『アレンツァ・ヴェルデ』の場合3
「原型がわからないな……」
前時代的で重そうな機体だった。ボードはなく、フライトシステム一体型の機体のようだ。
「あれは『ニース』」
オリエッタが言った。
「『ニース』! ほんとに?」
工房が最初のガーディアンを世に出してから十年ぐらい後の機体だ。僕の生まれる前の代物である。
「ほとんど原形ないんじゃないか……」
時代的にいってフライトシステムも後付けということだ。
「オプションもバラバラ。その都度改修されてきた機体なんだろう。まるで歴戦の勇者だ」
昨今とんと見かけない角が背中に何本も生えている。旋回用のサイドスラスターだろう。局所的に魔方陣を展開する補助推進装置だ。身体の硬いゴーレムの名残がまだ残っていた時代の遺物である。重い機体を無理やり動かそうとするとああいう物が必要だったのだ。
まだ使ってる機体があったんだ…… ギルドのオタクたちにはたまらないだろう。
現在ではコアの姿勢制御に飛行回路も組み込まれるようになったので、あの手の大掛かりなパーツはいらなくなった。鳥と一緒で身体の捻りや、羽ばたき一つであっさり向きを変えられるようになったのだ。要するにガーディアンが飛ぶことを覚えたのである。もはや操縦者が意識してボードの傾きや重心の位置を気にする必要はない。その分事前のセッティングが重要になってくるのだけれど。
「あれ、いくつ魔方陣積んでるんだろうな? どう見てもどか食いするタイプだ」
起動した!
「低い!」
「ナーナ!」
地を這うような高度しか出ていなかった。砂塵を巻き上げ、迷惑千万である。
団員たちも逃げ惑う。
大きく旋回しながら速度を増していき、トップスピードに乗ったところで骨董品はスタートラインを通過した!
「なんだありゃ?」
観客たちもざわめいた。
巻き上げる砂塵が最寄りの近接有効の的があるコースをなぞるように迫ってくる!
今までほとんどのテスト生に敬遠されてきた外周コースだ。選りに選ってあの重そうな機体で。
「速いッ!」
オリエッタの目がきらりんと見開かれた。
巧みに蛇行しながら最初の的に接近する!
距離を置いた所から試射を試み、余裕を持って次弾を装填すると的に銃口を向けた。
まるで大地を滑るようだった。
一瞬の淀みもなく的を射貫くと、すれ違い様、更に加速した!
さあ、点数は? 一瞬の静寂が訪れた。
光の点滅が飛んでくる。
機体は軽いマニューバを決めて、次の目標目指してひた走る。
「三十点!」とコールがなされた。
観客が沸き上がった!
見たこともない機体による前代未聞のハイパフォーマンスだ。
「これって……」
蛇行する難所もなんのその。恐ろしい程切れた動きを見せている。
「凄い……」
機体もそうだが、操縦者の腕も別格である。
傾斜をものともせず登ってくる。スラスターは全開だ。
スプレコーンで見た獣人たちの無茶なソリ遊びを思い出した。
二つ目も撃破した!
「三十点!」
歓声は大歓声に変った!
観客はこれまでの鬱憤を晴らすかのように大騒ぎである。
「ナーナー、ナーナ!」
「凄い、凄い!」
ヘモジもマリーも歓声に飲まれた。
そして最後の的……
「三十点!」
「おおおおおおおおっ!」
デッキが地響きを起こす程の大歓声が沸き上がった!
そして最終のS字コーナーを、砂塵を巻き上げ通過するッ!
「オオオオオオオオオオオオッ!」
狂わんばかりの歓声が送られた。
まだ一次試験だというのに終わったかのような騒ぎっぷりだ。
船の間近まで来た歴戦の勇者は見るからに大きな機体だった。
昔のガーディアンって無骨だよな。現代の武装が小さく見える。
アナウンスの係員が姿を現わすと、歓声はピタリと止んだ。
「タイムは?」
速くはあったが、距離を走らされている。
観客たちは固唾を呑んだ。
ドーンという衝撃が突然、船を襲った!
「うわッ!」
「きゃあ」
「なんだ?」
「襲撃か?」
僕たちは周囲を見渡した。
が、気配はどこにもなく、青く晴れた空と黄色い砂紋がどこまでも広がっていた。
「あー、やっぱり保たなかったか」
女性の声が下の方から聞えた。
欄干から覗き見ると、砂煙が先程の機体に絡み付いていた。
地面に何か落ちている。
よく見ると機体の背中に生えていた角が一本見当たらない。
どうやら根元から折れたようだ。
「女だ!」
観客がざわめいた。
操縦席を見るとゴーグルを外した女性が砂煙を手で払っていた。
あの豪快な走りをしていたのはなんと女性であった。
顔はマスクでよくわからなかったが、束ねられた栗毛とつなぎを着たアウトラインは紛れもなく女性のものだった。
「ありゃ、次の試験までに治らないんじゃないか?」
観客のひとりが言った。
錆びていたわけではないだろう。もしそうならギルド側がチェックした段階で刎ねられている。無茶をさせ過ぎたということだ。本人も「やっぱり」と言うからには強度不足を自覚していたのだろう。
再びドーンという衝撃が僕たちを襲った。
全員、下を覗き込んだ。
女性がこっちじゃないと手を振った。
「おや?」
じゃあ、今の音は?
「あっち!」
オリエッタが僕の頬を張った。
「痛いな、もう」
「あれ!」
「え?」
水平線に微かに見える町の城壁から煙が立ち上っていた。
観客から悲鳴が上がった。
「なんだ?」
僕たちの探知スキルがすぐに同じ回答に行き着いた。
「タロスだ!」
「タロス!」
どこから現われたんだ!
そんな気配、どこにもなかったのに! この前と同じだ!
しかも今度の侵入者の魔力は今まで感じたことのないレベルのものだった。
大勢の冒険者たちが駐屯しているのだから問題ないとは思うのだが……
「船を戻せ! 町がタロスに襲われてる!」
僕の声にギルド員は躊躇した。
どうしていいのか上にお伺いを立てなければならないからだろうが、その上の連中も目下、光通信で町に確認を取っている段階だ。
船から何度も通信が送られている。
読み取るべく僕たちも双眼鏡を町に向けた。
「『タロス、襲撃、退避、請う』」
オリエッタが代表して読み上げた。
「町に戻ろう」
すると客のなかから反対意見が出た。
「ふざけんな、今帰ったら巻き込まれる! 俺たちは冒険者じゃないんだぞ!」
そうだった。客は必ずしも冒険者ではなかった。子連れもうちだけではない。
でも、困った。ボードも持ってきてないし、ガーディアンを遠隔誘導するにも、距離が遠過ぎる。走って行く頃には終わっているだろうし、このギルドがどう判断するかに掛かっている。
姉さんもいるから問題ないとは思いたいが…… あの魔力レベルは今までとは違う。あれはドラゴンタイプ以上の輝きだ。
「町にだって冒険者はいる! 守備隊だって!」
観客たちはわかっていない。
町に侵入されている時点で今までの敵とは違うということに。
「帰る場所がなくなるかも知れないというのに……」
「すいません! ギルドのガーディアンを貸してくれませんか?」
イザベルが団員に話し掛けた。
「ここにはないよ! 全部二次試験用にあっちにあるんだ」
麓の船を指差した。
次の試験のためにギルドが運んできた機体は既に地上に降りていた。
「じゃあ……」
「無理だ。テスト生から借りるわけにはいかない。騒ぎが収まれば試験を再開するかも知れないんだから」
煙は収まるどころかどんどん広がっている。
「侵攻を止められないでいるんだ」
あれだけ冒険者がいて止められないということは何か不都合な事態が起きてるんだ!
下の船が動き出した!
どうやらギルドは観客を残して、戦線に突入するようだ。
ガーディアンも動き出して船と合流し始めた。
テスト生たちにも船に合流するようにと指示が出た。
残ったのは足元の『ニース』だけだ。
「それに乗せてくれ! 頼む!」
「揺れても構わなければ、乗りなよ。速度は落ちるけど」
僕たちはソルダーノさんたちと別れてガーディアンに乗り移った。
イザベルも一緒だ。
『ニース』の左手のひらに僕たちは居場所を定めた。ごつくて助かった。
「イザベル?」
「久しぶり。もしかと思ったけど、やっぱりあんただったのね。いつからガーディアン乗りになったのよ?」
「なってないわよ。わたしはこのギルドで整備士になるんですからね」
「そうなの?」
「だって、今年の整備士枠もう満杯だって言うんだもん。合格したら搭乗員兼整備士で雇ってくれるって言うから、試験受けることにしたの」
「他じゃ駄目だったの?」
「何言ってんのよ! 『アレンツァ・ヴェルデ』は技師が憧れる最高のギルドじゃないの」
やっぱりそっち系のギルドだったか。それでランク四位とは……
「いいから早く出して。帰る場所がなくなるわよ!」
「それじゃあ、舌噛まないようにね! そっちの色男さんも」
色男?
ケラケラとヘモジが笑った。
「落ちるなよ」
「ナーナ」
「平気」
オリエッタも爪を立てて僕にしがみ付いた。スタンバイ完了だ。




