クーの迷宮(地下17階 アースジャイアント戦)迷走の底
「……」
通夜のような静けさだった。
悲しいかなソルダーノ夫人は留守だった。代わりに待っていたのは仏頂面した姉さんだった。
「パンとチーズ……」
それと昨夜の残り物のオンパレードだ。
皆、これでも贅沢だと言うことは重々心得ている。でも消沈する心は確実にある。
ヘモジはそんな子供たちを横目に見ながら、野菜スティックをポリポリ。
オリエッタは熱過ぎてやけどしそうなミートボールを恨みがましく見下ろしていた。
姉さん……
「賢明な判断か」
「どういう意味だ」
残り物の方がまだマシという……
「姉さんは食べた?」
「いや、まだだ」
「じゃあ、お肉焼きましょう!」
フィオリーナが言った。
「ドラゴンの肉にしようぜ!」
ジョバンニが乗っかった。
「お皿用意して」
「胡椒は?」
「こっちのテーブルにあるよ」
「持ってきて」
「皿、どれにする?」
「棚にしまってないやつ使って」
子供たちが動き出した。
「師匠、手が届かないよ! 干してあるタオル取って!」
「はいよ」
「大きさ、これくらい?」
「もっと分厚くした方が食べごたえあるよ」
「午後も戦闘あるんですからね!」
「誰か丸太貸してよ!」
足りない身長を丸太を輪切りにした足場で補っている。中抜きして軽量化した優れ物だが、身長が足りてる者には邪魔でしょうがない。一号から三号まであって、すべて高さが違っている。
「お肉炭火で焼くの?」
「そんな時間ない!」
いつも夫人のお手伝いをしている成果が遺憾なく発揮された。小さいのがちょこまか、よく動く。
「元気過ぎて、見ているこっちが疲れるな」
それを見ているこっちもな。
「ちょっと席を外すよ」
姉さんにその場を預けて、僕は自室に向かった。
ロールトップのなかの『なんちゃって万能薬』が気になったからだ。
わずか半日で違いが出るとも思えないが。
ロールアップを開けて、地産品を見比べるがやはり違いはわからなかった。
『解析』を掛けてもただの『混合薬』だ。
食堂に戻ると子供たちが姉さんと和気藹々と食事をしていた。
出会った頃はお互いカチコチに緊張していたのにな。
「師匠、早く食べて。食べたら出掛けるからね!」
午後は転移を繰り返して、中断した場所から再開する。
魔力消費にかこつけて万能薬を飲むと食い過ぎが治まった。
「はあ、師匠がいると便利だ」
万能薬って便利だ。
最深部へ続く山道は一本。
詰めているのは当然王党派ばかりかと思いきや、盗賊団がさらなる深部の横穴から湧いていて、一定のテリトリーを形成していた。
いずれこのフロアもクエストなど気にしない冒険者たちが集うことになる。
両陣営がどうのと気に病むこともなくなるだろう。それでも定期的にイベントを組めるだけの価値あるクエスト報酬があればいいと思う。
エルーダの十七階層はハイリスク、ハイリターンが過ぎた。
「痛っ!」
「盗賊から襲われた!」
結界が弓使いの攻撃を弾くから、実際は痛くないのだが。気分は痛い。
マリーとカテリーナが過剰な返礼をした。
ぷすぷすと焦げたジャイアントが転がった。
「助けてあげたのに」
助けてないって。
横穴を一掃したが、道は行き止まりだった。
「さすが盗賊団。どこから侵入した?」
知らないよ。
僕たちは疑問を抱えたまま下り坂を行く。
雄叫びを上げながら棍棒を振り上げ、兵隊が上ってくる。
が、突然、降って湧いた大岩が押しつぶす。
「痛そう……」
と言いながら追い打ちを掛けるマリーとカテリーナ。
「いいこと思い付いた!」
ヴィートが丸い岩を落とす。
思惑通り岩は転がり、いつぞやのように敵を数体巻き込むが、道は螺旋。側壁にぶち当たって反対側の崖から落っこちた。
これが予期しなかった新たな事態を招いた。
まだ見ぬ敵が次々反応し始めたのである。
下の方から遠吠えが聞こえてくる。
恐る恐る崖下を覗くと敵が次々上がってくるのが見えた。おまけに最深部には何か大きなものが蠢き始めていた。
ゾロゾロゾロ……
「なんかいっぱい来るんだけど」
「いいこと思い付いた!」
なんとマリーは目の前の坂の勾配を上げていき、おまけに崖側に地面を傾け始めた。螺旋にひねりを加えるとは。
「いくら何でも敵は馬鹿じゃないって」
馬鹿ではなかったが、結果はマリーの望み通りになった。後続が押し寄せ、引き下がれない先頭の兵士たちは順にねじれた斜面を滑り落ちていったのである。
「ほぇー」
「自動ジャイアント討伐システムだ」
「凄い。マリー」
「落下ダメージ入ってるかな?」
「この高さだから、たぶん入ってるんじゃない」
またサボる方法を見付けたか。
「もっと岩を落っことそうぜ」
男性陣は崖下に岩を次々放り込んだ。
螺旋からは敵がひっきりなしにやってくる。
「へばっているような気がする」
「一発当ててみればわかるだろ」
軽い火の玉一発で一体が沈んだ。
「効いてるよ!」
「効いてる、効いてる」
「おーっ!」
「残念なお知らせがあります」
マリーが言った。
「敵の死体、急いで回収しないと無駄になっちゃう」
落下死した敵の骸は遙か彼方。
「急げー」
駆け出そうにもトラップが。
少なくなった敵が落ちずに溜まり始めた。
「足止めしながら、罠を解体するぞ」
ドーンと地面が揺れた。
衝撃が足元を突き抜ける。子供たちは尻餅はついた。
敵も崖っぷちにいた数体を除いて健在だ。
「なんだ?」
大きな気配が二つ地の底で戦っている。
地面が揺れる。
これはまずいな。
雷を降らせながら、罠を解体していく。
敵は容易く昇天していくが、見事に進路を塞いでくれた。
「落としちゃえ!」
回収は後にして、魔法を叩き込んだ。
まだるっこしいことをしているので、結界で押し出す方法を見せた。
障壁の当たりを変えてやれば、押し出すこともできる。
「もう初めからやってくれればいいのに!」
「お前らの練習になんないだろ!」
リミットの関係で、ここからは僕が先頭に立った。
息のある敵も強引に押し出した。
押し返す力を削ぐため、張り付いた敵は子供たちが処理していく。
敵が散漫になりだしたところで結界は通常モードに。地の底も見えてくる。
そこにいたのは……
通称、婿養子こと『キングジャイアント レベル五十』と、見たことのない黒装束姿の『アースジャイアント・ヘッドリーダー レベル五十』だ。
ふたり揃ってサイクロプスサイズだ。アースジャイアントにしてはでかい。というか、婿養子のやつレベルが十も上がっていた。
僕たちが落としてきた骸と、ふたりが戦闘に巻き込んだ骸が地の底の円筒のなかに山積みになっていた。
「ああ、もう魔石になってるよ!」
最初に死んでいった者たちが次々姿を変え始めていた。でも目の前で巨体が暴れている。
攻撃を交わす度に、衝撃で僕たちの足元は揺れる。
「むむむ……」
「取り敢えず、王様の方を倒しましょう。何かクエスト的な進展があれば」
イザベルが言った。
「一撃で終わらせるぞ!」
子供たちは最大出力の『雷撃』を王様の頭上に落とした。
勝ったかと思われた瞬間、魔法はすべて弾き返された。
婿養子は横槍を入れてきたこちらをぎょろりと睨んだ。
「レベルが十上がったせいで貫禄が出てきたみたいだな」
一回り大きい棍棒が僕たちの立っている斜面に振り下ろされた!
「婿養子の分際で!」
弾き返してやった。
「対魔結界ぐらいで勝った気になるなよ」
『ヘッドリーダー』の一撃が余所見をしていた『キング』に炸裂した。大きくのけぞる『キング』
強烈な二激目が頭を陥没させる。
『キング』は膝を突いた。
『ヘッドリーダー』がとどめの一撃を刺しにくる。が、その隙だらけになった腹を『キング』が棍棒で突いた。
二体が吠えた。
「もういいだろ」
ヘモジが『キング』の脳天にとどめを刺した。
『ヘッドリーダー』が雄叫びを上げる。
『ヘッドリーダー』は矛を収めると何やら光る物をヘモジに投げた。
「や……る。おでたちには……ひづようない」
おお、報酬ゲットだ!
「何もしてないのに、ちょろいな」
お前らの魔法全部弾かれてただろうが。
円筒形の底に僕たち以外の生存者はいなくなった。
「急いで魔石の回収よ!」
一斉に魔石の回収を始めた。
僕も装備品の回収だ。
『キング』からは金の王冠。でかい指輪が手に入った。大きいので一個の指輪だけでも大金だ。宝石もいい物が手に入った。やっぱりこいつら金のなる木だ。
雑魚の鉄屑なんてどうでもいいと言いたいところだが、物資不足は否めない。回収しない選択肢はない。
「ナーナーナ」
僕たちがいた場所は謁見の間だったようですぐ側に王座があった。
金か!
と思ったらギミックのようだった。念のために持ち帰るが、恐らく残念な結果になるだろう。リスクを投じて開いた戦端ではないのでエルーダほどの報酬には預かれないようだ。
「ナーナ」
王座の後ろに階段が見付かった。
下りると、先程貰った鍵を刺す穴を見付けた。
鍵を回すと壁が横にズレて、奥へと進む通路が現れた。
出てきたのは金銀財宝と香木の山だ。レイドを組んでも充分な報酬になりそうだった。
「最高級品!」
オリエッタが香木に抱きつき、鼻をひくつかせた。棍棒サイズではないが、ありがたい。
「凄い」
子供たちは大口を開けて呆然と立ち尽くす。
その間、僕とヘモジはせっせと袋詰めだ。
送り出せる物を送り出した僕たちは出口を探した。
早く倉庫に向かいたいのに出口がなかなか見付からない。
最下層の穴蔵宮殿は意外に広かった。
地図の整理はしたが、クエスト関連はグダグダだ。報告は少し待った方がいいだろうか。
「師匠! 見てこれ!」
試しに放り込んだあの麦が倉庫に届いていた。
「ナナナナナナナッ!」
ヘモジが飛び上がって喜んだ!
「ナナナナーナ!」
畑に植えるために土の魔石と一緒に即刻持ち出した。
袋に余った小麦は試しに臼で挽いて貰うことにした。
子供たちに水車に運ばせ、優先的に挽いて貰うように言付けた。順番待ちしているようなら僕の名前を出すように言った。これは砦にとって最優先事項である!




