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歓迎会はプチ肉祭り

「輪っかだ……」

 トーニオがいつの間にか隣にいた。

「何してるんですか?」

 直立して手を伸ばせばてっぺんに届く程の石の輪っかの内側で、僕は改良した術式を刻みつけていた。誰にも見られたくなかったので外防壁近くの手付かずの砂場で作業していたのだが……

 トーニオは土管を輪切りにしたような輪っかの列の内側を、隙間から覗き込んだ。

「『補助推進装置』の模型を造っていたところだ」

「ガーディアンの? ミスリルじゃないとこんなにおっきくなるんですか?」

「さすがにそれは……」

 僕は手を振る。

「じゃあ、なんで?」

「船を造るための試作だよ。『補助推進装置』をメイン動力にした高速船を考えてる」

「『補助推進装置』がそのまま船になった感じ?」

「わかるか? 組み込まなきゃいけない術式がいろいろあるからな。結界とか、操舵とか。その配置をいかに効率化するか、今考えていたところだ」

 装置と速度に見合う骨格の強度を考えると、総重量はホバーシップの比でなくなることは目に見えている。その重量を打ち消すためには相応の『浮遊魔方陣』と魔石が必要になるだろうし、このままだと飛空挺を持ち込んだ方がましということになる。

 まずは一番重くなるだろうパーツ『補助推進装置』を配置して、船体重量を予測する。船尾に置けば船首が上を向く。カウンターを載せれば重量は単純に二倍だ。装置の大きさを決めるには出力がわからないと駄目だし…… 装置の重量がわからないと船の大きさも定まらないから図面にも起こせない。空論を戦わせるにも元になるデータが全くない始末。立体術式で消費軽減とか出力強化とか、夢のまた夢。

「部屋にいないから探しちゃいましたよ」

「急に思い立って…… ふう」

 作業に区切りを付けるべく、結果を見渡す。

「ヘモジに聞いても読書してるはずだって。師匠はいつ休むんです?」

 そんなに働いてるように見えるか?

「これが遊びみたいなもんだからな。そっちこそ今日は何してたんだ?」

「午前中は農作業の手伝いです。例の小麦を試験栽培するっていうから。午後は相変わらず走り回ってましたけど」

「暑いんだから程々にな」

「わかってます。無理はしてません。そうだ! そろそろ宴会を始めるから戻って来いってラーラ姉ちゃんが」

「宴会?」

「『楽園の天使』の歓迎会。今朝、やるって言ってたでしょう?」

「ごめん。今朝、寝坊したんだ。やっぱりやるんだ」

「もう、しょうがないな、師匠は。行きますよ」

 試作を壊して砂に返すと、トーニオが乗ってきたガーディアンに乗って、村に向かった。


 我が家の住人たちは既に会場の一角を占めていた。

「ししょーっ」

「トーニオ」

「遅いよー」

「早く、早く!」

「まだ日が暮れてないじゃないか」

 そうは言っても、会場の席は既に半分埋まっていた。

 珍しい、ソルダーノさんがいた。

 店を留守にしていいのか?

「こんばんは」

「売る物がなくなってしまいましてね。閉めて来ちゃいましたよ」

「盛況で?」

「『楽園の天使』様々です。あるだけ買っていかれるものですからね。今日の分はもう何も残っていません。仕入れを考えないといけませんね」

 オリヴィアとその相談も兼ねて、ここにいるのだそうだ。

 そのオリヴィアは商会仲間のテーブルで既に談笑している。

 酔うにはまだ早いぞ。

 夫人を先頭にイザベルやモナさんが皿を抱えて戻ってきた。

「肉祭りとはよく言ったものね。肉料理ばかりで、見てるだけで胃がもたれそう」

「元は獣人村の伝統行事ですからね」

「アルベルティーナさんじゃ、こういう発想はないもんね」

 前回はいろいろ試みたけれど、日々、修練を重ねた結果、出店は結局オーソドックスな形に収まってしまったわけだ。獣人は結局、肉、肉、肉である。

「ああ、いた。リオ様、ピザ釜いつでもいけますよ」

 え?

「材料もばっちり揃えておいてやったぜ」

「カトゥッロ!」

 スプレコーンの幼なじみたちが指を立てる。

「うまいの頼むぜ!」

「グーじゃねーよ。なんでやることになってんだよ!」

「肉祭りと言えばサイドメニューはピザだろ! ピザと言えばヴィオネッティーだ」

 ヴィオネッティー家っていつからピザ屋になった……

「頑張れよ、今日も期待してるぜ! じゃあな、俺たちも忙しいから」

 風のように去っていった。

 肉ばかり食えない連中のための回避ルートなだけだろうが。

「すぐ行くよ」

 確かに我が家の伝統ではあるけど。

 料理を一切れ摘まむと僕は舞台裏に向かった。


 生地よし、材料よし、ソースよし。魔石も充分だ。

 隣のオーブンからパンの焼けるいい匂いがしてきた。

「焼けたぞ」

「次のトレー入れろ」

 隣は早くも粉だらけだ。

 こっちも負けていられないな。まずはマルガリータからだ。

「ごめん、遅くなった」

「え?」

 普段着を着た姉さんだった。

「なんで?」

「匿え」

「え? 何から逃げてんの?」

「決まってるでしょ!」

 書類を抱えた側近からか。

「サボったのばれた?」

「サボったわけじゃない! あれはあれで重要案件だった! 取り敢えずマルガリータを一枚」

「食いに来たのかよ!」

「お昼、食べられなかったのよ」

 自業自得だろ。

「酒は?」

「ワインを一本持ってきた」

「グラッパは?」

「取りに行ってる時間はない」

 僕が窯の面倒を見ている間に姉さんは生地の材料を載せていった。もはやヴィオネッティー家の伝統。ピザ造りの技は姉さんにも受け継がれている。

「よくこれで火の魔法の修行をしたものだ」

 我が家では火の魔法の修行はピザ釜からだった。

「ラーラが来たら交替するからな」

 表舞台ではそのラーラとロマーノ・ジュゼッペ氏が挨拶を行っていた。

 みんながまだしらふのうちに簡単な砦の収支報告を行うようだ。

「あっちこそ姉さんの仕事だろ?」

「だから忙しいと言ったろ!」

「タロスの襲撃の減少もあり、魔石の備蓄は予定通り順調に行われている。とは言え、本隊と南の渓谷砦では未だに散発的な戦闘が繰り返されている。備蓄は多いに越したことはない」

 ロマーノ氏が報告書を読み上げる。

「なんだ、打ち止めじゃなかったのか」

「打ち止めだったらみんな戻ってきてるだろうが」

「それもそっか」

「深刻なのは資材調達である。木材の搬入の目処は付いたが、鉱石の入手が予定より遅れている。現在の収穫量では装備の改修で手一杯なのが現状だ。予定の増産体制には入れていない。部隊の維持には先行増産が不可欠である!」

 暗に僕のせいだと言われているような気がしてならない。

「大袈裟に言っているだけだ。気にするな」

 姉さんはそう言うが、実際思った程工房は回っていない。パーツを共食いしているのが現状だ。

「次の階層に入れば多少変わるとは思うけど」

「またゴーレムだったか?」

「サンドゴーレムだよ。姉さん」

「砂漠の巨人か」

 妙なおかしさが込み上げてきた。アールヴヘイムにいた頃は砂漠フロアをフーフーいいながら攻略したものだが、こちらの世界ではむしろゴールがない分、現実の方が厳しいのだ。

(きん)はいらないわよ」

 サンドゴーレムからは金塊が取れる。未だにエルーダ迷宮二十階層の記録は金貨三万枚が最高額だ。爺ちゃんたちがビギナーズラックで拾った記録は未だ誰にも破られていない。

「ミスリル落としてくんないかな」

「まとまった鉄でいい」

 一枚目が焼けたので窯から出した。チーズの焼けたいい匂いがする。

「先に貰うぞ」

 ひとりワインを開けてグラスに注ぎ、ピザを楽しむ。余程お腹が空いていたらしい。

 僕はその横で焼けた二枚目、三枚目を取り出し、新しい三枚を投入する。

 急いで切り分けると、熱々を店頭に並べた。

 勝手に持ってけ。セルフサービスだ!

 主に人族が持っていく。そしてあっという間に皿は空になった。皿は回収して浄化魔法でピカピカにして再利用だ。

「金銀、各種宝石。魔石にすれば大が出る」

「鉄よ、鉄。はずれでいいから大量に、よ」

 油で唇が光る。

「狙って出るなら苦労しないよ」

 砂漠にいるのはせいぜい三体だ。探すには恐らく、一日中歩き続けなければならない。

 気が重いよ。もっと深部に潜れば楽に取れる場所があるのに。

「サンドワームがいないだけが救いだよ」

「ほら、次が焼けたわよ」



「嘘だろ!」

 二十階層にサンドワームが出た! これは一大事である!

 エルーダ迷宮でもサンドワームは出なかった。それは彼らの危険度が半端ないからだ。砂に潜った見えない敵は厄介この上ない。

「さすが上級ダンジョン」

 オリエッタがくしゃみする。

 面倒が増えた。ただでさえ厄介なフロアなのに。十九階層で楽した反動か?

「うるさいな!」

 おまけにゴーレムが徘徊しているとなるとミコーレ公国の砂漠以上に危険だ。

『衝撃波』を動き回る反応に叩き込んでやった。

 すると地面がガタガタと揺れ始めた。

 ホーンのような重低音とキィヤァアアアという空間を裂くような奇声が入り交じった叫び声を上げながら飛び出してくるとドーンと地面に倒れ込んだ。

「ナー、ナー、ナーッ」

 ヘモジが大上段からとどめを刺した。

 二十階層だから現実のものより大きくも強くもないのだが、厄介この上ない。神出鬼没というのがよろしくない。移動する落とし穴みたいなもんだ。

 祭りの翌日、二十層に潜ってそうそう足元を掬われた。

「新種だ。何が出るのかな?」

 コアを破壊して放置する。

「!」

「ナ!」

「これは!」

 キラキラした粉末の山が出てきた。

「ガラスの粉?」

 それだけじゃなかった。

「これこれ!」

 オリエッタが興奮して二本の尻尾を振り回した。

「これは!」

「ナーナ!」

 ガラスの粉のなかに埋もれていたのはなんと『虹色鉱石』だった。

「これって…… 標準?」

 ほぼ瞬殺だったから、ドロップには最高の条件だったとは思うが……

(ぬし)だった?」

 実際の砂漠にはテリトリーをまとめる一際大きな主がいるが、それが迷宮にも?

「ナーナ」

「さあ」

 ヘモジもオリエッタも首を傾げる。最初の一体なので比較対象がない。

「まずいね」

「ナーナ」

「まずい」

 報酬がよ過ぎるのも困りものだ。余計な騒動の種だ。

「普通はサンドワームなんか願い下げだろうけど」

 ガラスが手に入るとなれば……

 後人のために安全なルートを確保したいとも思うのだが、今は乱獲祭りだ!

 安全なルートとは固い地層のことである。現実世界では砂漠にもサンドワーム払い用のアンカーを設置して遠ざけるケースもあるのだが。ここは迷宮、翌日にはすべてがリセットされてしまう世界だ。アンカーなど挿しても翌日には消えている。

「でもガラスはありがたい」

 袋いっぱいのきらきらを『結合』させて一塊にすると、倉庫に転送した。

「ナーナナ!」

 ヘモジの興奮が冷めやらない。尻振りダンス絶好調だ。

「ナーナンナ!」

「『虹色鉱石』の方が貴重なのに」と、オリエッタは冷めた視線を注ぐ。

「これがまぐれでなければ、ガラスと『虹色鉱石』の産地として名を馳せることも夢じゃない!」



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