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クーの迷宮(地下17階 アースジャイアント戦)

 予備の万能薬が心許なくなってきたので、寝る前に原液『なんちゃって万能薬』を作ることにした。

 爺ちゃんは蒸溜をただ繰り返していたが、僕は加えて減圧して抽出する方法を採用している。若干装置が複雑になるが、より低温で成分を抽出できる点と時間短縮が主な利点である。

 そこで今回、ついでに地下の薬草を試してみることにした。

 ヘモジに少量取ってきて貰って、一瓶だけ地元産を製造した。

 特別なラベルを付けて封をする。待つこと数日。

 僕は大瓶たちを机のロールトップのなかに収めて、遅い眠りに就いた。

 明日は十七階層、香木フロアだ。アースジャイアントが相手である。動きの速い、人の背丈の一・五倍程の小柄な巨人だ。

 明日はたぶん隊を分けなければならなくなるから、子供たちも連れて行くし、バンドゥーニさんも連れて行く。ラーラも連れて行きたかったが、多忙を理由に断られた。

 カテリーナのお姉ちゃんズに頼んでみるか?

 でも向こうには向こうの生活があるし……



 翌日、バンドゥーニさんに加えてイザベルが参加してくれることになった。

 子供たちが話を付けたようである。非番で助かった。

 ただ攻略が十層辺りで止まっているので、誰かが開けたゲートに便乗することになる。


「これは……」

 立体迷路のはずが…… 逆円錐型の大穴を見下ろせる丘の上に出た。

 大穴に空から大量の水が滝のように降り注ぎ、周囲は霧で覆われていた。

「すげー」

 なんとも魅惑的な景色。無数の流れが外周を回る螺旋の大地を垂直に分断する。その巨大な岩塊と岩塊を無数の吊り橋が繋いでいる。

「遠目にはランチボックスを広げたくなるような景色だな」

 アースジャイアントがいなければ、牧場レベルの憩いの場になっただろう程に壮大だ。

「広い」

「でけー」

「見晴らしいいわね」

「なんだか空気が重い気がするよ」

「湿度が高いんだ」

「一抹の不安を感じるわ」

 巨人との戦闘は足場の悪い限られた空間で行うことになるだろう。遠距離主体の魔法使い部隊が功を奏するか、否か……

「なんかもう疲れた」

 ニコロ、まだ何もしてないだろ。

 あの距離をこれから歩くと思えば、げんなりする気持ちはわかるけど。

 見渡せる分、マップの作成は簡単に済みそうだけど、深層は霧深くて何も見えない。

「螺旋が二つあるわね」

「道は二つだな」

 早速、大人ふたりは望遠鏡で進路を確認している。

「途中に集落らしき物があるな」

「あれが関門ということかしらね?」

「どうする?」

 全員が僕を見る。

「右から行こう。今回はエルーダ準拠とは大分違うようだ」


「『アースジャイアント ラバー』発見!」

「ラバー?」

「盗賊だ」

「単独行動か?」

 エルーダより少し大柄か? 盗賊らしく革鎧姿だが、携えているのはやはり重い鈍器の棍棒だ。盗賊らしく軽い武器というわけにはいかないのか? 棍棒に何か矜持でもあるのか。

「仲間はいないみたいだね」

 疲れているはずのニコロが元気だ。

「罠があるかも知れないから気を抜くなよ」

「分かってる」

 雷が落ちた。

「イザベル姉ちゃん! 早いよ!」

 ヴィートが叫んだ。

「先手必勝よ」

 自分の魔法が通じるか試したかったんだろ。十層辺りの敵とはレベルが違うからな。

 他の迷宮を完走してる冒険者を心配する必要はないと思うが。


「なんか持ってるよ」

「なんだ?」

「何々?」

 子供たちが骸に屯する。

「これ芋判?」

「芋じゃない判子よ」

 金印だ。

「金なら売れば金になる」

 バンドゥーニさんは回収袋に放り込むように子供たちに言った。

「地味な報酬だね」

「こっちははずれ」

 オリエッタが吹き飛んだ棍棒を確認して戻ってきた。


 エルーダでは十七階層は人気フロアである。

 アースジャイアントの武器は棍棒ばかりだったが、そのなかに香木を素材にしたお宝がたまに出ることがあった。香木というのは手のひら一杯で銀貨十枚から金貨数枚の価値がある物だ。棍棒サイズでとなると一体いくらになることか。

 貴族や獣人が常用する物であり、バンドゥーニさんも普段は匂い袋を下げている。

 オリエッタが探していたのはそんな運だった。


 広い草原を抜けた先の山道を奈落を横目に進んだ。その間、遭遇戦はなし。肩透かしを食った気分だった。

「却って不気味だな」

「見えたぞ」

 尖った丸太を並べた壁に、丸太を敷いた階段。無傷な壁に比べて階段の表皮は剥げ、水気を吸った内部は腐り始めている。

「木材不足の砦に持ち帰りたいぐらいですな」

 環境がそうさせるのか、ここの樹木はどれも大木だ。

「ほんと。呆れるくらい立派だ」

 湿気のせいで至る所に苔が生えている。

「滑るから気を付けろよ」

 戦闘には向かない場所だ。

 扉は開け放たれていた。これだけの防壁を要していながらいかなるわけか?

「不用心だな」

 集落のなかにも反応がない。

「無人……」

 というより……

 戦闘の跡だ。建物は焼け、大地は踏み荒らされている。

 足跡は明らかに人のサイズではない。

「仲間割れか……」

 壁に架けられた布の類いはボロボロに引き裂かれ、檻は朽ちていた。

「ん!」

 オリエッタが髭をぴんと張った!

「匂う!」

 木でできた町並みを擦り抜け、奥へと飛んでった。

「罠に気を付けろよ!」

「ナーナー」

 ヘモジも後を追った。

「敵もいなければ、お宝もない……」

「これはなんとも面妖な」

「見付けたーッ」

「ナーナンナーッ」

 高台からふたりが手を振った。


「なんだ?」

「製材所?」

 製材所と言えば…… エルーダでは香木の湧きポイントだった!

 僕は早足になった。

「どこだ?」

「これ」

 なんとそれはうち捨てられた棍棒だった。

「なんでこれは消えてないの?」

 マリーが言った。

 勿論、魔物の装備品なら時間と共に消えていただろう。が、これは制作途中だ。

「お持ち帰り品だからだ」

 僕は手を触れ、転送した。

「師匠…… 説明アバウト過ぎ」

「!」

 突然、反応が現れた!

 大量に、それも僕たちが通ってきた後方に!

「盗賊だ!」

 その数、二十。ちょっとした団体さんだ。

「敵だ!」

「どう理解すべきか」

 建物の隙間を縫って盗賊らしくこそこそと接近してくる。

「ここがあいつらの根城だってこと?」

 ニコレッタが腕をまくる。

「あいつらがこの集落を襲ったんだよ。あの芋判、よっぽど大事な物だったのかも」

 ヴィートが結界を展開する。

「だから芋じゃないって」

「悪党なら成敗あるのみ!」

 カテリーナが魔力を杖に蓄え始める。

「戦闘準備!」

 遅まきながらトーニオたちもやってきた。

 今回は防御と攻撃のツーマンセルでいくようだ。


 退屈していた子供たちの敵ではなかった。

 悉く接近前に骸に変わっていた。

「今日は冴えてるぜ!」

「いつもと同じよ」

「隠れても無駄ッ!」

 ニコロとミケーレが建物の陰に雷を撃ち込んだ!

 イザベルは呆然。ヒドラ戦を見ているとはいえ、子供たちの傍若無人振りは想像を越えていた。

 バンドゥーニさんは苦笑いだ。

「出る幕ありませんでしたな」

 だが、あまりの傍若無人振りに子供たちは魔石の回収に手こずることになる。

「倒した数くらい覚えておきなさいよ!」

「自分だって覚えてないくせに!」

「何体巻き込めるかなんて、運みたいなもんじゃないの!」

 取りこぼしたからって死にゃしないよ。


 奥まで来てしまった。

「行き止まりだ」

 恐らく首長宅であろう。高台の他より大きめの家屋の崩れたダイニングテーブルの上にこれ見よがしに手紙が残されていた。

「アースジャイアントが手紙をしたためるとは思えないんだけど」

 内容は『金印を守れ。先の扉を開ける鍵を奴らに渡すな!』という内容だった。

「扉がどこかにあるって言うことだよね?」

 外にいる子供たちが壁に魔法を叩き込むも、障壁に守られた防壁は無傷だった。

「魔物の癖に生意気な!」

 魔力を大いに発散させたジョバンニが腕組みをする。

 お前らちびっ子にアースジャイアントも言われたくないだろう。

「やり過ぎるなよ。『闇の信徒』が出てきたらどうなるかわからんからな」

 手紙を書いたり、障壁展開のために術式を刻んだりと、生意気以前にあり得ない。奴らの尖った牙の隙間から漏れ聞こえてくるのは野蛮な唸り声、それだけだ。


 隣の穀物蔵を漁っていたオリエッタたちが騒ぎ出した。

「師匠、バンドゥーニさん、なんか見付けたよーっ」

「地下に行けるみたい!」

「今行くー」

 穀物を満載した巨人サイズの籠の下に、床と同じ板材でできた木の扉があった。隠す気があるのか、ないのか、真鍮のノブに見事な水晶が填め込まれていた。

 小さい身で開けるのは苦労しそうだな。

 ヘモジに頼もうかと考えていたら、そのヘモジが扉をぶち壊していた。

「ナーナンナ」

 何が「触ったら壊れた」だよ。神器で撫でたら、そりゃ壊れるだろうに!

「やったな、ヘモジ」

「ナーナーナ」

 扉の先には石の階段があって、その先には石の壁があるだけだった。

「なるほど」

 金印をはめられそうな穴がある。

「下がってろ!」

 金印をはめるとどこかで何かが外れた音がした。

 それに伴いドーンという大きな揺れが伝わってきた。外で何かが崩壊したようだ。

 子供たちは蔵の外に飛び出していった。


 倒れたのは先程ジョバンニが破壊できなかった防壁だった。

 向こう側に倒れ込んで壁がそのまま橋の役割を果たしていた。

 


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