無双&プライマー
「切れた!」
ラーラが嬉々として叫んだ。
頭を押え付けられながら戦っていたガーディアンたちが大空に放たれた。町の結界が解除されたのだ。
モナさんの機体の推力も一瞬、跳ね上がって加速した。
しかしその影響は新タロスにも現われた!
「しまった! そういうことか!」
朧な敵の輪郭が徐々に鮮明になっていく。残像の揺れも収まり、明確な一つの実像となっておどろおどろしく徐々に存在感を増していく。
地面がしっかりとその重さを支えて深く沈んだ。
奴が前へ進む度に、幾度となく通った屋敷方面へと続く石畳が障害物レースのコースへと変貌を遂げていく。
奴の実体化を妨げていたのもまた町の結界だったのだ。
外部からの転移による侵入を防ぐために組み込まれていた転移障壁が、たまたま奴の実体化を食い止めていたというわけだ。
だがその結界が解かれてしまった!
「ラーラ! 『無双』だ! 『無双』で奴をぶった切れ!」
併走するラーラに叫んだ。
「無理よ! この世界は魔力が少ないんだから!」
「やらなきゃ、この世界が終わるんだよ!」
「なんでよ!」
「時間がない! こっちは『プライマー』を撃ち込むから! 一瞬でいいから次元に穴を開けろ!」
だが冒険者の攻撃が初めて敵の外装にまともに命中してしまった!
「嗚呼ッ」
境界を越えちまった……
冒険者たちはチャンス到来とばかりに沸き返ったが、なぜ急に命中したのかを考えたとき、町の結界との関係性を導き出した者たちは沈黙した。
転移できる程の魔力を保持しているタロスがこの世界にいたのかと。
「やれるぞ! 一斉攻撃だ!」
我慢を強いられてきた者たちは勢いに身を任せて守勢から攻勢に転じた。
一瞬、疑問を持った者たちも目の前の現実を片付けることに専心するため、深く考えることをやめてしまった。せいぜい近所のタロスが転移してきて挟まったのだろう、ぐらいに事態を軽く捉えることにして。
どいつもこいつも上級だろうに!
大体一番見えているはずの奴がなぜここにいない!
そうこうしている間に無数の銃弾が敵に降り注いだ。
流れ弾に当たりたくないのでこちらも減速して建物の陰に入った。
これまで無傷だったタロスが射程外から一方的にその身を削られ、叫び声を上げた!
「やった! 効いてるぞ!」
「押せ! 押せ、もう少しだ! 回復させるな!」
新種のタロス殲滅に意識を奪われてしまっている現場に的確な指揮を出す者はいなかった。
「もう敵はそいつ一体じゃないぞ」
姉さんは何をしているんだ?
「切るのはもうあいつじゃないわよね?」
ラーラだけは状況を正しく理解していた。
『ワルキューレ』のソードをホルダーから抜いた。
「自分の剣は?」
「『ワルキューレ』の装備があるからいらないと思ったの!」
「付与なしで大丈夫か?」
「なんとかするしかないじゃない!」
さすがに僕の『ワルキューレ』でも『無双』に特化した付与構成にはしていないからな。
奴の後ろに、向こう側に引っ張られるように窪んでいく空間の歪みが見える……
次元の回廊が形成されようとしていた。
不安定な内に閉じなければ…… 座標を固定されてしまったらもう終わりだ。新たな侵略者にこの世界の座標が特定されてしまうだろう。そうなったら人類は再びこの世界から撤退を余儀なくされてしまう!
奴の叫びは痛みに足掻く悲鳴ではなく、勝利が確定したことへの歓喜の声だ!
タロスの叫びは図太い低音の震える波と甲高い高音の引き裂く波が混じり合った、この世のものとも思えない不快な音の塊だった。
全方位に衝撃波にも似た波紋が広がっていく。
歪みが!
確定していく様があたかも背景を凍り付かせていくような硬質な景色に見えた。
事ここに至り、攻め一辺倒だった冒険者たちは己の状況判断の甘さに気付き始めた。
撃ち込んだ銃弾の軌道が逸れていく。その誤差がどんどん広がっていく。
彼らの手数は減っていった。
弾丸だけでなくガーディアンの挙動にも異常を来たし始めた。
流れ込んでくる膨大な魔力。
もはや一体のタロスをどうこうするレベルではない。
風が吸い込まれていく。舞い上がる砂塵が筋を引きながら空間に飲み込まれて消えていく。
見たこともないタロスは単なる斥候、時間稼ぎだったのだと皆、ようやく理解した。
パラダイムシフトが起こる。
五十年前、人類が経験した未曾有の恐怖、次元の穴が再び開こうとしている。その先にいるのは新たな敵……
「これだけの魔力があれば……」
魔力が満ち始めたことはラーラにとって都合がよかった。
王家伝来の『無双』は本来スタミナ由来の技だが、ラーラの母親は魔法騎士の家系でスタミナと魔力を等価交換できるユニークスキル『二股の水差し』の持ち主だった。名前は兎も角、世界最強の矛である『無双』の唯一の弱点を魔力で代替できる技は身体能力が未発達な少女にはこの上なく便益なスキルだった。
「なるべく使い切ってくれ。みんなをこの充満した魔力からできるだけ引き剥がさないと!」
「全部は無理!」
「時間ない! 避難させる、信号弾撃って!」
オリエッタがイザベルに言った。
「わたしたちも?」
「ナーナ」
ヘモジは首を振って、モナさんに進路を変えずに突き進むように指示した。
「上げるわよ!」
空に信号弾が上がった。
『戦闘停止』と『帰還』を意味する赤と白の二色玉が頭上で炸裂して、砂塵を巻き上げ黄色く染まった空に二色の花弁を散らした。
「行くわよ!」
信号弾を確認すると、ラーラと僕たちは次元の歪み目掛けて加速した!
「あれをやるんじゃないの?」
モナさんは死に掛けのタロスに視線を向けた。
「ナーナ」
ヘモジは先行するラーラが進む先を指差した。
「あれを倒してもこの風は収まらないわよ!」
イザベルは奇怪な現象の原因が、魔力が流れ込んでくる先にあることを理解していた。
一方、打ち上げられた信号弾に冒険者たちは戸惑った。攻勢に転じた矢先の撤収などあり得ないと偏執していたからだ。おまけに打ち上げたのが時代遅れの壊れたガーディアンに乗った新人風情である。
早く退避してくれと僕は願った。
その時、空に別の信号弾が打ち上がった。
まさか僕たちの信号を打ち消す気じゃないだろうな!
二発目、三発目と次々後方の空に炸裂した。
何発もの信号弾が港にある『箱船』から一斉に打ち上げられたのである。
同じ色の花弁が港の空を染めた。
『撤収』の合図だ!
姉さんだ!
指揮官クラスの冒険者たちはちゃんと情報を共有し、状況を理解していてくれたんだ!
「もう限界!」
ラーラは『無双』を放つ代償として消費する魔力と、開き掛けた回廊から流れ込んでくる魔力を天秤に掛けて、これ以上は吸収できないと悟った。
まだ打ち込める距離まで接近しきれていないが、止むを得ない。
「僕が『プライマー』を撃つにも魔力がいるんだ。無理するな。充分、間に合う!」
できるだけこちら側に溢れた魔力を消費し尽くしておきたかった。
それはこれからやろうとしていることで味方に被害を出さないための予防線だった。
当然、イザベルとモナさんには理解の及ばぬところであったが、今は疑問を口にするときではないと口を噤んでいる。
攻撃部隊の撤退も迅速だった。
ギリギリだが被害を出さずに済みそうだ。
が、回廊の影響はどんどん強くなる!
これ以上は飲み込まれると判断したところでラーラは止まった。そして気力を高めていく。
「ナ、ナーナ」
「魔力の元になる魔素を誘爆させることができるですって?」
「『大物食いのリオネッロ』 魔力を持った強い相手程、リオネッロには勝てない。ドラゴンなんてただの鴨」
ヘモジとオリエッタがコソコソと事情を知らないふたりに僕の秘密をばらした。
ソードを脇に構えたまま身構えた『ワルキューレ』の『浮遊魔法陣』がカウンターを掛けながら出力をどんどん上げていく。
視認できる程、明るく紫色に輝いた。
人を魅了する輝きであると同時に、まだ息のあるタロスにとっては格好の的だった。
「『リオナ流無双連撃二式』! 十文字斬り!」
振り下ろされたブレードからさらに目映い閃光が放たれた!
砂塵は切裂かれ何もない宙が縦に裂けた! そして返す刀で横一線、景色が水平に斬り払われた!
何を切ったわけでもない。ただの豪快な素振りに過ぎなかったが、あれ程頑強だったタロスも景色と一緒に切り裂かれ、地面に転がった。
「『魔弾・プライマー』限定解除! エテルノ式発動術式! 全力全開モード!」
僕は右手のひらを亀裂の中心に向けた。
「ナナーナ、ナーナー、ナーナンナーッ!」
ヘモジが僕と同じポーズを決めた。
「尻尾がウズウズする!」
オリエッタも尻尾を立てて姿勢を低くした。
ヘモジもオリエッタもなぜかこの瞬間がお気に入りである。
「『一撃必殺』! 薙ぎ払えーっ! 」
閃光が突き抜けた。
「二…… 一……」
ヘモジとオリエッタがカウントする。
「バースト!」
亀裂の向こう側で炸裂した七色の光が亀裂から溢れて視界を覆った。




