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クーの迷宮(地下27階 キマイラ戦)罠だ

「見付けた」

「向こうもな」

 地面を掘削した溝の壁に煉瓦石を積み上げ、床に石を敷き詰めた薄暗い半地下道だった。頭の上の街道橋を横断して、低地に至るための抜け道だ。

 苔生した壁に挟まれた通路の先に敵が待ち構えていた。

「ドラゴン!」

 既に頬を膨らませていた。

 まずい、逃げ場がない!

 直撃は届かなくとも細い通路だ。盾をも溶かす熱風が押し寄せてくる!

「ナーナーナ!」

 ヘモジも結界を張れと叫んだ。

「結界!」

 オリエッタがヘモジの言葉を訳した。

 子供たちは熱風を浴びた。

 三枚目の障壁を巡って攻防戦が始まった。

 消えては補い、消えては補い。子供たちは必死に内側から障壁を展開して結界を支えた。

 熱は周囲の壁に籠り、冷めることはない。壁の煉瓦は赤く燃え、苔は水気を失い炭化して、熱風と共に消えた。壁から剥がれて飛んでくる煉瓦が結界に当たる度に障壁が消え掛けた。もっとも全員参加の多重結界はまだ六枚残っている。

 熱波に隠れてキマイラドラゴンが迫ってくる!

 わずか数秒の出来事が長く感じられた。

 調子がいいときの感覚だ。僕もワタツミ様にあてられたか。

 子供たちは必死だったが、動揺はない。

 熱波をやり過ごしながら、冷気を放って周囲の温度を下げる余裕があった。

「来るッ!」

「やらせない!」

 獅子頭が衝撃を受けて空を向いた。

『衝撃波』だ。

『衝撃波』が熱波も何もかも、細い通路ごとキマイラドラゴンを吹き飛ばした。

「迷宮でなきゃ、高い修繕費を支払わされるところだな」

 遅れて無数の雷が宙に舞ったキマイラを撃ち抜いた。

「突進を止めようと思っただけなんだけど…… 今日は調子がいいみたい」

 ニコレッタがニコリと笑った。

 みんな呆れた。

 レベル四十七のキマイラを幼女が一蹴とは。調子の問題じゃない。

 ドラゴン頭が情けなく頭を垂れて転がっている。

「ナーナ!」

 宝箱が転がっていた。泥だらけになって街道橋の橋桁に引っ掛かっていた。

 どこから転がってきたのか…… 置かれていた場所はわからない。

 金貨八枚を巾着袋に入れた。


 廃墟を破壊しながら子供たちは容赦なく進んだ。制御できないことをいいことに横暴の限りを尽くした。その分、討伐は早く進んだが、同時に万能薬の消費も進んだ。

「休憩しようか」

 見晴らしのいい高台に出たので休憩を取ることにした。

 崩れた煉瓦の壁に腰掛け、アイランの入った水筒片手にクリームの詰まったコルネットを頬張る。

「はぁ、渋いお茶が欲しい」

 子供たちは過ぎた甘味に満足しながら白い髭を蓄えて笑った。

 風化した色の抜けた町並みを見遣る。異国風の無人の家屋。天井が抜け、草に覆われている。緑の草木、空の青だけは変わらない。

 ちょこちょこと動き回るキマイラの反応を遠目に、コルネットの最後の一片を口に放り込んだ。

「もう一個食べていい?」

「もうすぐお昼だぞ」

「大丈夫!」

 子供は胃袋も元気だ。

 こんな景色にも鳥がいて虫がいる。よくよく考えるとずいぶん手が込んでいる。

 地図を片手に次の虫食いまでどう行くか、実際の景色を俯瞰しながら検討する。

「あの建物の脇を抜けられるかな?」

 敵の反応がない。通れない可能性があるな。コースの候補を幾つか用意する。

「あの辺りで中断だな」



 午前の部を終了して家に帰ると、昨夜の反動か、簡素な料理が待っていた。

「パスタとピザ……」

 ソルダーノさんの店が今日も忙しいようだった。

 デザートはアイシングを塗ったアーモンド風味のミニタルト。店に出品するついでに焼いた物だ。甘過ぎず、ちょうどいい。甘党でなくてもおいしくいただける一品だ。

 子供たちは量的に不満のようだったが、食後の眠気にすぐ負けた。



 昼寝をして元気を増した子供たちを連れ、午後の部を開始した。

 宝箱がまだ一個というのは解せないが、次の未到達エリアに向かうことにした。

 未警戒のキマイラドラゴンを早速見付けた。

 午後に入って子供たちの魔素あたりが治まりつつあった。

 子供たちは反省を元に、撃たれる前に撃つことにした。が……

「やっちゃった……」

 手前の建物が音を立てて崩壊していく。

 ジョバンニの攻撃は完全に射程を見誤ったようだ。

 問題は敵に命中しているかだ。せめて崩落に巻き込めていればいいが……

 土埃の先にまだ敵の反応があった。しかしこの埃では……

 取り敢えずどちらの物かわからない頭を子供たちは続け様に吹き飛ばした。

 が、ドラゴンの頭でないことはすぐにわかった。

「ブレス!」

 粉塵のなかから放たれたブレスが子供たちを襲う。

 子供たちは四方に散って攻撃を躱した。

 僕の後ろの建物が跡形もなく吹き飛んだ。と、ほぼ同時に大きな雷がキマイラの立っていた地面に突き刺さって爆発した。

「うおおおりゃあ! どうだ」

 拳を握り締めるジョバンニ。

 初撃を外したくせにと、年下の子供たちに蔑まれた。

 魔素あたりは解消したはずなのに、オーバーキル。跡形もない。いや、解消したから初撃を外したのか。

 四散した僕たちのほぼ中央に空から大きな物が降ってきた。

 地面に落ちるとそれは壊れずに飛び跳ねた。

「ええええええ?」

「宝箱が跳ねたッ!」

 ミミックだ!

「このフロアにもいたのか!」

 戦闘が始まった。いきなり爆破されたせいで、ミミックは既に怒り狂っている。飛び跳ねながら長い触手を振り回した。

 ウツボカズランの遠い親戚だと誰かに聞いたことがあったが、今、理解した。触手の使い方が独特だ。ここまで飛び跳ねる宝箱を見たことがない。余程痛かったようだ。

 子供たちはただの木箱に負けるものかと結界を張りながら応戦した。

 見た目は木箱でも木箱ではないと怒濤の攻撃を繰り出すミミック!

 お互いちょこまかと動き回って捉えらどころがない。

 が、上には上がいる。見慣れたハンマーが飛び回る宝箱を地面に打ち付けた。

 ミミックはぷぎゅーと、おかしな声で鳴いた。

「鳴いた?」

「ミミックって鳴くの?」

「ぷぎゅーだって」

 子供たちはケタケタと笑いだした。

 ヘモジも一緒になって笑った。

 そしてミミックからは無駄な付与が付いたレイピアが出てきた。『衝撃力強化』が付いていた。

「…… レア武器?」

 ヴィートとニコロが僕を見た。

「それはない」

 僕の代わりにニコレッタが答えた。

 子供たちは折角のお宝を廃棄する決断を下した。が、僕は素材として確保した。銀が含まれていたからだ。


 それからも虫食いマップを埋めながら僕たちはゴールを目指した。

「三、二、一……」

 獅子頭と蛇頭に同時に雷が落ちた。

「よし!」

「やった」

 子供たちが手を打ち合わせた。


 そしてゴール前の石切場。宝箱が今日もこれ見よがしに置かれていた。が、その前にキマイラが三体、切り出した石の上に身を投げてくつろいでいた。しかもすべてにドラゴンの頭がぶら下がっていた。

 子供たちは急に黙り込んだ。

 三体に九人を宛がうと、一体に付き三人で対処することになる。一方ミニドラゴン頭のブレスは子供たちの結界三枚を貫通する。

 企む時間が必要だ。子供たちは円陣を組んだ。

 当然の帰結としてドラゴン頭を一つ、まず完全に仕留めることになる。それで残りを四人と五人で分担することに。それでも決して安全とは言えないが、そうする以外にない。と僕は考えたが、それは最良ではなかった。

 だが子供たちは最良を選択した。

 師匠として、これをどう評価すべきか?

 子供たちは一対三のまま挑むことにしたのだ。当然これで対処できたら、それが最良。失敗すれば最悪だ。

 でも子供たちの思考は想像以上に柔軟だった。

「失敗したら、脱出しちゃえばいいんだよ」

 目の前に出口が見えているのに!

 大人たちなら間違いなく躊躇するであろう選択肢を子供たちは容易く選んだ。

 三体を同時に相手して一体でも倒せれば上等。先手が条件だが、そっちは子供たちに分があった。本物のドラゴンなら魔力を漂わせただけで見付かってしまうが、ここにいるのはあくまでキマイラの付属品だ。探知能力の低さは標準体と変わらない。と言っても、上級者向け迷宮の二十七階層の主だ。温度や振動、音や臭いにはそれなりに敏感だ。相性の問題だった。あくまで対抗手段を持つ魔法使いにとっては、という話である。

 そこで、ただ何もしないで見ているだけの傍観者が救済案を出すことにした。

 提案は脱出してしまう代わりに僕の結界に入ってはどうか、ということだった。もう一日費やして再チャレンジすることを考えると建設的な提案だったはずだ。

 子供たちは頷いてニコリと笑った。

「利用する気なしか……」

 

 子供たちはトーニオの手の合図に合わせて、ドラゴン頭三つを標的に一斉に攻撃を放った。

 無数の稲妻が落ちた。命中すれば獅子頭も巻き込める程の威力を孕んだ過剰な雷弾だ。

 不意打ちを食らったキマイラは陸に釣り上げられた魚のように跳ねて暴れた。が、すぐに動かなくなった。

「反応なし!」

「反応なし!」

「反応なし」

 子供たちが全員一斉に振り返った。全員口角を上げてにっこり。

 怖いよ。


 宝箱は石切場に散らばるように五つ。一つは前回と同じ場所に置かれていた。一つは固定か?

 段差を乗り越えられない子供たちは自前の階段を用意して進んだ。

 ランダムな箱四つは罠なし、錠のみ。中身はすべて金貨、締めて四十二枚。

「固定箱……」

 前回と同様、同じ場所に一つだけ外観が違う宝箱。しかもこれには前回同様罠が仕掛けられていた。

「早く帰ろう」

 子供たちの声に流されて、罠の確認をせずに解除した。

「金貨一枚……」

 大きな箱の底に光る金貨が一枚……

「罠だ」

 トーニオが言った。

 子供たちは全員大きく頷いた。



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