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クーの迷宮(地下28階 ワイバーン戦)下見

 商業ギルドの建物に棚が搬入されていた。内装工事も終り、後は職員が来るのを待つばかりだ。

 向かいのギルド事務所に用がある冒険者たちが建物の前を覗いては通り過ぎる。

 僕たちも二十七層の虫食いマップを埋めるために事務所に向かうところだった。


 事務所は狩りを終えた冒険者たちでごった返していた。

 混む時間帯をいつも避けていたから、子供たちも慣れない活気に後退った。

「なんだ、こいつら」と子供たちを初めて見る冒険者もいた。が、常連は皆、知っている。

「今日はどこ行ってきたんだ?」

「師匠にこき使われなかったか?」

「二十七層」

「キマイラいたよ」

 子供たちを蔑んでいた連中は黙った。

「ドラゴン頭三つは凶悪」とさりげなく呟きながら、オリエッタは冒険者と子供たちの間を通り過ぎた。

「猫がしゃべった!」

 あ、驚くのはそっちか。

「やっぱりいるのか。ドラゴン頭……」

 別の冒険者が溜め息をついた。

「一昨日、ヤンツの奴、盾溶かしてたぜ」

「まじかよ」

「お前らどうやって倒した?」

「魔法使いだから」

 ジョバンニが杖を掲げた。

 思い出した! 新しい盾に付与してやる約束だった。物が届いてないか、帰りにソルダーノさんの店に寄って確かめないと。


「報酬は後ほど」

 窓口嬢が言った。

「ナーナ」

 ヘモジが書類を窓口に提出し終えた。

 その間、子供たちはアイテムショップを覗きに行ったが、何も買わずに戻ってきた。が、手にはジュースのコップが握られていた。女性冒険者のパーティーに奢って貰ったようだ。



 盾が店に届いていたので、子供たちを先に返した。

「ええと、物理と魔法防御力強化と…… 魔石のスロットはと……」

 五十年前、爺ちゃんが普及させた魔法の盾、通称『スプレコーン』のノウハウは現代ではスタンダードな盾にも応用されていた。フライングボード代わりにはならなかったが。魔石を使った魔法付与をある程度可能にしていた。

「使う魔石は大の方がいいんだけどな……」

 冒険者にも諸事情がある。非常事態に際して余力が欲しいところだが、専門職がそれでいいというなら何も言うまい。

 他にも付与依頼が来ていたので、大伯母の代わりに自分が処理しておいた。

「この手袋、格好よくね?」

 子供たちは装備品を見て回った。革の手袋、鞄、靴。子供サイズはないから買うとなったら特注することになる。待たされること必須だから、欲しいときは先手を打たないと。

 お菓子コーナーは既に在庫はなく、明日の入荷待ち。自炊用の食材も棚に並んでいる物のみだ。

「ドラゴンのお肉。特価だって」

 新たに入荷したので在庫の放出があったようだ。

 ゼロの数を数える…… 特価だけど、いい値段だった。

「なんだ!」

 空に大きな音が轟いた。

 外周防壁の東で戦闘か?

 軒先の向こう、井戸端にいる人たちが空を見上げた。

 警鐘は鳴らない……

「なんだ?」

「何?」

 店のなかにいた客たちも軒先に出てきた。

「ちょっと見てくる」

 僕は転移した。

 空高く跳んで上空から様子を見るが、敵らしき姿はなかった。でも人だかりが見えた。

 どうやらガーディアンが障壁に突っ込んだらしい。ガーディアンの残骸が外防壁に転がっている。

 砦から防衛部隊のガーディアンが次々飛び立っていった。


 誰もいそうにない店の裏手に転移したら、子供たちが待ち構えていた。

「敵来た?」

「戦う?」

 なんでやる気になってんだ?

「ただの事故だ。町の結界にガーディアンが突っ込んだんだ」

「お馬鹿だ」

「なんだ。つまんない」

 不謹慎な。

「帰るぞ」

「はーい」

 ギルドの関係者なら上空にも結界があることを知っている。寝ぼけていたのでなければ、門を使うか解除を要求するはずだ。解除するときは警鐘が鳴り、町中が知ることになるから謙虚なガーディアン乗りは大概、正門から出入りする。勝手を知らない来訪者であっても見張りから事前通告があるはずだ。地を這えと。

 なのに、いきなり障壁に突っ込まれるというのは……

 よくないな……

 帰って、指令詰め所に顔を出す必要があるかもしれない。


 ニコロが玄関の扉を開くと同時に、最上階の非常扉も開いた。吹き抜けを通して大伯母と目が合った。

 心配の必要はないと瞳が言った。

「装備のチェック。それと薬の残量チェック。今日は使ったからな。薬の予備は?」

「大瓶が一本あります」

 フィオリーナが即答した。

 そろそろ在庫を追加しておくか。

 腕白小僧たちが外套を脱ぎ捨てると、食堂に飛んで行った。

「こら、お前ら!」

「明日ちゃんとやっておきます」

 フィオリーナがすまなそうに言った。

「一度痛い目に遭えばいいのよ。男共は」

 ニコレッタが舌を出す。

「後で心配にならないのかな?」

「いざというとき対応できなかったら愚の骨頂だよね」

 マリーとカテリーナが頷き合った。

 誰に習ったんだ、そんなに難しい言葉。

 どちらにしても…… 

「食堂に入る前に手を洗えよ! 浄化もしっかりな」と、食堂に向かって言った。

「もうやった!」と男共が即答した。

「……」

「あいつら……」

「ナーナ」

 女性陣とヘモジが一緒に溜め息をついた。

 結局、女性陣が装備チェックを全員分、済ませ、夕方食べたお菓子を包んでいた包装をゴミ箱に放り込んだ。

 食堂に入ると男共は大伯母に説教を食らっていた。

「装備のチェックは怠るなといつも言ってるだろうに!」

 僕と女性陣は顔を見合わせ、そっと横を通り過ぎた。

「馬鹿だねー」

 夕飯の手伝い当番決定だ。

 僕たちは空っぽになった水筒を流しに置いた。


「フリーランス?」

「ああ、問答無用で突っ込んできたらしい」

「馬鹿な奴」

「こっちの世界の町のほとんどは破壊と再生を繰り返しているからな」

 魔石が貴重な世界では結界を常時張っておくことは無駄使いに他ならない。この町も緑化政策の意味合いがなきゃ、たぶんそうしていただろう。

「運がなかったな」

「警告を無視するからだ」

「で?」

「取り調べが終ったら解放だ。滞在分の人頭税と補充用の魔石代が払えたらな」

「外部の受け入れはまだしてないからな。払えなかったら投獄?」

「事と次第によってはな。単独と言うことはないだろうから、お仲間次第だな」

 それから外周部のテリトリーを先行取得している『愉快な仲間たち』の話題になって、ブリッドマンが前線に戻ったことを知った。リーチャさんは残念ながら当分、大伯母のお茶会仲間だ。

 夕飯はフリッタと、ドラゴンのミンチを使ったハンバーグとミートソース。デザートはシュークリーム。子供たちは至福の時を貪った。



 翌朝、座学のためバルコニーに詰めていた子供たちに見送られながら迷宮に向かう。

 本日はフライングボードを背負っての出勤である。

 今日の獲物は地下二十八階、ワイバーンだ。

 切り立った山々に囲まれた山岳コースである。たぶん。

 空中戦ということでワイバーンのレベルは控えめ、エルーダではレベル三十台だったような…… スプレコーンの東にいる野生のワイバーンと比べても子供同然だが、彼らの巣に置かれた宝箱は優秀だった。あちらの迷宮では万能薬の原料になる『霊水』まで取れた。罠の難易度が最高難度のおかげで事実を知るものは少ないが。

 それより今日は楽しいことがある。それは鹿や牛、コロコロなど久しく見なかったワイバーンの餌になるものたちの生息を見ることができることである。ギミックではないからエルーダでは狩猟が盛んだった。

 景色のよさも相俟って、のどかな一日になりそうだった。


 旋回竜と変わらないサイズのワイバーンが頭上を飛んでいた。

 僕たちはワイバーンを相手にすることなくボードで飛んだ。

 歩けばのらりくらりの山道。頂から稜線を下り、途中脇道にそれて急勾配を下る。

 ワイバーンのために作られた広大な世界は徒歩で行くには広過ぎた。

 明日はどうしたものか。荷運び用のガーディアンはどこかに行っていると言うし。この地形でボードに乗せるのは気掛かりだ。

「『グリフォーネ』に全員は無理だよな」

「転移するしかないね」

 オリエッタが言った。

「ナーナ」

「そうだな。狩りなど忘れてのんびり行くかな」

 そのためにもいいルートを探さないと。道なりに街道を追い掛ける。

 ワイバーンが無視するなと飛び回るが、滑空しかできないワイバーンを振り切るのは難しくない。

 そのうち諦めたワイバーンは降りた岩の先から恨めしそうにこちらを見上げた。

「あれ、ワイバーンの巣だな」

 倒木を使った巨大な鳥の巣を目の前の切り立った斜面に見付けた。



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