クーの迷宮(地下16階 ゴーレム・ガーゴイル戦)二日目
「手間を惜しんじゃ駄目ってことだな」
地下倉庫に戻って回収品を整理することにした。
港区を横断して工房近くまで来ると、子供たちの声が聞こえてきた。
なんだ?
子供たちが浅瀬に浮かべた手漕ぎの小船に屯っている。
「今度は僕だよ」
「ねぇ、魚いた?」
「いっぱいいるよ。まだこんなだけどね」
「ナーナーナ」
ヘモジも一緒か。
湖面に例の樽を浮かべて、みんなで水中を覗き込んでいた。
「なるほどね」
海底を見るための、この場合湖底だが、グラスボートというやつだ。ただヘモジの一人乗りサイズなので箱眼鏡のようだった。
道理で厚手のガラスがいるわけだ。
僕は工房から地下に降りた。
光の魔石を載せた燭台が僕の魔力を吸収して周囲をやんわりと照らし始めた。
回収品が転移ゲートを中心に放射状に散らばっている。
作業場として使うには倉庫は簡素で閑散としていた。
「さて始めるか」
さっきまでいた応接室とは雲泥の差だ。
漂う埃を息を吐いて遠ざける。
コロの付いた木箱を作業用の長テーブルの周囲に並べると、床に散らばった回収品を分別する作業に入った。
まずは手間が掛からない魔石から。転送前にあらかた済ませてあるので大した時間は掛からないはずだ。
床に散らばった回収品は転送した順番に合わせて螺旋を描いているので、転送したタイミングがわかれば置かれた位置もわかってくるわけだ。後は回収袋のタグを確認して引っ張り出せばいい。
今回、大きな石はロック鳥から取れた風の魔石だけだ。残りはガーゴイルから取れた小さな土の魔石ばかりだ。
ヘモジ行きだな。
風の魔石は所定の棚の木箱のなかに、土の魔石はヘモジがいつでも持っていけるように棚の一番下の木箱に放り込んだ。
次は宝石だ。
既にカットされた物はそのまま回収袋に。手を加えても大した額にならないので、このままリュックに入れて売り払う。
そして肝心な原石の方を作業台の上に。
赤いトパーズも売らずにおいた分をテーブルに並べた。
種類ごとに分けるが、ほとんどが安物の黄色味を帯びたトパーズであった。
その中から形のいい物を教材用にいくつか選んで、まずリュックに収めた。
「どうしようかな」
鉱石が未回収の状態では作業するにも落ち着かなかった。
考えた末、折角並べた石ではあったが、すべて回収して持ち帰ることにした。
細かいカットは自分の部屋ですることにする。
残った鉱石類を外周から拾い集めた。まずは重くてそのまま転送した物からだ。
『腕力上昇』等、身体強化スキルは幼い頃からこの作業で鍛えたようなものである。獣人の血を引く身で、ここまで強化した者などいないだろう。知り合いの熊族と力自慢をしても勝てるぐらいだ。
鉄鉱石に銅鉱石、鉛に銀。分離した不純物からさらに別の鉱物が採れそうな物をより分けていく。
「さすが迷宮、鉱石の状態でも純度は高い」と独り言。
天然だとあり得ない純度だが、これぐらいないと持ち帰る気も失せるというものだ。
「これは鉄、これは銅……」
ほぼほぼ塊の状態だが、どうせならインゴットの形でドロップしてくれればいいのにと思いながら、木箱に放り込んでいく。
荷台に敷き詰めて一杯分と言ったが、終わってみれば擦り切り一杯分程になっていた。アップグレード様々だ。
こうなると鍛冶屋に任せたい気分になるな。
不純物を取り除きながら、黙々とテーブルにセットした金型に収めていく。
魔法がなかったら、るつぼでチマチマ、汗だくになりながらやっているんだろうなと思いながら、型から出しては木箱に収めていく。
子供たちに練習と称してやらせようかとも思ったが、この量はさすがに気が引ける。
型押しは、もういいや。
時間も時間だし、今日は諦めて、不純物を分離するだけにする。
右手に持って、不純物を除いたら左手に。
万能薬を飲みつつ、テンポよく作業を行うが、それでも全部は捌けなかった。
卓上に溜まった不純物を押し出して、テーブル下に設置した木箱に流し込む。
「棚に戻すのは明日でいいか」
工房に上がると、モナさんが脚立に載ってガーディアンの組み上げ作業をしていた。
「すいませーん! チェーンを少し下げて貰っていいですか?」
装甲板をチェーンブロックで吊り下げていたが、上げ過ぎて接合箇所に寄せられないでいた。
「整備用のガーディアンは?」
「目の前のこれがそうです」
ガーディアンと呼ばれているが、正しくは魔道具、単なる整備用機械というやつだ。ゴーレムコアもなければ、細かいプロトコルも存在しない。ただ関節フレームがゴーレムの手足のようだから、そう呼ばれているにすぎない。
モナさんが女の身でこんな重労働ができるのは、肩代わりしてくれるこの機械のおかげだと言って過言ではない。
「フレームが曲がっちゃって」
「そりゃ曲がるでしょう」
『ニース』をぶら下げるから壊れるんだ。
「『ニース』用のマシンは最低でも、もうワンランク上の物でないと」
「スラスターが引っ掛かっちゃうんです、これじゃないと」
そりゃ自業自得だ。
「下にある鉱石、自由に使ってかまいませんから、補強でもなんでもして下さい」
「ありがとうございます。助かります」
外に出ると子供たちはもういなかった。
さすがに湖の底はもう見えないか。
おっさんたちの馬鹿笑いが酒場の方から聞こえてくる。
今夜も盛況だな。
「あ、ガラス!」
ガラスの加工を忘れていたことを思い出した。
ヘモジがすねるといけないので、急いで工房に戻った。
モナさんが早速、インゴットを持ち出して、どう改造を施すか唸っていた。
「ガラス、ガラス」
屑石の入った袋を開けるとご丁寧にガラスの素材だけ別の小袋に分けられていた。
この袋は最初にヘモジが集めてきたやつだ。リュックに入れた分を流し込んだ回収袋もその辺にあるはずだが、それは後でいい。
「あっ! 魔石がまだあった」
ごちゃ混ぜになった袋のなかから土の魔石が見付かった。
「これも後でいいや」
回収したガラス石の量は今まで集めてきたガラスの総量に匹敵する量だ。
「泣いて喜ぶな」
「ナーナーナ!」
小躍りして喜んだ。
「ナーナンナー、ナーナンナー」
踊り狂った後、ヘモジは言った、ガラスの花瓶が欲しいと。口細胴丸の、ヘモジの身体がすっぽり収まるような。
あらかた何がやりたいのかわかっていたので造ってやることにした。
そして後日、海岸に呼び出された僕は、透明なガラスの花瓶を頭から被って水中散歩するヘモジの姿をを目撃するのである。
「畑仕事ちゃんとやってるんだろうな?」
翌朝、また十六層攻略かと思うと溜め息が出た。
加工、仕分け作業に追われる日々が続くと思うとげんなりだ。
「数が多過ぎるんだ」
テーブルでお茶を啜って、朝食が出てくるのを待っていると子供たちも起きてきた。
子供たちは本日、十五階層攻略だ。鍵があるからロック鳥の攻略もいらない。ピクニック気分の一日になるだろう。
そうだ、鍵を渡さないと…… 自室に戻った。
「ない」
ポケットに入れておいたはずの物がなくなっていた! 昨日着替えたとき、どうしたんだったか。
鞄やリュックのなかまで探したが見当たらなかった。
ここに入れておいたはず……
まさか落とした?
でも『迷宮の鍵』は鞄のなかに鎮座している。
いや、確かにこのポケットに収めたはずだ。
ボタンも付いているし、落とすとは思えない。
「まさか!」
迷宮から持ち出せなくなった?
事情を本日付き添い担当のラーラに説明した。
すると黙って手を出された。
「『迷宮の鍵』じゃ、開かなくなったんだ」
「嘘でしょう!」
「ほんと」
「何やってんのよ!」
叱責が遅れてやってきた。
それから大捜索が始まったが、捜し物名人のオリエッタがないと言ったら、ないのである。
簡単に終わると踏んでいた参加者たちはうなだれた。
オリエッタを連れて倉庫にも行ったが『認識』スキルに引っ掛かることはなかった。
手ぶらで参加する気でいたラーラはフライト用に魔法の盾を持っていく羽目になった。
「重くて死にそう……」
世界屈指の軽さと丈夫さを備えた盾を持って何言ってやがる。
ラーラは子供たちとブツブツ言いながらゲートに消えた。
こちらも昨日の続きだ。
午後は子供たちと合流して、アイテム漁りを手伝わせようと思っていたが、こちらの予定も狂った。
ラーラに迷宮内で合い鍵を造ってみるように指示したが、それが使える確証はない。
もし合い鍵が駄目だとなると、バンドゥーニさんや他の連中も、その度ごとにロック鳥を狩る必要が出てくる。二度手間どころか、三度、四度手間もいいところだ。
合い鍵を作れることを祈ろう。たぶん無理だろうけど。
僕たちは十六層に飛んだ。
そして前日見た景色のなかに飛び込んだ。
「突破最優先で行くぞ」
「ナーナ!」
面倒臭くなってきたので、ガーゴイルを一拍おいてから倒すことも、ゴーレムを報酬目当てにチマチマ破壊することもやめた。
「ナナナナーナ」
ヘモジも僕も破壊を楽しむことにした。
「行くぞ!」
銃など使わない。
いきなり『無刃剣』でガーゴイルの像を二体まとめて真っ二つにした。
ヘモジは正面突破、僕も足を止めることなく大部屋に突入。周囲から迫る敵を指向性の『衝撃波』で粉々にしていく。
ヘモジも容赦ない。コアなど狙わず、全力で壊しに掛かる。膝を砕き、頭を吹き飛ばす。
オリエッタが背中にいなければ、こちらも飛び出したいところだが、ヘモジのご乱心モードで間に合っていた。
「回収する?」
「ナーナ」
当然ヘモジは回収することを要求した。粉微塵にして回ったのだから、屑石もさぞ出ることだろう。
部屋を一掃するのに時間は掛からなかった。
待ち時間が長く感じる。
ヘモジはもう通路の先まで行って狩りを済ませていた。
「ナーナナ」
楽しそうだな。やはり力をセーブして戦うのは身体によろしくない。




