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模型とインゴット、クーの迷宮(地下25階 水竜戦)

 その後、子供たちは僕の模型をぺしゃんこにして、コアの上部を常に露出させる楕円形の断面構造を採用した。盾は不採用。代わりに伸縮する脚が付いた。先端は宙に船を固定するための既存のアンカーだ。先端は皿形と返しの付いた鏃形の二種類。構造的には丸盾の中央から槍が突き出す感じだ。

「やっぱり見晴らしはよくなくちゃね」

 フィオリーナが言った。

 装甲から頭をちょこんと出したコアを子供たちが見詰める。

 なんか格好よくなってる。

「背が高いと遠くから狙われ易いんだって」

「でもこっちからも見えなくなるよ?」

 マリーとカテリーナは自作した鉄の足場に仲よく乗りながら楽しそうに言葉を交わす。

「でもいいの? これ、いじっちゃって」

「もういじってるだろ。みんなの意見も聞きたいから好きにしていいよ。こっちの用は済んでるからな。お前らの修行にもなるし」

 実用性があれば形なんて二の次の自分には、大伯母を始め、そこに尽力してくれる者がいるというのは有り難いことなのだと己を諭す。機能性を突き詰めれば必ず機能美が付いてくるという信念は脇に置いておくにしても、そうならないのだから負け惜しみ丸出しである。

 きっと新たな賢知で何ができるのか、まだ理解できていないからだと自戒する。

「こういう修行なら毎日でもいいけど」

「なんだ、カテリーナはこういうの、好きか?」

「カテリーナは人形とか作るの得意なんだよ」

 褒められたカテリーナは赤くなった。

「特殊弾頭搭載の広角旋回式・多連装砲台は正解だって大師匠、言ってたよ」

 ニコロが会話に詰まったカテリーナに助け船を出そうとしてフライング気味に会話に割り込んできた。

「おー、噛まずに言えたな」

 ジョバンニがそんなニコロをからかった。

「山の向こうだって狙えるんだよね?」

 ジョバンニの茶々にも負けず頑張る。

「でもどんだけ馬鹿なんだって言ってた」

 ゴン。思わず僕はテーブルに頭を垂れた。

「師匠……」

「なんだよ」

「量産すること考えてないだろう、だってさ」

「…… 忘れてた」

「これだよ」

 子供たちの慈愛に満ちた呆れ顔を肴に、僕はインゴットを作り続ける。

 話題を変えたい。

「お前ら、よくこれを半分にしたな」

「流れ作業ってやつ? 大師匠がその方が早いって言うからさ」

「効率的だけど、修行にはならないぞ。そんなんじゃ、魔道具でやるのと変わらない」

 みんな一斉に僕を見た。

「何?」

「あるの?」

「何が?」

「魔道具!」

 ないはずがない。『ロメオ工房』のマイスターなんてしているからには自前で素材調達することはよくあること。仕事である以上、効率重視、修行がどうのと言うことは二の次だ。当然扱ったこともある。ただし、今あるのは記憶だけだが。


 材料は山程あるので、今後のためにも残りの時間をサボるための魔道具制作に当てることにした。

 精製までは魔力消費が大きいので手で行うとして、型入れから成形、枠を抜くところまでのプロセスを自動化する。

 元々魔法使いの手で行う型取りに使う鋳型は、手作業故に一つのインゴットに対して一つというのがお定まりだった。幾つ型を並べてもやることは変わらない。精度と、鉄の温度が上がらないため連続作業が可能な点が、利点と言えば利点である。

 一方、鍛冶屋は一度に十個、二十個連結した鋳型にるつぼを使って一気に流し込む製法を用いる。経験が物を言う現場なので工房や職人の腕によっては製品にばらつきが生まれることがある。故に製造者責任を表わす刻印が重要になる。また溶かす時間や冷ます時間が必要になるため、一度にできるという利点はあれど、魔法使いの地道な作業に軍配が上がるだろう。何より安全性が格段に違う。

 そこでお互いのいいとこ取りをしてしまおうというのが、今作の魔道具である。

「鋳型は二十連結だ」

 鉄製の重いフレームに、鋳型の枠がずらりと並んだ卓が載った作業台を用意する。これに術式を施せばインゴット量産用魔道具の完成である。

 精製した粘土状の鉄塊を若干多めに流し込んで蓋で押さえ付けるだけで、最終段階まで一気にやってくれる優れ物だ。

 必要なのは魔力のみ。難しい気遣いがいらないところが有り難い。

 完成からはまた手作業になる。

 固まったインゴットを取り出す作業を行う。鋳型の底板を外すと二十個のインゴットがゴロゴロと足元に落ちていく。

 下には浮力を生む特殊な魔法液が入ったプールがあって、インゴットは波打ちながらそのなかに落ちていく。今回は用意できなかったのでただの衝撃緩衝の水だ。

 プールには完成したインゴットを通す関が設けてある。規格内に収まっているインゴットであれば定められた出口から流れに乗って出ていくが、重過ぎる物は沈み、軽過ぎる物は出口に引っ掛かかる仕組みになっていた。

 検品を兼ねているわけだ。

 残された物は再度加工に回されるわけだが、元々純度が正確なので不良品が出ることは滅多にない。

 何度も言うが今回は水だ。インゴットはすべて沈む。

「すげーッ、鉄でレベルが上がった!」

 精製して型に流し込むだけの作業をしていたヴィートが、鉄ではもう上がらないと思っていた『土魔法』のレベルが上がったと言って驚いていた。

 僕も驚いたが、本来、レベル上げの伸び代は質だけではなく量にも関係するのだと改めて思い至った。

「巨大な金の像でも造ったら一気に上がるかもしれないな……」

「あー、また何か企んでる!」

「企んでないから!」


 プールから無事出てくるはずだったインゴットを掬い出し、液体を『浄化』するところをただ乾燥し、計量器でチェックして積み上げていった。

「ここで船造るんだったらインゴットにしなくてもいいのにな」

 ジョバンニが言った。

「売るつもりなんだろ?」

「今は鉄不足だから、ひとりで抱え込んでちゃいけないんだよ」

「全部、師匠が使っちゃえばよかったのに」

「いずれミスリルに総取っ替えだからな。あれもいらなくなるはずだ」

 部屋の隅で山積みになっている予約済みの素材を見て、全員眉を潜めた。

「うげーッ」



 ギルドに搬入する量産型は現在、高速艇と呼ばれている細身の船体に『補助推進装置』を付けるだけにした。

 既に鉄製の『補助推進装置』の器はモナさんの手で再現されている。重量的にガーディアンに積めないだけで、船なら問題なく使用できるだろう。術式さえ施せばいつでもいける。が、大きくなった分だけ魔力消費は尋常ではない。緊急性を要する事態に限った使い方になるだろう。

 無茶をしないのだからセパレートするコアシステムもいらない。後は好きにしろってことで、ギルドにさっさと装置と改良した図面を丸投げした。ギルドは同型の船を七隻所有している。ローテをしながら改修が行われることだろう。

 そして僕は僕だけの超とんでも高速艇建造に邁進するのである。

 膨大な魔力を支配し、タロスを席捲する僕だけの高速船。いやこれはもう『箱船』だ!

 やるなと言われるとやりたくなるのが人の常。僕の内なる炎は燃えさかっている! こうなったら『包囲型魔力制御理論』と『連結座標構築理論』を駆使して魔道を極めてくれる!

 爺ちゃんの船を超える専用艇の青写真はもう僕の頭のなかにある!

「角、生やそうよ」

「いらないわよ、そんな物。空力の邪魔でしょ? この洗練された曲線がいいんだから」

「もうちょっと男らしく、角張った感じで」

「女もいるんですけど」

「ラム付ける? 体当たりできるよ」

「やるならミスリルになってからね」

 やるのかよ。

「方向舵とかないの? 羽は? 帆はないの?」

「後舵にX舵を採用する予定だったんだけど…… ぺちゃんこにしちゃったからな」

「ガーディアンはどっから出入りするの?」

「折角平らにしたんだから上甲板造ればいいんじゃないかしら?」

「これなーに?」

「空気を取り入れるところだ。推進装置は風魔法を使うからな」

「ここから入った空気はお尻から出るの?」

「そ、そうだな」

 お尻って言わないで。

「もしものときはコアが脱出艇になるっていうのはどうだろう?」

「転がって逃げる?」

 子供たちはゲラゲラ笑った。

「インゴット造るの替わってよ!」

 ヴィートが叫んだ。

「まだ十分経ってないわよ」

「何色にするの? リリアーナ様みたいに白にする?」

 何色に染めるかはまだ決めていない。今は特に塗料は貴重品だ。磨いて素材の味を出したまま防錆処理をする手もあるが…… そんな船にヴィオネッティー家の紋章を飾るわけにはいかない。それこそ大伯母に尻を叩かれるのがオチだ。

「大師匠は黒だよな。師匠は…… 灰色?」

「冴えないしね」

 おい。

「冗談抜きで何色がいい?」

 子供たちが僕を覗き込む。

 先人たちの専用艇の色を思い浮かべる。被りたくないよなぁ。

「どうしようかね……」



 翌日、代休を手に入れた子供たちを余所に、地下二十五階攻略である。

 こちらは水エリアのボスがいるフロアである。ボスの名は水竜(ミズチ)。その名の通り竜である。

 が、僕もこれまで会ったことがない。

 船で海面を漂うだけなので、戦闘相手は浅瀬をねぐらにしているサハギン程度である。が、戦闘になると小船のなかではそれすらままならない。

 このフロア、ロック鳥の階層と同じで、本命は一匹しかいないとされているが、骸にならずして深くまで潜った冒険者はいない。謎多きフロアである。

 僕ですら付与装備を脱いでとなると、やはり躊躇せずにはいられない。裸で竜に挑むなど自殺行為に他ならない。

 もし水竜と出会ってしまったら運が悪かったということで、大概の者は脱出してやり直す。水竜相手では海原に浮いた小船の上でさえハンデが過ぎるというものだ。

 取り敢えず、出口への扉の鍵を必要とするわけではないので、無理せず出口を探すのがこのフロアの攻略法になる。

 結果、延々と続く海原が最悪の敵となるわけだ。

 エルーダでは出口は海原を真っ直ぐ行った先の孤島の対岸にあった。実にシンプル。わかり易いものだったが、それでも海のなかで迷子になる者は数多くいた。

 敵も出ないのに脱出用の転移結晶が使われる頻度の高さは迷宮内でも屈指であった。

 エルーダでは風は常に出口方面に吹いていた。だから『帆を持参するとよい』とあったが、同じルールがここでも通用するか……

 ヘモジがガラスの海中装備を持っていこうとしたが、重いので却下した。水中眼鏡だけ持参を許した。

 ヘモジでも水中戦ではトライデントを持った半漁人に勝てないだろう。負けもしないだろうが。

 婆ちゃんの召喚獣ナガレの故郷でもあるフロアだが、同じことをして手に入るかどうか。

 エルーダでは何もなかったが、まずはサハギンの祠を探す。あればの話だが。



ホーム用の管理サーバが軽くなった?

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