ゲートキーパー
ヘモジもオリエッタも光を微動だにせず見詰め続けた。
そして光の消滅と共に、ラーラの切裂いた亀裂も跡形もなく消えていた。ふたりの瞳のなかにだけ、きらりんと煌めきが残った。
ふたりは呆然とするイザベルとモナさんの周りで飛び跳ねて喜んだ。
『ニース』が突然、咳き込むように揺れた。
オリエッタは滑って一足先に地上に落ちた。
「生きてるかー?」
「ナーナー」
二機のガーディアンは浮力を失い地上に舞い降りた。
オリエッタが砂まみれになりながら追い掛けてくる。
『ワルキューレ』からは反応もなく、ラーラは操縦桿を握ったままぐったりしている。
ヘモジが急いで『万能薬』片手に救護に向かった。
ちょっとご主人様には?
めまいを覚えながら僕は自分のウエストバッグから『万能薬』を取り出した。
「こちら側には被害はなさそうだな……」
魔素をうまく使い切れたようだ。
『万能薬』が身に染み込むこの瞬間がたまらなく心地よい。
「ふたりは大丈夫か?」
「ええ、一瞬ひやっとしたけど今はなんともないわ」
「こっちも大丈夫。でも魔石は空っぽよ」
空を覆う砂塵が消え、いつもの青空が戻ってきた。
「合流しようか」
僕たちは魔石を取り替えると姉さんの船に向かった。モナさんの『ニース』は格納デッキまで上がれず、クレーンで引き上げた。
モナさんは恐縮して断わっていたが「お礼に修理費を出すから、スラスターも直しちゃいなよ」と僕は強引に誘った。
難儀しながら格納を済ませて、出撃していた他の機体と一緒に損傷チェックをしていると、冒険者ギルドに全員出頭するようにとの通達があった。
「あの、わたしは事情がよくわからないんで、ここにいてもいいですか?」
モナさんは格納庫にずらりと並んでいるガーディアンに目を輝かせていた。
「彼女、ほんとは整備士なんだ」
「なるほど、それでか……」
バリバリにチューンしてある『ニース』を格納庫のスタッフが感心しながら見上げた。
整備士同士、気が合いそうだ。
「事情説明ならわたしたちで充分よ」
ラーラが言った。すっかり顔色も戻ってる。
「ナナナ」
「お釣り来る」
モナさんひとりを置いていくのは忍びないとイザベルも残ることにした。
これから行なわれる会議に姉さんたちトップランカーやギルドの重鎮、もしかすると王国からの使者も出席すると聞いて二の足を踏んだようだ。
ギルド本部の会議室はオアシスの畔、町の中央に一番近い港にそびえ立つ大きな石造りの最上階にあった。
「『ミズガルズ統括本部』……」
「メインガーデンのギルド本店とは別物よ」
姉さんが言った。
「そうなの?」
「ここはこの世界の冒険者ギルド全体をまとめている総本山だから通常業務はしてないわ」
ビルのなかは祭りの準備以外に今回の事後処理も加わって、従業員や外来やらでごった返していた。
なるほどギルドというより、行政府だ。
扉を開けると既に喧々囂々、意見が飛び交っていた。内容は主に補償についてだ。
「遅いぞ」
冒険者の一人が姉さんに突っかかった。
「主役のエスコートに時間が掛かってね。ラーラ第四王女とわたしの甥だ」
「王女だと!」
ラーラの存在は会場を黙らせるに充分だった。
「今回の討伐に手を貸して頂いた。彼女にしかできないことだったのでね」
姉さんはいきなり王家の奥義『無双』が今回使われたことを暗示した。
これでランカーたちは一番聞きたかったことを聞けなくなった。どうやってあの状況を収めたのか。
僕たちが入ってきた扉がすぐに開いた。
「全員揃っておるな。ゴホゴホ」
ギルドマスターだ。
ミズガルズ側のトップであるが、アールヴヘイムを含めるとナンバースリーに位置する重鎮である。
「おや、リオ坊、こんな所で何しておる? それに…… 仲がええの」
入口を塞いでいた僕たちに気付いて声を掛けてくれた。
「お知り合いで?」
秘書がギルマスに小声で尋ねた。
「ロメオ工房のマイスターじゃよ。それにエルネスト・ヴィオネッティーの孫じゃ」
ざわめきが起こった。
「ロメオの奴は元気にしておるか?」
「はい、相変わらずです」
「門での一件ではご苦労じゃったな」
「たまたま通り掛かったものですから――」
あちゃあ、薬代高額だったから…… さすがに報告が行ったか。
「やれることをしたまでです」
「その件も今回の事件と繋がっているかもしれないよ」
初めて見る人だ。冒険者でもなさそうだけど…… まるで『異世界召喚物語』の主人公のようだ。黒髪に黒い瞳。異邦人か?
「君のお爺さんとは古くからの友人でね。会えて嬉しいよ。さすがに今回の一件は看過できなくてね。遠路遙々わざわざ飛んできたってわけさ。まあ、転移でちょちょいだけどね」
「おい、身内の話は後にしてくれないか。こちとら暇じゃねーんだ」
「ああ、申し訳ない。つい古い友人に会ったようで嬉しくてね」
「皆、会うのは初めてじゃな。彼はゲートキーパー。この世界の要を管理するヤマダタロウ氏じゃ」
「ゲートキーパーだと!」
ゲートキーパーとはミズガルズとアールヴヘイム、二つの世界を繋ぐ特殊な転移ポータルの呼称であると同時に、世界と世界を繋ぐことを生業とする次元生命体の総称でもあった。
この世界のもう一つの住人にして、今なお世界中の迷宮を維持管理していると噂される伝説の存在である。
迷宮最深部が住処だと爺ちゃんが言っていた。
「今回の事件はそれだけ憂慮すべき事態だったと理解して頂きたい」
議事録はすべてアールヴヘイムの王宮に送られると前置きされると、打って変わって粛々と話し合いが始まった。
参加者は冒険者側からランカーの上位五人。
うち一人はつい午前中、知り合ったばかりのランキング五位『ロックンウィル』代表、ソール・ルカーノ氏。
その隣がさっきまでお世話になっていた四位の『アレンツァ・ヴェルデ』の代表、カー・ニェッキ氏である。戦闘要員に見えないところを見ると技師か、ガーディアン乗りだ。
三位の代表は一番大声で騒いでいた『デゼルト・アッレアンツァ』のパオロ・ポルポラ氏。髭面の暴れるのが三度の飯より好きそうな海賊のような風体の御仁である。
『アレンツァ・ヴェルデ』の見学の後、お邪魔しようと思っていたギルドだ。
その隣りは工房のお得意様でランキング二位のブリッドマン・カステッルッチ。『愉快な仲間たち』じゃなかった、『楽園の天使』の代表だ。
そして最後は『銀花の紋章団・天使の剣』リリアーナ・ヴィオネッティーだ。奇しくも一位と二位が共に『天使』を冠するが、姉さんたちの方は女性名詞になっている。今では男女混成部隊だが、本丸は知っての通り女性のみである。
そんなわけで僕が協力するにしてもメンバーとしてではなく、外側から協賛する方がよいと察する。でもこうも冒険者たちの損傷がでかくなると当てにしていた船の調達が難しくなりそうだ。
それにしても爺ちゃんから聞いていたヤマダタロウが今目の前にいる…… 実在したんだ。『異世界召喚物語』の主人公の写し身。それはつまり物語の主人公がかつて実在したという証であり、物語の世界が史実だったという証拠だ。
これって凄いことだよ! 歴史の生き証人が目の前にいるんだ!
「では今回のあれは異世界からのアプローチだったと確定してもよろしいのですか?」
「間違いありません。恐らくトレーサーでしょう。最悪の状況だったと推察できます。この世界の存在がタロスの新たな勢力に察知されるところでした。座標を特定されたが最後、再びこの世界が標的になることは明白でした」
「見付かったと考えるべきかね?」
「その兆候は今のところありません。もし見付かっていたら、今こうしている余裕はないでしょう」
「今回、ラーラ様がこの町に滞在しておいで下さったことは僥倖でありましたな」
ラーラは何か言いたそうに僕を見た。
言いたいことはわかっている。手柄の独り占めに気が引けるのだろう。
でも言うわけにはいかない。『無双』使いが実はもうひとりいて、たまたま今回は自分が処理したに過ぎないとは。僕のなかにも王家の血が流れていることは『無双』のなんたるかにも増して極秘なのだ。
今回は『プライマー』を使う必要があったから『無双』はラーラに任せたが、それを気にしているのだ。気にしなくていいのに。気にしてしまうのがラーラなのだ。
「それで肝心の原因は何かわかったのですか?」
「それが、つい先程連絡があった」
ブリッドマンの問いにギルマスが答えた。
「西方のターの採掘場が一つ吹き飛んだ」と。




