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クーの迷宮(地下26階 スケルトンプルート戦) ワサビ


 取り敢えず大皿六枚に盛れるだけ盛った握り寿司。大トロ、中トロ、赤身が向日葵(ジラソーレ)の種のようにずらりと並んだ。

「さすがにこれだけあると壮観じゃな」

 余った分が一部山積みされている。子供たちはそれを得したとみたが、大伯母は自分の力作が下敷きになるのを見て眉を潜めた。

「絶妙な握り加減が……」

 戯言は捨て置こう。

 各テーブルに醤油と小皿も並んで形になったところで全員席に着いた。

 初めて会う者もいたので、ここで改めてワタツミ様を紹介し、お土産の礼を言い、返しにワタツミ様のお言葉も頂いて、いざ会食と相成った。

「うまく掴めんのぉ」

 お箸の使い方を覚えるところから始まった。

 我が家ではみな使えたが、さすがに初心者に崩れ易い寿司を掴めというのは無理があった。

 元々手で食べていいものだから、本日はみな手で食べることにした。寿司以外の物はフォークでも食べられるのでそちらはそれを使って頂こう。ボンゴレを器用に食べるのだからそっちは問題ないだろう。

「すまぬのぉ。みなまで付き合わせて。なにぶん、箸など使ったことがないのでのう」

 水のなかで調理というのがまず無理な話だ。火を通すことすらままならない。精々食べる魚のバリエーションを変えるぐらいだろう。ナガレも最初は味音痴だったと言うから、味がわかるだけまだましというものだ。

 ラーラの指導の下、最初の一つを手で摘まんで醤油に付け、口に放り込んだ瞬間、彼女は固まった。

 子供たちもまねをして、サビ抜きを口に運んだ。

「なんじゃ、これはぁ!」

 マグロです。

「お、おいしい!」

「うまい! 何これ!」

 だからマグロだ。

 子供たちもすぐ同調した。

「これ、お魚なの?」

「ご飯と凄く合う!」

「こっちの方が好き!」

 マリーが大トロを二回に分けて頬張った。

 子供たちの大合唱にワタツミ様の感動の言葉が掻き消された。と思ったら声を発していなかった。

「これが妾が持ってきたマグロか?」

 魂が抜けたように放心状態になっていた。

 渋めの緑茶でも入れて差し上げようか。

「オーッ」

 何がオーなのかわからないが、興奮しながら子供たちは自分たちの握った寿司を完食し、大人たちが握った皿に飛び付いた。

「ああッ!」

「そっちは駄目!」

 夫人とラーラが気付いたときには遅かった。

 数人が頭を抱えて悶絶していた。

「か、からい……」

「そっちはワサビ入りだから。駄目よ、子供は」

 するとワタツミ様がキョロキョロし始めた。

「これはワサビ入りか?」

 自分の皿にワサビが入っているのか尋ねた。

 誰よりも長命だとは思いますが……

「いきなり刺激的な物を出すのは憚られたのでサビは抜いておきました」

「癖がありますけど。試されますか?」

「辛いですよ。刺激がとても強いですよ」

「何事も経験じゃ」

 子供扱いが嫌なのだろう。意外に子供っぽい。

「じゃあ、ワサビの少ないやつをまず……」

 食べ慣れている僕とラーラと大伯母の皿以外、大人たちもみな少量だった。

 が、あっという間に涙目の子供たちの仲間入りを果たした。

「この鼻に抜ける辛さがそのうち癖になるんですよ」と、今更言ってなんの慰めになるだろう。

 夫人が兜焼きを運んできて、騒ぎはすぐに過去のものになった。

 でかい頭がそのまま大皿に載って出てきたせいで、別の騒ぎになっただけだが。

 でも、そのそぎ落としのおいしさといったら……

 これまた感動で沸き返った。

「焼いて食べるだけでこうも違うとは…… 妾のこれまでの生涯は一体なんだったのじゃ!」

 大袈裟な。大体、何歳分の生涯なんですか。

 大伯母が余りの哀れさに秘蔵の米酒を持ってきた。

 ワタツミ様の長い一日は日付変更線を過ぎても収まる様子がなかった。

「明日みんな早いから寝るぞ」

「はーい」



 朝はオリーブオイルでカルパッチョが出た。

 ワタツミ様は二日酔いを発症していて、地上の食文化の危険性についてブツブツ文句を言っていたが、一口食べたら収まった。

「これもマグロか!」

 赤身です。

 お昼は海鮮丼でもと思ったが、用事があるそうで、今日のところは帰るとおっしゃられた。

「今日のところはか……」

 僕たちは迷宮に行く途中、工房に行くモナさんと一緒に例の桟橋まで彼女を見送った。

 子供たちは代わる代わる抱き付いて別れを惜しんだが、僕は間を置かずまたすぐ来る気がしたので気楽に手を振るのみにした。

「海底火山でマグロは焼けるかの?」

 馬鹿げた独り言が聞こえた。

「料理人も一緒に焼けそうですけどね」と、僕は手を振りながら思った。


「じゃあ、倉庫で待ってるから」

 子供たちをモナさんに任せて、僕はオリヴィア・ビアンコの元へ。ミスリルが調達できたこと、それに伴う建造計画の見直しを伝えに向かった。

 

 いやー、オリヴィアの怒ること、怒ること。

 実際の作業はまだ準備段階であったが、当然である。お詫びにマグロを進呈しておいた。


 そんなことがあったとはおくびにも出さず、オリヴィアはしれっと倉庫で現物確認。

 子供たちが騒いでいた。

 トーニオとジョバンニはきのうの回収劇を武勇伝の如く語って聞かせていた。

 モナさんは既に『補助推進装置』のことしか頭にないらしい。一点を見詰めながらブツブツ言っていた。

 オリヴィアは唖然。

 物流の専門家として、驚かずにはいられなかったのだろう。そりゃ、そうだ。ミスリルの量は爺ちゃんたちの異常性のなせる技だとしても、それを一度に、しかもこんなに大量に運び込んだのだ。

 ワタツミ様を大枚はたいてでも採用したくなるだろう。

「これから迷宮に入るけど、明日までには向こうに移しておくから」

「さっさと骨組み組んじゃってよね」

 そうだ、それがあったんだ。まずはこちらから始めなければ。大伯母がどこまでやってくれるかわからないが、大伯母も昨日の今日だ。

 サイズ的には一回りも二回りも小さくできるだろうが、コアブロックのサイズは変わらない。コアブロックから手を入れて貰うことになるだろうか。

「頑張ってみるよ」

 探索をやめたいくらいだったが、間を置くと子供たちの勘が鈍る。

「ようし、行くぞ」

 僕は後をモナさんに任せて、子供たちを連れだした。



 昨日と同じ二十六層、スケルトンプルートである。

「あいつら全員、武器投げてくるから気を付けろよ。最初、プルートはこっちでやるから。しっかり結界張って観戦だ。一枚じゃ抜かれるから気を抜くなよ」

 最後の言葉に子供たちはどよめいた。そしてあっという間にペアを作った。

「武器跳ねるの注意」

 オリエッタも助言する。

 僕たちは地下への扉の前に立った。

 きのうと同様『解析』スキルも発動する。少し成長した兆しが見えた。名前以外のものがちらっと見えた。

「入ったところにウォーリア!」

「奥にアーチャー!」

「奥にワーグ!」

 扉を開けると早々に子供たちが動いた!

「燃やす!」

 子供たちは三方向に展開して一瞬で仕留めた、が……

「臭い……」

「これって…… 燃やさない方がいいんじゃないの?」

 ニコレッタが鼻を押さえた。

「どうせ消臭結界張るだろうに」

「それはオリエッタがいるからだろ。こっちはそこまでしないから!」

「凍らせましょう。動きが速いから当てるの難しいけど」

「じゃあ、予測して」

「その先に罠ある」

 遠くから発動させた。

「ワーグ来た!」

 きのうよりやや早い展開。ワーグが一斉に釣れた。縄張りが決まっているから襲ってくる順番は同じようだ。

 早速、凍らせるが、氷を生み出すまでのわずかなタメがあってワーグ相手では遅れがちになった。待機状態のところに追い込んだ方が早い。単細胞だから一撃入れられたらがむしゃらに突っ込んでくるから。そこをタイミングよく待ち構えて……

 それでも遅れること数回。でも間に合った。

「三歩手前で」

 がつんとやる仕草をトーニオが見せた。子供たちは頷く。

「素直に燃やせばいいのに」

 持続ダメージが入る炎系が楽なんだが。弱点属性だし。まあ、氷の魔法も修行次第なんだけどな。

 子供たちの独創性に口を出すつもりはないので、こちらは警戒に専念する。不測の事態は何が原因で起こるかわからないからな。

 早速、武器を投げてきた相手に動揺して固まった。武器を持たないスケルトンなんて、子供たちの敵ではないのだが。初めて見ると驚くものだ。ジョバンニが軽々弾いたが、それがニコロとミケーレの方に跳んだから大変だ。綺麗なフォーメーションが崩れた。

「悪い。大丈夫か?」

「大丈夫」

 大きく深呼吸して全員すぐさま平常心だ。お互い目配せして位置を確認しながら、注意を促し合う。

 それからは順調に推移した。僕のように途中ダレることもなく、淡々と。

 その努力が報われたのか、魔法装備が四つも出た。宝石も金になりそうな物が二つ。


 そしてプルートのいる広間に辿り着いた。

 子供たちはその大きさにぽかーんと口を開けた。

 斧を振り下ろしてきたときの踏み込みの大きさにも目も見張った。

「あれも投げてくるの?」

「だから注意しろよ」

「注意するレベルが違うよ」

 二人組を解消して、四人と五人に分かれた。

 ヘモジは見せることを忘れず、しばらく敵を翻弄した。

 プルートはいたたまれず武器を投げるモーションに入った!

 僕も子供たちの張った結界の内側をカバーするように結界を張る。

 そしてプルートは持っていた両刃の斧をヘモジめがけて投げ付けた。

 ここの建物は柱は頑丈なくせに床は意外に脆かった。分厚い石畳を砕きながら、ヘモジの脇を擦り抜けた。

 破片が結界に当たる。

 そして斧は壁に激突。丸腰のでかいスケルトンが残った。

 ヘモジはもう用はないとばかりにミョルニルをふり下ろした。



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