クーの迷宮(地下20階 サンドゴーレム戦)力帯どうした?
遅れました。m(_ _)m
万能薬を浪費して飛び回ること半日。
「なんとなくわかってきたな」
このフロアは主に四つのエリアに分れている。明確な境はないが、最も高い峰を中心に東西と北に砂漠が一つずつ。それぞれにサンドゴーレムが守護者として配置されている。入口のある南は入り組んだ地形でサンドゴーレム以外の敵に慣れるための導入部分として機能している。空を飛んでしまえば入り組んだ地形は意味をなさないが、ストーンゴーレムとサンドワームだけを狩るなら、数的にも地形的にも南エリアが最適だろう。そして肝心な出口だが……
それは最初から視界のなかに入っていた。
砂漠フロアでありながら、出口は雪を被った切り立った尾根の先端とはからかうにも程がある。ただ地上を行くなら三つの大砂漠エリアを東から西へと回り込んで山脈の裏手から踏破する必要がある。
そういう意味では僕たちは順路を間違ったことになる。
「跳んだら一瞬だったな」
三体目のサンドゴーレムを倒す前に出口に到着してしまった。
見下ろす南砂漠にそれらしき物が見える。
「どうする?」
出口の位置がわかった以上、焦ることはない。最後であろうサンドゴーレムとの距離も往復可能な位置であるし、見逃す手はないが……
「ナーナ!」
「嵐がなきゃ、一撃なんだけどな」
嵐のなかが見えないんじゃ、狙撃で一撃というわけにはいかない。懐に飛び込むこともできない。どうしても嵐の外に転移する必要がある。しかも転移を気付かれないようにするには一定の距離を取る必要があるから結構、面倒臭い。
狩る気満々なヘモジを見たら、やらない選択肢はないのだが……
喜ばせてやりたいな。なんでガラスなのか未だにわかんないけど。
「進路バッチリ」
「よし、掘るぞ」
頭の上を暴風が吹き荒れる。
反応が落とし穴に近付いてくる。
「ナーナ、ナーナ」
今、踊るなよ。ヘモジが狭い穴のなかでそわそわしている。
嵐が止んだ!
「今だ!」
一斉に飛び出した!
え?
サンドゴーレムの足が視界に入った。二本の足がどっしり巨体を支えていた。
「天井、削り過ぎたか!」
穴の蓋が薄過ぎて、振動か何かで落とす前に崩落してしまったのだと思った。
だが、それは違うとすぐ知れた。落ちたのはごく普通のストーンゴーレムだった。
「どこから湧いたッ!」
「飛ばされてきた?」
いくら強風でもゴーレムだ。飛ばされたとは考えにくい。坂から転げ落ちて勢いが付いたとか、余程間抜けな条件が重ならないとこんな珍事は起こりえない。
でも冒険者は大概あり得ない突発事故で足を掬われるのだ。
グオオオオオっとサンドゴーレムがでかい両手を天高く振り上げた。
「まずいッ!」
完全に無防備だ。手には狙撃用のライフルしかない!
踏み込んだ大足が大地を揺らした。
咄嗟に僕は『ステップ』を踏んだ!
結界で衝撃をそらせた。が、反動で地面に叩き付けられた。
接地したすぐ横の地面が破裂する。
砂の大波を横から被った。
「近過ぎる!」
「股下、股下!」
オリエッタが肩に爪を立てながら必死に叫ぶ。
「ナーナ」
ヘモジが不安定な足場でゴーレムの二撃目を凌いでいる。
「『一撃必殺』!」
見えた!
『身体強化』! 『ステップ』!
一気に戦闘中のゴーレムの股下に滑り込んだ。
『魔弾』!
よし! コアを抜いた!
僕たちは立ち上がり足元から急いで逃げ出した。
振り返るとゴーレムが砂に沈むのが見えた。
ヘモジは何もなかったように目の前の山を見上げる。
「慢心は怪我の元だな」
オリエッタは何も言わず身体を震わせた。
「砂被ってないだろ?」
「気分的に」
「まだ生きてる」
穴のなかのゴーレムは手足をもがれた状態でまだ生きていた。
「ナーナ……」
完全体ではないし、戦闘モードになってからだいぶ経つ。到底、よい報酬は望めない。
「放っておこう」
その横に転がっていたでかい石の塊がようやく姿を消した。
「はい、はずれが出ました」
「ナー……」
大きくうなだれる。
「こういうのって望まないときに限って出るもんなんだよな」
金塊だけが地面に転がっていた。
「後半、意外に伸びなかったな。まあ、鉄もガラスもこれまでを考えれば充分な成果だろうけど」
ヘモジもその都度がっかりしているが、別に引き摺ってはいない。くじ引きは引くときが一番楽しいのだ。
「なんだ? 騒がしいな」
修理ドックの方が慌ただしくなっていた。
「今日入港する予定の船あったか?」
「ナー」
ふたりとも首を傾げる。
入港する船も見えないので、僕たちは首を傾げながら港区を後にした。
ソルダーノさんの店に行列ができていた。
「こんな時間に?」
「いい匂いがする」
オリエッタが鼻をひくつかせる。
近付くとお弁当が売られていた。パンとチーズと分厚いステーキ肉が二枚入った弁当が銀貨一枚で売られていた。
見慣れない冒険者たちが買っていく。『楽園の天使』たちか。
「ギルドで食事出ないのか? わざわざ金出さなくたって」
「ありゃ、夜食だよ」
通りすがりの冒険者が言った。
「夜食?」
「これから迷宮に入る奴らのな。うちのギルマスが迷宮探索を奨励したんだ」
「食いぶちに困ってるわけじゃないんですよね?」
「まさか」
「ですよね」
『楽園の天使』はそもそもが金持ちギルドだ。
「このままだとランキングの報酬が望めないからな。魔石と資材を集めるだけ集めて、前に出ようって腹なのさ。そのためにはこの時間帯が狙い目なんだ」
「狩る物もなくなってしまうでしょうに」
「そこが狙い目さ。一気に深層まで行けるだろ? 深層程手薄だし、いい物が出るのは常識だからな」
手合わせ一つせずに深層まで潜って、気付いたときには手遅れという事態にだけはなって欲しくないものだね。命を天秤に掛けていることを忘れずに。自戒を込めて。
「ボリュームバランスはどうなってるんだろうね」
攻略している他の連中は今何層辺りで狩りをしているんだろうね?
僕たちのマップ情報を待って、適当な場所で狩りをしているのか、それとももう子供たちのすぐ後ろまで来ているのか。
一度その辺、ギルド事務所で聞いてみるか。
家の門扉を潜ったときに気が付いた。
「あ! 出口から出るの忘れた」
サンドゴーレムを倒した場所から直帰したことを思い出した。
ヘモジとオリエッタも顔を見合わせる。
「今度は転移一発だから、まいっか」
自室に装備を下ろし、部屋着に着替えると、例の『力帯』はどうしたのかなと気になってヘモジの様子を窺った。
「ナナ?」
「『力帯』どうした?」
「ナ?」
ヘモジは正対して仁王立ちすると、しゃきーんと斜めに手を伸ばして変身ポーズを取った。
「ちょっと、こんな所ででかくなるなよ!」
「ナーナーナーッ!」
ぴょこんと跳び跳ねた。するとヘモジの腰に『力帯』が現れた!
「ああっ」
そうか、ミョルニルのオプションという意味付けなら召喚できて当然か……
再びぴょこんとジャンプすると『力帯』は消えた。
「ナナーナ」
腰をくねくねした。
滅多に見ないヘモジの召喚カードを覗いた。
「あ」
ヘモジの絵にベルトが巻かれている。注意書きにも『力帯』の解説が追加されている。
「ナーナ」
ヘモジはそそくさと食堂に下りていった。
「はあ……」
心配して損した。
「やるな、お主」
子供たちが相も変わらず騒いでいた。
「師匠、お帰り!」
「王様、倒したよ」
「報酬は?」
「この前と同じ」
「部屋も一緒だった」
「じゃあ、今頃倉庫のなかはぐちゃぐちゃだな」
僕の一言に子供たちは黙り込んだ。
「いいよ。こっちも結構、回収したから。明日は僕が整理しとく」
「へー」
ラーラがコップの載ったトレーを持って台所から現れた。
「鉄、取れたんだ?」
「そうだ! 言おうと思ってたんだ。もう装備剥いで鉄を回収しなくていいぞ。二十階層でどうにかなりそうだからな」
「えーっ、もっと早く言ってよ」
「いいの?」
「獲りたいって言うなら別に止めないけど」
子供たちは首を振った。
「素直でよろしい」
ジュースの入ったチビ樽をフィオリーナが運んできた。子供たちの興味は一瞬でジュースに向かった。
「女王討伐ルート、今回はないのかな?」とラーラに尋ねる。
「ヤマダタロウも自重したのよ」と言いながら、台所に消えた。
「『開かずの扉』じゃないしな」
「師匠がいなかったから、回収品全部持って来られなかったんだよ」
カテリーナがうれしそうにジュースを舐めた。
「なんで?」
「時間切れになっちゃった」
マリーが横で頭を掻いた。
「いちいち『解析』魔法掛けなきゃいけないんだもん。全員でやっても追い付かないよ」
ヴィートがテーブルに身を投げ出した。
普通はそうなるわな。
「そう言えば港が騒がしかったけど何か聞いてないか?」
「そうなの?」
子供たちは気付いていなかったようだ。バンドゥーニさんは現在一っ風呂浴びている。
「その件でお姉さんたち、出ていかれましたよ」
夫人が言った。
「緊急事態かな?」




