『アレンツァ・ヴェルデ』の場合2
「一番機、出走準備!」
一機のギルド機がスタート地点の後方で旋回を始めた。双眼鏡と望遠鏡が一斉にスタートラインに向けられる。
そして今、旋回していた機体がラインを越えた!
「いいスタートだ!」
トップバッターは順調に加速しながら右に大きく旋回、手近な的に向かった。巨岩の間をすり抜けながら徐々に高度を上げて行く。が、岩陰から機体が抜け出したところで横風を食らって大きく揺れた。
「危ない!」
機体は突き出した岩に接触した!
跳ねた機体が岩壁に突っ込んだ。が、ギリギリのところで踏みとどまった。
大きなタイムロスになった。
機体はその遅れを取り戻そうと前にも増して加速した。
が、今度は減速が遅れて絶好の狙撃ポイントを逃してしまう。
動揺は隠せず、的の縁をかすめる結果となった。
「落ち着いて、まだ序盤だよ」と客たちからも声援の声が掛かる。が、搭乗者が獣人でもない限り、声が届くはずもない。
侵入ルートがずれれば、脱出ルートもずれる。一瞬、方角を見失ったようで、操縦者の反応が遅れた。経験者にしかわからない一瞬のためらい。
機体は左手に大きく舵を切った。
二つ目の的も近場を狙うらしい。最寄りの遠距離用の的に向かうようだ。
どうやら面倒ごとはさっさとクリヤーしてしまおうという腹らしい。が、スピードが思った程乗ってこない。
どこをどうチューンしたのかわからないが、間違いなくギルドの思惑に嵌まっているようだった。
それとも最初の接触でどこか痛めたか?
「ナーナ」
外す?
「五点」
ヘモジとオリエッタが僕の肩の上で双眼鏡を覗きながら、低得点を予想する。
「止まった。止まったよ!」
家族で一つの双眼鏡を回し見していたマリーが、双眼鏡を持たない両親のために声を上げた。
横着したな。
これ以上のロスを恐れた操縦者は宙に浮いたまま狙撃を試みた。
最初のボタンの掛け違いが、また次の掛け違いを生む。
ヘモジの予想が当たってしまった。
頭の中真っ白だろうな。
ガーディアンが制御できているだけで奇跡に思えた。
彼は最後の的をやはり最寄りの的から選んだ。
今度は近接射撃に持ち込むようだ。
開けたルートから脱線して谷間に入った。
ようやく踏ん切れたのか、順調に飛行を続けて眼下に目標を捉えた。
そしてギリギリまで引き付け、銃弾を放った。
今度こそは確実に的を捉えたが、判定は十五点にとどまった。
射撃ポイントは初回分を合せて二十点という惨憺たる内容であった。その後の通過タイムも思った程振るわず、基準にするには首を傾げる内容となった。
「へたっぴ」とオリエッタが容赦ない一言を放つ。
みんなの視線が僕にも評価を求めてきた。
「セッティングが不十分でしたね。ギルドの目論見に嵌まってしまったようです。コース選択も甘いし。近場の的をさっさと落として、あとはゴールまで最高速度でと考えていたようですが……」
ルート設定で同じ戦術を取る者がやたらと多かった。違いは右回りか、左回りかだけである。確かに最高速度を出せる時間を長く維持することがタイムアップの基礎ではあるが。
セッティングをおろそかにする者も目に付いた。ギルドの仕掛けた思惑通りとも言えるが、日頃いかに整備士任せなのか手に取るようであった。
さすがに全レースを見るのが退屈になってきた。
オリエッタの欠伸も絶えない。
後半になって持ち込みが増えてくると場内もその度に沸き返ったが、結果が出る度に皆、消沈していった。
「これってロメオ工房のコアユニットが性能悪いみたいに思われたりしない?」
猫又がいらぬ心配をする。
「思われないと思うよ。だってガーディアンのコアユニットは全部ロメオ工房製なんだから」
割りを食らうとしたらアレクス工房だ。気の毒な話だ。
持ち込んだ機体で増しな飛び方をした者もあったが、コースに仕掛けられた難問を己の流儀で昇華させた者はまだいなかった。
このまま冴えない結果だけを残して二回戦に進むのか?
残りはあと二名となった。
ざわめきが交じるなか「普通のギルドなら喜んで迎えられるレベルなのだ」と彼等を擁護する自称事情通の者たちが現われ出した。あの入り組んだ迷路をあの速度で飛び回れるだけでも他のチームならエース級なのだと。そのエース級同士の戦いだからこそ、これだけの緊張を強いるのだと。
退屈さの理由にはならないだろうという気はしたが、難易度が高過ぎることには同意する。せめてレース形式にするとか考えないと来年、お客取れないぞ。
「あれッ!」
オリエッタが突然、興奮して立ち上がった。
「ん?」
双眼鏡で覗くと、なんと! 次の機体は『スクルド』だった!
「反則?」
「なんでだよ」
気持ちはわかるが、あれが戦列に加わるならギルドとしては言うことなしだろ? 操縦者の技量が伴っていればの話だが……
それは見事としか言いようがなかった。姉さんには遙かに劣るけど、使われてる感はまるでなかった。
一気に高度を取ると最大加速で長距離用の的に向かい、一気に高度を下げる。そして安定翼を広げると長い射線を利用して慣性飛行に入る。
その発想はなかった。
速度を維持しつつ接近すると、ど真ん中を射貫いてそのまま急加速、急上昇。あっという間の早業だった。
この操縦者は機体の癖をよくわかってる!
『スクルド』はじゃじゃ馬だけど、まっすぐ飛ぶ分にはまったく問題ない機体である。あったら商品にならない。直進における安定度はむしろ大出力を押さえ込んでいる分、安定志向の機体より上等だと言えるだろう。旋回能力や加減速のピーキーさだけが注目されがちだが、造る側だって基本は押えている。
あの操縦者はわかっている。
上空に出たところで大きな弧を描がきながら次の的に向けて軌道を変えた。
こちらは長距離用の的を三つ狙うらしい。ロングレンジ用の直線を滑走路に見立ててタッチ・アンド・ゴーで仕留めていく気のようだ。
「ああッ!」
観客は皆、落胆の声を上げた。
「外した!」
「なんで?」
「ナーナ?」
イザベルとオリエッタとヘモジが同時に振向いた。
「アプローチが遅れたんだ。水平に侵入したまではよかったんだけど、途中で上昇を余儀なくされたんだよ」
「低く入り過ぎたってこと?」
「そうなるね。山頂に近付く程、迎角がきつくなるから、読み間違えたかな?」
昇り斜面に向かって水平に侵入すれば、脱出時には更なる勾配を付けて上昇する必要がある。突き当たりの切り立った壁程ではないにしても、的を狙う間は周囲が見えなくなるから、高度を気にしながらとなると結構なプレッシャーになるはずだ。
だからといって、逆に早めにアプローチしてしまうと今度は機首下げを余儀なくされる。そうなるともうアプローチは失敗だ。やり直すか、大きく減速するしかない。
今回は判断が間に合わなかっただけだろう。狙えるか狙えないか、ギリギリの線だったに違いない。もう少し慎重に侵入していればと言うのは簡単だが…… 厳格な目印があるわけでなし。悔やまれる一発になった。
じゃじゃ馬『スクルド』の面目躍如ともいえるが、工房に出入りする人間としては複雑な心境だ。オプションパーツが出た暁には真っ先にお薦めすることにしよう。
「『必中』しなかった」
オリエッタがさりげなくミスを指摘した。
『スクルド』の搭乗者は後を引き摺ることもなく三つ目の的を正確に射貫いて、ゴールラインを最高速度で通過した。
「トップだ!」
観客が沸き立った。
射撃ポイント六十点。通過タイムもこの日のコースレコードを叩きだした。
「やっぱり反則」
オリエッタの尻尾がピンとなった。
ハイリスク、ハイリターンってとこだな。
「また持ち込みだ!」
観客の声に誘われ、スタートラインを見ると思いっきりチューンされた見たこともない機体が現われた。




