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アレッシオ・モンティーニ

「まったく、よく死に掛ける男だな」

 姉さんが言った。

「面目ない」

「で、その手は汚してはいまいな?」

 大伯母が厳しい目を向けた。

 汚していたなら、この場にはいない。

「はい……」

 復讐に向かった三男坊は結局、誰一人殺めることなく戻ってきた。

 そのことをジュディッタは涙を流して喜んだ。

 三男坊は恐縮してオタオタするばかり。滑稽だが、いい気味だと思った。

 出迎えた先で僕たちは再会を果たした。ガーディアンの発着場。連れてきた偵察隊のガーディアンがこちらに手を振って、格納庫に消えた。

 胸のつかえが下りた。


「向こうに着いたときにはもうどうこうできる状況じゃなかった。まるで国中が憤怒のるつぼに放り込まれたかのようだった」

 我が家の居間で彼は話し始めた。

「クーデター派の首謀者たちの名は既に白日の下に晒されていて、国王暗殺が外部の手によるものでないと知った民衆が臨時政府のあるカラカの町に次々押し寄せていました」

 情報をリークしたのか。

「わたしも知り合いに馬車を借りて現地に向かいました。街道のあちこちで小競り合いが起こっていた」

「カラカの町は離宮のあるルカ・ビレ第二の都です」とジュディッタが補足する。

 ジュディッタの心境も複雑だろう。

「わたしが着いたときにはもう荷担した商人たちの新しい店は廃墟のようでした。臨時政府も兵を出して抵抗してはいましたが、暗殺の頭目が指揮官では士気も上がらず…… 離宮に火の手が上がるのもそう遠くないと思われました」

「ダフーリ侯は?」

「到着した翌日、城の裏手の森のなかで湖に浮いているところを発見されました」

「亡くなったのね……」

「はい……」

 本丸が落ちたか。

『ミズガルズ解放自由戦線』は今度こそ消滅だ。

「それで……」

 三男は続けた。

「これでよかったのでしょうか?」

「何が?」

「おふたりが無事なことを皆に知らせなくても」

「今更、生き返ってどうするの?」

「ですがッ!」

「籠の鳥に戻るのは嫌よ」

 ジュディッタは優しくほほ笑んだ。

 気概があれば、理想があれば、愛があれば、義務感があれば、負い目があれば、欲があれば、諦めがあれば……

 彼女はそれらすべてを瞳の奥に閉じ込めた。たった一度でも…… それはくびきだ。二度と引き返せない壁だ。彼女のけじめだ。

「ごめんなさい」

 三男は大きく息を吐いて、笑顔を向けた。

「わたしはただの農夫です。姫様のご尊顔を拝したことなどございません」

 転移魔法を操る農夫なんて前代未聞だよ。

「帰るぞ。続きは後だ」

 国はいずれ新しい支配体制の元で復興するだろう。それが彼らの望む形になるかどうかはわからない。

共和制になるのか、新たな王朝が誕生するのか、それともどこか隣国に併合されてしまうのか。

 ジュディッタは立ち止まり遠くを見詰めた。


「これを預かった」

 彼の傷だらけの鞄のなかから本が二冊でてきた。それは明らかに魔道書だった。

 黒い装丁は大伯母に、青い装丁の一冊は僕宛てだった。

 大伯母は表紙を見るなり袖のなかに放り込んだ。

 僕はこんな物を頼んだ覚えがないから戸惑った。

「誰から?」

「君によく似た人からだ。兄弟じゃないのかい? 渡せばわかると言われたんだが……」

 爺ちゃん? 父さんじゃないよな?

「エルネストだ」

 大伯母が言った。

 現場にいたんだ…… 何してたんだか。

「タイトルがない」

「本ではないからな。開こうとしても開かんぞ」

 確かにページを開こうにも指が上滑りするだけだ。

「今夜、枕元に置いて寝るといい」

 お守りかなんか?


 彼の家に案内した。宛がわれた家は果樹園に近い村はずれにあった。倉庫を抱えた大きめの中庭がある一軒家だった。すぐ脇の坂を下れば、対岸に渡るための桟橋がある。

 近所の住人は皆、留守中だった。果樹園とその周囲の面倒を見ている連中で、この時間は農作業の真っ最中だ。

 事情は事前に姉さんが話しているから、訝しがられることはないだろう。領分や取り分の話も関係各位の間で既に決着しているそうだ。

 挨拶回りは後にして他の場所を先に案内することにした。


「これをたった三ヶ月で……」

 夕日に映えるタイタンの姿を望みながら彼は考えにふけった。

「人類の橋頭堡です。ここが機能するようになれば、人類はさらに前進できる」

「もっと早くこの景色を見ていたら、何か変わったんだろうか」

 男の横顔は農夫というより、やはりインテリっぽい。

「まだ名前を名乗っていなかったな」

 彼は振り向き、手を差し出した。

「アレッシオ・モンティーニだ」

 僕は彼の手を取る。

「リオネッロ・ヴィオネッティーです」

 言葉はなくとも強く握られた皮の厚い硬い手のひらが、彼の生き様を物語っていた。


「おーい! リオ、探したぞ!」

 遠くから酒瓶を振りながら団員が数人やってくる。

「歓迎会やるから下りてこいよ!」

 物見をしていた高台から展望台の宴会会場を望むといつの間にか明かりが灯っていた。

「何が?」

 アレッシオが尋ねた。

「裏手に宴会場があるんだ」

「早くしろ、席がなくなるぞ!」

「今、行く」

「君、貴族だろ?」

「『銀団』では下っ端なんですよね」

「いいのかい?」

「みんな身内みたいなもんなんで」

 高台を下りると握手が繰り返し交わされた。

 ガーディアンの操縦士も農夫も関係ない。肩を抱き合いこれからを語る。

「今日もイカ料理が格安だってよ」

「海老と蟹もだろ?」

「俺としちゃあ、肉料理が安くなってくれた方がうれしいんだがな」

「充分安いだろ! ドラゴンの肉が小銭で食べられる所が他にあるかよ!」

「そうだった。ここにいるとどうにも感覚がな」

「ドラゴンの肉?」

「ああ、ドラゴンの肉だ」

「タロスのドラゴンタイプだけどな」

 アレッシオは見開いた目を僕に向けた。

「だぶついてるんだ」

「俺は蟹のピラフ、結構好きだぜ」

「俺は海老入りのパエリアだな」

「そんなくにゃくにゃした物食うなよ。鉄板焼きを甲羅ごとがぶりだろ」

「甲羅は食いもんじゃねーよ」

「そうだ、聞いたか?」

「あん?」

「醸造所、動かすらしいぜ」

「ほんとか!」

「オリヴィアんとこの連中が言ってるのを聞いたんだ」

「でもうまくいくかはこれからだろ?」

「大量の酢ができなきゃいいけどな」

 料理を取りに行った連中が「今日は俺たちの奢りだ」と、テーブルに海鮮料理をずらりと並べた。

「肉は!」

「今持ってくるよ」

「よー、リオ。珍しいな。女共に追い出されたのか?」

「違うよ」

「お、新顔だな」

 次々、仕事を終えた団員たちが酒と料理を求めて集まってくる。

 こりゃ、帰れそうにないな。



 ほろ酔い心地で帰宅すると、ベッドに直行した。枕元には預かった魔道書が。

 風呂はいいか。

 僕はそのまま服を脱ぎ捨てて眠りに就いた。


「遅いご帰還だな」

「彼の歓迎会をしてたんだ」

 僕は枕に顔を埋めた。

「え?」

 爺ちゃん?

「待ちくたびれたぞ」

 振り返ると爺ちゃんがいた。




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