表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
155/553

ヘモジの里帰り?

「ナーナナ」

 おめかししたヘモジが待っていた。

 ぴったり張り付いた髪、毛先が癖毛でくるりん。普段着ることのない外套を着込んで、まるで貴族のボンボンのようだった。

「どした?」

「ナーナーナ」

「もう行くのか?」

「ナーナ!」

「遅いって…… あ」

 十九階層か!

 十九階層はトロールのいるフロアだ。ということはヘモジの故郷、にたぶん類似した世界だ。

 こ、これは! ヘモジクエスト再来か? 忘れてたわ。

「姉さん、いないだろうな?」

「ナーナ」

 既に出掛けて留守のようだった。

「ヘモジ、増える? ヘモサブロウ?」

 普段と変わらぬオリエッタが言った。

 個人的にはもう必要充分なんだけどな。

「急いで準備するよ」

 まあ、本人には久しぶりの里帰りということになるのだろうか。実際同族トロールが支配しているのかもまだわからない。


 急いで身支度して、玄関を開けると姉さんが立っていた。

「…… 何してる?」

「十九階層に行くんでしょう?」

「ナァ……」

 七三分けしたヘモジが呆れて見上げる。

「悪いけど同行はお断りだ」

「なんで!」

「なんで? ヘモジクエストでわかっている条件はソロで入ることと不殺だって知ってるだろ?」

「複数で入った後でもソロで取得は可能だったはずよ。父さんはそうだった」

「慎重に行くなら、各フロアの脱出ゲートの使用許可を取ってからの方がいいと思うけど。それにトロールのフロアだと確定したわけでもないし。そもそもクエストがあるかもわからないんだぞ」

「じゃあ、なんでそんな格好してるの?」

「そ、それは……」

 ヘモジを見下ろした。

「ナナーナ」

「『里帰り』だって」

「ほら! 里帰りだって言ってるじゃない! 里があるのよ!」

「この手のクエストは大抵一発勝負だって知ってるだろ? 慎重に行かなきゃ、また泣きを見るぞ」

 姉さんは子供みたいにその場に憮然として立ちはだかった。

「泣くのは姉さんなんだよ」

「同じ条件とは限らないでしょう」

「そうだけど…… まず試してからだ。僕が取得したときの条件でまずやってみて、クエストが出るか確認してからだって構わないだろ?」

「下見ぐらいしても平気よ」

「駄目だ!」

「ナナーナ……」

 説得は見かねた夫人が大伯母を連れて来るまで続いた。



 白亜のゲート前広場にはいつも以上の列ができあがっていた。『愉快な仲間たち』の一団が早速、潜り始めるようだった。

 北に向かうはずのタロスの集団が進路を変えて砦襲撃に参加したせいで、今年の狩りは不作であるらしいから、少しでも帳尻を合わせようというのだろう。

 理由はどうあれ、いきなり深部に潜れない以上、行動は早いに越したことはない。

 一方、ヘモジを知る者たちは皆、当人にチラチラと懐疑的な視線を送っていた。

「どうしたんだ?」

「なんか変なもん食ったか?」

 皆が僕の耳に囁く。

「ヘモジの里帰り」と言ってしまうと、ヘモジクエストの存在を想起させてしまうので、当たり障りのない回答を返すにとどめた。

「普段着を洗濯するんで、ついでに遊んでるんですよ」

 洗濯も何も、再召喚する度に新品になって戻ってくる。

 エルーダではないのだから、里帰りと言うのも変な話だが。ヘモジも何かあると察しての奇行だろう。

 はたしてヘモジクエストはあるのか? ヘモジがもう一人増えるとなると気が重くもあるのだが。

 ヘモジ獲得の折もオリエッタは同行していたから条件に抵触することはないだろう。問題はヘモジ自身だ。 二体目はなしよ、という可能性は充分にある。

 姉さんには悪いが、本心を言えば土産は何もなくて結構。むしろ何もない方がいいと思っている。でないと我が家はいずれヘモジだらけになるだろうと予想されるからだ。

 五分程、一方的な情報交換をしていたら、順番が回ってきた。


 訪れた場所は黄金色の麦畑で覆われた丘陵地帯だった。いつかどこかで見た景色だが、季節が違った。見事な紅葉だった。

「まずは『魔除け』の術式を…… やばい。忘れてる」

『魔除け』は光の魔法スキルに属し、光の魔法は教会聖職者にだけ認められた特権だ。聖女様から昔、直々に教わったけど…… 表だって使えないことも相俟って失念していた。

 メモ帳を確認しないと。

「ナッ、ナッ、ナナー」

 ヘモジがスキップして先を行く。

「こら、ヘモジ!」

「ナナーナ」

 大丈夫って言われても。

「お前は同族だから襲われないだろうけど」

 隠遁スキルで間に合ってはいるんだが。


 住処である土墳が大量にある丘までやって来た。

 見渡す限り金色の麦畑で、でかい鍬を担いだトロールたちが刈り入れに精を出していた。

「でかいよな、あの麦」

 実際持ち帰れたら食糧事情なんて吹っ飛んでしまうのだろうが、そこまでうまくはいかない。ただのギミックだ。

「これ」

 オリエッタが僕のメモ帳をリュックから出してきた。

「ありがとう」

 ページをめくって『魔除け』の項目を探した。


「のどかだ」

 魔除けの術式は結局使わなかった。

 ヘモジのおかげで、友好的にことが進んでいるからだ。

 遠くからこちらに手を振るトロールたち。

 僕たちはトロールの引っ張る荷車に便乗させて貰う始末。

「ナナナナー」

 ヘモジはいつになく上機嫌。荷台から足をプラプラさせている。

 ここって迷宮なのかなと錯覚してしまいそうだ。

 街道を道沿いに行けばたぶん出口に向かうはず。街道はまっすぐ山の麓に向かっていた。

「ナナナーナ」

 荷車を押すトロールと楽しそうに会話する。

 さすがにこのまま行くはずないんだろうな……


 脇道に入る荷車とは途中別れて、僕たちは街道を行く。

 ここのトロールは村を襲撃でもしない限り襲ってこないノンアクティブなモンスターだから楽なもんだ。

 道の先に渓谷に架けられた石橋を見付けた!

 あれは! クエストのスタート地点だ。

 遠くから一体のトロールが駆けて来る。その後ろを武装した緑色のトロール三体が追い駆けている。

「草原トロール!」

 これって、もしかすると、もしかするぞ!

 ヘモジが駆け出した。


 ヘモジに追い付いたときには既に武装した草原トロールがヘモジに撃退されて…… いなかった。

『タズガッタ、チョドイイドコロニ。サスガ、ユウシャヘモージ』

「ナナナナーナ」

『タズゲデクレルダカ? サスガ、ユウシャヘモージ。ビンナヲタズゲデグデ』

 草原トロールも仲間なのか?

 これは…… ヘモジクエストじゃない?

 でも村人救出クエストだ。ヘモジは一も二もなく承諾する。

『アドヤマ』

 トロールが指差す。

「ナナーナ」

『オデタジ、カラダデカイ。ミツカルガラ、ココニイル』

「はいよ」


 指し示された方角にしばらく行くと、山の斜面に草原トロールがノソノソと警備していた。

「相変わらず草原というより高原だよな」

「敵なの?」

 オリエッタも首を捻る。

 さっきの様子だと仲直りしたようだが。

 山頂の砦は相変わらず悪党の根城っぽく見えた。

 取り敢えず隠密行動であっさり包囲網を突破。

「ナ……」

「ハリボテだ」

 砦の裏側は大破していてなくなっていた。

「誰にやられたんだ?」

『タスゲテグデ。ユウシャヘモジヨ』

 ヘモジ、いつの間に!

 警備兵の一人を捕まえて事情を尋ねていた。

『ミデノトオリ、バレラハオゾバレタ。ブラビトモ、サラバレデシマッタ』

「ナァナ!」

 なんだってー?

『デキハ、アノヤバニイル。ハーピーダ』

 なんでトロールがハーピー如きにと思いながら、ヘモジの決定を待つ。

 好きに選べ。今日はお前に付いていくと決めている。

「お調子者」

 トロール兵との会話を聞いたオリエッタが言った。

「ナナナ!」

「はいはい」

 ようやく面白いことになってきた。

 ハーピーを相手にするのは初めてだしな。


 道らしい道はもはやない。ただ切り立った岩場に人が通れる程の隙間があるだけだ。

 ヘモジも自分の足で歩くのをやめ、僕の肩の上にいる。

 僕は僕で歩くのが面倒になり、転移を繰り返していた。

 見晴らしのいい場所に出ると、本来の目標である出口が遠のいて行くのが見て取れる。

「前回こんな山あったか?」

 実におどろおどろしい。山頂にかかる曇り空が憂鬱さの原因か。遠くで甲高いキーキーという声がする。

「鳥?」

 バサバサ!

 いきなり背後を取られた! が、ヘモジがぶっ叩いた。目の前に落とされた鳥の姿はなんとも醜い老婆のようだった。

 伝説では美しい女体をしていると言われていたのだが。

「これなら気兼ねなく」

 オリエッタがわざとらしく咳き込みながらリュックのなかに身を隠した。

「さすがにあの爪に引っ掛けられたら死ぬな」

 牛の角のような鋭い鉤爪である。

 どんどん上空から集まってくる。が、既に獲物の取り合いが仲間内で始まっているようだった。

「意地汚さは伝説通りだな」

 村人連中大丈夫かな?

 結界を広めに張り、接近を拒みながら雷を落とす!

 一網打尽とはこのことだ。とは言え、二度引っ掛かる程馬鹿ではなかった。一斉に飛び去り、身を隠してしまった。

 谷間に落ちずに引っ掛かっている骸から魔石を回収しようとこちらが移動すると、隠れていたハーピーが死角に転がっている別の仲間の骸を次々持ち去っていった。

「ちょっと!」

 どんだけさもしいんだよ!

 別にいいけどさ。

 襲ってこなくなったハーピーを尻目に僕たちは先を急ぐことにした。

「どうせ屑石」

「ナーナーナ」

 負け惜しみを言いながら。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ