クーの迷宮(地下17階 アースジャイアント戦)後始末
地下倉庫の転移ゲート周辺に王座はなかった。
「残念。ギミックだったか」
「棍棒はこのまま保管するの?」
ヴィートが蹴飛ばした。
「棚に収まるならな。売るときは小分けにするから、持てなきゃ気にせずカットしていいぞ」
「木材にする方は?」
「倉庫の出口に並べておいてくれ。トーニオたちが戻ったら、ガーディアンに積み込むからな」
「了解!」
じゃんけんに負けたトーニオとニコロは荷運び用のガーディアンに乗って、水車小屋まで小麦を挽きに行っている。
残った男性陣は数人がかりで棍棒を地下通路側の出口付近に移動し始めた。
「でっかい宝石はどうするの?」
マリーが聞いてきた。
「作業台に。少し加工してから商会に渡すから」
「傷付かないようにする?」
「どうせ整形するから。転がしてっていいや」
「わかった」
「リオ」
「なんでしょう?」
「香木、分けて貰いたいってバンドゥーニさんが」
イザベルが苦笑いしながら言ってきた。
「いいですよ。配当は均等ですからね」
ほっと、胸を撫で下ろした。
「後でちゃんと帳尻を合わせますから、お気に入りの香木を持っていって下さい」
「でも、いいの? わたしたち何もしてないけど」
「成果があるときも、ないときも、等分配の原則は変わりません。いつも言ってるじゃないですか」
「単純明快だが、人がよ過ぎやしないか?」
棍棒運びを手伝っていたバンドゥーニさんが中座して戻ってきた。
そう思うなら、そんな顔しながら言わないで下さいよ。
「命の代償は安くないですよ。今日はたまたま命を賭けずにすんだだけです」
「そうか。命の代償か。なら、ありがたく頂いておこう」
「安い棍棒でも金貨五百枚にはなりますからね。こういう時でないとなかなか。あの最上級品だけでもいくらになるか」
隠し宝物庫から回収したわずかな最上級品の方が棍棒より高いのだ。
「そんなにするの!」
子供たちが口をぽかんと開けて、こちらを見上げていた。
「人気フロアだって言ったろ?」
子供たちにはただの堅くて重い木だからな。
香木製の棍棒の表面を少しだけ削ってやった。
「どうだ?」
「いい匂いがする」と、宮廷暮らしだったカテリーナが鼻先を寄せる。
「そうかな?」
マリーは匂いになれていないせいか首を捻った。
「冒険者ってやっぱり儲かるんだね」
はなから冒険者志望のヴィートが玉のような汗を掻きながら言った。
「生死がかかってるからな。それに…… 毎日潜るもんじゃないんだ。普通はな」
バンドゥーニさんがヴィートの運ぼうとしていた棍棒を担いだ。
あれ担げるんだ……
「そうなの?」
「怪我をしたり、装備が痛んだりしたら、その都度休まなきゃならない。『休むのも仕事の内』とは言うが、冒険者はまさしくそういう仕事だ。昔、知り合った横柄な魔法使いなんざ、魔力回復のために必ず一週間空けてたくらいだ」
「俺たちって働き過ぎ?」
「怠け過ぎだろ、その魔法使い!」
「高価な薬を買えない冒険者は怪我をしただけで、何日も、ときには何ヶ月も宿で休む羽目になるのよ。当人が潜りたくてもね。報酬にはそういう時間も含まれてるのよ。十二等分してご覧なさいよ。装備品の修理とか、補充する消耗品代とか、今後のことを考えたら、ちょうどいいぐらいに収まるでしょう?」
イザベルとバンドゥーニさんは常識を基準に諭すが、身体にも装備品にも傷一つない子供たちにはいまいち納得がいかない話だった。今後もしばらく丸儲けである。
苦笑いするしかない。
「万能薬を日々、当たり前に使ってるお前たちは普段から大赤字とも言えなくもないがな」
バンドゥーニさんが高笑いしながらこちらを見た。
「最上級品という物を未だ嗅いだことがないのだが…… 嗅いでもよろしいかな?」
断る理由はない。ナイフを手渡した。
バンドゥーニさんは緊張しながら爪の先程削ると鼻を近づけた。
狼顔がとろけて、なくなりそうになった。
「報酬、全部香木にしますか?」
「いいのか!」
「お好きなように。子供たちは貰っても売るだけでしょうから」
「そ、それではお言葉に甘えて」
普段は冷静なバンドゥーニさんが珍しくそわそわし出した。
それを見て子供たちはクスクス笑った。
「わたしはこれを貰っていいかしら?」
フィオリーナが高級な絹のロールを一本取り出した。
「俺たちはあまりもんでいいぜ」
ジョバンニがキザなことを言った。
「この財宝箱貰っていい?」
ミケーレが尋ねた。
「そりゃ、がめ過ぎだろ! ミケーレ」
「違うよ! 箱が欲しいんだ」
全員が顔を見合わせた。
「何で?」
「アクセサリーが最近増えてきちゃて……」
「わたしにはちょっと派手かしらね」
「僕もいらないかな」
全員が所有権を放棄した。
「じゃあ貰うよ」
中身を出して、大事そうに抱え込んだ。
「お前、買い過ぎなんだよ」
「そうよ。牧場でアクセサリーの商人に会う度、買ってるでしょ!」
「それは…… ついね」
「ついじゃねーよ」
「なんかさ、死んだ母ちゃんに似てるんだよね……」
幼なじみのニコロがいたら同意しただろうか?
全員、急に黙り込んだ。
「そ、それじゃあ、しょうがないよね」と、ヴィートが囁く。
「魔物が母ちゃんに似てるって、なんだよ」
ジョバンニが鼻を啜った。
全員、我が事のように目頭を熱くした。
「でも、程々にね。本当のお母さんは散財する息子なんて見たくないはずだから」
さすがフィオリーナ。ミケーレを母のように抱きしめた。
「うん」
「師匠はどうすんの?」
しけた会話から脱出すべく、ヴィートが僕に話を振った。
どうするって何をだ?
「欲しいものない?」
あ、そういうことか。
「香木以外は売るつもりだけど」
「僕も欲しい物ないな。武器も落としてくれればいいのに」
「落としてるじゃないか」
ジョバンニが棍棒を指差した。
「あんなんじゃないよ!」
「この武器オタク!」
ふたりは無理やりはしゃいで見せた。
「整理に付き合ってくれる者は残ってくれ。それ以外は解散!」
子供たちは水車小屋に置いてきたトーニオ以外、全員居残った。水車小屋から一足先に戻ってきたニコロは製粉が始まったことを知らせると作業に合流した。
「あれ、インゴットにするんでしょ?」
「練習、練習」
「さあ、鉄屑にしてやるぜ!」
「師匠…… 重い」
アースジャイアントの装備品は巨人サイズであるが故に大きく厚く、そう簡単に持ち上がる代物ではない。
「運べるサイズにして持ってくればいい」
見本に『無刃剣』でプレートの胸の部分を切り分けて見せた。
「なるほど」
僕は簡単にやってのけたが、子供たちはそうはいかなかった。
爺ちゃんの指導の下、悪戦苦闘していた頃の自分と重なった。
「ちょっと、なんで切れないの?」
実戦装備がそう簡単に切断できたらまずいだろ。
「お前ら、アースジャイアントを倒すとき、そんな優しくしてたか?」
万能薬を舐める程、全力で対処しただろう?
「そうか、気合いか!」
「気合いね」
「気合いだな」
「わかった」
「おっしゃー」
「がんばる」
気合いじゃないから。
子供たちは奇声を上げながら『無刃剣』を叩き込んだ。
「床まで切るなよー」
切断が済むと、丸めて一塊にしていく行程に入った。
汗だくだな。
「結構上質な鉄を使ってるな」
「戦闘より魔力使う」
それはない。が、丸める程に小さくなっていく。
「こんなんなっちゃった」
頑張って剥がした鉄板が、手のひらサイズの鉄球になってしまった。
「最初はそんなもんだ。気にするな。そのうち身体が覚えてくれる」
「わかった」
「一枚取って」
「はいよ」
黙々と鉄を塊にしていく作業が続いた。
減収率の高さを気にしながらも、子供たちは結構、和気藹々楽しんでいた。
「みんな、もう遅いわよ。そろそろお開きにしたら?」
モナさんが階段から顔を出した。
気が付いたら日暮れていた。
「ようし、今日はこれくらいにするか」
「ふへー」
「終わったー」
「今何時?」
「結構な量になったわね」
大きさがバラバラな鉄球があちらこちらに散乱していた。
「踏んで転ぶなよ」
「いつも助かるわ」
モナさんが笑った。
「姉ちゃんのためじゃないぜ。巡り巡ってこの砦のためさ」
「そうだったわね」
生意気な弟を持つ気分だろう。
「あれ? いつ戻ってきたの?」
ヴィートがトーニオをからかった。
「大分前からいただろ!」
頭をぐしゃぐしゃにされた。
「どうだった?」
「製粉した物は明日、家の方に運んでおいてくれるそうです」
「徹夜させることになったか…… 悪いことしたな」
「迷宮産だって言ったら、面白がってましたよ。是非やらせてくれって。それと少し分けてくれと言うので、約束しちゃいましたけど。よかったですよね?」
「元々拾い物だしな。後はいいパンが焼ければ最高だ」
「僕はピザがいいな」
「ピザなら出来合いがいっぱいあるだろ」
「それを言ったらパンだって」
食糧自給は大きな課題だ。ゲートキーパーが閉じている現在、わずかでも手に入るなら御の字だ。まして畑が成功するか、わからない現状において小麦が手に入るのはありがたいことだ。
僕たちは工房の戸締まりを手伝って、モナさんと一緒に帰路に就いた。
「迎賓館を造ろうかと思う!」
帰宅早々、夕飯の席で大伯母が宣言した。
「賓客を迎えるに当たり、今のまま詰め所で接待というのはよろしくないだろう。『銀花の紋章団』の第一印象ともなるわけだし――」
「もう造ったんでしょう?」
姉さんはお見通しのようだった。呆れて、溜め息を漏らした。
「いや…… 迎賓館を造ろうと思って、造ったわけではないのだが……」
なお悪い。
「昼間あれだけ働いて、どこにそんな無駄なことをする力が残ってるのよ」
「心地よい眠りとは適度の労働の果てにあるとよく言うだろ?」
「お年を召しただけでは?」
「わたしはまだ若い! あんたより長生きするわよ」
既に人外だろうに。
ふたりの面差しはよく似ている。大伯母と姉さんの母、アイシャさんとは似ても似つかないのに。人族とエルフ族程に違うふたりなのに、間違いなくふたりともヴィオネッティーだった。
「どこに造ったの?」
迎賓館のなんたるかも知らないマリーが興味を示した。
「砦の地下が利用されてなかったのでな。有効に使わせて貰った」
「隣?」
「そうなるな」
「そのうち崩落するんじゃないか?」
ジョバンニが口を挟んだ。
「むしろ地盤を強化したんだから、礼を言って貰ってもいいくらいだ」
「『穴熊』だって、そこまで真剣に掘らないわよ」
姉さんの一言に、子供たちは噴き出した。
その後、マリーたちのおねだりが実って、噂の地下物件を見学しに行くことになった。




