新タロス
気を使って加速してくれているのがわかった。
「あー、魔力が足りない! 交換するの忘れてた!」
試験からそのままだったからな。
「予備はどこ?」
「脇の収納」
「今は取れそうにないわね」
「これ」
オリエッタが僕の鞄から非常用の魔石を取り出すとヘモジに手渡した。
「ナーナ」
ヘモジは受け取るとガーディアンの腕を伝って、コクピットに飛び移った。
「ナナーナ」
「な、何この子! 小人族? 可愛い!」
「いいからさっさと交換しなさいよ!」
イザベルの仲のいい知人のようだ。
「わかってるわよ。うるさいなー、ベルちゃんは」
「ベルちゃん言うな! モナの癖に!」
「癖にって何よ、癖にって!」
「仲がいいんだな」
「同じ村の出なの。昔から機械いじりが好きな奴でね。ロメオ工房に入るのが夢なのよ。知ってるわよね? ガーディアン乗りなら。ロメオ工房」
「伝説のどこにあるかもわからない謎の大工房」
「ナ?」
「?」
ヘモジもオリエッタも首を傾げた。
住所公開してるよ。ガーディアンを取り扱っている店になら大抵、問い合わせ先まで記した製品カタログが置いてあるはずだ。
「ガーディアンの心臓を生み出しし大賢者ロメオ様が創始した王国最高の秘密機関……」
いつからロメオ爺ちゃん、賢者になったんだ? 最近は工具の位置も忘れがちだってぼやいてるのに。それに秘密でもないから。事前予約すれば見学だってできるから! 子連れには小っちゃなゴーレム人形プレゼントだから!
先を進むギルド船がテスト生のガーディアンを収納していく一方で、緑の機体は実戦用の武装を整え次々出て行った。
「合流する?」
「いや、先行する! 先に行ってくれ!」
町の障壁は機能しているのか?
「城門は?」
「開いてるわ」
双眼鏡でイザベルが確認する。
先行する緑のガーディアンは城門を目指す。
「人が大勢逃げてくるわね」
後方の砲撃音はまだ止まない。
小型のホバーシップも次々脱出して来る。
周囲にタロスの大群が待ち構えていたとしてもこれだけ冒険者がいれば大事にはならないだろう。が、敵は町中にいる一体のみのようだ。
勝つ気があるのかないのか、さっぱりだ。
「なんでまだ排除できないのよ!」
イザベルも僕と同じ疑問を抱いたようだ。
「ガーディアン呼ぶ?」
オリエッタが了解を求める視線を僕に向けた。
「混乱してるからな。中を確認してからにしよう」
逃げ惑う人たちは頭上を過ぎていくガーディアンには見向きもしなかったが、この機体が巻き上げる砂塵には驚き、道を譲った。
ホバーシップは人々を守るように外周を固めながら砲身を町に向ける。
敵が外に出てくると思っているのか?
「どいて、どいてー」
僕たちは割れていく人垣に砂の豪雨を降らせながら突き進んだ。
「何しやがんだ、このヤローッ!」
「ごめんなさーい。高度が上がらないのよ!」
「んな、ポンコツ乗ってんじぇねーよ!」
「んだと、こらーッ! 石化模擬弾食らわすぞ、クソジジイッ!」
何も聞えなーい。
「ナナナナナナ……」
「あわわわわわ……」
ふたりは声を出して音を打ち消しながら耳を塞いだ。
モナさんはガーディアンのこととなると豹変するタイプか。
イザベルはそんな友人に苦笑いだ。
町中は既に炎上していた。が、ブレス持ちのドラゴンの仕業ではなさそうだった。破壊は物理攻撃のみで延焼は二次的なもののようだ。
それでも町を出たときには想像だにしなかった悲惨な景色が広がっていた。
大型の『箱船』は港から動けないでいた。何隻かは再起不能、竜骨が真っ二つにへし折られている。その分、巣を壊された蜂のようにガーディアンが上空を飛び回っていたが、町の結界障壁が彼等の行動を制限していた。
『アレンツァ・ヴェルデ』のガーディアンは母艦の『箱船』に次々降りて行った。
「あっち!」
オリエッタが指差した。
オアシスの方が騒がしかったので僕たちはそちらに向かった。
銃撃戦は続いていた。
街中から敵を誘導することには成功したようだが。
敵の姿が見えてきた! 異様に高い魔力反応を示すタロス…… ドラゴンタイプじゃないとしたらなんなんだ。
「いたーッ! リオネッロ! 見付けたわよ! 折角会いに来たのに、ひどいじゃないの!」
声の方を見上げるとそこにはガーディアン!
「ああッ! なんで僕の『ワルキューレ』に乗ってるんだ! 下りろ、馬鹿!」
「いいでしょ、別に! 空いてたんだから!」
僕の『零式』に乗ったラーラが高度を下げて横に並んだ。
相変わらず無頓着だな。袖をたくし上げ、ガーディアンに乗るには長過ぎるスカートをひらつかせていた。それ姉さんの服だろ?
「他にも機体あっただろ!」
「やーよ、旧型なんて!」
王家の血筋で見栄えはヴァレンティーナ様並なのだが、中身がてんで伴わない。
脇腹の生まれで王宮での暮らしは窮屈この上ないらしく、抜け出しては我が家に入り浸っていた。歳が近いせいもあって幼い頃から爺ちゃんたちに連れ回されて一緒に色々仕込まれた仲だ。
確か僕の一つ歳下だから今年成人だったはずだ。
「誰?」
「リオネッロの幼なじみ。小さい頃から一緒。ラーラ・カヴァリーニ。どうせまた家出」
「ちゃんと、許可取ってきたわよ! この馬鹿猫!」
「オリエッタは猫又! スーパーネコ!」
「…… 治ってないじゃないの」
オリエッタは眉間に皺を寄せて恨みがましい目で僕を見た。
こっちを見るな。
「しゃべるだけで充分お利口じゃない」
モナさんが猫又を擁護した。
「見たことのない機体ね。『スクルド』の新型なの? 随分バランスがよくなったみたいだけど」
「誰?」
「紹介は後だ。現状は?」
「無茶苦茶堅いタロスに苦戦中。このままだと負けるかも」
「嘘だろ?」
「町の障壁が邪魔してんのよ。お姉ちゃんの魔法も威力が削がれて効かないんだから。障壁を止めてくれるように言ってるのに、敵の増援を警戒して埒が明かないのよ。今みんなで郊外に追い出しに掛かってるんだけど、このままじゃ増援が現われる前に町は壊滅よ」
ギルドは時間を見てるんだ。結界を張る魔力はドラゴンだって無尽蔵じゃない。これだけの集中砲火を浴びればもう枯渇していい頃だ。これだけの戦力があれば問題ないと見ているのだろう。
「イザベルよ。あっちはモナ。よろしくね」
女同士、軽く挨拶を交わした。
「ナーナ」
「あんたはヘモジロウでしょうが」
「ナ! ナナーナッ!」
ヘモジが抗議した。いつものやり取りだ。
街を抜けるとオアシスが目の前に見えてきた。
「あちゃー、屋敷が……」
敵の射程に入りそうだ。
「あれがタロス?」
「新種?」
イザベルとモナが身を乗り出した。
それは不釣り合いな程大きな甲羅の鎧を全身に纏った二足歩行のタロスだった。その外装のせいで縦に二倍大きく、横に三倍広く見えた。おまけに見たこともない陽炎のような結界が全身を覆っている。
その怪しく重厚な装甲がすべての攻撃を容易く無効化していた。
武器は鋭い爪のみ。但し、その一本一本はガーディアンのブレード並に大きく鋭い。腕は二本、蛇のように長く、地を這うようにうねりながら獲物を物色している。あれに掴まったら終わりだ。
厄介な腕だ。千年大蛇を思い出す。
必然的に射程外からのチマチマ攻撃。ときたま仕掛ける冒険者の大技が敵を誘導する。
恐ろしく堅い…… どう考えても物理的な耐久度だけではないはずだ。
戦っている連中も気付いているだろう。あまりの手答えのなさに。
魔素の流れが垣間見られるところをみると魔力が含まれていることは間違いない。近づけないので確信はないが、あの装甲はあの強度でなおドラゴン並の結界と回復力を持っているかのようだ。いや、それ以前に一瞬でも削れているのか?
そもそもあれがどうやって町なかに出現したのか……
参加するにしてもこちらからでは駄目だ。屋敷を背にしては戦えない。回り込まないと。
暴れる視線と目が合った。その瞬間。
ぞくっとした。
何も考えていない、ガラス玉のような目が僕を通り越して別の何かを見た。
怖い…… 足が一瞬すくんだ。
あれは…… なんだ?
魔素の流れがずれて見える。発する物体に寄り添うように流れるものを…… 数秒遅れで動きを模倣する影のようだ。
酔いそう。
あれは…… 違う!
あれは魔法障壁じゃない!
あいつは次元の向こう側にいるんだ!
一度爺ちゃんに聞いたことがある。そして見せて貰った…… 『楽園』という名の別世界を……
理由はわからないが、こちら側に実体化し切れていないんだ。何かが奴の入場を妨げている!
奴は今、実体化と消失の狭間にいるんだ。
次元を越えるなんて荒技が魔力の乏しいこちら側でできるはずがない。
だとするともう半分の世界側だ。あちら側にはそれだけの魔力があるということになる。が、条件はこの世界のタロスも一緒のはずだ。だとすると、タロスはタロスでもかつてこの世界を侵略した連中とは別口ということになる。
新たなるタロスの出現…… 僕が恐怖した理由。悠久の時を経て、別次元のタロスによる新たな侵攻が始まろうとしている。
世界の均衡が崩れる!
その影響はゲートキーパーによって繋がれたアールヴヘイムにまで及ぶかも知れない!
「ヘモジロウ、行くわよ!」
「ナナナーナッ!」
「その怒りをあいつの鼻っ面にぶちかますのよ!」
「それは八つ当たり。怒ってるのはラーラのせい!」
姉さんたちにはあの陽炎が見えているのか?
奴がこちらに実体化したそのときこそ、次元の回廊が形成されるときである。後方に控えている無数の新タロスによってこの町は、世界は再び終わろうとしている……




