黒いタロス
その夜、二隻のボロ船がドック船に積まれた状態で入港した。本隊所属の中型船で今期絶望って感じになっていた。
何をどうすればあの本隊のガーディアン部隊を突破して、ダメージを与えられたのか?
敵はそれ程大所帯だったのだろうか? それとも局面を変える何かが起こったのだろうか?
タロスもやられっぱなしではないとは思っていたが……
朝はその話題で持ち切りになっていた。
目覚めたときには既に、姉さんは帰る準備を始めていた。モナさんに僕のガーディアンの『補助推進装置』をギルド所有の『スクルド』に付け替えるよう指示していた。ドック船に便乗してのんびり帰る気はなかったらしい。
「あれは『ロメオ工房』の物なんだから壊さないでよね」と言うのがささやかな抵抗だった。
緊急事態だ。気持ちはわかる。
「その時はミスリル二倍にして返すわよ」
「あ、そっちでもいいかな」
腹を叩かれた。
「ブラックボックス開けないでよね」
「わかってるわよ。取引停止されて困るのはこっちなんだから」
玄関を出た先で立ち止まった。
「一つ借りね」
姉さんは僕の頬に唇の感触を残して飛び去っていった。
僕は砦の空気を読んで大人しくしていた子供たちを連れて、冒険者ギルドに向かい、溜まった諸々をこなした。
「なんでこんなのがここにいる?」と、一部冒険者がうろつく子供たちに視線を向けた。『銀団』には見慣れた光景だったが『天使の楽園』所属の連中には奇異に映ったようだ。
子供たちが裏の買い取り所で溜まっていた回収品を放出すると、偏見は物珍しい現実に置き換えられた。そして大きな溝は彼らの装備一式を見て納得し、埋め合わされた。あの服は魔法学院の…… あの子たちは特待生か何かか、と。
そこで明後日、ギルドの第二便が到着するといううれしい情報を仕入れた。メインガーデンと遜色ない取引がこれからできるとギルド職員たちも胸を張る。
「金塊が大量にあるんだが……」
職員の顔が引きつった。
「うっひゃー」
「なんだこりゃー」
もう笑うしかない。
子供たちも倉庫のゲートそばに螺旋状に転がっている大量の回収品を見て大騒ぎしている。
「何、この量?」
子供たちの背程もある金塊を指して笑い転げる。
「師匠、大金持ちじゃん」
ヴィートが言った。
「ふへー、こっちは全部、鉄だよ」
回収品のタグを見てニコロが言った。
「黒くなった! ばっちい」
「マリー、それ石炭だぞ」
トーニオが浄化魔法を施した。
「えー、みんなには今日、それをインゴットにして貰います」
「石炭?」
カテリーナが首を傾げる。
「ちゃうちゃう。そっちじゃない」
子供たちは金塊に視線を落とした。
「そう、それ」
「はぁ?」
「うそ……」
「マジで?」
「……」
「金だよ?」
「鉄をチマチマ加工するより、一気にレベルアップできるぞ」
「でも金なんですけどーッ」
フィオリーナとニコレッタが涙目で叫んだ。
「かわいい弟子のためだ。この程度の散財、なんともないさ」
「真顔だよ」
「この人、真顔だよ!」
誰が「この人」だ。思わず口角が上がる。
「あー、今にやついたッ!」
「師匠、喜んだだろ!」
「悪魔だ!」
「幼児虐待だ!」
「ふふふ、悔しければ少しでも多く残すことだ。どれくらい減るか、楽しく見させて貰うからな」
子供たちは顔を見合わせる。
「は…… 半分は残せるように、が、頑張ります……」
トーニオがかしこまった。
「じゃあ、僕は他を整理してるから。後はトーニオ、お願いな」
「師匠、ほんとにいいの?」
ヴィートが言った。
「全部失ったって怒りゃしないよ。その分、必ずお前たちの身になっているはずだからな。そうだろ?」
「師匠……」
「どんだけ減ったか、後でみんなに教えてやろう。どん引きする顔が見れそうで、今からわくわくするな」
「完全に面白がってるよね」
「……」
「しゃーない。片棒担いでやるか」
「こうなったらみんな一気にステップアップだ!」
「おーっ!」
一斉に動き出した。
「損したって知らないからなッ!」
ジョバンニが最後っ屁をかます。
「気にするな。いつかお前たちがサンドゴーレムを一撃で倒せるようになれば済む話だ」
急がずひるまず、着実に。答えは必ず返ってくるから。
僕は回収作業に勤しむ。
子供たちが集めたアースジャイアントの装備を解体し、小麦の入った袋を倉庫入口まで運んで、各種鉱石を精製し、インゴットにする前段階まで進めておく。硬貨のべらぼうな山はありったけの木箱に収めて、残りを回収袋に。財宝は売る物とそうでない物に分け、残す物は棚に収めた。
時間はあっという間に過ぎた。
予想通り、でき上がったインゴットは元の量の半分以下になっていた。が、僕は当然こう言った。
「よくやった。ご苦労様」と。
子供たちは縮んでしまった結果を見て落胆していたが、充足感に満ちあふれた顔をしていた。じんわりと汗ばむ額。火照る頬。
「みんな、ほら」
僕はテーブルに鉄の塊を置いた。
「インゴットにしてみな」
型を入れ替え、全員に鉄のインゴットを作らせた。
僕が手を加えずとも粒子の揃った綺麗なインゴットができ上がった。
手応えに全員が無口になる。
これが今日一日頑張った成果だ。
そしてお前たちの笑顔が疲れた僕への最高の回復薬になる。
「師匠! 俺たち……」
「成長してるよね!」
全員が拳を握り締め、キラキラした目で僕を見上げる。
「ああ。金が見事に半分になっただけのことはある」
「師匠ーっ」
「それは言いっこなしだよ!」
子供たちは満面の笑みを浮かべた。
「アイスクリーム食べて帰るか?」
「行くーッ」
「賛成!」
「やったーぃ」
「大盛りだよ」
「アイス大盛りでーッ」
牧場に寄り道して、みんなでアイスミルクのアイス大盛りを頼んだ。
「黒いタロス?」
食堂で大伯母とラーラが黒いタロスについて言及していた。
以前、僕が南部で目撃したあれだ。先の船はどうやらあれにやられたようだった。僕は黒い奴の強さに関しては何も知らない。『プライマー』で十把一絡げに消滅させてしまったからだが。
それが今回、たった五体の襲撃で、ああなってしまったらしい。
「遠距離攻撃?」
「例の塔のアレらしいわ」
「携帯化したのか?」
「結界も多重結界、ドラゴン並だったそうよ」
「ファーストコンタクトで動揺して、ああなっちゃったみたいね」
「ドラゴン並みってことは……第二形態だったのか?」
「それがそうじゃなかったから問題なのよ」
「……」
「たった五体相手に二隻沈められると、さすがに苦しいわね」
「姉さんが飛んで帰るのも無理ないか」
「敵も必死ということだろう」
「遠距離攻撃の射程は?」
「ガーディアンのロングレンジでやっと互角だったらしいわ」
「塔程ではなかったと安堵するところかな」
「船を前に出すしかなかったみたい」
船の特殊弾頭とバリスタの方が射程は長いからな。咄嗟の判断としては止むを得まい。でもあの損傷具合は……
「威力はこちらのライフル以上か」
「結局、特殊弾頭で仕留めたみたいね」
「今、アールヴヘイムとは連絡取れないのよね」
「『天使の楽園』には?」
「事情聴取が終わった段階で呼び出し掛けておいたから、そろそろ来るだろう」
案の定、だが最上階の非常口からブリッドマンは現れた。
「なんでギルドハウスじゃなくてこんな所にいるんだ!」
どうやら探し回ったらしい。
「あっちはまだ飾りだからな」
「あーッ、リオ! こんな所にいやがった。やっと見付けたぞ! ガーディアンをじっくり見せるって言っただろ!」
「ちょっと、あなた! 今はそんなこと、言ってる場合じゃないでしょう!」
リーチャさんが後ろからブリッドマンの背中を押した。
「リーチャも一緒か? ちょうどいい。これから夕飯だ。食べていけ」
大伯母が言った。
僕たちに話した内容が反芻された。
ふたりは青ざめ、食事も喉を通らなくなる。
「警戒レベルを上げないと……」
リーチャさんは一旦席を外した。
北の担当エリア全域に注意勧告を出すのだろう。もしもの時のために特殊弾頭の使用許可も与えて。
「そっちの特殊弾頭は足りてるんですか?」
僕はブリッドマンに尋ねた。
「北は入り組んでる。俺たちの船は見たろ? ああやって視界を作らないと先まで見通せないんだよ。陣地の敷設次第で見通しのいい場所での戦闘は回避できるから、お前たちよりはやり易いはずだ。問題は威力の方だ」
「ガーディアンのフライングボードには『魔法の盾』の効果も施してあるから、数発なら耐えられるだろうが…… 船の多重障壁を抜くとなると……」
「操縦士の力量次第だな」
大伯母が言った。
「南には知らせたのですか?」
「一応、知らせたが…… 恐らく南はもう遭遇しているだろう」
僕が一掃した相手のなかに既に含まれていたのだから、可能性は高い。
「連絡がないってことは、どうにかなっているということかな?」
「ランキングが絡んでますからね。手の内はあかさないでしょう」
「制度にも弊害があるんだな」
「折角、上級迷宮を楽しもうと思っていたのに」
「マップ作りもまだ二十層に手が届いた程度ですから、急がずとも」
「一番の問題は本国と連絡が取れないことだ」
「特殊弾頭の使用、一定数はギルドマスターの裁量でなんとかできるが……」
「こっちは索敵強化して先手を打っていくしかないですね」
「ブリッドマン、そっちにミスリルないですか?」
「いや、ミスリルはさすがに」
「こういうとき教会がないのは苦しいな」
「迷宮の探索を急ぐしかないということだ」
「結局そうなるのか」
しばらくしてリーチャさんが戻ってきた。本隊に伝令を飛ばしたそうだ。
取り敢えずタロスの話はやめて、夕食にふさわしい話題に変えた。
「ほー、俺はエルーダ迷宮に入ったことないからなんとも言えんが、その序盤のどうしようもなさはどうにかならなかったのか?」
迷宮の序盤、アンデットフロアが続くことに触れた。そもそもスケルトンを狩ることで中盤までの装備を調える意味合いがあったのだが、生産品でなんとかなる現代において親切設計は無用の長物と化していた。
闇属性のフロアは魔力消費が高く、魔石も出ない。装備品がドロップする点を除けば、余り冒険者受けする場所ではない。特に魔法使いには。万能薬が使い放題の僕たちだからこそ平然としていられたのだ。
「しっかし、こんな子供たちをよく潜らせる気になったな」
「いいだろ、別に。こうしてなんとかなってんだから」と、ジョバンニがブリッドマンに言い返す。
「もし何かあったら、あなたたちを送り出した大人たちが責任を取ることになるのよ。とても覚悟がいることなのよ」
リーチャさんがジョバンニの頭を撫でる。子供たちは母性を前に神妙になった。でも……
「死なないようにもっと強くならないとな!」
「頑張るぞ!」
「師匠、もっと頑張るからね!」
逆効果になった。




