという理由で滝壺ではなく二つ目の巣から始めることにした。

 空き巣なのでちょうどよいと判断した。

「さてと」

 大道の先を改めて確認しよう。

 山を縫うように麓まで緩やかな下り坂が続いている。

 防衛戦に参加しなかったワイバーンが道端の丘の上に止まり、道行く獲物を待っていた。

 背景に日を浴び輝く山脈が見える。

「遠くから見る分には綺麗なんだけどな」

 三つ目の巣は恐らくあのどこかにある。道なりに行けば分岐が現れるだろう。

 僕たちは巣を出てすぐ目の前にあるせり出した大岩から飛び立った。

 高高度からの滑空。下ばかり見ているワイバーンの頭上をあっさり飛び越える。

「ナーナー」

 ヘモジが両手を広げて喜んだ。

「落ちるなよ!」

「ナーナーナ」

 長い滑空。ひたすら大道を追い掛ける。

 勾配に沿ってどこまでも滑空し続ける楽しさよ。僕はただ程よく浮いているだけ。

 オリエッタもようやくリュックから頭を出した。

「コロコロいる」

 オリエッタが言った。

「どこだ!」

 コロコロと言えば、コロコロだ!

 丸々太ったでかくて丸い豚だ。岩蟹サイズの牛の味がする巨大豚だ。リオナ婆ちゃんが豚の姿をした牛だと言って憚らなかったおかげで、僕やラーラはコロコロをずっと牛だと信じていた。

「お持ち帰りするぞ!」

「お持ち帰る!」

「ナーナンナーッ」

 やけにテンションが上がる三人だった。それ程に慣れ親しんだ味だった。

 僕たちは彼らが草を食んでいる草原に急降下した。ヘモジは途中で分離、ミョルニルを振り上げ落ちてった。

 僕も剣を抜いて、一頭に狙いを定めた。


 あっという間に二頭仕留めた。が、残りのコロコロは一斉に逃げ出した。

 深追い無用である。二頭あれば充分だ。

「懐かしい」

 オリエッタが張り詰めたまん丸な肌にほおずりする。

「記録せねば」

 僕は急いでペンを走らせた。

「コロコロ…… の聖地…… と」

 二重丸で強調しておいた。

 草原は谷底にあり、こちらもワイバーンの生息域の狭間にあった。


 また鬱陶しいワイバーンが増えてきた。

 高度を上げ構わず道なりに飛んだ。

「ナーナ」

 ワイバーンが飛来してくる方向にそれらしき物を見付けた。はげ山の山頂付近、せり出した岩場の上だ。

 そこからワイバーンの群れが一斉に飛び立ってくる。

 空があっという間に黒く染まった。

「面白い」

 僕は雷鳥のように周囲に稲妻を張り付かせながら『雷壁』のバリケードを前方に何重にも展開した。

 最前列のお調子者たちが稲妻の鉄格子を抜けられず次々落ちていった。

 隊列は一気に崩壊。右に行く者、左に行く者、後退る者。高度を上げようともがく者、下げ過ぎて目的を失う者。互いに翼をぶつけて、動揺を増していく。

 翼を落雷に貫通された数体がもんどり打って麓の森に落ちていった。

 森の木々が音を立てて砕けていく。無数の稲妻が大軍を貫き、衝撃が眼下の森林地帯を吹き飛ばした。

 包囲は完璧。逃げ道は下だけだ。滑空しかできないワイバーンは僕が用を足す間、戦線を離脱するしかない。ないのだが…… 仲間が落ちる度に轟音を奏で歪む大地を見て、どいつもこいつも降下をためらった。

 雷の檻がまた数十体を巻き込んだ。

「無駄なことしてるよな」

 自省する。

 魔石を回収するでなし。膨大な魔力だけが消えていく。

 残敵が数える程になったので、各個撃破することにした。

『雷撃』をエテルノ式発動術式を使って進路に撒き散らすと、次々直撃を浴びて吹き飛んでいった。

「三十八!」

「四十!」

 オリエッタが髭をひくつかせながら数を数えた。

 生き残ったワイバーンが森のなかで暴れている。どうやら勝てる相手を見付けたようだ。

「巣まで飛び跳ねて戻るがいい」

 捨て台詞を決めて突入しようとしたら大きな反応が一つ現れた。

 真打ち登場だ。

「やはりいたか」

 レベル補正なしのボスクラスが今巣から飛び立った。

「でも野生に比べたらな」

 ただの雑兵レベルだ。

 リアルな雷鳥とがっぷり四つで縄張り争いしている猛者たちと比べたら旋回竜とさして変わらない。

「雷は横にも走るぞ!」

 先手必勝。横方向に薙ぎ払った。

 咄嗟に身をすくめ、ボスは首を下げて高度を落とそうと試みるが、雷の追尾性には勝てなかった。周囲の電荷をすべて浴びた。

「ナーナ!」

「四十一!」

 青い空が戻ってきた。

「威力上がった?」

 オリエッタが聞いてきた。

「勉強って大事だな」

 例の二つの理論のおかげで魔力消費が激減していた。これだけやって平常を保っていられるのは、以前の常識では考えられない。

 魔素が充実している迷宮内だからということもあるだろうが…… 僕の脳内である種のパラダイムシフトが起きたと考えるのが正しい結論だろう。信じていた魔法理論が新たな理論に置き換わったのだ。もしかするとハイエルフの魔力の強さの秘訣はこの辺りにあるのかも知れない。二つの理論は元々考え方としてあったのだろう。ただ漠然としていただけで、体系化していなかっただけで。

 これなら新造船の魔力運用にも期待が持てそうだ。が、公表せずに禁忌指定にしておいた方がいいんじゃないだろうか。帰ったら、一筆啓上しておくか。


 あっさり巣に取り付いた僕たちは宝箱を探した。銀、金とくれば、残りは銅だ。将来的には無視していい場所になるだろう。

 巣の隅っこに転がっていた。

 カチッと鍵が開いた。蓋を開けると中から銅貨や銅製品が山程出て……

「やばい……」

 鍋の代わりに一品物が出てきた。

 輝く剣。隠密行動には使えないが、暗い場所では明かりいらずか?

「『光の剣。聖光を放つ。回復、低級アンデット浄化、攻撃力二百五十』……」

 オリエッタが品評する。

「二百五十か…… もう一声欲しかったな。二百五十じゃ、婆ちゃんの双剣の片手分しかない」

「ナーナ」

 墓地に突き刺しておいた方が役に立つ?

「回復手段には使えるかも」

「回復レベルとつぎ込む魔石代次第だな」

 負傷する予定がないので試せないが。

「魔法剣というだけで欲しがる奴はいるからな……」

 タグに性能も記入して倉庫に転送した。

「せめて対アンデット攻撃力増加とか欲しいよな」


 後日、冒険者ギルドが直々に買い上げていった。

 聞くところによると、買い上げたその日のうちに医務室の前の廊下に突き立てられたらしい。

 一回いくらか賽銭箱に金を入れると、勝手に使わせて貰えるそうだ。診察を受ける前に自分で治せということだろう。軽傷や軽い状態異常程度なら完治するようだった。

 考えたね。

「もう一本出たら砦の医療班にも売り付けるかな」


 ちょっと残念な思いを抱えたまま僕たちはまた大道を行く。

 そして廃村で道は途切れた。

 ゴールを廃墟のなかから探す羽目になった。

「金目の物は何もなさそうだな」

 烏が飛び交うだけだ。

 小さな教会らしき建物が残っていた。庭先に草木が茂っている。

「あった」

 聖堂に入るとすぐ右手に見慣れた階段があった。

「ん?」

 祭壇前にこれ見よがしに宝箱が……

 開けに行こうと思ったが、嫌な感じがよぎった。

 ヘモジも腰の物に手を当てている。

「明日また来るから、いっか」

「ナーナ」

 僕たちは本日の探索を終えた。



「眠ったみたいよ」

 イザベルが子供部屋から戻ってきた。

「毎日元気よね」

 大人たちが食堂に集まるなか、ラーラはナッツを口に放り込んだ。

「ほんとに来るんでしょうか?」

「来る方に一票」

 夫人の問いかけに、ラーラも大伯母も来る方に一票を投じた。

 投じるも何も現在進行形で偵察部隊が壁の外で調べているのだが。

「大丈夫なの?」

 風呂上がりで焼き芋のように湯気が立っているモナさんが尋ねた。

「ここをただの兵站だと思ってるなら戻ってくるだろうな」

 昨日、結界に突っ込んできた奴の話である。

 今朝方、仲間が迎えに来て罰金を払っていった。迎えに来たのは無登録の小型船。初めて見る船だった。

 僕たちはこれを偵察と判断し、夜襲を警戒して食堂で待機していた。

 僕、いなくちゃ駄目ですかね?

「ここを落としたければ南部戦線すべてを投入するぐらいしないとね」と、ラーラが言った。

 ん? 僕の知らない戦力があるのか?

「門を突破できたら褒めてやろう」

 大伯母も大風呂敷を広げる。

「いつ防衛網強化したんだ?」

「お前がやるんだ」

 え?

「夜行軍は十八番じゃないの」

 以前ヘモジとやった暴挙を言っているのか?

「数も場所もわからないのに?」

「目標は明確だろう?」

「どの門から来るかわかるの?」

 大伯母がふうと溜め息をついた。

「敵が利口か馬鹿にもよるな」

「ここの情報をどこまで知ってるか…… 商会かギルドの輸送船に潜り込んでいたんでしょうけど」

「ここに到達できた段階で、もう充分怪しいものね」

 人払いの結界のせいで障壁に突っ込んだとも考えられなくもないが…… 迎えが難なくやってきたというのが問題だ。舵取りが既にここの存在を知っていたという証になる。

「障壁があることはわかっているのでしょう? 来ないんじゃ……」

 わざわざ上空の結界の有無を調べるためにガーディアンを突っ込ませたのだとしたら、実に計画的と言えよう。

「わかっているなら夜盗まがいな行為には及ばんだろう」

 大伯母の言葉は時に逆接的だ。

 この場合、知っていてもやるだろうと言っているのだ。

「既に入り込んでいたり」

「それはないわ。警戒態勢に入っているから侵入者がいれば、とっくにばれてる。今現在、外部の船の入港もないし」とイザベル。

 みんな身内だからわかり易くて助かる。例外は『愉快な仲間たち』だが、あちらも既にリーチャさんの監視の目が光っている。

 外周防壁には東と南北に一つずつ船舶用の大門と人や荷馬車が通る小門とが設けられている。湖に面した西側だけは解放されていて、扉より大きな船は大回りしてそちらから入ることになっていた。

 小門は日の出から日の入りまで、大門は必要なときに必要な分だけ解放されていた。

「馬鹿なら南門から来るだろう」

 大伯母が断定した。

「西からではなくて?」

「事情聴取のときにブラフをかましたのよ。南門に突っ込んだ船がいて、今、門が閉まらないからゴーレムに番をさせているってね」

「よく咄嗟にそんなでまかせを」

「だってまったく言及がなかったのよ。普通『大変な砂嵐に遭って』とか、不幸話を自慢げに話すものでしょう? なのにエルフの人払いの結界を抜けてきた外部の人間がそれをまったく指摘しないなんて」

「余程のスキル持ちだったのかも」

「ハイエルフじゃないんだ。多かれ少なかれ影響があったはずだ」

「そうだ、エルフと言えば」

 表向きアイシャさんが提唱する二つの理論について、早急に秘匿するべきだと大伯母に主張した。

「表沙汰にするはずないだろ! なんであんなしち面倒臭い問題集にして届けられたのか、少しは考えろ」と、逆に怒られた。



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