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クーの迷宮(地下23階 セベク戦) 不戦の日と納戸の扉

 翌朝は二時間早く起床した。

 畑巡りをするヘモジですらまだスースー眠っている時間である。

「朝から万能薬」

 寝ている身体を起こすのも一苦労だ。

「なんで作業場をあんな目立つ場所に造るかな」

 大伯母が秘密ドックを造ったのはなんと水中展望室の真下。穴を掘る手間を省いたというが、今やあの場所は女性やカップルに人気のスポットになっていた。

「魔物が出てきても驚かないぞ」

 営業的に造り直された真新しい入場口を潜り、これまた造り直された大きな吹き抜けのある螺旋階段を下る。

「オリエッタを起こしてくるんだったかな」

 話し相手が欲しい。

 地下道を降りていくと以前見た物とはすっかり様変わりした景色が広がっていた。

 ガラスの壁が凸に湾曲し、展望室自体が劇場の観覧席のような扇型の造りになっていた。入場者の増加に伴うものだろう。敷地面積は子供たちが完成させた物の二倍程の広さに膨らんでいた。

「子供たちに承諾とったのか?」

 明らかに大人の知恵だ。それも営利的な。入場料を取るならこれくらいはしないと、というレベルである。子供たちの秘密基地的要素はもうない。

 飽きて、当人たちもどうでもよくなったか? 代わりの何かを手に入れたか? 大師匠の趣味が遺伝したりしないだろうな。

「それにしても入口はどこだ?」

 大伯母が作ったという地下ドックへの入口を探すが、それらしき反応はどこにもない。

「反応がある時点で隠し扉としては落第なんだけど……」

 自慢の夜目をこらしながら可能性を考える。

「分散魔法陣……」

 一定の通過儀礼をこなすことで魔法陣が完成、起動する仕組み。何も言わなかったことを考えると除外していいだろう。

 たくさんのベンチが壁際の調査を邪魔をする。

「造形魔法陣……」

 建物自体が一つの陣を形成しているケース。魔法消費の観点から考えてあり得ない。

 大伯母の性格からして仕掛けはシンプルかつ明瞭であるはず。

 僕にしかわからない、僕にならわかる目印があるはずだ。

「人目が多く集まる場所にはないか…… 盲点になりそうな場所。となると従業員スペースか?」

 詳しく聞いておくべきだった。


 しばらく探したが、控え室にも展望室にも見当たらず、諦めて引き返すしかなくなった。

 早起きが無駄骨になりそうだ。


「あ……」

 長い地下通路には単調な景色を飽きさせないように、等間隔に美術工芸品が展示されていた。絵画に陶磁器、金細工。タペストリーに木工品……

 その一つに誰もが一度は目にするが、すぐ記憶の外に追いやってしまうだろう、どうでもいい扉があった。

「あれだッ!」


『立ち入り禁止』


 札が貼られているのは見るからに倉庫の扉。でもよく見ると、それ自体が扉を模した彫刻作品になっていた。

 大伯母だ! 直感が働いた。

 ちょっと触って動かなければ単なる壁に刻まれたジョーク作品だと誰もが思うだろう。

 因みに作品名は『ヴィオネッティー家の納戸の扉』

 人を食ったような題名だ。

 実際、ドアノブは回らないし、引いても押してもびくともしない。

 でも上に強引に引き上げながら、化粧板を横に少し引くとあっさり開くのである。ヴィオネッティー家の悪ガキ撃退用の仕掛け扉で、その一つが納戸にある。ヴィオネッティー家の子供なら正月、本家に里帰りした際、かくれんぼで一度はぶち当たる扉である。

 扉を開けると奥に障壁が見えた。

 通常の結界も施してあるのか。難儀だな。

「これを解除しろって言うのか?」

 が、あっさり家の鍵で開いた。家と言っても大伯母の家の鍵だ。持っている者は身内のごく一部。僕の場合、記憶に定着してあるので、魔法陣の方からアクセスを求められると、勝手に解除してしまうのだ。通称『対照魔法陣』と言って、とんでも圧縮魔法陣の暗号解除に用いられる専用魔法陣である。解除行程が複雑過ぎる魔法陣を解除してくれる優れ物だ。

 僕がそんな鍵を持っていると知ったのはつい最近のことで、常々「大伯母の家はなんて不用心なんだろう」と思っていた。

 幻でできた二重扉をあっさり擦り抜けた。他の者だとここで千年は待たされるだろう。人生丸ごと台なしである。

 階段を下りると転移紋が踊り場にあった。

 ただの飾り、術式は組まれていなかった。実用的な物ではないとしたら、何かの目印だ。

「ここだけが転移防御結界の穴になっている?」

 そもそも転移するには最低一度は現場を見る必要があるわけだから、いきなり知らない者が跳んでくる危険性はないわけだが、今後、誰憚ることなくこの場所に転移してくることが可能ということだ。

 上の仕掛けを使う必要がなくなるのはちょっと寂しい気もするが。


「ほんとに広いだけだな」

 魔法の訓練場の様だ。ただ四角いだけの空洞。

 でも資材らしき塊が奥の壁一面に積み上げられていた。

「そういうことか……」

 大伯母が砦の地下をあそこまで執拗に掘りまくっていた理由はこれか。なんであそこまで巨大な地下空間を造ったのかと疑問に思っていたけど…… あれは結果だったんだな。

「まさか砦の地下に鉱床が眠ってたとはね」

 さすがにミスリルやアダマンタイトではないが……

「この鉄鉱石の量は……」

 さすがだよ、レジーナ。

「嫌がらせにも程がある」

 精製ぐらいしておいてよ!

「絶対、爺ちゃんの『鉱物精製』スキル、追い抜けるわ」

 たまにはあからさまな愛情表現があってもいいと思うんだけどな。


 鉱石を分解しながら必要な物とそうでない物とに分けていく。大量に出た不純物も模型作りに使うから部屋の隅にまとめておく。

「今日は『精製』だけで終りそうだな」

 予定時間のすべてを費やした。

 船一隻分の予定量をなんとか捻出できたところでタイムアップ、家に戻ることにした。


 家に戻ると子供たちが大騒ぎしながら朝食にありついていた。

 僕はスルーして朝風呂を頂いた。

 迷宮産に比べると、現実で取れる鉱石はなんだか埃っぽい気がしてならない。


 本日は二十三階層、セベクのいるフロアだ。今日こそ不戦の日である。

 因みに子供たちも不戦の日だ。彼らは本日、トロールフロアである。

 子供たちはソロで探索する実力がないので、そもそもヘモジクエストを受けることができない。他の要素がどう絡むかもわからないし、召喚獣『ヘモジ』が将来欲しいならば不戦で通した方が取り敢えず無難だと結論付けた。姉さんのように後悔したくないのであれば致し方ない。

 トロールはアクティブではないし、村に入らなければ襲われることもない。道なりに行けばすぐ出口であるから、不戦の誓いは容易に叶えられることだろう。

 そう言えば最近、狼の召喚獣を手に入れたという者の噂を聞いた。狼と言えば…… 眠り羊のフロアー辺りか? まさか、フェンリルじゃないだろうな! 帰りに牧場にでも寄って情報を集めてみるか。


 セベクは見た目、ドラゴンから羽を取って小さくした蜥蜴で、体長は二メルテから三メルテ。前脚は退化していて、攻撃は専ら強靱な顎と牙によるものだ。

 その歪な体型故、後ろ足は強靱で、絡まれたら最後、人の足で逃げることはほぼ不可能。転移結晶は欠かせない。

 セベクと言えば、高級鰐皮。丈夫な革は盾や甲冑、ベルトや鞄など様々な革商品に重宝される。が、商品程、生きた姿は人気がない。残念ながら冒険者からは敬遠される存在だ。金貨五枚にもなる有り難い存在なのだが、生態がよろしくない。

 そう、怖いのである。

 セベクの血は仲間を呼び寄せる性質があった。

 皮を得るにはコアである心臓とそれを分離させねばならず、剥ぐか、抉り出すかは別にしても血を流さず行える行為ではない。消臭結界のなかで作業をしたとしても、作業後の浄化作業とか、非効率過ぎるし、万が一が起きたら最後、そのリスクは計り知れない。

 火蟻並みに面倒で、回収できる魔石もたいしたことないことから、戦わずに見送るのがよいと結論付けられる。


 泥沼を抜けるとそこはまた沼だった。

 今回はマングローブの森ではなく湿原が舞台だ。足の速いセベクが圧倒的に有利な地形である。

 反応がぱっと見ただけで五十体。どれも微妙な距離を保っている。どこまでリンクするかわからない。

 鏡のような静かな水面のなかに反応がある。

 セベクが水中からこちらを虎視眈々と狙っていた。

 ヘモジとオリエッタがじっと睨みを利かせる。

「戦わないからなー」

「ナーナ……」

「安全、安心」

 散歩するのも嫌になる景色だ。

 転移を交えて、奔走すること数時間。

「見付けたぞ……」

 入口から見て西の果て、石積みの原始的な建造物群のなかに出口に至る階段を見付けた。

「さて、午後は狼の召喚獣の情報でも探るかな」

「ナーナ?」

「狼欲しい?」

「オリエッタ、食われちゃいそうだからな」

「ナナーナ!」

「『聖女様の聖獣みたいなのがいい』って」

「あれは無理。彼女のユニークスキルだからな」


 家に帰ると子供たちが噂の真相を持ち帰っていた。

「がせだったらしいよ」

 午後の予定が空いてしまった。



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