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ゲートキーパーが破壊された日

 ヘモジは全力で戦い、全力で回収した。

 鬼のような段取りのよさで討伐と回収を済ませる僕たちだったが、明らかに金額ベースの報酬は下がっていた。

 ガラスが取れ過ぎている気がしてならない。

 まさかヘモジ狙って出してるんじゃないだろうな?

 フロアの構造もわかってきた。大部屋が九つ、中央の空きスペースを囲うように配置されている。

 ヘモジが床にへたり込んだ。

 もう少しだというのに、前半飛ばし過ぎたか。

「僕が行ってこようか?」

「ナーナ」

 それは嫌なのね。

 ヘモジは万能薬をごくごく飲み干すとすっくと立ち上がった。

「回収済んでないから、まだゆっくりしてていいぞ」

 すると次のフロアではなく、部屋のなかに転がっているアイテムを回収しだした。

「妙に頑張るな」

「水のなか見るの好き」

「それは否定しないけどね」

 水中に展望室でも造る気か?


 中央にある部屋のなかを覗いてみた。

「ナーナ?」

「ここに出口がないと困るんだけど……」

「!」

 オリエッタが固まった。

「何?」

「ナーナ!」

 部屋の壁という壁にゴーレムがずらりと並んでいた。

 片側十体、両サイド合わせて二十体の団体様だ。

 正面の柱にはガーゴイルが腰を下ろしている石柱が四本。そしてその足元に目的地に繋がる通路らしきものが見えた。


「ただの石像かな?」

 ここまで来てそれはないと思いつつ、陰から頭を出しつつ独り言。

「ないない」

「ナーナ」

 ご丁寧にツッコミを入れてくれるふたり。僕の足に絡まないように。

 よく見ると、どいつもこいつも石造りでない金属製の槌を携えている。

 サイズ的に人が扱える物ではないので関心はないが、石より細かい金属の表面には、より強い付与が刻まれている可能性がある。

 まとまった金属や今までより上等な宝石が回収できるのはうれしいけれど。

「一体を起こすと芋蔓式に全部起きるな」

「面倒臭い」

「ナーナ」

「僕は右、ヘモジは左からな」

「ナーナ」

 オリエッタに『認識』スキルを使って貰って武器を査定して貰う。

 薄明かりだが、僕たちの目には影響ない。

「全部はずれー」

「ただの鉄屑かよ」

「ゴーレムはね」

 ゴーレムは?

「ガーゴイルの槍は雷属性が付いてる。雷も落ちてきそう」

「ほんとに? 麻痺させてゴーレムにボコらせる算段か」

「そうみたい」

 槍を回収しても、素材に変えるしかないのが残念だ。

「じゃあ、奥からやるか?」

 遠距離攻撃でガーゴイルを倒すと、奥からも反応されて、手前と戦っている間に、すべてのゴーレムが起動してしまうことになる。しっちゃかになるのはほぼ確定だ。後退すれば狭い通路に逃げ込めるが。渋滞になるな。そうなると、すべてを倒し切るまで何度か消滅を待たなければならなくなる。

「そうだ! 向こう側に飛ぶぞ」

「ナーナ!」

「頭いい」

 僕たちは出口に繋がるであろう通路側に飛んだ。

 頭上には四本の柱。

「ガーゴイルがよく見えない」

 角度が悪い。しゃがみ込んでいるので、なおさら見えない。

「ナーナーナ!」

 ヘモジが柱をぶっ叩いた。

「あ、その手があったか!」

 ガーゴイルが崩れた石柱と一緒に降ってきた。

 翼を広げる前に落ちたので手足はもげ、全身にヒビが入っている。

 ドンドンドンと魔法で息の根を止めていった。

 瓦礫のなかに槍が墓標のように刺さっている。

 ドスンという振動で、ゴーレムの接近に気付いた。立ち込める土埃。

「ナーナ!」

 ヘモジは左にダッシュした。

 僕は一拍遅れて右手に『衝撃波』を放った。

 ほぼ同時にゴーレムは砕け散った。

 僕は走った。

 ヘモジに遅れることゴーレム一体分。ただ破壊のタイミングはほぼ同時だ。


 すべてを瓦礫に変えたとき、僕たちはスタート地点に戻っていた。

「変なの」

 確かにおかしな気分になっていた。

 まずは武器の回収だ。万能薬を舐めつつ、次々地下倉庫に転送していく。

 この場でスライスしてもいいが、どうせ倉庫で苦労するのだから二度手間だ。

 それが済んだらメモを取る。

 部屋の大きさを柱の間隔と歩数で計り、合わせて敵情報も記入していく。

 その間、瓦礫が砂に返り、砂が魔石や鉱石に変わり始めると、ヘモジたちは回収作業に勤しんだ。

 敵のグレードがこっそり上がっていたようで、屑石が僅かにしか手に入らず、ヘモジは口をとがらせた。


「さて行くか」

 通路に入るとやはり十七階層に続く階段があった。

 十七階層はアースジャイアントのいる、通称『香木フロア』だ。

 お宝ザックザクの、獣人の、獣人たちによる、獣人たちのためのフロアである。

『開かずの扉』もある有名フロアであるが、その鍵は最高難度の宝箱のなかだ。

 宝箱から入手できる『最深部の鍵』で『開かずの扉』を開けると『迷宮の鍵』で開けたときとはまた違う強敵に巡り会える仕掛けが施されていた。エルーダでは。

 命懸けの宝箱から一割ぐらいの確率で手に入れられる『最深部の鍵』で入れる『開かずの扉』だ。

 レベル五十の『クイーンジャイアント』とその護衛二体も強力だが、報酬はその苦労に見合うものだった。

 総額、金貨十六万枚、百六十億ルプリ。

 僕もラーラもずいぶん稼がせて貰ったが、それもこれも『迷宮の鍵』があったればこそ。本来、最高難度の宝箱は気楽に開けられるものではない。他の冒険者たちにはそれは夢物語であったが、それでもフロア内で手に入る香木は破格であった。

「でも、今必要な物ではないんだよな」

 今必要なのは金より物だ。

 流通貨幣の少ない現状では嗜好品は二の次だ。今は何より食料だ。戦い続けるための補給物資だ。アースジャイアントも香木も食えやしないのだから。


 脱出ゲートで外に出る。午後は倉庫整理だ。

 と思ったのだが、そこは見慣れた港湾区ではなかった。

 ただ平らな床だけが延々と続く空間だった。

「迷い込んだか?」

 行き先を間違ったかと思ったら、足音が聞こえてきた。

 この足音には聞き覚えがある。

「ヤマダタロウ……」

 オリエッタが呟いた。

「意外に早かったね?」

 どういうおでましだ?

「昼には出会えると思っていたが、十六層は歯ごたえがなかったかな?」

 紛れもなく黒髪、黒い目のヤマダタロウだった。

「何かありましたか?」

「ちょっとした緊急事態が起きてね。急いで知らせに来たんだよ」

「緊急事態?」

「言いづらいことなんだけどね…… 実は…… こちらとアールヴヘイムを繋ぐゲートが破壊された」

「え?」

 一瞬、頭が真っ白になった。

 オリエッタが肩からずり落ちそうになって爪を立てたせいで、僕は我に返った。

 ヘモジがぽてんと床に尻を突いた。

「……」

 なんと応えていいのか……

「王国内に工作員が潜入してね」

「工作員……」

「犯人諸共」

 ドカーンと吹き飛んだことを両手で示した。

「協力者もいたようで、騎士団は目下、犯行組織の全容解明に奔走しているよ」

「あの強固な防衛網が突破されたんですか?」

 人的にも物理的にも不可能だ。

 王宮の目の前、大伯母を初めとする『魔法の塔』の一流どころが挙って組み上げた最高の防衛システムだ。

「どこまで壊されたのか、まだはっきりしていない状況で早計なのだがね。システム自体には影響は出ていないと思うんだよ」

 ヤマダタロウはいきなりおかしなことを言った。

「はあ?」

「恐らくシステムではなく周囲の空間座標を直接歪めたのだろう」

「そんなことが」

「犯人は不審な物は何も身に付けていなかったというから、君たちのいうユニークスキルというやつだろう。時空に影響を与える何かしらの力が働いたと考えるのが妥当だね」

「空間断絶が起きたとしたら、そっちの方が大変じゃないですか!」

「起きていればね」

「は?」

「恐らく歪んだのはゲート周辺の座標だけだ。世界全体の繋がりは我々がこうして今も問題なく管理している」

 目の前に彼がいること自体が証明になっている。

「ゲート周囲の空間を歪めた……」

「物理的に破壊できないのだから、そう考えるのが妥当だろう。結果的にシステムが暴走したのか、再開の目処は立っていないのが現状だ。だが、宣言しておこう。再建は容易であると。万が一に備えて必要物資の備蓄は充分あるからね。ただ、このまま再建してもまた狙われる可能性がある。一人のユニークスキル持ちが暴走しただけなのか、組織だったものなのか、背後関係を調べてからでないと再開は難しいだろうとエルネストが言っていた」

「爺ちゃんが?」

「長くは掛からないだろうが、問題は人心だ。補給に頼らざるを得ないこちらの世界の住人が、パニックを起こすのではないかと心配している。わたしの分身が既にビフレストやメインガーデンなど大都市に向かっているが、話だけでどこまで信じて貰えるか。ビフレストの実状が流布するまで時間は掛からないだろうが、不愉快な情報程早く伝わるからね。統治機構には後手を踏んで貰いたくないところだ」

「では前線にはこちらから」

「ぜひ頼みたい。どんなに長くても一年。それまでには片を付けると国王も言っていた。一年経ったら状況がどうであれ、無条件で再開する。こちら側の世界も一年なら持ちこたえられるはずだ。しかし運がよかった」

「よかった?」

「君たちがタロスの勢力を大幅に削ってくれた後だったからね」

「確かに」

「こちらはこれから補給線を断たれるわけだからね。いつも通りの膠着状態であったとしても劣勢に追い込まれるのは必至だ。だが敵も多くを失い、当分身動きが取れない。少なくとも今シーズンは乗り越えられるだろう。持ちこたえられるという意味でだがね」

「なら安心ですね」

「それでも人心というやつは厄介だ。補給線の引き締めが始まるだろう。疑心暗鬼にもなる。士気も落ちるだろう。そうなったら」

「持ちこたえられるものも持ちこたえられなくなる。まいったな……」

「だからこそ、この砦が重要になるんだ!」

「一般開放するんですか?」

「ビフレストや西の他の迷宮から出土する物を当てにはしてはいられないだろう? 前線の中心にこの砦と、この迷宮を据えることで士気の低下を防ぐと共に、アールヴヘイムとまだ繋がっているという希望をいだかせるんだ」

「やっぱり最下層はあちら側と繋がっているんですか」

「実際はまだ繋がっていないんだがね」

「そうなんですか?」

「あちら側の迷宮も新設したばかりでね。君たちが到達する頃までには間に合わせる予定だったんだよ」

「どこに?」

「言ったろ? この迷宮は君のために造った物だと。出る先は察しが付くんじゃないかな?」

「『パラディーゾ・ディ・フォレスト・エ・ラーギ』」

「正解だ。あちら側でも今、勇士が最深部を目指して攻略を始めているよ。サプライズで用意していた物だったんだけどね。エルネストもわたしも残念だよ」

「僕も残念です」

「開示したところで誰もが自由に行き来できる場所ではないだろうけど。希望は必要だろ?」

「物資の大量輸送もできませんしね」

 発注していたミスリルが間に合ってくれていればいいが。自力調達しかなくなったか。

「ミズガルズの全権はギルドマスター、カイエン・ジョフレ殿に委ねられることになるだろうが、砦の自治は『銀花の紋章団』に、迷宮は君に任せることになるだろう」

 姉さんを前線から呼び戻さないと。

 ヤマダタロウ氏も実態をまだ掌握し切れていないようなので、引き続き情報収集を続けるということで一旦別れた。

 そうか、迷宮の先には実家が待っていたか。

 子供たちを一度アールヴヘイムに招きたかったが、可能性が見えてきたな。

 でも、こうなるとみんなには酒を控えて貰わないと。



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