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ゲイ・ボルグもどき

 見事に罠に掛かったサンドゴーレムが両足を大穴に埋めた。

 砂嵐が急激に勢いを失っていく。

「たかッ!」

 ジョバンニが思わず声を発した。

 落とし穴が浅かった。その結果、急所の位置が高くなってしまっている。

 一度、見ただけでは予見仕切れないこともある。

「やばいよ!」

 仕掛けた子供たちは慌てた。

 それでも穴から抜け出せないのであれば、効果あったというべきだろう。

 子供たちは普段の並びではなく、二列横隊に並んだ。前列は結界担当、投石等を警戒して既に出力全開である。

 これは明らかに短期決戦狙いだ。

 後列は攻撃担当、今回は五人だ。担当はニコレッタ、ヴィート、ニコロ、ジョバンニ、トーニオだ。リーダーのトーニオを除いて完全に攻撃的布陣だ。

 全員がトーニオと息を合わせる。

「『ゲイ・ボルグ』詠唱開始ッ!」

『ゲイ・ボルグ』!

「嘘だろ……」

 空に巨大な三十本の光り輝く槍を出現させ、地上を一気に殲滅する範囲魔法だ。あちらの世界では戦時魔法として、普段の使用は堅く禁じられている。

 空に青い魔法陣がゴーレムに向けて三つ縦に並んだ。

 『成形』『収束』『射出』の三枚しかない?

 しかも、これは土属性のみ。明らかに『ゲイ・ボルグ』そのものではない。本物はさらに火か風属性が槍に付与される。数も三十本には全然足りない。わずか五本だ。

 とどめを刺すには充分な威力だろうが……

 そもそもこの人数で再現できるはずがない。大伯母が子供たちのために調整したものだろう。


 砂を宙に巻き上げながら巨大な槍を形作していく……

『収束』手前までの担当を終ると『収束』と『射出』の魔法陣に加勢すべく後方の陣は消失、残滓は光の飛沫となって前方の魔法陣に溶け込んでいく。

 魔法陣は一つ消え、二つ消えして残った一枚の陣に統合されていく。青かった光は金色に輝き、はち切れんばかりに増大していく。

 最後の陣が魔力の過剰供給で周囲を脱色、透き通らせながら、槍だけはより鮮明で鋭く磨き上げられていく。

「放てーッ!」

 巨大な槍と魔法陣が一瞬で消えた。

 失敗かと思った瞬間。

 サンドゴーレムの胸から上が消し飛んだ。おまけに背景の砂丘も吹き飛んだ。

 衝撃が音と共に遅れてやってきた。

「うわぁああ!」

 防御担当の子供たちが必死に衝撃に耐えた。

 肩の関節部を失ったサンドゴーレムの両腕が地面にズドンと落ちた。

「やべー、外すところだった!」

 トーニオが震えながら振り向いた。

 でもやばいのは外し掛けたことではなく、その威力の方だと、僕もラーラも思った。

 頭だけでなく、胸から上が丸ごとなくなっていた。

 やり過ぎだろ。

「ナ……」

 さすがのヘモジも口をあんぐり開けている。

 オリエッタに至っては髭が抜けそうなくらい呆然としている。

 でもこれがこの子たちのこれからの武器になるのか……

 危な過ぎる!


 今回は鈍重なゴーレムが相手だったから、ここまで冷静に対応できたとも言える。が、これが長い足と触腕を自在に振り回す本命ジャイアント・スクィッドが相手だったらどうだっただろう。同じことができただろうか?

 集団魔法はトップレベルの魔道士でも慎重を要する技だ。使用が禁止されている理由は威力のせいばかりではない。最大の理由は失敗の確率と失敗したときのリスクが大きいことである。

 集団魔法は複数人の魔力を一つに束ねる魔法であり、性質上、魔力の総和が容易く個々人の制御能力を上回る。そうなるといざと言うとき、例えば、敵の動きが急に早まったときなど、個人では対処できなくなる。そして個人の失敗は全員の魔力損失に繋がる。詰まるところ伸るか反るかの大博打という側面が大きいのだ。

 さらに当家にとってはタイミングを合わせるために魔法陣の展開が必須であるため、デメリットが大きい。イメージによる発動法が使えなくなる分の威力損失、詠唱時間の長さによる機会損失は馬鹿にならない。

 ただ、今の子供たちにとって個人の能力ではあらがえない射程や威力の創造は魅力的な要素に違いない。

 そういう意味では今回使用した『ゲイ・ボルグもどき』は大伯母が薦めるだけあって理にかなったものだった。それは本物より行程を単純化させたことに始まり、最終的にトーニオがコントロールする魔力総和の一部を事前に質量変換することで、負担軽減できた点からも明らだった。

 魔女を気取っているくせにほんと面倒見がいいんだから……

「やったーっ」

 子供たちは飛び跳ねた。

「師匠! どうだった?」

「ちょっとやり過ぎちゃったけど、成功だよね?」

「ね!」

 子供たちは自画自賛。限界を越えた喜びを全身で表した。

「やり過ぎは初めてだからしょうがないよ」

「でも倒せた!」

 みんな、足にまとわり付いてくる。

 そして僕を見上げて口角をこれでもかと上げる。

「うまくできたな。大人でも難しいのに」

 トーニオだけは笑顔のなかに緊張感が漂っていた。

 この魔法の危険性に気付いたのだろう。大伯母が事前に説明しただろうが、実際経験しないとわからないこともある。

 でも、さすがリーダー。今、口に出さないだけの状況判断能力がある。

 僕も今は見習うとしよう。

「もっと成功率上げないとね」

「今度は二班からだからね!」

 それにしても魔法陣の分担を詠唱中にスライドさせるなんて…… 大伯母は知ってるのか?

 魔法陣を掛け持ちするなんて常識的にあり得ない。普通はしないで済むだけの人数を最初から用意するものだ。いなければ、いるだけの人数で調節するだろう?

 魔法陣をスライドさせるということは同時に異なる二枚の魔法陣を操るということだ。一つを消していきながら、次の魔法陣に傾倒していく。

 飲み込みが早いのは元々だが、魔法に対する常識も定石もないから、思いも寄らない方法を思い付く。

 この子たちの最大の武器はこの発想力なのかもしれない。

 僕は子供たちを抱きしめたり、頭を撫でたりして喜びを大いに分かち合った。

 ラーラもヘモジもオリエッタも同様だ。

「ナ、ナーナ」

「あ、変化した――」

 ゴーレムが回収品を落として消えた。

「……」

「これは……」

「鉄だ」

 子供たちは静まり返った。そりゃそうだ。

 出てきたのは鉄の塊。それも量だけはしっかりある。

「これ後で精製しないと駄目だよね?」

「倉庫に送っておいてやろう」

「うぎゃああああ。明日の休みがぁああ」

 くそ、ドックにある鉄鉱石を精製させようと思ってたのに。

「みんなでやればすぐ終るよ」

「鉄なんてほいほいだよ」

「マリー、カテリーナ言ったなぁ」

「きゃーぃ」

 ドックの方は大伯母がそのうち誰かにやらせるだろう。

「……」

 …… いや、あのままでいいか。


「ようし、移動するぞ」

「雑魚狩りするの?」

「うん?」

「雑魚狩り中止しちゃ駄目?」

「今日はこの感動に浸りたい!」

「なんかやる気なくなっちゃった」

「終わりがいい」

 集中力が切れたか。

「しょうがないわね」

 ラーラが決断した。

 急遽予定を早めて、撤収することになった。

 雑魚狩りは明後日やればいいさ。サンドゴーレム戦も集団魔法を再調整してやる気だろうし。

 僕はゲートを出した。


 子供たちは山頂から誇らしげに周囲を見渡す。

「よし、帰るぞ」

「おーっ!」



「知ってたの?」

「面白かっただろ?」

 自室で読書している大伯母を捕まえた。

「まだ子供だよ」

「お前も子供だったろ? リオナはお前がやりたいことを遮ったりしたか?」

「うーん」

 我先にと邪魔されたことは多々あるが……

「いきなり見せられたときには驚いたけどな」

「自重しろって、普段言うくせに、あいつらには甘いよね」

「自覚がない相手に言ってもな。誰かのせいで諦めるということも覚えたし。それに……」

「それに?」

「あの子たちは当時のお前より大人だ。自分たちで解決するさ。お前がやることは失敗しないように予防線を張ることじゃなく、好きなだけ失敗させてやることだ」

「集団魔法は反対だ」

「それはあの子たちが決めることだ。まあ、そのうち使わなくなるだろうとは思うがな」

「なぜ?」

「デメリットを自覚するからだ」

「メリットと天秤に掛けて、使わないことを選ぶと?」

「イメージ発動型術式はイメージ次第で定型以上の成果を上げられるものだ」

「できなくて苦労してるんだけど」

「大抵の者は自分の魔力量以上の魔力を自覚するチャンスはない。でも、今回のように自分の魔力の何倍もの魔力に当てられたら…… どうなる?」

「『覚醒の儀式』のミニチュア版か」

「程度は違うが、似た結果を引き起こすだろう」

『覚醒の儀式』とはハイエルフの秘伝で、人族が使うと種の限界を超えて魔力量を増大させることができる命懸けの秘術である。

 膨大な魔力に当てられた子供たちは新たなイメージを獲得する。その結果、集団魔法は無用となるということだ。

「まずはトーニオが化けるかな……」

「一人が変われば、後は芋づる式だ」

「じゃあ、僕は見て見ない振りでもするかな」

「ああ、そうだ。イカを倒すなら例の物をまた頼む」

「成長したあの子たちの一撃じゃ、残らないんじゃないかな」

「ふむ…… それは残念」



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