母親参観日2
奥にはバンドゥーニさんたちを含めた我が家全員分の個人用の棚があり、それぞれに名前が刻まれている。当人が知らないだけで夫人の物もソルダーノさんの物もある。
「ほとんど空ですわね……」
ここは個人用の一時保管所である。今のところ、回収品は解体屋送りか、現金と魔石に変わっているのでここに置いておく物はない。
「気に入った物は家の保管庫にその都度運び出していますから。将来鍛冶やら細工やら始めると自分用の資材を仲間内でバーターしながら蓄えたりするようになります」
「はあ……」
「じゃあ、子供たちの元に行きますか?」
僕たちは倉庫を後にした。
白亜のゲートから子供たちのいる十八層に飛んだ。
本日の付き添いはバンドゥーニさんだ。子供たちの成長を第一に、余さず狩っているはずだ。
と思ったら、海に逃げたままになっているのを数体見付けた。
子供たちの射程ではまだ届かなかったか。無理して倒したところで海のなかじゃ回収面倒だしな。
「諦めも肝心だ」
「何か?」
「いえ、独り言です」
さすがに入口近くに彼らはもういなかった。
子供たちのやんちゃな足跡を見付けたので、跡をたどることにした。
勾配が視界を遮っているので小山を越えたら転移しよう。
「ここが迷宮ですか? 想像していた景色とはまるで違いますわね。もっとジメジメしているものかと…… これなら子供たちが来たがるのも無理ありませんわね」
さすがにこの景色は迷宮のスタンダードからは逸脱している。それもかなり。
「このフロアはたまたまですよ。ほとんどの階は夫人の想像通りです。ここだって魔物がいると、結構面倒臭い場所なんですよ」
「塩辛いですわね」
夫人が海水を掬って舐めた。
後れ毛を掻き上げる仕草の艶っぽさよ。マリーも将来ああなるのかと思うと、今の無邪気さが尚更いとおしく感じられる。
ようやく視界が開けたので転移を重ねて子供たちを追い掛けた。
「これ以上近付くと気付かれますね。しばらくここから見ていましょうか?」
最終島の手前の島で子供たちを見付けた。
戦闘にけりがつくまで待つことにした。ボスキャラが増援に来たとか動揺されたら困るからな。
僕は夫人に望遠鏡を渡した。
「気付かれるんですか?」
「あの子たちの索敵能力は優秀なので」
肉眼ではチョロチョロしているのが見える程度で、何をしているかまではよくわからない。
「あ、倒しましたわね」
夫人が望遠鏡を覗き込みながら言った。
魔物の反応がすべて消えた。
「今です。行きましょう」
子供たちの元に向かった。
すると子供たちが忽ち反応して、こちらに手を振り始めた。
夫人は驚き、目を見開いた。
「ね。優秀でしょう?」
僕は満面の笑みを浮かべ、夫人はそれを苦笑いで返した。
「師匠!」
「アルベルティーナさん!」
「お母さん?」
「おば様?」
「なんでここに!」
「母親参観だ!」
「何それ?」
そこからかよ。
「みんながちゃんと頑張ってるか、わざわざ見に来てくれたんだよ」
「……」
「やっぱあれだよ」
「金塊のこと…… だよね」
「だって…… 嘘つきは盗賊の始まりだよ」
こそこそと原因究明が始まった。
バンドゥーニさんが間髪入れずに発破を掛けた。一度切れた集中力はそう簡単には戻ってこない。切れる前に引き締めた。
「じゃあ、離れて見てるからな」
僕たちは子供たちの視界に入らないように後方に下がった。
子供たちは次の獲物を求めて浅瀬を渡り、次の島に前進する。
チラチラこっち見るな。
気持ちはわかるけど、集中しろ、集中!
島の上で固まっている海老は無視して隠れている岩蟹に先制攻撃した。
砂のなかから出てきた巨大蟹に夫人はびっくり。思わず悲鳴を上げた。
鏃海老が一斉に逃げ出した。
子供たちはいいところを見せようと若干出力過多になっていた。
雷が海に落ちて、海老が数体海面に浮かんだ。
子供たちの最初の襲撃で地上にいた海老たちは大方海に逃げ出してしまったが、隠れ岩蟹はしぶとくまだ砂のなかに潜んでいる。
バンドゥーニさんは倒れた敵を前にして早速、子供たちが冷静さを欠いていることを指摘した。過剰攻撃は元より、海への雷攻撃は不要な一発だっただろうと。やるなら陸地で波にさらわれる前にすることだと。現に遠くで波間に揺れている海老は回収不可能になっていた。
魔石になるまでの時間を使って次の蟹に攻撃を仕掛けた。衝撃が大き過ぎたのか三体が一斉に襲いかかってきた。
「ああっ!」
夫人が慌てふためく。
「大丈夫。計算のうちですから」
「あんな大きな蟹ですよ、三匹も!」
夫人は両手を握り締め、必死の形相で子供たちを見守った。
三体の不規則な動きに合わせて、子供たちは必死でフォーメーションを維持する。砂地でつらいだろうによく動く。
「あの…… なんで敵は攻めてこないのでしょう?」
蟹が一定距離から近付いてこないことに夫人は気付いたようだ。
「手加減してくれているのかしら?」
「まさか」
いくら迷宮が修行の場だからといって、そこまで優しくはない。
「結界で敵の接近を防いでるんですよ。ほら、トーニオを見て」
「結界ですか?」
「探索を容易にしているのがあれです。あの子たちの肉体の弱さを補うために必須の魔法ですが、ああやって人数を掛けることで、大人顔負けの強力な多重結界になるんです」
雷が落ちた。一体が立ち尽くす。とどめとばかりにジョヴァンニが『氷槍』を頭に撃ち込んだ。
「あの…… 他の冒険者もあんな風に簡単に敵を倒せるものなんでしょうか?」
「ひとりで倒せる者もいれば、レイドを組んでもできない者はいます。商人だって全員が大商人ではないでしょう?」
「他の冒険者の方もそうなんでしょうか? 日に何百枚も、何千枚も金貨を稼げるものなんでしょうか?」
「うちの子たちの稼ぎは異常に見えますか?」
「異常じゃなかったらなんなんです! 他の生き方が馬鹿みたいじゃないですか」
やっと本題に入ったな。
「あの子たちには『完全回復薬』と『万能薬』の小瓶を最低三本ずつ常備させています。幸い『完全回復薬』の世話になったことはないみたいですが『万能薬』は日に一本は必ず消費しています。一本いくらするかわかりますか? 因みに彼らが使っているのは原液を百倍に薄めたものです。通称エルフ仕様というやつですね。普通市販されている物は千倍希釈ですから、そちらの値段で考えましょうか?」
「扱ったことがないのではっきりしたことはわかりませんが、聞いた話だと金貨百枚は下らないとか」
「では百枚としましょうか。それを日に一本ずつ、子供たち九人が消費すると考えたらどうでしょう? あの子たちは毎日、金貨九百枚を消費していることになる」
「九百枚!」
「獲物がいてもいなくても毎日九百枚が必要経費です」
倉庫で見てきた物の価値が違って見えてきたのではないだろうか。
「赤字だったんですか?」
「普通の冒険者なら、万能薬を飲みながら狩りなどしません。一生に一瓶、使うかどうか」
「だったらなんで……」
「僕やラーラがそうやって鍛えられてきたからですよ。魔法は使えば使う程身体が馴染んで、より多くの魔力を扱えるようになります。使うことに意味があるんです。あの子たちの魔力は既に魔法学院の高等部生徒に劣らない。魔法を使う機会が圧倒的に多いからこその成果です」
子供たちが島の上の最後の一体にとどめを刺した。
「心配は無用です。これは内緒ですけど、我がヴィオネッティー家には製造原価を安くする秘伝があるんです。だからその分は丸儲けなんです」
これはいい。うまくすれば砂州が発現する瞬間を見られる!
夫人を放置しておいて島の反対側に目をやると、砂州が海のなかに現れ始めた。潮が引いたのか、大地が隆起したのか。兎に角、以前見付けたルートが姿を現した。
よし、これでトリガーがおおよそわかった。やはりあの島の魔物の排除が条件だ。他の可能性もまだ残っているが、ほぼ決まりだろう。
「師匠。道がないんだけど」
「あっちにある。アイテム回収したら跳ぶから集まれ」




