表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
154/553

魔道書を読む

「結局、一日丸ごと潰れてしまった」

 姉さんを初め、ラーラも大伯母も『楽園の天使』の歓迎会に出席していて留守だった。僕はどの団体の代表でもないので出席は免れた。代わりに商人代表でオリヴィアが出席しているらしい。

 子供たちも今日はぐったり、食べながら船を漕ぐ者もいた。


 そして僕はようやく本を開く時間を得た。

 自室のベッドに転がりながら『立体魔法術式応用編 問題集と解説付き』を化粧箱から取り出して読み始めた。

 数ページ読んだところで意識が酩酊しだした。

「やばい。この本……」

 たまにあるのだ。書籍の挿絵自体が魔方陣の効力を発揮してしまうケースが。

 この本は検閲前のアイシャさんの直筆だから、ガードが緩いのだ。まして僕の紋章学の師匠は他ならぬアイシャさんだ。セキュリティーの癖も我がことのように承知している。執筆中に複雑な仕掛けを施すわけもなく、結果、深層において僕は紋章を解読してしまっていたのだ。故に実践を試みては解除するという行為を無意識に繰り返していたのだ。

 魔方陣の挿絵を目に入れる度に魔力を込めていては意識も混濁しよう。

「こりゃ、寝ながら読むわけにはいかないな」

 意識がしっかりしているときに読まないと事故の元だ。

 と言いつつ、寝転んだまま魔方陣を紐解いていく。

「セキュリティー全然掛けてないじゃん」

 いくら基本レベルだからって横着しないでよ。

 余計な回り道がない分、あたかも目の前で教授されているかのように理解が進むのだが。万が一気付かず紋章を発動させたままにしておくと、古来の例にもあるように魔道書に呪い殺されるということになりかねない。発動した当人の魔力は消費され続けるのだから。

『平面における限界』の項目辺りから紋章が複雑になってきた。

 読み始める前にページの魔方陣にチェックを施し、万が一があっても発動しないように細工しておく。

 次のページを開くと『今日はここまで』と欄外に書かれていた。

 問題集の方に移行するようにとも記されていた。

 僕は指示のまま、問題集を手に取った。そして驚いた。

 巨大な紋章が六つ、六色インクで描かれていた。

「なんだこりゃぁああ?」

 基本になる出力情報が一枚。時間軸に一枚。縦横高さそれぞれの自由度に対するアプローチに三枚。そして最後の一枚がもう一つの自由度に対するアプローチであった。

「何が立体魔方陣だよ!」

 手が震えた。

「こ、これ、空間魔法の術式展開図だ。世に出しちゃ駄目なものだ!」

 ポータル造りの技術者ぐらいにしか理解できないものだが、これは駄目だ! これは転移術式を噛み砕いて示したもので我が家の秘伝中の秘伝だ。確かに第三者に委ねていい物ではない。

 理解できない事象をかろうじて言葉の連鎖を用いて示したものが世間一般で言うところの転移術式であるが、これは…… それをさらに体系化したものだ。

「一つ自由度を増すと世界は一変する」

 アイシャさんにもエテルノ様にも大伯母にも爺ちゃんにも同じことを言われてきた。

 例えばどんなに侵入不可能な場所でさえ、容易く侵入できてしまうとか。


 細かい条件を抜きにして、もしこの世界が二次元でそこに生きる生命体がいたと仮定しよう。

 その者たちにとって侵入不可能な家とは丸や四角の線で完全に隔離された平面上のスペースのことだ。外側からどんなにアプローチしても内側に入る余地はない。だが、自由度が一つ増すと……

 それを『高さ』と名付けよう。

 高さが生じると線を跨いで越えることができるようになる。するとあっという間に難攻不落の要塞が子供の落書きになってしまう。

 そして三次元に生きる我々にこの法則を当て嵌めてみる。自由度を一つ増すとどうなるか。それが転移現象である。が、それは事象の一端でしかない。ヤマダタロウを初めとするゲートキーパーとタロスが片足を突っ込んでいる世界がまさにそれである。

 爺ちゃんが言っていた台詞が頭をよぎる。

「お前がここに自由に出入りできるようになってくれると、爺ちゃんはいろいろ助かるんだがな」

 性急過ぎるよ、爺ちゃん。

 みんなのことだから、一石二鳥程度に考えてるんだろうけどさ。

「ちゃんと高速船建造の参考になるんだろうね」


『この中に間違いがあります。三カ所探して訂正しなさい』


 確かに応用編だった。

 基本はすっ飛ばして、いきなりの難題だ。

「ありったけのセキュリティー入れたな!」

 六枚の紋章には打って変わって紋章破り対策が山のように施されていた。

「やばいの入ってないだろうな」

 アナグラムで『窒息して死ね』とか仕込んでないだろうな。


 あっという間に時が過ぎた。

 馬鹿にしていた解読問題もようやく終盤に差し掛かるところだった。

 さすがに百年掛かるような仕掛けはなかったが、意地の悪い仕掛けが満載だった。例えば陣の曲線のなかにこれ見よがしに細かい文字列を仕込ませるトラップとか。

 こんなわかり易い所に正解は仕込まない。と思いつつ解読すると『こんな所に正解はない』という文字列が返ってくる。アイシャさんの性格は知っている。これが正解なんだろう? と思ってさらに探っていくと『だから言ったのに』という文字列が返ってくる。向こうもこっちの性格を知り尽くしていた。

「やり過ぎ感満載だな。このままじゃ、紋章破りの名人になっちゃうよ」

 本末転倒って感じだ。本題すっとばしてガード破りに掛かり切りだ。

「ええと『十三番目のエンネ』……」

 まず紋章を一番から六番まで順位付けするところから初め、順番に言葉を読み解き、十六番目のエンネ、つまり〝N〟を見付ける。

「すっかり遅くなったわね。大丈夫? 飲み過ぎたんじゃない?」

 姉さんの声だ。みんな帰ってきたか?

 僕は広げていた紋章を急いで折り畳んで化粧箱に収めた。

 急いで本をロールトップのなかに収めると鍵を掛け、扉を開けた。

 鎧を着込んだままラーラと姉さんが階段を上がってくる。

「もう一人は?」

「レジーナ様はお風呂に浸かってから休むって」

 ラーラが言った。

「虚ろだぞ」

「飲み過ぎた」

「万能薬いるか?」

「このまま寝るからいい」

「どうだった?」

「別に。特に何もなかったわよ」

 言葉少なく姉さんも扉の向こうに消えていった。

 何を話し合ってきたのやら。北の収穫がこの砦のせいで減ったことは容易に想像できるが。


 僕は再び問題集を手に取った。

 粗方枝をそぎ落とした魔方陣を俯瞰する。解読の残りは一枚。

「あった」

 間違いを先に三カ所見付けてしまった。一カ所はこれからガードを剥がしていく予定の一枚のなかにあった。

 解読する必要がなくなったが、やはり最後までやっておきたい。

 最後の魔方陣は数字のオンパレード。数式の回答を次の数式にひたすら代入していく問題だった。出てきた数字から文字列を探して、アナグラムの完成だ。


『さっさと寝ろ』


「…… アイシャさん、怖っ!」

 答え合わせと細かい解説は明日のお楽しみにして、僕は眠りに就いた。が、魔方陣がちらついて寝付けなかった。

「何かしっくりこない…… 何かが違う……」

 アイシャさんの出す問題がこんなにすっきりいくわけないんだけどな。

 気付いたのは翌朝だった。


「あ」

「師匠、パンこぼしたよ」

「ああ、悪い」

 並列処理…… 六枚分の魔方陣はそもそも六枚もいらないというものだった。正解は最初に導き出した回答をさらに凝縮したもの。間違いを一つ含んだ余剰術式の削除。一引く一は零ということで修正箇所の帳尻は合う。これが本当の正解だ。昨日のままなら五十点だった。


 問題の裏ページをめくると、トリックの解説が延々と記されている。

 アイシャさんはこの本を著作するに辺り、まずすべての否定から始めた。立体術式を使う機会は限られていること。安易に頼らず、まず徹底的に公式を詰める努力をすることが、最大の成果を得る布石になることを解いた。それでも立体術式が必要なケースについて以後考察していこう、という下りで一章は終わっていた。欄外に『五十点取れなかったら、二度と魔法を使うな、基礎からやり直せ』とあった。

「危なかったな」

 教科書に戻るように促されているので、問題集を仕舞い、再び教科書に戻る。

 次のお題は『立体術式の必要性』についてである。


「相変わらずパワフルだな、アイシャさんは」

 一旦本を閉じたところで一息入れることにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ