クーの迷宮(地下14階 食人鬼戦)宝箱!
「すげー、魔石いっぱいだ」
「宝石も結構取れたぜ」
鉄装備が出たので素材に変え、転送することにした。
子供たちがじっと見ている。
「アンデッドとかではあんまりしないよね」
カテリーナが聞いてくる。
「深いところの方が純度も上がるし、でかい装備を解体する方がチマチマやるより楽だからな」
「『認識』スキルってどうすれば手に入るの?」
マリーが聞いてきた。
「ん?」
「どれがいい物かわかんない」
手に持った宝石を見比べた。
「先天的なものだからな。一種のユニークスキルとも言えなくもない。商人になるなら審美眼養うのが一番だな。魔法使いだったら…… 手がないわけじゃないけど」
「何?」
「『解析』だ」
「アナライズ?」
「店先でそれをやると嫌われるし、魔法使いお断りなんてことにもなりかねないけどな」
「真実が見えると都合が悪いんだ」
ニコロが言った。
「そういうこともあるって話だ。『認識』持ちがどう扱われるか知ってるだろう?」
「師匠は使えるの?」
「使えるけどオリエッタに頼んだ方が早いからな。レベルもたいしたことないし」
オリエッタが肩の上で大きく頷いた。
「習いたきゃ大師匠に頼め。心構えから何から何まで教えてくれるから」
「厄介な魔法なのね」
フィオリーナが集めてきた魔石を回収袋に放り込んだ。
「便利さの裏返しさ」
「帰ったら聞いてみる」
厄介ごとは是非あちらにどうぞ。
僕は鉄を成形するから。
「重っ!」
子供の手ではインゴットサイズの塊は持ち上がらないだろう。
「『身体強化』を付与すればいけるはず」
ヴィートが腕をまくる。
「そんなものに頼るなよ。『だから魔法使いはもやしなんだ』とか言われるんだからな」
ジョバンニが言った。
「バンドゥーニさんと一緒に身体だって鍛えてるよ」
「しゃべってないで早くして欲しいんですけど」
ニコレッタに怒られたふたりは口を尖らせ、僕は残りの回収物をそのまま倉庫送りにした。
「後で成形しよう」
師匠に言ったんじゃないと、恐縮させてしまった。
「とうちゃーく」
山頂に到着した。
僕たちが引き上げたことで壁に張り付いていた連中はいなくなっていた。
「じゃあ、行くとするか」
ゾロゾロ歩き始めた。
「たぶんここには食人鬼のボスがいるから注意しろよ。動きも別格だからな」
「益々ゴブリン」
子供たちがプクククッと含み笑い浮かべた。
「身体もでかいし、他とは違うからすぐわかるはずだ。武器を平気で投げてくるから気を付けろよ。『結界砕き』も頭に入れておけ」
「嘘ッ!」
「やってみないとわからないけど、エルーダではそうだった。多重結界を張れ。雑魚も多いからツーマンセル以上で動くんだ」
「じゃあ、今日は見学で」
真顔で冗談言ってる?
「じゃあ、ボスだけ残しておいてやるよ」
「えーっ!」
岩が飛んできた!
「うわ!」
「飛んできた!」
「あっち!」
「うへー、あそこから届くのかよ」
「結界張って付いてこい!」
投石機だ。対岸の橋の両側に一機ずつ配置されていた。
敵もただ撤収したわけではなかったようだ。
タロスの矢を受けてきた身としては小石程度にしか感じなかったが、子供たちの浮ついた気分は一瞬で吹き飛ばされた。
「速いぞ!」
「丸くないから弾いたらどこに跳ねるかわからないぞ!」
「来たよ!」
「遠目に展開しろ!」
大きな岩がゆっくり回転しながら、それでいて投石ではあり得ない高度から落ちてきた。
子供たちが落下地点にすべての結界を集中させる。
「突破された!」
「うわっ!」
「うへー、三枚突破されたか」
「次、来たよ!」
最終防衛ラインに僕の結界があるうちに、新しい攻撃に慣れようと子供たちは必死に足掻いた。
「おっしゃ!」
今度はジョバンニが一発で弾き返した。
「交代して!」
ニコレッタが割り込んだ。
入れ替わり立ち替わり投石を防ぎながら僕たちは橋を渡った。
迎え撃ってくる敵はいない。味方の攻撃にやられるわけにはいかないからか、対岸でじっと待ち構えている。
だが、子供たちの射程に入ったところで形勢逆転。鬱陶しい投石機が子供たちの手によって木っ端微塵に吹き飛ばされた!
「どうだ、こらぁああ!」
「ゴブリンの癖にでかい面するなよ!」
普段冷静なトーニオまで吠えた。
フラストレーションが溜まっていたようだ。八つ当たり攻撃は完全な過剰防衛になっていた。
「思いっきり地面がえぐれてる」
「数は力だな」
男共は拳を握り、女子は溜め息をつく。
「ナーナ!」
敵が来た。
暴言に怒ったのか、涎をまき散らしながら槍を持った食人鬼が四体、ドスドスとこちらに迫ってきていた。
四体まとめって雷光と共に地面に倒れた。
敷板に足を下ろされると骸が進行を妨げるから、手前で転がって貰った。
「ここで待ってろ。近付いてくる奴はやってていいからな」
「わかった」
「ヘモジ頼んだぞ」
「ナーナ」
僕は駆け出した。
子供たちにはああ言ったが、一体たりとも逃すつもりはない。
残る反応は全部で十二体。内一体はボスだ。
子供たちを狙いそうな奴から片付けよう。
段差の向こう側に一体、曲刀持ちが暢気に構えていた。
段差を飛び越えると、わざと『爆発』で派手に頭を吹き飛ばしてやった。
加減が完璧過ぎて自分でも驚いた。『補助推進装置』をいじり倒している間に研磨されていたようだ。
僕自身まだまだ成長の余地があるということか。
岩陰に身を隠して、敵の出方を待つ。
音を聞きつけてきた食人鬼たちが仲間の無残な姿を見て凶暴に吠えた。
「居場所を晒すなよ」
頭上の岩陰にいた一体を雷撃で沈めると、警戒しながら近付いてくる一体に迫った。
影を抜け、背後に回り込むと、抜刀と同時に首を刎ねた。
先に吹き飛ばした一体に気を取られている数歩先の一体の頭も同時に吹き飛ばすと加速してまた岩陰に身を潜めた。
あっという間に討ち取られた二体を見て呆然と立ち尽くしている一体の首を『無刃剣』で刎ね、倒れ際に肩を借りて後ろの高台に飛び移った。
高台で見えない敵を必死に探している一体の後ろに回り込んで、膝の後ろを切り付ける。
倒れ込んだところを剣で一突き。
「残り五体」
高台には足元を通過する敵用に落石の罠が仕掛けられていた。何かの拍子で発動すると困るので、重さを支えている杭に繋がるロープを引っ張った。
「重ッ」
引っ張りきれなかった。
こちらに気付いた一体が岩を投げてきた。
「あ!」
支えの杭が!
手前に落ちた岩が杭を弾き飛ばした。
ガンと板が外れて、山積みされた岩が一斉に降り注いだ。
こちらを狙っていた一体があっという間に飲み込まれた。
見事な自爆だ。
石はゴロゴロと勾配をどこまでも転がり落ちていった。
「四体」
テントが視界に入った。
敵の反応が伝わってくる。あの一番大きな反応の側に宝箱がある。はずだ。
残り三体もあの中にいる。引き摺り出さないと。と思っていたら、さすがに喧噪に気付いたのか一体が首を出した。
僕は『ステップ』を踏んだ。
身を沈め、地を這うように敵の懐に入り込んだ。
様相が明らかに違う副官クラスのそいつは剣の柄に手を掛けたところで固まった。
「反応できただけでも褒めてやるよ」
テントに火を掛けるとあっという間に燃え広がった。
遠くにヘモジが子供たちを引き連れてくる姿が目に入った。
「いいタイミングだ」
テントが内側から吹き飛んだ。天井を支えていた梁が空高く舞い上がった。
炎のなかから大斧が現れた。
はずれ、こいつはボスだ。
もう二体だ。反応が大き過ぎて弱い反応が見えない。
いた! 最後の一体。
おや? 反応が一つ消えた? 炎に巻き込まれたか、ボスの一振りの餌食になったか?
崩れたテントからこれまたど派手な食人鬼が出てきた。
羽根が焦げている。
一瞬どっちがボスか間違えるな。
ヴグオオオオオッ。
ボスが地鳴りのような咆哮を上げた。
お前の相手は僕じゃない。
後ろに隠れている最後の雑魚の頭を吹き飛ばすと邪魔なボスを衝撃波で吹き飛ばして、子供たちと合流した。
ヘモジが吹き飛んだボスをじーっと値踏みする。
「ナナ」
食指は動かなかったようだ。
だが吹き飛ばされたボスは烈火の如く怒り狂った。
むんずと起き上がると涎と臭い息をまき散らしながら、大斧を振り上げ迫ってきた。
「師匠、どうせなら最後までやってよ」
「怒らせてどうすんのさ」
「まあ、頑張れ」
「これだよ」
一歩が大きい!
あっという間にこちらを薙ぎ払える射程に収めた。
「甘い!」
ボスの両腕から鮮血がほとばしった。
大斧が両腕ごと僕たちの頭上を越えていった。
子供たちが全員、杖を掲げ魔力の塊を先端に込めていた。
「撃てーッ!」
トーニオの合図と共にボスの頭が消し飛んだ。
一瞬かよ。
のけぞったままの巨体がドスンと転がった。
「宝箱は?」
「こら! 近付いちゃ駄目よ!」
「わかってるよ!」
こいつら、宝箱のことしか頭にないのか。
ボスの骸が哀れだ。
「下がれ、後はやるから!」
僕とヘモジはテントの瓦礫をのけながら宝箱を探す。
玉座の後ろに宝箱は隠れていた。見た目ごく普通の宝箱だ。
誰がこの宝箱が迷宮屈指の凶悪トラップだと思うだろうか。いろいろ試したい気もするが、素直に鍵で開けることにする。問題は中身だ。金貨が入っていたら例の箱の可能性大ということになる。
ヘモジに鍵を預けて、全員、箱から離れた。
僕は子供たちに結界を掛け、子供たちはヘモジに結界を張った。
事によっては結界ではいかんともしがたいのだが。
ガチャリ。いつも通りの音がした。
「ナーナ」
無事開いたようだ。
ヘモジが食人鬼が使っていたコップを逆さまに足場にして蓋に手を掛けた。
僕たちは恐る恐る近付いて覗き込む。
「金貨だ!」
「やったぁ!」
当たりだった。
じゃんけんに負けた組が魔石の回収に向かっている間、勝ち組は壊されずに残った長机の上で、枚数を数えながら回収袋に収めていった。
枚数はほぼ想像通り、ほぼ二ヶ月分だった。
宝箱の罠の難易度判定は今後の人柱に任せるとして、このフロアでやるべきことを終えた僕たちは帰路に就くことにした。
「師匠、牧場に寄っていこう」
「喉渇いた」
「アイス食べたい」
「ナーナ」
「さんせーい」
ヘモジとオリエッタまで。
「まずは出口を探せ、それからだ」
「やった!」
出口は宿営地そばの山肌にある亀裂のなかにあった。巨人では入れない薄暗い隙間の先に見慣れた階段を見付けた。
大まか過ぎるが必要十分なマップを作成し終えると僕たちはゲートに飛び込んだ。




