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クーの迷宮(地下25階 水竜戦)彼の者、遠方より来たる

 夕日を横目に悠々と船は進む。

 子供たちは騒ぎながら寝床の準備をしていた。ランタンの光で船倉を満たしながら寝袋を敷き詰める。

 僕は舵を取りながら見張りをし、女性陣は夕飯作りに精を出した。夕食はカレーである。

 そんなときだった。

 突然、海底に反応が……

「何かが真下から迫ってくる!」

 この巨大さは水竜に違いない!

 僕は多重結界を張った。が、目標は船からそれていった。

 波飛沫を上げて巨大な何かが海面から飛び出してきた。

 大きな高波が甲板を揺らした。

 結界で大波は防いだが、調理していた女性陣は鍋に入ったカレーの具と一緒に反対側の手摺りまで吹き飛ばされた。それでも鍋が暖まっていないことが幸いした。

 夕日を背にした巨大な影がすぐそばに聳え立つ……

「水竜だぁ!」

 子供たちが慌てて船倉から飛び出してくる。

「ここまで来て、振り出しか」と、ルチャーナは悔しそうに言った。

「全員撤収」

 そう言い掛けたときだ。頭のなかに女性の声が飛び込んできた。


『ナガレノニオイガスル。ソナタタチハ、ナガレノシリアイカ?』


「ナガレ?」

 子供たちは不審そうに顔を見合わせた。が、ラーラと僕はその名に心当たりがあった。

「知り合いだ」

 シルエットが近付いてくる。

 でもなんだか縮尺がおかしい。

 すぐ隣にいると感じていたのに、それはずいぶん離れた場所にいたようだ。夕闇を覆い尽くす程に、想像を超えてどんどんどんどん影は大きくなっていった。

「これが水竜?」

 子供たちが全員尻込みした。

 違うだろう。この大きさは……

 これはドラゴン以上だ。

「ナーァア?」

 ヘモジがぽかんと口を開けて影を見上げた。

「敵じゃないみたいね」

 それでもラーラは万が一に備えて腰の剣に手を伸ばす。

 シルエットが金色に輝いて夕日と一体になったかと思うと、巨大な影は忽然と姿を消した。

「まぶしい!」

 夕日が目に飛び込んできた。

「妾はナガレの母である」

 突然、後ろからさっきの声がした。

 振り向くとそこには大人になったナガレが立っていた。ナガレに似た角を象徴する髪飾り…… これは間違いない。

「…… おや? その顔は……」

 食い入るように僕の顔をまじまじと見詰めた。

 なんだよ、この膨大な魔力…… 災害級だろ、これ。

 だいたいどうやって他人の結界の内側に入った!

 爺ちゃんが昔相手にしたというエンシェントドラゴンか。空間を渡る能力があったという伝説のドラゴン。

「エルネストの坊やじゃないわよね? 人族の顔は見分けが付かんのぉ」

「エルネストは爺ちゃんだ」

「なんと! もうそんなに月日が流れたか。んー…… もしかして…… あの小さかった赤子かや?」

 そう言いながら僕の前髪を掻き上げた。

「そうか。そうか。立派になったものじゃな」

「僕を知ってる?」

「知ってるも何も、ナガレが子守をサボるために、よう妾に預けに来たものじゃ」

 ナガレの奴…… いくら実家の母親でも海の底にいる親に赤ん坊を預けるなよ。

「すいません。記憶にないです」

「当然じゃ。まだ幼かった故な。そこの娘の三分の一にも満たなかった」

「ナガレの母親ってことは竜神なのですか?」

 ラーラが恐る恐る口を挟んだ。

「あら、あの子ったら秘密をしゃべっちまったのかい?」

「我が家では公然の秘密です。どこをどう見ても水竜の域を超えてますから、ナガレは」

「それで、ここは何処だい?」

「ここはクーの迷宮の二十五階層です。ミズガルズの最前線にある迷宮の……」

「ミズガルズ! それはまた難儀なところに繋がったものだね」

「ゲートキーパーをご存じで?」

「妾と似たような力を使う者たちじゃな。妾は水の領域を支配するのみじゃが」

 さらっと凄いことを言った。

「ええと…… そろそろ紹介願えないかしら?」

 ジュディッタが言った。


「舌がピリピリするのぉ」

「香辛料がいっぱい入ってるの」

「そうかそうか」

 子供たちがあっという間に懐いてしまった。彼女を中心に円陣ができ上がっていた。まさに母なる海の象徴。

 人ならぬ身の擬人化であるが故に妖艶で狂おしい程に美しい。胸元が若干開いた異国風の衣装を身に纏った耽美な様は我が家自慢の美女たちですら霞む程だった。

 あの胸に昔抱かれていたのか…… 思い出せないのがもどかしい。

「ナガレが大人になるとああなるのね……」

 十年後のナガレって感じだ。実際は婆ちゃんに合わせて歳を取っている感じなので百年後かも知れないけど。リオナ婆ちゃんも妖怪婆集団の一員だし。

 兎に角、眼福だ。

「よいか、女子(おなご)たちよ、子供は勢いで作るものじゃ。いい()の子がいたらひたすら突き進むのじゃ。遊び足りぬなどとは言うておられぬぞ。歳を取ってからでは打算が絡む故な。(つがい)を見付けるだけでも難儀するぞ」

 何話してんだか。

 男連中はぽかーんと遠巻きに見ほれていた。


 竜神がいては水竜は近づけない。その夜はのんびりと休むことができた。



 そして翌朝、太陽が神々しく水平線から昇る頃、目標の島が見えてきた。

「ではな。お主たちの湖にちゃんと祠を建てるのじゃぞ。さすれば我が加護が届くようになるからの。妾も訪ね易くなる。さすれば眷属も」

「その理屈だとナガレも?」

「あやつにはまだ世界を渡る力はない。ゲートキーパーとやらの力を借りるなら別じゃがな」


『ソレデハ、ホコラノケン、タノンダゾ』

「任せてー ワタツミ様」

 朝日を纏いながら消えていく巨大な影を子供たちは厳粛な気分で見送った。


 重荷を下ろしたようで、ほっとして目の前に見える島に目を向けた。

 出口のある島の中央に切り立った山が見える。

 いよいよ上陸だな。と思ったその時である。

 島の影から反応が。

「なんか小さい反応が」

 ニコロとミケーレが言った。

「小さくないから」

 竜神の気に当てられたせいで水竜の反応が雑魚のように思えたが、残念ながら船の上でまともにやり合える相手ではなかった。

「ここまで来て引き返すのは嫌ですわね」

 ジュディッタは唇を噛んだ。

 全員同じ気持ちだった。

「わたしがやってもいいけど」

 ラーラは言ったが、それは子供たちの仕事だ。

「地上でならやれるか?」

 子供たちは不敵に頷いた。

「ようし! 全員荷物をまとめろ。島に転移する!」


 僕たちは島の砂浜に降り立った。

 水竜はまだ遠くで船を迎え撃とうとしている。

「師匠!」

「好きにやってよし!」

「おっしゃー」

 水を得た魚だな。

 子供たちは海岸線に沿って広がり、杖を掲げた。

「おや?」

 トレントの杖だ。よく見るとそれは子供たちに合わせてわずかだが進化していた。

「大師匠が使わない手はないって」

「最近、ちゃんと使ってなかったもんね」

 杖に魔力を通してなかったってことか?

「間に合ってたからね」

 ただの木の棒扱いしていたわけか。

 それで一週間悩んでたとは馬鹿馬鹿しい。

 大伯母に泣きついて、問題発覚。改めて杖を利用することにしたようだ。

 どうりで成長してなかったわけだ。

「師匠だって使ってないし」

 ジト目でこっち見るな。

「僕のは決戦兵器級なんだよ。余程のことじゃなきゃ、使わないんだ。焚き火に『地獄の業火( インフェルノ)』使わないだろう?」

「みんなの杖の癖を教えてくれたんだ」

 聞いてないし。

「僕の杖は制御を助けてくれる」

 トーニオが言った。

『ゲイ・ボルグ』の影響だろう。

 オリエッタは小声で『魔力量増加』『魔力回復速度増加』『魔法攻撃力プラス』等もあることを教えてくれた。

 因みに『魔力量増加』『体力増加』『魔法攻撃力プラス』と『魔法防御プラス』は全員が標準で持っているらしい。

「俺の杖には『身体強化』が付いてるんだぜ。掻き回してやるぜ」

 ジョバンニが言った。

「わたしたちのは遠くまで届くんだって」

 マリーの言葉にカテリーナが頷いた。

 射程にプラスが付いてるらしい。

 オリエッタ曰く、各種増加量は群を抜いているようだ。

 ヴィートやニコレッタの杖も攻撃重視。

 ヴィートは気付いていないのか、何も言わなかったが、ジョバンニ以上に『身体強化』の数値が高いらしい。それに『魔法攻撃力プラス』の数値も。制御付与まであるようだ。

 ニコレッタの杖は『風魔法プラス』まで付いて特化仕様になっていた。杖の色も若干緑がかっている。風属性の『無刃剣』を多用しているせいだろうが『魔法攻撃力プラス』の効果込みで実力の五割増しの威力が見込めるらしい。ある意味この中では最強だ。

 ニコロとミケーレの杖はバランス型と言えるだろう。攻撃重視かと思っていたニコロの杖が、意外にも防御寄りだったことには驚いた。ただこのふたりの杖、どういうわけか揃って『隠遁強化』という杖には不似合いな付与が付いていた。

 魔法の杖としてどうなのだろう?

 ニコロの杖は『魔法攻撃力』側に、ミケーレのは『魔法防御』側に若干振れている。

 そしてフィオリーナ。さすがパーティーの縁の下の力持ち。チェスでいうところのクイーン。まさにみんなの杖の特化した要素以外、ほぼほぼ全員の杖の能力を上回っていた。

 最初は同じ杖だったのに……

 その杖を高々と掲げるとみんな声を揃えて叫んだ。

「『ゲイ・ボルグ』!」

 全員参加の集団魔法!

 三枚の魔法陣が空に浮かんだ。

 制御担当はトーニオとフィオリーナ。

 さすがの水竜も気が付いた。鎌首をもたげて叫んだ。が『ハウリング』はここまで届かない。

 巨大な槍が消えると水竜の首が大きくねじれた。

「どうだ!」

 声を揃えて叫んだ。

「子供のすることじゃないわね」

 ラーラは言った。

 子供たちは万能薬を舐めた。

 水竜は海に沈んだまま姿を消した。

「海の魔物はこれがあるんだよな」

 危なくなったら水中に逃げ込んでしまうのだ。

 こちとら装備を抱えたまま水中には潜れない。余程攻撃的な相手でなければこれで終わりだ。

 結果がわからないとモヤモヤするだけだ。

「行くぞ」

「卑怯者!」

 子供たちの捨て台詞がかわいい。

 女性陣は微笑まずにはいられなかった。

 かくして僕たちの長い探索は終った。



 それから僕は湖の中央の記念碑のある島に竜神の祠を建てた。爺ちゃんに連れられて各地にある祠の修繕を手伝っていたことが功を奏した。

 しばらく会っていなかったミントが、村長一行と共に驚いてやってきた。

 そして高級布地を細切れにした物を大量に持ち帰っていった。

「ベビーブームなんですって」と、高級布地を提供した夫人が言った。

 産後の肥立ちのためにといいながら、忘れず万能薬も持ち帰る調子のよさよ。

 真っ先に恩恵を受けたヘモジは元気はつらつ。いつも以上に農作業に精を出した。

 その甲斐あってか、初期に植えた緑化植物はしっかり根付いていると報告があった。

 数ヶ月後には若干の豆の収穫が見込めるらしい。油も少しは取れるようで、花が咲けば蜜も取れるとのこと。結界の恩恵で環境もよくなってきているし、麦が穂を垂れる日もそう遠くはないだろう。そこへ今回の加護である。

 さらにタロスに狙われることになるだろうが、こればかりは仕方がない。


 祠を建立して数日後、湖で養殖をしていた連中が巨大な影を見たと噂になった。

 僕と子供たちは「来たね」と口角を上げた。



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