クーの迷宮(地下28階 ワイバーン戦)下見2 宝箱を漁る
「ポイント一つ目」
迷宮の手加減だと思われるレベル設定が、決して手加減ではないことを知る瞬間だ。峰を一つ越えた先の断崖絶壁に海猫のように大量のワイバーンが麓の大森林を見下ろしながらひなたぼっこをしている。その中を山頂の大きな巣まで剥げた獣道が延びている。
山頂を目指す冒険者は誰もが相応の見返りがあってしかるべきだと考えるだろう過酷さだ。
実際、宝箱に罠さえなければ、望みは叶うのだが。
実はこの宝箱、鍵がなくとも簡単な開け方がある。それはわざと音を立てることだ。ガチガチと罠が発動しない程度に側にいる見張りに見付かる程度に騒ぐのだ。すると見張りがやって来て鋭いくちばしで、箱を小突いてくれる。罠にもよるが、これで運よく発動してくれることがある。たまに混乱した見張りが暴れたりして大騒ぎにもなるが、その時は距離を置いて大人しく間を置けばいい。
敵に開けて貰う手は他の宝箱でも有効な手段なので是非試してほしい。宝箱を宝箱と認識していない魔物は結構戯れに箱を小突いてくれるはずだ。
『無双撃』でぶった切ることに飽きた僕たちはよくそうして遊んだものだ。
僕は裏の尾根の麓から低空で接近、森のなかに身を隠して、そのまま隠遁。接近していく。
気付かれたら謎の死を遂げて貰う準備だけして道なき道を行き、難なく巣のなかに潜り込んだ。
巣に入ってしまえばほぼ無風状態。レベル修正なしのボスクラスの帰還だけ気を配りつつ、宝箱を探して回る。
ワイバーンは巣には糞をしないからその点は綺麗なものだが、食った物などは腐敗に任せているので、決して気持ちがいい場所ではない。臭い消しついでに凍らせておいた。
未だかつてない大きさの宝箱が光り物と一緒に無造作に転がっている。
「カラスかよ」
毎回同じ感想を述べていると自嘲しながら鍵を開けると、なかには銀細工の山がどっさり入っていた。
「いい感じだ。小物は売れるんだよな」
銀貨に始まり、銀食器に銀の装飾、銀の武具まで一緒くただ。それがでかい宝箱にいっぱいだ。
「ソルダーノさんが喜ぶな」
利鞘だけでも結構になるはずだ。
「ナーナ」
僕は蓋を閉め直して、箱ごと転送した。
巣の周囲を少し探索して、子供たちを連れてくるのに適した場所を探した。
侵入してきた傾斜の途中、転がっていた大岩の影がよさそうだ。切り立った壁が庇の役目をしている。
森からも距離があるからワイバーンに食われたくない森のハンターたちも出てこない。
スタート地点からも見えるし、景色を記憶に刻み込んで探索に戻る。
ワイバーンの群れを通過する山道の入口が山を一周して裏手の麓に見える。その道がスタート地点から続いているであろう大道と合流しているのでその道を行くことにする。
道なりに進むと山間に青々とした草原が見えてきた。
ワイバーンの航続距離を越えているのだろう。山小屋があってもいいほどのどかなものだ。
草食動物たちが無言で幅を利かせていた。
「ポイント二だな」
「ナーナ」
「川もある」
休憩ポイントにちょうどいい場所だ。
きょうはボードで飛んできているから一瞬だが、ここまで徒歩ならちょうど昼ぐらいだ。巣を巡らなければ。
崖の上から大巻角鹿がこちらを警戒している。
まだ序盤も序盤なので休まず先を行く。その前にマップに記す。
大道を道なりに行くと前方にまた怪しい山が見えてきた。道は緩やかな上り勾配。
空にはワイバーンの影がちらつき始めた。テリトリーに入ったか。
森のなかがせわしない。
野生の獣たちが争っている。
「ワイバーンが来た!」
「ナーナ」
森のなかに翼を大きく広げて突っ込んだ。
冒険者を襲わずとも餌には事欠かないようだ。
とは言え、その数がどんどん増えてくる。
これが現実世界なら何を好き好んでこんな所に道を引いたのかと言いたくなるだろう。
こちらに的を定めた者がいた。
まっすぐ高度をとって近付いてくる。肉付きがいいのが他にいるだろうに。
「来い!」
「ナーナンナー」
雷を放つ前にトンカチが飛んでいった。
「……」
しばし沈黙、成り行きを見守る。
「当たった?」
「あ」
突進してきたワイバーンがもんどり打って落下し始めた。
トンカチがブーメランのように戻ってくる。
直撃コースに乗ったトンカチをヘモジが僕の頭を踏み台にしてダイビングキャッチ。
頭擦れ擦れ。怖いわ!
オリエッタは僕の頭を挟んだ反対側で身を小さくしながら、僕の頬骨の辺りを生け贄に捧げていた。
お前らなぁ。
高度を下げて一気に群れに接近。天敵、雷鳥の如き稲妻を四方八方に放った。
久しぶりの全力だ。
「楽ちん」
空き家になった二つ目の巣を漁る。
今度の中身は金銀財宝だった。金も銀もごちゃごちゃだ。
僕は転送を急いだ。
修正なしのレベル四十八、オスのワイバーンが戻ってきたのだ。全滅した同胞を見た主は怒り狂い、咆哮を上げた。
震える空気が巣を揺らした。
が、個体は一瞬で崩れた。
「切れ味抜群」
「ナーナンナ」
久しぶりに『無双撃』でぶった切った。
何事もなかったように魔石集めを始めるヘモジとオリエッタ。
僕は巣のてっぺんに立ってマップ情報の追記だ。
子供たちはどうしたものか。このエリアは普通にスキップできそうにない。全方位が奴らの狩り場だ。巣に寄らないで通過するか?
「……」
最初の転移だけ、注意すればいいか。万能薬多めで。
いや、地力を磨かなければ意味がない。僕だけが先に行ければいいというわけではない。あの子たちの意思を尊重しなければ。巣を訪れるのはまたの機会に回すことは可能だ。広いエリアをどう消化するか。子供たちは何を望むだろう。巣を全部回りたがるだろうか?
自分たちはどうだったかな。
ラーラにオリヴィア、それに……
「行くに決まってるでしょう」
「どっちでもいいけど」
「行くよな。リオネッロ」
ルカ……
「何日掛かるかな」
時間的にいって徒歩だとこの辺りで初日が終わる。
切りのいいところで帰宅するとして、翌日はどこから始めるか……
次の行き先は移動先が二つ。大道を行くか、森を抜けるか。森を抜ける方角には川端に沿って道が続いている。
「大道を後に残しておこうか」
「ナー?」
「どっちでも」
森のなかを観察すべく徒歩で行く。
獣サイズの反応が多数あるが、近付いてくるものはない。むしろ道を空けるように僕たちに進路を譲るものばかり。川縁で水浴びを楽しむものたちも通り過ぎるのを待つ間、一旦遠巻きに距離を取った。
「ゲートはこの辺りに開くか」
元気に暴れ回る反応が森の奥にあった。
「狼か」
一体の獲物を狙って集団が森を駆け抜ける。が、逃げ場を失った獲物が森の傘を抜けた。
途端、土煙が森の縁に舞い上がった!
一際大きな反応が現れた。
羽ばたきの突風が森を揺らす。
追跡者の反応が半減していた。残った半数は急いで森のなかに引き返すが、次の一体の襲撃でまた数を減らした。
森の獣たちは大騒ぎしながら一斉に現場を離れ始めた。
森のなかに残ったのは疲れ果てた、先頭を逃げ回っていた一体だけ。
「皮肉だな」
次々、空振りしたワイバーンたちが森のなかに落ちてきた。その度に木々が軋みを上げた。
森の外ではワイバーン同士で獲物の奪い合いが始まっていた。
「ここにゲート開いちゃ駄目だね」
オリエッタが言った。
「ナーナ」
「そうだな……」
僕たちは木々の下を歩いた。いい転移ポイントはないか、探して回った。
「この辺りなら大丈夫かな」
ようやく見付けたのは巣を背にした滝壺だ。カスケードの浅い滝の連続の一部。飛沫が霧のように漂っている。
しばらく地を滑り、降ってくるワイバーンがいなくなったところで僕たちは木々の上に出た。
飛んでいたワイバーンがこちらを捕捉した。が、すぐこちらが高度を上げたので追撃不可能と諦めた。
「ふぐっ」
飛ばされないようにリュックに収まっていたオリエッタがおかしなくしゃみをした。タイミング悪く吐き出した瞬間、突風を食らったようだ。
「きちゃな」
「ナーナ」
ヘモジが人差し指と中指を交差させて縁切りポーズをした。
お前なぁ。
相棒が無慈悲なので、代わりに無言で浄化してやった。
「誰かが噂した」と、オリエッタは暢気に鼻を啜った。
この辺りはもう航続限界ラインだ。
周囲を見渡すと視界の半分が海に占められている。
大陸はL字に折れていたか。
つまり僕たちが来たルートははずれ。陸地を海側に横断しただけだ。考えればわかったことだ。川が流れていく先が低地であり、山岳地帯から離れていくという当たり前のことが。
「分岐点に戻るか」
壊滅させた二番目の巣に戻るところで、昼休みに入ることにした。
子供たちが既に昼食にありついていた。が、半数が船を漕いでいた。
「座学だろ?」
「最後のエルフ語の授業でね」
大伯母か。エルフ語の担任は大伯母だった。
「ついでに詠唱でもさせてたんだろ」
「当たり」
大欠伸をしながらトーニオが言った。
「午後は休みだし。のんびりするんだな」
「ふぁーい」
気の抜けた返事が返ってきた。
告知:前作『マイバイブルは「異世界召喚物語」』の設定を完結扱いにしました。推敲もままならず、してもシステム的には放置判定のままなので。折を見て手を加える気ではありますが。さすがに二年放置と言われるとばつが悪く(笑




