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緊急通達発布

「お帰りなさい」

 体当たりを次々食らった。

「ヘモジー」

 ヴィートとヘモジがハイタッチする。全然ハイじゃないけど。

「オリエッタちゃん、お帰りー」

 マリーとカテリーナの肩の上をオリエッタが跳ね回る。

「異常はなさそうですね」

 モナさんが聞いてくる。

「ええ。順調です。復座、後で外すので、このまま放り込んでおいて下さい」

 工場に入ると扱っている機体が増えていた。

 早速、現金が役に立ったようである。

「工房らしくなってきたな」

 今は古い機体やパーツをリストアして売り捌くだけだが、それがいずれ顧客となって返ってくる。

 子供たちが荷運び用の機体を奥から持ってきた。姉さんの荷物は手荷物ぐらいしかないのだが。

 モナさんを残して、全員が荷台に乗り込んだ。

 ちょうど機体が一機、頭上を通り過ぎた。

 真っ赤な『グリフォーネ』はイザベルだ。純正の真新しい飛行ユニットがまぶしい。

 携行していたのはロングレンジライフル。ということは、偵察に出ていたようだ。

 モナさんがイザベルは構わないから先に行くようにと手で促した。

 親友同士、これからパラソルの下で油を売るのだろう。

 荷運び用のガーディアンがゆっくり動き出す。本日の操縦はミケーレである。


 指令所でロマーノ・ジュゼッペ氏が待ち構えていた。

 渡されたのはギルド通信で送られてきた通信文だ。

 差出人はメインガーデン代表評議会代表兼、冒険者ギルド、ギルドマスター、カイエン・ジョフレ、日付は僕が飛び立った翌日になっていた。


『ゲートキーパーの緊急メンテナンスに伴う長期間の使用停止に関する緊急通達一報』


 中身はヤマダタロウと話した内容に準じるものだった。社会不安を助長するので、さすがに爆破テロとは公表できなかったようだが。次元断層が生じたとかなんとか、わかるようなわからないような適当な理由が付けられていた。期限は最長で一年。

 はっきり断言するのも善し悪しだが、目算あってのことだろう。一年あれば迷宮最下層の裏口に到達しているはずで、最悪、抜け道は用意されているわけだ。

 同時に備蓄と生産性に問題はないとあり、故意であろう、緊迫感に欠ける内容となっていた。が、同時に生活物資の値段据え置き、違法取引の処罰厳格化などが実施される運びとなった。

 要するに察しろってことだ。

 思ったより肩透かしな内容であったが、帰れなくなった者たちには衝撃的な内容になった。

 そして帰らない者にとっても電撃的な内容が含まれていた。

 この砦のことである。

 それは『迷宮探索奨励』の項にあり、ここ『クー』の砦に上級者向け迷宮が存在するという発表であった。

 ほんとに〝上級者向け〟と銘打っちゃったんだなと大伯母がしたことに僕は呆れた。

 周知のことではあるけれど『銀花の紋章団・天使の剣』の拠点であることも合わせて公開され、冒険者ギルドの重要拠点になることも告知された。

 既に大きな防衛戦に勝利したことも伝わっていることだろう。

 人類の新たな一歩と評するか、繰り返される失敗への布石と判断するかは僕たち以外の者たちが決めることだ。


「わたしが来ることなかったわね」と姉さんは言ったが、ジュゼッペ氏は出番はこれからですと豪語した。

 冒険者ギルドの拠点になるということは、ここが最前線における重要な補給ポイントになるということだ。ギルドの外で起こる問題も当然増えてくるだろう。裁定を下す者にいてもらわないと困るわけだ。

 大叔母がいるだけで充分ではあるが。


 姉さんの部屋は我が家の女性陣の尽力により、とてもおしゃれなものに変貌していた。

 ぬいぐるみが好きなどとは誰一人想像だにしなかったようで、大人の女性によく似合うトラディショナルな様式に統一されていた。

 王宮じゃないんだけどな。

 はてさて、どうやってこの部屋にぬいぐるみの類いを増やしていくのやら。


 そうだ。姉さんに伝えるべきことがあったんだ。いや、伝えていいものか……

 それはまだ憶測でしかなかったが、大いにあり得る話であった。

 召喚獣ヘモジを手に入れるチャンスがあるかもしれないという可能性である。迷宮がエルーダ準拠ということは、つまりそういうことだ。

 ぬいぐるみよりいい物がゲットできるかもしれない。

 だが、誰かが条件を見つけ出す必要がある。姉さん本人はやらないだろう。

 僕にも二人目のチャンスがあるわけだが……

「ふたりもいらないな」

 擬人化するまで育てるの大変だし。

 言わずにおこう。


 姉さんの軽い歓迎会を兼ねた昼食会を済ませると、子供たちが僕とヘモジとオリエッタを湖畔に誘った。

「こっちだよ」

「早く!」

 一応当家の敷地になっている工房脇に砂を固めて造った見慣れぬ四角い建物があった。窓一つない扉だけの小屋だ。

「こっちこっち」

 子供たちは僕の手を引きながら中へといざなう。

 木製の扉のなかには壁と同じ素材でできた螺旋階段があった。そこをひたすら下りると廊下が現れる。

 光の魔石は持ち込みで、子供たちは周囲を照らし出した。

 壁も天井も物の見事に押し固められている。見事な艶はまるで御影石のようだ。

 通路の突き当たりに大きな空間があった。

 そこには……

 湖のなかを望める大きなガラス窓があった。

 まさか本当に造るとは……

 水中展望室だ。

「どう、これ!」

「面白いでしょう?」

「魚が泳いでるところが見られるんだよ」

「このガラスすっげー分厚いんだぜ」

「何度も水圧に負けて割れちゃったんだよね」

「もっと深いところに造りたかったんだけどな」

「師匠がいない間、ゴーレムとガーゴイルを乱獲しまくって造ったんだから」

「ナーナンナー」

 ヘモジは喜んで飛び跳ねた。

 オリエッタも神秘的な景色に髭をひくつかせた。

 僕はガラスに手を当てた。

「なるほど」

 厚さと純度を推し量った。

 まだ甘いところもあるが、安全率はしっかり取れている。問題ないだろう。

「万が一のときのことも考えておくんだぞ」

「もうちゃんと考えた!」

「水が入ってきても自然に階段の方に流れていくんだよ」

「もう何度も実験したから」

「結果的にだけど」

 おいおい。

 ニコロもマリーもカテリーナもヴィートも自慢げに笑う。

「階段の方に向かうに従って天井が高くなっていくんだ」

「あの天井の丸い凹みに空気溜りができるんだよ。だから逃げ遅れてもしばらくは平気なの」

「でも泳げない人は駄目だよな」

「浮けば大丈夫だよ」

「ガラスの破片はやばいよ。結界がなかったら死んでたもんな」

「分厚いから痛いんだ」

「薄かったら切れてたわよ」

「お前らナぁ」

 頼むから遊びでまで命賭けないでくれよ。

 窓を叩く音がした。

 窓の外を見るとトーニオとジョバンニがパンツ一丁で泳いでいた。

 二人は息が続かず、すぐに視界の外に消えた。

 戻ってくるかと思ったら階段からやってきた。

「ちょっと、乾かしてるんだから走らないでよ!」

 フィオリーナとニコレッタも一緒だった。

「面白い物、造ったな」

「ヘモジのアイデアだけどな」

「そうなのか?」

「ナーナーナ」

「材料が手に入ったら、もう少し広げますよ」

「魚が増えてくればもっと見栄えもよくなると思うわ」

 ガラスの強度の関係でこの深さになったのだろうが、湖底までの光の届き具合は実に絶妙だった。水面と湖底の両方がゆらゆらと光を反射して実に神秘的であった。

「師匠、お腹空いた!」

「え?」

「食べたばかりじゃん」

「でも空いた」

「じゃあ、牧場行くか?」

「さんせーい!」


 白亜のゲート前は満員だった。

 探索奨励のお触れ後、迷宮に潜る冒険者が増えたようだ。タロスの襲撃もないし、手っ取り早くお金を稼ぐ方法は荷揚げ仕事か、これぐらいしかない。

「お、ちびっ子魔法使い共、これから探索か?」

 獣人の冒険者に声を掛けられた。

「まあ、そんなとこ」

「なあ、これに載ってるヒドラの情報は本当か?」

 手には冒険者ギルド監修、薄っぺらい『クー迷宮洞窟マップ・覚え書き』を携えていた。

 まだ少ない情報だが、十五階層辺りまでの最短ルートと魔物の情報が載っているそうだ。

「九本首がいっぱい出るって話?」

「そう、それだ」

「出るよ」

「マジかよ」

「マジ、マジ」

 大人たちはざわついた。

「ほんとに上級だったんだな」

「お前らどうやってクリアしたんだ?」

「師匠もラーラ姉ちゃんたちもいるから」

「見てただけだけどな」

「本当か?」と確認する視線を向けた。

「見事なチームワークだったな」

 子供たちは胸を張った。

「やっぱ、子供でも魔法使いは魔法使いか」

「レジーナの孫弟子だぜ。普通じゃねーよ」

 当人たちを前に言わないでくれます?

「数は出ますけど、エルーダよりはレベルは控えめですから」

「ヴィオネッティーの言うことは当てになんねぇからな」

「猛毒対策さえしっかりすれば、皆さんの実力なら問題ないですよ」

 順番が来て大人たちは消えた。

 僕たちもゲートに飛び込んだ。


 時間帯的に人気も少なく空いていた。羊たちものんびり草を食んでいる。

「焼き肉セット取り敢えず十人前」

 子供たちはオープンデッキにテーブルが並んでいる焼き肉屋に突入した。

「お飲み物は」

「アイスミルク、アイスクリーム大盛り」

「わたしはアイランで」

「ポポラのジュース」

「ハーブティー、アイスで」

「ウーヴァジュース」

「僕はワ」

「駄目!」

「ウーバジュースで……」

 二つのテーブルに載りきらない程、皿がやってきて、子供たちは一斉に焼き始めた。マトンの癖のある匂いが鼻につく。

「ロック鳥、すぐ見付かったんだな」

「うん。あれからラーラ姉ちゃんが頑張って飛びまくってくれたんだ」

「ついでに倉庫も片付けておいたから」

「ずいぶん量が目減りしちゃったけど」

「お前らが成長してれば、それでいいさ」


 結局、二十皿を平らげた。

 お店の人は満面の笑みを浮かべていた。

「夕飯食べれなかったら、怒られるわね」

「自分だっていっぱい食ったじゃん!」

「師匠! 身体動かしてから帰ろう」

「ゴーレムとガーゴイルを乱獲しに行こうぜ」

「あいつらのろまだから楽勝だよな」

 そんなわけで十六階層乱獲祭りをして帰った。

 ヘモジに活躍の場はなかった。

 僕の肩の上でオリエッタと共に欠伸するばかりであった。



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