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来訪者2


 正面広場に辿り着くと足元の水路に水が流れていた。涼しい風もどこからか吹いてくる。

「手の込んだことを」

「空気が淀んでいては人を招くどころではないからな」

 ようやく正面に着いた。左右対称の螺旋階段が二階にいざなう。

「馬車で来ればよかったわね」

 全くだ。こんなに遠いとは。

「窓にはガラスを嵌めるつもりだ」

 よく見ると枠だけの窓があちらこちらにあった。

 中に入っても正面のステンドグラスを嵌める予定の壁の上段にはまだ大きな穴が空いたままになっていた。

「あの絵は!」

 ジュディッタが声を上げた。

 絵画だけじゃない。壺や置物もだ。

 ジュディッタを連れてきたのはそういうことか。王宮の廃墟から運び出した品々の多くをここで流用しようというのだ。

「エントランスを展示場としても利用しようかと考えている。来客はそれなりの連中だろうからな。迷宮から回収する掘り出し物を売るにももってこいだろう。ギルドの威信を誇示する意味でもな」

 ギルドハウスかよ。

「勝手に決めないでよ!」

 姉さんが不服を申し立てた。

「駄目か?」

「だ、駄目じゃないけど。わたしの趣味だと思われたくないわ」

「相変わらず地味ね。大丈夫。みんな、わたしのせいだとわかっているから。なんなら石碑も建てましょうか?」

 自覚あるんだ。

「結構です!」

「さあ、奥へ行くぞ。明かりを灯せ。来客第一号が待っているんだからな」

「来客?」

 左右の大階段を上った先、中央扉の先にある大広間に入った。

「これだけでかいと行政を丸ごと放り込めそうだ」

「別にそれでも構わんぞ」

「いくら暑いからって地下暮らしはごめんよ。リオネッロを見習ってせめて日陰を造るぐらいにして欲しかったわね」

「…… 壁をぶち抜くか」

 どこの壁だよ!

 大広間は三層構造。フロア間を大階段で繋いだ王者の風格がある豪華絢爛な造り。吹き抜けをぐるりと囲むように回廊が巡っている。

 天井からは大きめの光の魔石が輪になっているシャンデリア。

 魔力に反応して、周囲を明るく照らし始めた。

「何かあるよ」

 部屋の中央に結界障壁に包まれた何かがあった。

「子供たちは下がっていろ。前に出るなよ」

 大伯母が注意を促した。

 ラーラは止まらず、歩みをそのままに剣の鞘の留め金を外した。

 事前に大伯母から何か聞かされているのは明白だった。知らないのは僕と子供たちだけか。

 大伯母と姉さんとラーラは距離を取って結界に包まれた物の前に立った。

 僕はどうすべきかわからず、魔法が届く範囲で後ろに下がり、子供たちの壁となるべく前に立ちはだかった。

「紹介しよう。例の三男坊だ」

 ゲートキーパーを破壊した! 僕は結界を強めた!

 敵は空間を越える能力を持っている。簡単に後ろを取られる可能性がある!

 転移防御用の結界を張った。

「今は眠らせているがな。首実検だ。ジュディッタ、お前の言っていた人物に相違ないか?」

 子供たちのなかにいたジュディッタは歩み出て、明かりを灯しながらなかに閉じ込められている者の顔を確認した。

「彼です。間違いありません」

 そこにいたのは元ルカ・ビレ王国宮廷魔道士の三男。ゲートキーパーを破壊した男だった。


「なぜここに?」

「廃都の墓碑の前に転がっていたところを保護した。空間を操る能力があるらしいが、見付けたときには精も根も尽きていたようだ。故郷のあの惨状を見てしまっては気力を失うのも無理はないが。おかげで抵抗なく連れてこれたようだがな。今は念のために転移防止用の結界のなかに入って貰っている」

 閉じ込めたんだろうに!

 見えない連中の調査に引っ掛かったか……

 それだけじゃないな。薬を盛ったか。

 大伯母が何かしたら、なかの人物が動き出した。

「やってくれたな、魔女め…… 騙し討ちとは痛み入る」

 怒気を含んだ沈んだ声が漏れてきた。

 どうやら、記憶が飛んでいるようだ。

「お前の能力はそれだけ危険だということだ。自覚することだな。悪いが、白黒付くまで、もうしばらくその中にいて貰うぞ。代わりと言ってはなんだが、約束通り、お前の疑問に答えられる者を用意した」

 あちらの世界に連れ帰れない以上、ここに連れてきたのは妥当か。

「どうせ甘言で丸め込む気だろう! 無駄だぞ! ルカ・ビレの都をお前たちが襲った証拠は山程上がってるんだからな!」

「捏造だろうに。我らがその気なら証拠など残さん」

「どうやら都を滅ぼしたのが王国連合だと教えられたようね?」

 姉さんも呆れ顔だが、一度擦り込まれた先入観を払拭するのは容易ではない。

「そうだ! 我がルカーノ諸島連合の台頭を恐れた王国連合が、我らが王家を都諸共滅ぼした!」

「それは違います!」

 ジュディッタが一歩前に歩み出た。

「!」

 男の顔に動揺が走った。

「王女殿下?」

 いきなりの論理矛盾。殺されたはずの王家がここにいる。

「なぜ、ここに! 死んだはずでは……」

「この方々に助けられたのです」

 ジュディッタは言った。

「しかし……」

 男の目が合理的な回答を求めて必死に泳いでいる。

「都の跡を見てきたのでしょう? あれが事実です。生き残ったのはわたしと妹、従者が二人だけ。あなたのお父様が最期の力を振り絞ってわたしたちを守ってくださいました」

「最期……」

 ジュディッタは男の視線に大きく頷いた。

 聞き返そうとする男のすがるような視線を無駄だと理解させるように。

「あなたが何を誰から聞かされたのかは知りません。ですがハッキリ言えることがあります。王都をあのような死地に変えたのは、父を廃し、このミズガルズを我が物にせんと画策した商会の代表者たちなのです」

「商会の連中が…… そんな…… ダフーリ侯はそんなこと一言も…… いや…… 嘘を付くわけがない」

「ダフーリですって!」

 ジュディッタの顔に動揺が走った。

「それが親玉の名か?」

 大伯母が口を挟んだ。

「父が最も敬愛し、懇意にしていた男です」

「王を陰から操る黒幕という奴か……」

「父は幼くして王位を継ぎましたから、力のある後見人が必要だったのです」

「言うことを聞かなくなった王は用済みということか」

「だからといって、王宮を襲うなどと! 穏便なやり方はいくらでもあったでしょうに」

「王宮を襲った?」

 三男が今度は驚いた。

「そうだ。宮中にいた者たちはその者たちに襲われたのだ。お前の他の家族もな。お前の父親は王やその家族を城外に逃がすためにその力を使った。だが、そこをタロスに気付かれた」

「タロスだと!」

「奴らも時空を操る種だ。以前からこちらの世界に干渉していた裏ルートの存在に気付いていたのだろう。だから最悪のタイミングで引き摺り込まれた。その結果、都にいたすべての命が奪われた。お前の父はそれでも最期の力を振り絞ってこの者たちを守ったのだ」

「嘘だ! お前たちが殺したんだ!」

「いくら我らとて、都市を丸ごと、こちらに招く力などない」

 自分が信じていた者たちが実は黒幕で、ルカ・ビレの王都を壊滅に追いやった当人たちだったとは思いたくないのはわかる。

 長い沈黙が続いた。

 見てきた廃都の意味を考えているのだろう。

 都の重鎮の遺体がなぜそこにないのか? 都の一等地を拠点にしていた大商人たちがなぜ生きながらえたのか? 家主を失うこともなく、屋台骨がぐらつくこともなく、揃いも揃って平常運転。有り金抱えて観光旅行か?

 偶然か? はたまた強運のなせる技か?

 ジュディッタが建てた立派な墓碑を見たはずだ。そこに何が刻まれていた? 哀悼する思いはなかったか?

 目の前に立っている生き残りの存在をどう理解する!

「ほんとだよ!」

 カテリーナの声が堅く冷たい石の大広間に響き渡った。

「じーじが助けてくれたんだよ! お姉ちゃんたちは嘘言ってないよ!」

「カテリーナ様!」

「ほんとだよ! 嘘なんか言わないよ!」


 ルカ・ビレの王都で何があったのか、腹を割った話し合いがなされた。

「では、父は騙されていたと?」

「あなたのお父様だけではないわ」

 国王夫妻もだ。

「自分たちがミズガルズとの交易から閉め出されたという嘘の事実を作り、王に救済を求める振りをしながら実際は『ミズガルズ解放自由戦線』という武装勢力を組織し、こちらの世界の覇権を握ろうと画策していたのよ」

「こちら側に『ミズガルズ解放自由戦線』はもうないがな」

「なぜ、死んだ振りなんかしたの?」

「俺の能力を惜しんだ連中が、親父の後釜にでも据える気でいたんだろう。俺はこんな命どうでもよかったんだ! 復讐さえできれば!」

「ゲートキーパーなき後、お前の能力があれば、ミズガルズを独占できると踏んだわけだ」

「細い糸ね」

 ラーラが呆れた。

 一人の人間のスキルに依存する貿易など確かに危ういとしか言いようがない。当然、後のことも考えていたのだろうけど。

「こちらで一大勢力として認知されれば、ゲートキーパー復旧の後、相応の発言権が得られるとでも思っていたんでしょうね。まだどこかに残党が残っているのかしら」

 姉さんが言った。

「でも肝心なあなたがこちらの来てしまった」

「奴らにとって最悪の誤算だったわけだ」

「皮肉だな」

「で、どうしたい? お前の喧嘩を買ってやってもよいが、意味がないことはもうわかっているだろう?」

「考える時間が欲しい……」

「寝床と食事は用意してある。今夜は奥の部屋でゆっくり休むがいい」

 悶着は終局した。

「終わったの?」

 子供たちが階段の縁からヒョコヒョコと顔を出す。その中にはカテリーナの顔も。

「見学はまた明日だ。今夜はもう帰るぞ。子供は寝る時間だ」

 大伯母が子供たちを掃き出しに掛かった。


「もっと暴れるかと思いましたけど」

 ラーラが帰り際、言った。

「農作業というのは地に足が付いていなければできない仕事だ。喧嘩っ早くては務まらん」

 大伯母の代わりに姉さんが答えた。

「そうだ!」

 ラーラが振り返った。

「あなたの果樹園、残ってるわよ、少しだけだけど。都から移植した畑がこの砦にあるから。明日、案内するわ。あなたがどんな結論を出したとしてもね」

 子供たちは珍しく大伯母に大人しく従い、扉に向かった。

 そんな中、マリーはずっとカテリーナの手を握り締めていた。

 親を失った悲しみはカテリーナも同様だ。あの男の専売特許ではない。妖怪のように長生きな身内を持つ僕が言うことではないけれど……

「師匠。ガラス取り、また励まないとね」

 壁に空いた四角い穴を見ながらニコロが言った。

「なんだ、まだ鉄を丸め足りないのか?」

 カテリーナがくすりと笑った。



「よく枯れずに……」

「ここをあなたに返すそうよ」

 三男坊とラーラと僕、ヘモジとオリエッタはヘモジの畑の対岸にある果樹園に来ていた。

「いいのか?」

「こいつがいいと言ったらいいんだ。農業責任者はこいつだからな」

「ナーナ」

 ヘモジが偉そうに腹を膨らました。

「冗談?」

「本気です」

「農業に携わっていたなら聞いたことありません? ヘモジ農法とか、ヘモジ印とか」

「嘘だろう!」

「ヘモジはこいつの兄です。こいつも同じ名前の召喚獣なんですけどね」

「召喚獣?」

「ヘモジロウって言うのよ」

「ナナ、ナーナ!」

「ラーラ! 話の腰を折るなよ。農業の知識は兄に負けてませんから、わからないことは遠慮なく尋ねるといいですよ」

「でも…… いいのか?」

「いいも悪いもないですよ。もう裁定は下されたんですから。まさかあんな決定がなされるとは思いませんでしたが」

「災害認定だなんて、前時代的よね」

「全くだ」

「でもよかった。下手したら死刑相当だもの」

「災害認定された者の規制条件は転移ゲートを潜るのに相手方の許可がいるってことぐらいだし」

「婚姻の自由も制限されるけどね」

「アールヴヘイムに戻らなければ、お咎めなしってことだな」

「何が怖いって、敵勢力にあなたが付くことですからね。その気になれば、どこにだって軍勢を仕向けられるその能力は脅威ですよ」

「考えたことなかったな」

 嘘か誠か、今のところ自分を運ぶだけで手一杯とのこと。父親の域には程遠いようだが、世界の境界を越えられるのは僕の転移能力にないアドバンテージだ。

「『銀花の紋章団』の庇護の下という条件も忘れないで下さいね」

「うちのギルドは結構強いですからね」

「心得ておこう」

「お願いします。彼女たちのためにも」

 振り返ればジュディッタとカテリーナが護衛付きで遠巻きにこちらを見ていた。

「砂漠にもポポラの実はなるだろうか……」


 すべての告白を条件に彼は我が砦の住人となった。

 敵勢力の情報はあちらの調査内容とも比較検討され、ほぼ丸裸になりつつあった。

 ゲートキーパーの再開は思いの外早いのかもしれない。



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