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クーの迷宮(地下27階 キマイラ戦) 海鮮丼

 その夜、僕は再びドックに戻り、鉄をミスリルに置き換える作業に入った。

 一人は寂しい。夫人が持たせてくれた水筒のお茶の湯気だけが僕の支えだ。

「ほんと、推進装置小さく収まっちまったな」

 高温高圧対策で分厚くしていた部分が一気にスリムになったせいで、装置自体の大きさがめちゃくちゃ小さくなってしまったのだ。元々左右二基で運用する予定だったが、これなら四基積んでも余りある。

 本体がスリムになる分、コアが占める割合が大きくなる。重量バランスもゼロから見直しが必要だ。

「どうしたもんかな」

 今度は『浮遊魔法陣』を五つ並べるスペースが足りなくなりそうだった。特に大伯母に頼んで造って貰った大出力用の魔法陣が……

 竜骨に沿って中央に縦三つ、後方左右に二つを予定していたが…… 中央に一つ、前後左右に一つずつの配置に変えるか…… それだと船が箱型になってしまう。高速艇にはよろしくない。縦三つは今となっては全長があり過ぎた。浮遊魔法陣は上下に重ねても意味ないからな。

「一枚返品かな」

 買い手はすぐ付くだろうが……

「ああ、その手があった!」

 コアブロックに付けちゃえばいいんだ。緊急脱出用に組み込んでしまえばいいのだ。冗談が本当になったな。これで転がりながら脱出せずにすむ。


 バランスを見ながら大まかに位置決めしていく。中央、コアの下に大型魔法陣を配して、重い物から順に置いていく。『補助推進装置』に『浮遊魔法陣』と特殊弾頭搭載型、広角旋回式・三連装砲台。これも数を増やそう。

「後なんだ」

 鉄の梁を排除しながらミスリルで竜骨(キール)を組んでいく。肋骨(リブ)を付け、支柱を立てていく。コアブロック後方中央に気嚢を納めるためのスペースを確保。全体のバランスを俯瞰で見る。

 ちょっとずんぐりしてるな。小型化して中央のコアの割合が増えたことで全幅に余裕がなくなったからだ。

 側面を狭めるために『補助推進装置』の位置を後ろにずらしたら、前が軽くなってしまった。

 前方格納庫に納める物資の重さもあるし、浮き輪もバラストも入るから問題なくバランスは取れるんだけど…… 『浮遊魔法陣』で調整が済む方がいいに決まってる。

「冗談抜きでラムでも付けるか?」

 無駄に重くなっては本末転倒。さてどうするか……


 試作段階だとまだまだ重量が変わってくるし、悩んでも仕方がないと悩み抜いた末に放置した。

「帰って寝よ」



 翌朝、今日がお祭りだと聞いた。

 港区最大の造船ドックが完成したらしい。これまでドック船が頑張ってきたが、これからは港でも大型船の建造、修理が可能になるようだ。まだ最初の一基でしかないが、これから軒並み稼働していく予定だそうだ。めでたいことだ。

 ドック船が一隻、これで前線に戻ることができる。現在、前線に持ち帰る魔石を掻き集めている最中らしい。新設ドックの最初の利用者にもなるようだ。

 そんな話を聞きながら、朝食を済ませると、僕はリュックを背負った。

「今日の相手はキマイラだな」


 地下二十七層の主は獅子の頭と山羊の胴体、蛇の尻尾を持つキマイラである。但し、亜種がいて一様ではない。キマイラドラゴンとかキマイラスネークとかいろいろだ。

 フロアの罠は大旨、仕掛け矢と槍、巨大振り子斧、目視してわかる物ばかりである。都市の廃墟をイメージした迷路は高低差を利用したショートカットなども多く、自由度が高い分、脇道も多い。

 特筆すべきは宝箱だ。固定の宝箱はほぼなく、ランダムで湧くため、文字通りお宝探しの様相を呈する。中身は金貨であることが多い。

 すべてはエルーダでの話だけれど……

 フロアに下り立ってすぐに気が付いた。

「人がいる!」

 反応の動きから冒険者だとわかった。キマイラと対峙していた。

「とうとう追い付かれたか」

 こちらの進行は平均して二日に一層、毎日前進する精鋭冒険者に追い付かれるのは時間の問題だった。

 マッピングの苦労から解放されるといいんだが。今日のところは進行ルートが被らないようにした方がいいだろう。

 取り敢えず顔を出して、こちらの存在を晒した。知った顔だった。

 手振りで自分は別のルートを行く旨伝え、僕たちはその場を去った。

「いきなり亜種か」

 分かれ道を下手に、上り坂の脇の小径を左に折れ、上り坂の足元を潜る。すると丁字路に差し掛かり、横断するキマイラドラゴンと遭遇した。

 実際のドラゴンの頭の何十分の一だ? それでも胴に比べて大き過ぎる頭がこちらを見据えた。こちらが敵かどうか横目で探っている。

 勿論敵だ。

 でかい方の獅子の頭もこちらを向いた。尻尾のドラゴンの頭は鎌首をもたげ、牙を剥き出しにした。

「いつ見ても歪だな」

 頬を膨らませ何やら気合いを込め始めた。

「ミニブレス!」

 吐かれる前に頭を吹き飛ばした。衝撃に引き摺られて獅子の頭と四肢がぐらついた。

「急所が二カ所あると面倒だな」

 掛かってこられる前にもう一撃。『雷撃』を放り込んだ。

「あんまり削ると実入りがな……」

 盾を構えていたヘモジが振り返る。

「五体残ってギリギリ魔石(大)だからな」

「周囲に敵いなーい」

 オリエッタが瓦礫の上から偵察する。

 魔石に変わるまで、周囲を見て回った。もしかすると宝箱があるかも知れない。

「ドラゴン頭の側には宝箱があるんだよな」

 瓦礫の下か、屋根の上、はたまた倒れ掛けの鐘楼の……

「怪しいな」

 崩れ掛けの階段を登る。

 ただの探検なら楽しいんだが。

「あった」

 ヘモジが盾を構えて前を行く。

「ナーナ?」

 ミミックを警戒し、結界をヘモジの前に張り付かせる。

 襲ってくる気配はない。後は罠の心配か。

『迷宮の鍵』が反応して箱が開いた。

「罠はなかったな」

 鍵だけだ。

「金貨九枚」

 切りの悪い。

「三等分するにはいいかな……」

 たまにはいいだろう。

「よし、今日の宝箱の金貨は三等分するか」

「ナーナ!」

「いいの?」

「たまにはいいだろ? いつも頑張ってくれてるからな。みんなには内緒だぞ」

「ナーナーナ」

 野菜の種を買う? 相変わらず欲がないな。ミスリル製の鍬が欲しいとか言ってみ。

「火耐性の肉球ガード買う!」

 肉球ガードって…… 靴下だろ。失礼、前脚はミトンか。

「ボロボロになってきたから」

 猫用の付与装備なんて特注以外ないから高く付く。

 超高価な首輪があるから、あってもなくても構わないのだが。普通、カンカン照りの砂漠を素足で歩くと火傷するからな。気持ちはわかる。

 三枚ずつ金貨をリュックに収めて降りると、律儀に魔石になって待っていた。

「魔石(中)……」

「尻尾吹き飛ばしちゃったからな」

 ドラゴン頭は結界を持っているので、つい力んでしまった。物理結界なので魔法には影響ないんだけど。

 僕はリュックに魔石を放り込んだ。

 少し離れたところで冒険者たちが戦っている。

「あっちはスネーク」

 元々標準のキマイラにも蛇の尻尾が付いているが、キマイラスネークの尻尾は大蛇だ。どっちが頭かわらないサイズである。二つも頭があって意見が対立しないところが謎である。

 道なりに進むと上りと下りに向かう二股の階段が現れた。

 高い所から周囲を確認しながらの方がいいだろうと、僕たちは無意識で上り階段を行く、が……

「崩れてる……」

「行き止まり」

「ナーナンナ」

 下を覗き込むと下り階段が進行方向を横切るまっすぐな馬車道に繋がっているのが見えた。

「トンネル」

 街道を左に折れると廃墟の下に潜り込むトンネルがあった。

「うじゃうじゃいそうだな」

 僕たちは下り階段を下りると右手に折れた。

「まずはマップの全体像を掴まなければ……」

「キマイラいた!」

 メモと鉛筆を腰の鞄から取り出そうとしたらオリエッタが叫んだ。

 標準タイプのキマイラが先の角で待ち構えていた。毒蛇の尻尾もドラゴンのブレスに比べればかわいいものだ。


 獅子の頭を吹き飛ばした後も平然と動き回る胴の先に伸びる蛇の頭を燃やした。

 動きが止まった。崩れるように沈む胴体。

 メモに地図情報を記入しながら、石に変わるのを待つ。

「ナーナ!」

 茂みのなかで何か見付けたようだ。

「お」

 こんな野原の真ん中に……

 鍵も掛かっていない宝箱から金貨七枚を見付けた。

 一枚を僕が預かり、六枚をまた三等分した。

「ヘモジ、罠には気を付けろよ」

「ナーナ」

 ヘモジは三度目を求めて草むらを一周するようだ。

 戻ると今度も魔石(中)だった。


 廃墟はどこまでも続く様相を呈していたが、やがて道は小高い崖に阻まれた。

「このルートはここまでか……」

 ひたすら右に折れてきたから右側の外周はほぼほぼ回った感じだ。

「ちょうど昼だし、戻って飯にするか」

「ナーナ」

「賛成」


 白亜のゲートから出てきたら、港区がいつも以上に活気に湧いていた。人通りもいつもの何倍にもなっていた。

 今日は完全オフにしたみたいだな。

 昼時と重なり、展望台前の集会所には人だかりができていた。大浴場も昼風呂を楽しむ客で繁盛してるようで、湯気が窓からこぼれていた。

 僕たちは人並みに逆らいながら我が家に帰った。

 途中、ソルダーノさんの店が繁盛しているのが見えた。夫人がまだ手伝っている。

「こりゃ、帰っても自炊かな」



「い、いらっしゃい……」

 ワタツミ様が食堂に鎮座していた。

「おー、ようやく帰ってきたか。来たら、誰もいないからがっかりしたぞ」

 僕は今がっかりしてますけどね。

「何かご用でしたか?」

「ふふん、また地上の料理が食いとうなってな」

 一日しか我慢できなかったのか。

「土産も持ってきたぞ」

 台所を覗くと女の子たちが足場に乗って調理に悪戦苦闘していた。

「男連中は?」

「大人を呼びに行ったきり、帰ってこない」

「夫人も今すぐは帰れないだろうし、ラーラたちもこの人出ではな……」

「師匠、どうしよう?」

「後は僕がやろう」

 一生懸命やっているのはわかるが、食材がかわいそうになるレベルだ。

「で、今回の土産は?」

 貝やタコ、海老、小魚、どれもちょうどいい大きさだった。学んだようだ。が、子供たちには難しい食材ばかりだった。

 どれもアールヴヘイム産の懐かしい食材だけど。

「よし、海鮮丼にするか」

 醤油以外の味付けにもチャレンジして貰いたいところだが、それが僕の料理では気の毒だ。

「お米炊く?」

 今日のところは酢飯はお預け。子供たちの腹の虫の限界を考慮した。

 子供たちは準備に入った。調理できなくても海鮮丼なら子供たちも何度か食べている。

「イカ取ってくる」

「マグロもな」

 大量に残っているマグロも忘れずに。具の半分をマグロにしてやる。



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