母親参観日3
砂州の真ん中に降り立った。
「反応がある! 師匠!」
ニコロが言った。
「あれは駄目だ。ここのボスだからな」
「駄目なの?」
カテリーナが僕を見上げる。
「場所が悪いんだ。やるなら次の島に上陸してからだな。姿は見たことあるだろう。ジャイアント・スクィッド」
「解体ショーやった奴?」
「でっかいイカ!」
「あれがいるの?」
マリーとカテリーナが背伸びして遠くを見遣る。
「やらなくていいかな」
「大変なことになりそう」
ヴィートとニコロが水際を離れて歩き出した。
「師匠はどうやって倒したの?」
「ん、ああ、ヘモジが勝手に倒した」
「ヘモジかー」
「参考になんないね」
あいつもとうとうそういう扱いか。
「師匠、倒せる?」
「勿論、ドラゴンスレイヤーの敵じゃない」
「じゃあ、見せてよ。あいつが動いてるとこ!」
「参考にするからさ」
「バンドゥーニさんもおばさんも見たいよね?」
「お、おう」
「そ、そうね……」
バンドゥーニさんは兎も角、夫人はどうかな?
「そうだな…… 百聞はなんとかと言うし。見て、しっかり学んで貰おうか」
「やったー」
「お母さん、こっち」
「あの島には敵はいないと思うけど、一回来ただけだからな。結界は外すなよ」
先頭を行くトーニオに言った。
「わかった!」
島に上陸すると、先日僕たちが登った高台に向かうように指示した。
さすがに僕も中州で戦うのは不利と考え、島の突端に陣取った。
ここなら逃げ回れる足場がある。
「まずは起きて貰わないとな」
エテルノ式発動術式で巨大な岩を反応の真上に出現させた。
子供たちが遠くで騒いでいる。
大岩の落下と共に水柱が上がった。
「お、動いた!」
海面がじわりじわりと隆起してくる。
僕は奴の触腕が届かない後方に下がって身構える。
さあ浅瀬に上がってこい。
誘導のために何発か海面に衝撃を与えて誘い込む。
「『魔弾』装てん…… 『一撃必殺』!」
既に急所にロックオンだ。
生きてる姿を子供たちに披露する時間を作らないとな。即死させてしまってはやる意味がない。
浅瀬に乗り上げ、姿を晒しながら、さらに接近してくる水陸両用巨大イカ。鞭のように触腕を振り回し、周囲の木々を根こそぎ破壊する。が、僕に触れようとした瞬間、弾かれた。
寝そべっていたひれの付いた大きな頭というか胴部が、威嚇する鎌首のようにそそり立った。そして無表情な巨大な目が二つ。
「イカそうめん、おいしいよね」という声がこちらの耳に届く程、子供たちは静まり返っていた。
あの声はヴィートだな。ちゃんと見てろよ。
「薄切りにしたのを一枚一枚包丁入れるんだよね。でもこの間のはみんなでやったから太さバラバラ。凄く食べづらかった」
なんの感想だよ!
真上に振り上げられた触腕が落ちてきた。
周囲の地面諸共、結界を押し潰す。
が、結界はなんともない。
地面に深くて大きな一本の溝ができあがった。
今の一撃の強さを子供たちは感じ取れただろうか? なんとなくでも想像できたらいいのだが。予測という名のイメージは対抗するための力になる。
「そろそろいいかな」
既に何本もの足が結界の外側でとぐろを巻いていた。
ちょっと結界の上に載らないで欲しいんですが。
叩いても駄目ならということで、イカは強力な顎板による捕食行動に移行した。結界を抱え込むように足で締め付け始めた。
あの烏口。殻を取って焼いて、塩胡椒で食べるとコリコリしておいしいんだよな。普通一杯で一つだから、串焼きにするにも手間が掛かるんだけど、あの大口なら…… て、なんの話をしてるんでしょうか。
周囲の地面がどんどん削られていく。念のため足下まで結界で覆っている。
力の拮抗したぶつかり合いは見ていても攻防が伝わりにくい。止まっているのと傍目変わらない。と、いうことで、もういいだろ。
「エテルノ式発動術式!」
急所との間の障害物など関係ない。顎板の部位は外して、発現する位置は真横から、うねる足の向こう側……
「いつまで抱き付いていやがるッ!」
爆発と同時に視界が開けた。足の隙間から、目玉のあった頭部から上がへし折れるのが見えた。コアは漏斗の裏側、脳に当たる部分。丸ごと吹き飛んだとみていいだろう。
うねっていた八本の足と二本の触腕が力を失い動かなくなった。
僕は離れた位置に転移した。
丘の上から歓声が上がった。
子供たちが飛び上がって喜んでいる。
そんなに喜ぶことか?
僕は下部をそのままにして、波に漂う胴体部分の回収に向かった。
海面を凍らせながら、浅瀬に乗り上げているそれに近付く。
転送できる距離まで近付いたところで陸に一旦移した。
子供たちが高台から下りてきて、げそを取り囲んだ。夫人たちとバンドゥーニさんもゆっくり坂を下りてくる。
「切り分けていい?」
ニコロが聞いてきた。
「刺激を与えるとまだ動くだろうから、殴られるなよ」
「わかった」
子供たちは結界を張りながら『無刃剣』で足を切り落とす。その度にでかい足が跳ね回って、子供たちの結界に当たる。
子供たちは何食わぬ顔で解体屋宛の札を付けていった。
「思ったより堅いね」
「一撃じゃ切断できないんですけど」
『無刃剣』が得意なニコレッタが言った。
早速、一撃で切り落とすため、力加減の調整を始めた。
「おっきいね」
マリーとカテリーナが夫人と共にやってきた。
「ふたりともこの辺りの堅さ、確かめておけよ」
ジョバンニが指示すると、ふたりは夫人の元を離れて、ジョバンニが指し示したでっぷりとした太い足の切断面に触れた。
「堅い!」
ふたりがちっこい手で断面にパンチを食らわす。切り身はもう動かなかった。
「でも面白い。モチモチする」
「転送するから離れなさい!」
別の足を切り離していたフィオリーナが喚起する。
子供たちは足元に広がっていく魔法陣から逃げるように立ち去る。
「試し切りしたい!」
「わたしも!」
試し切りを一度もしてないマリーとカテリーナが言った。
「あっちでやんなさいよ」と、ニコレッタが指を指す。
すべての足を切り落とされて残った哀れな頭部の残骸だが、切断面がまだそこにあった。
顎板もあるんだから。珍味だから!
ふたりは駆け出し、左右から回り込むようにして、同時に別々の断面めがけて斬りかかった。
「堅い!」
「堅い!」
半分ペロッとかさぶたのように断面が剥がれた。
ニコレッタのように調節したからといって、一撃とはいかなかったようだ。
憤懣やるかたないふたりは挙げ句、燃やした。
ああああああっ、珍味がぁ!
「燃えないね……」
燃やされてたまるか。
「こら、ふたりとも! 貴重な部位なんだから、燃やさないでくれるかな」
「食べられるの?」
「まずそうだよ?」
本気じゃなくて助かった。表面を炙っただけで済んだ。
が、うまそうな匂いが浜に漂い始めた……
「イカだ!」
「イカ焼きの匂い!」
「なんかお腹空いてきた」
「こら、お前ら!」
反応しただけでヴィートとニコロとミケーレがニコレッタに怒られた。
足を転送し終わると今度は胴とひれだ。
ここで内臓の処理はしたくなかったので、凍らせて解体屋送りにした。
子供たちは焦げた頭部の残骸をじっと見詰めた。
「僕たちで倒せるかな?」
ミケーレの声に子供たちは僕を見る。
「威力は障壁三枚ってとこだな」
「三枚?」
「三枚……」
みんなが反芻した。
僕は頭部の残骸から口の周囲を切り分けて転送した。
「おいしいの?」
「大師匠が泣いて喜ぶくらいな。酒の肴に最高の一品だ」
そもそもが大伯母からの情報だ。前回、解体屋に丸投げしたことに大伯母からクレームが入ったのである。なんでも宴会場の屋台で出されて嵌ってしまったらしい。
バンドゥーニさん、涎出てますよ。
「今夜の晩酌、進みそうですわね」と、夫人もまんざらではなさそう。
一方、子供たちは酒の肴と聞いてすぐ興味を失った。
「さあ、出口を探そう!」
トーニオが言った。
「師匠、出口どっち?」
ヴィートが聞いてきた。
「丘の上だ」
「えーっ、また戻るの?」
みんなが万能薬の小瓶を舐めて気合いを入れ直した。
「師匠」
「ん?」
「蜂蜜味、飽きた」
「あ、そ」
僕は子供たちに囲まれてしまったので、夫人との距離が空いてしまった。話すことがまだあったのに。
「敵いないね」
「やっぱりこの島の地形を使って戦えってことよね」
「でもボス以外の敵はチョロかったよな」
「相性がよかっただけだ。ですよね、師匠」
「そういうこと。探知能力と足腰が強くなきゃ、このフロアは攻略できない」
「そう言えば、俺、今日一日で二本も空にしたわ。今、三本目」
「飲み過ぎよ」
「わたしも」
「『身体強化』しまくりだったもんね」
「俺、今日だけで『ステップ』のレベル二つぐらい上がった気がする」
「それは気のせい」
「なんでだよ!」
「全然チョロくないじゃないの」
夫人が笑った。
子供たちは虚を突かれてきょとんとした。
「みんな、まだまだね」
夫人の微笑みが子供たちに安堵となって伝播していく。
「でもちゃんと戦えてたでしょう?」
マリーが言った。
「守りは完璧!」
ミケーレが拳を握り締める。
「俺、十体は倒したもんねー」
「みんなあんたに花持たせて上げてるの。気付きなさいよ」
「言われなくてもわかってるよ!」
ヴィートにニコレッタがツッコミを入れる。
「海老、一体も狩れなかった」
カテリーナがしょげる。
「あんなのいなくてよくない? すぐ逃げるんだから」
「あれは食材だからいいの! おいしいんだから」
かばったつもりのフィオリーナは立場がない。
「きっと水のなかでなら強いんじゃないかな?」
僕はフィオリーナの頭を撫でる。
「あの尖った頭はどう考えても水中戦用だよな」
ジョバンニの言葉に子供たちがなるほどと頷く。
「海のなかにも何かあるのかな?」
「何かあるのかも知れないな」
道の行き止まり、丘のてっぺんに小屋がある。そばにある石階段を下りると、踊り場に出口に繋がる祠がある。
「ここ?」
「師匠、よく気付いたわね」
お褒めに預かり光栄だ。
扉を潜ると、いつもの階段が現れた。




