ブリッドマン・カステッルッチ
地平線と結界障壁の中間に、四隻の高速船が鶴翼陣形でこちらに迫ってくるのが見えた。その中にあって一際大きな一隻が目を引いた。
驚嘆に値する速さだ。
周囲の船は多くの冒険者が採用している楔形の足の速いランディングシップなのだが『箱船』クラスの大型船があの速度で飛ぶというのは……
間違いなく魔石の使い過ぎだ。
あれが『ロメオ工房』のお得意様で、勇者ランキング二位のブリッドマン・カステッルッチ率いる『愉快な仲間たち』もとい『楽園の天使』ご一行様である。
後で魔石分けてくれって必ず言ってくると思うので、帰ったら火蟻クイーンを狩っておこう。この時間だと誰かに倒されているかもしれないけど。
接近するに連れ、でかい一隻の全貌が見えてくる。
ブリッドマンの『箱船』は有名な宝石の名を取って名付けられた。その名は『ザフィーロ・ブル・サングエ号』
一説によると本妻さんに結婚指輪として贈った宝石の名だと言われている。
その真っ青な筐体はメインガーデンの港で何度か見掛けたことがあるが、接近してくる背の高いずんぐりむっくりしたあれは見たことがない船だった。
四つの『浮遊魔方陣』の上にブリッジが架けられ、その上に多層構造の骨格が組まれている。側舷には盾の様な装甲板が所々パッチワークのように填め込まれている。
クルーの緊急待避所か? それとも重要施設か。
スカスカの筐体には何層ものフロアが重なり合い、最上層には真っ平らな甲板デッキが屋根のように覆い被さっていた。
戦闘はガーディアン任せというコンセプトの要塞船だ。
『銀花の紋章団・天使の剣』に『コムーネ・チェルキオ』があるように『愉快な仲間たち』にも規模は異なるが、要塞船があったということだろう。洗練具合を考えると同型の船が何隻かあるように思える。
鍛冶屋の風体をした大男が煙草を吹かしているのが見えた。
北の複雑な地形をカバーするためには大型船による艦隊行動より、ガーディアンを主戦力とした戦い方が有効なのだろう。
「だからって、あんな物持ってくるなよ」
足が速いのは認めるが、明らかに景観を損ねる存在だ。
でも船舶もある程度修理できそうだな。
みるみる距離が縮まってくる。
通信を何度かやり取りした。
こちらからはこの先にエルフの人払いの結界があることを伝え、エルフか高レベルのスキル持ちを船頭に据えるように伝えた。
あちらからは要塞船の天井甲板に下りるように促されたが、先導しないといけないので「後で」とお断り申し上げた。
直接通信を受けたブリッドマンは不満たらたらの様子だったが……
「誰のせいだよ! でか過ぎて北門から入れないんだろうが!」
西側の湖岸から迂回するしかないのである。
人払いの結界が仕事を始めた。いきなりの砂嵐だ。
砂塵の壁が遠くから迫ってくる。周囲があっという間に暗くなる。
張りぼてのような船体が軋みを上げた。スカスカの筐体の隙間を強風が吹き抜ける。
乗員たちに動揺が走る。
当然、こんな天候のなかでガーディアンが悠長に飛んでいられるわけもないのだが、こちらは光の魔石を掲げながら悠然と前を進んだ。
隊列が乱れていないか、確認するが乱れる様子は微塵もなかった。
運行クルーのスキルは確かなようだ。
注意喚起は事前にしてあるので当然と言えば当然だが。
砂塵のなかに忽然と現れる巨大断層。足元に奈落が現れる。
垂直に切り立った断崖絶壁。
このまま突っ込んだら頭から落ちて一巻の終わりだ。
にもかかわらず僕は光通信で「針路そのまま!」の一点張り。
幻影に惑わされない船乗りたちは黙っていても付いてくるが、他の乗組員たちは阿鼻叫喚だ。
ようやく結界を抜けた。
長いようで短い試練だった。
目の前に広がるのは嘘のように輝く真っ青な空と湖。吹く風に湖面がきらきら揺れる。
今頃、船員たちはカタルシスに酔いしれていることだろう。
四隻の船は隊列を組み直して、大きく旋回する。
『愉快な仲間たち』に宛がう予定の土地には既に迎えの船とガーディアンが留まっていた。
迂回した分、遅れてしまった。
こちらを確認するとガーディアンが数機飛んできた。
先導役の各機がそれぞれの船に張り付いたのを確認すると、僕は工房に。
と思ったら「下りてこいよ」と通信が。
「もう、後にすればいいのに!」
「ブリッドマンだし」
「ナーナーナ」
しょうがないのでだだっ広い甲板に下りることにした。
先に下りたガーディアンの操縦士が何しに来たんだという目でこちらを見た。
「すいません」としか言いようがなかった。
「リオネッロ!」
大きく手を広げ、優男が抱きついてきた。
「ちょっと、鬱陶しい! 抱きつくな!」
「相変わらずだな。リオネッロ」
肩をバンバン叩きやがるな。縮むだろうが!
「メインガーデンでは話す暇がなかったからな。はははははッ」
なんとか抱擁から逃げ出した。
「おー、これがあの新型かぁああ!」
先に降りた伝令の所には別のスタッフが対応していた。親分の非礼に平謝りしていた。気の毒に……
「これか! 例の補助なんたらというのは!」
「『補助推進装置』」
「くれ!」
「やるわけないだろ!」
「カー・ニェッキとパオロ・ポルポラには売ったんだろ? あいつら幾つ買った?」
「まだ商品化してないよ」
「『スクルド』のオプションと一緒に大量購入したと言っていたぞ!」
「誤解だ。予約はオプションだけだ。新型はまだ受け付けてないし『補助推進装置』なんて論外だ。できたら優先的に回す約束をしただけだ!」
「じゃあ、俺も先行予約だ! 勿論その装置が付いたやつだ」
なんでどいつもこいつも人の話を聞かないんだ! 予約はしないって言ったろ!
「『ロメオ工房』と連絡付いたら、話だけは通しておくよ」
「よっしゃー。早速見積もってくれよ、兄弟! 古い『グリフォーネ』と全部入れ替えるから、しっかり負けてくれたまえよ。はははははっ」
「機体が完成してないんだから見積もりもないだろ! 気が早いんだよ!」
タロスに一度殴られて正気に返れ!
「それにいいのか? 『補助推進装置』はミスリル製だぞ。ほんとに全部の機体に付けるのか? 『グリフォーネ』は四十機ぐらいあったんじゃないのか?」
ブリッドマンが黙り込んだ。
「カー・ニェッキとパオロ・ポルポラは何機買うつもりだ?」
「知るわけないだろ。順次入れ替えていくとは言ってたけど。推進装置は偵察用に数機だけだと思うぞ」
「いくらぐらいになると思う」
「ミスリルの使用量から考えるとたぶんこれくらい?」
指を二本立てた。
「二千万!」
「のわけないだろ!」
死ね、馬鹿!
「うがぁあああ」
ブリッドマンが頭を抱える。
爺ちゃんたちがやたら掘り起こすせいで相場が少しずつ下がっているとは言え、ミスリルは未だ奇跡の金属であることに変わりなく、エルフや教会関係者以外が手に入れることはなかなか難しかった。
よって指一本は一億ルプリである。同じ金額で中古の機体が買えるだろう。
泣けるよな。
「リオネッロ! 他の素材でなんとかしてくれ!」
「だからまだ試験段階なの! 実用化はまだこれからだから。ミスリルの含有量も下げられるはずだから!」
「ほんとか!」
「いや、安全率考えると増えるかも」
「お前なぁあああ! 慈悲はないのか! 慈悲は!」
相変わらず面白い人だ。
「善処します」
「よし、善処しろ! それで試乗していいか?」
「だから呼び戻したんでしょう? 特別ですよ。カー・ニェッキさんたちには断ったんですからね。結界のなかだけでお願いしますよ」
「了解した!」
僕は飛び降りた。代わりにブリッドマンが搭乗した。
「久しぶりだな、ヘモジ。元気に畑耕してるか?」
「ナーナーナ」
「オリエッタも相変わらず美人さんだな」
「当然」
ふたりも一緒に飛んで行った。推進装置の動かし方をレクチャーする者も必要だからちょうどいい。
「悪いわね。いつもうちの馬鹿団長が無理言って」
「もう慣れました」
副団長兼、奥さんのリーチャさんだ。
「リーチャさんまで来ちゃってよかったんですか?」
「一度どんなところか見ておきたくて、おねだりしちゃいました。それにリリアーナちゃんとも会いたかったし。そうだリリアーナちゃんはここにいるのかしらね? もしかして前線?」
この人も相当変わってる。
「ここにいますよ。接客なんてやりたくないみたいですけど」
「相変わらずしょうのない子ね」
向こうの方が年上ですけどね。
「で、どんな感じかしら?」
見積もりのやり直しである。
旦那がどんぶり勘定なので、細かいことを詰めるのが夫人の役目になっていた。今回同行したのも散財させないため、お目付役としての意味合いが強いのだろう。
『愉快な仲間たち』は縁の下の彼女のおかげで保っていると言っても過言ではないのである。
「『グリフォーネ』何機、引き取ります?」
「オプションのできをまず見たいわね」
「それじゃ、試乗してみますか? オプション装備した機体、何機かあるんで」
予想外の大きな船の到来にこちら側の人間も動揺しているようだった。港と展望台には大勢の野次馬が屯していた。
上空をブリッドマンが操縦する『ワルキューレ零式』が飛び回る。
外から自分の機体を見るのも新鮮なものだな。『補助推進装置』の動きもよくわかる。
「やっぱり、まだ重そうだな……」
「そうね。もう少し軽くなって欲しいわね。いろんな意味で」とニコリと笑われた。
この人の笑顔に何度騙されたことか。
だからちょっとだけ意地悪したくなる。
「そうだ。大叔母も来てますよ」
「え?」
固まった。
「筆頭来てるの?」
「元筆頭」
彼女は『魔法の塔』出身者である。言うなれば大伯母の元部下である。姉さんと繋がりがあるのもその辺りが関係しているらしい。
「上陸しない方がいいかしらね?」
急に小声になった。
「見付かる前に顔を出した方がいいんじゃないですか。どうせ、見付かるんだし」
満面の笑みにあからさまな陰りが……
なまじ優秀だから、こき使われたのだろうと察する。ご愁傷様。
「お、戻ってきた、戻ってきた。ひきずるなよ」
『ワルキューレ』が翼面を広げて着陸態勢に入った。
ちょっと、減速!
ギギギギギィイイイ。
物の見事に甲板を削った。
「うひょーっ。『スクルド』超えたぜ! リオネッロ、こいつは凄ー……」
操縦席から飛び降りようとしたところで、女房が睨んでいることに気が付いた。
「いや…… 機体重量が『スクルド』よりちょい重かったかなぁ……」
傷付いたのは甲板の方だから僕は別にいいけど。
船団が無事、指定の場所に着いたようだ。減速しながら降下し始めた。
「まあリリアーナちゃん、わざわざ迎えに来てくれたのね!」
「大伯母もいますよ。何無視してるんですか?」
「逃げていいかしら?」
「周り砂漠ですから。無理じゃないですか?」
旦那がこっそり「助かった」と胸を撫で下ろしていた。
ほんと愉快な夫婦だよ。
「それじゃあ、僕は退散しますので。詳しいことは後で改めて」
「よろしくな」
「悪かったわね。馬鹿に付き合わせちゃって」
手を振りながら『ワルキューレ』に乗り込むと僕たちは飛び立った。
「ちょうど昼だな」




