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クーの迷宮(地下14階 食人鬼戦)橋を渡るその前に

「僕たちにはこれがあるけどな」

『迷宮の鍵』をちらつかせるも、子供たちは計算に夢中で余念がない。

 迷宮ができてまだ二月足らず、命懸けで開けるには時期尚早である。

「六百枚はおいしいな」

「現金はいくらあっても邪魔にならないもんね」

 そもそも最高難度の宝箱だ。スキルのない者には開けられない。罠だけ食らってご愁傷様だ。

 有名なのには警告の意味もあるのだ。あの宝箱はやばいから近づくな、と。

 ヘモジのいない状況下では僕だって近付かない。遠くから『無双』でぶった切ることはあるかも知れないが。

「どっかに隠しておけないかな?」

「迷宮のなかの宝箱は動かせないの!」

 その発想はなかったわ。

 残念ながらマリーの言う通り、迷宮内の宝箱は移動させることができない。見えない根っこが底に張り付いているのだ。

「十年ぐらい隠しておければいいのにね」

「最大でも一年分、三千六百枚までだ」

「えーっ!」

「充分だろ!」

 ここではどうかわからないけれど、検証には多くの時間を要することになるだろう。

 エルーダでは張り付いている連中もいたが、いざ箱を開ける段になると諍いが起こることがよくあったらしい。

 原因はタイミング。別のパーティーが開けに来たとき、どうするかというジレンマに襲われるかららしい。命を賭ける以上、相応の見返りを要求したいところだが、別のパーティーが来てしまったらしょうがない。先に開けるか、失敗してくれることを願うか、横取りするかだ。

 大抵、最大になる一年が何事もなく過ぎることはない。

 だから極悪非道な罠を、仮に首尾よく突破できたとしても安心はできない。今は『銀団』管轄だからお仲間しかいないが、いずれ一般開放された暁には三番目を選択する輩も出てくるだろう。

 襲う側も襲われる側も正直、ここで対人戦ができるレベルなら運に頼らず、もっと深く潜った方が幸せになれるはずだが。何を楽と感じるかは人それぞれだ。

 爺ちゃんの剣の師匠だったゼンキチ道場の開祖ゼンキチ老は最高ランクのアサシンだったが、ここの罠に掛かって三十年間呪われ続け、敵味方構わず冒険者を襲い続けたという伝説がある。

 兎に角、前回同様の仕様であれば今回、僕たちは一人頭金貨六十枚を手にすることになる。恐らく、誰もまだここまで潜っていないだろうから、ほぼ確定だ。普通の冒険者なら一年分の稼ぎになる。微妙だね。「今回は出る額がおおよそ見当が付くから躊躇しないですむけど、今後はわからない。命を賭けた代償が金貨十枚ということもあり得るからな。おまけに宝箱を開けた途端、襲われる事態も想定しなければいけない。まあ、他の宝箱でも周囲の警戒は必要だけどな」

「ほんとに怖いのは人間だってよく言うもんな」

 ニコロとミケーレの『隠遁』能力の上をいく奴なんて、そうそういないどころか、お城で高給取りになれるだろう。

「金貨五十枚もあったら何に使う?」

 トーニオが皮算用を始めた。

「貯金!」

 ヴィートとマリーとニコレッタが迷うことなく即答した。

「少しは使ってもいいんじゃない?」

 フィオリーナが寛容さを求めた。

「冒険者はお金が掛かるんだ。将来のために蓄えておかなきゃ。ドラゴンとだって戦うんだから」

「その頃にはそれなりの稼ぎが得られるようになってるんじゃないかしら?」

「確かに……」

「迷宮の最下層にはドラゴンがわんさかいるんだよね」

 話がずれた。

「稼ぎ放題だな!」

 戻った。

「最下層まで行ける冒険者は一握りだって言うけど」

「命懸けで最下層までいく必然性はないからな」

「何事もちょうどいいところに収まるものなのよ」

 子供の台詞じゃないだろ。

 フィオリーナ、お前こそ肩の力を抜け。

 て言うか、脱線してるし。

「そうそう。大概みんな途中で一生を終えるんだ。クリアできる冒険者なんて一握りだよ」

「S級冒険者なんて会ったことないよな」

 S級なんて未到達エリアに行けばいつでも会える。

「師匠とラーラ姉ちゃんは別にして、イザベル姉ちゃんは? イザベル姉ちゃんも突破組だよ」

 なんで別にする!

「もしかしてイザベル姉ちゃんて凄いの?」

「そりゃそうだよ。突破組だもん」

 ループしてるぞ。

「周りが強かっただけだって言ってたよ」

「それでも凄いよ」

「見直した!」

 子供たちが軒並み頷いた。

 ラーラの陰に隠れているからとはいえ、今までどう評価されてたんだ……

「それにしてもどこで道を間違ったんだ?」

 ジョバンニが疑問を呈した。

「たぶんあれじゃない。大岩が大量に吊されていた大地の割れ目」

 ニコレッタが答えた。

「もしかして突破しちゃいけなかった?」

 僕の顔を見ないで下さい。

「ふーん」

 冷たい視線の束を感じる……

「確かに。普通の冒険者だったら他のルートを探すわね」

 フィオリーナが納得した。

「普通の冒険者……」

 僕は違うと言うのかね?

「確かに罠に飛び込む選択肢はないわ」

「普通は別ルート探す」

 オリエッタ、お前まで!

「お前らも嬉々として破壊してただろうが!」

「いやー、こういう展開になるとは」

 子供たちは笑った。

 アハハハハじゃないよ。

「でも近道できたからよかったね」

「ねー」

 ケロッとしているマリーとカテリーナがへたれ組に睨まれた。

「今思ったんだけどさ。走る必要あったの?」

 ヴィートが言った。

「お前、ビビって転がってただろうが?」

「だから勢い付けてあげたのよ」

 ジョバンニに突っ込まれ、フィオリーナに笑われた。

「でも途中からお前が先頭走ってたよな」

「そうそう。競争じゃないってーの」

 トーニオとジョバンニの言葉に撃沈した。

「師匠が間違うからだよ」

「なんだヴィート、デザートいらないのか?」

「い、いるよ!」

 みんな笑った。

「師匠、なんかあっち、騒いでるよ」

 ニコロが言った。

「ん?」

 敵の最後の砦、宿営地が慌ただしい。

「風下だからこっちの匂いが伝わったかな?」

「裏を掻かれたようなもんだからな。そりゃ慌てるだろ」

「暢気に食べてていいの?」

「壁でも造っておけばいいだろう」

 僕たちは立ち上がると、橋の出口付近に壁を造った。

「これでよし、と」

「デザート食べようぜ」


 僕たちが暢気にデザートを食べていたら、遠くで法螺貝が鳴った。

 何事かと思ったら、眼下の食人鬼たちが一斉に動き出していた。

「なんか慌ただしいかも」

「かもじゃないって」

 道を塞がれた敵はどうやら下から回り込むことにしたようだった。

 子供たちがニヤリと嫌な笑みを浮かべた。

「うおりゃあああ、戦闘開始だぁああ!」

 男共は立ち上がり、奇声を上げながら駆け出した。

「待ちなさいよ! 馬鹿男子!」

 女性陣も後を追い掛けた。

 あーあ。

 敵の残した罠を使って返り討ちにする算段である。

 魔法で接地面を傾けることによって、重いはずの岩球を軽々転がしていく。

 坂の手前まで轍を作り、嬉々として並べていく子供たち。

 ドラゴンの骸を倉庫まで運び込んでいた頃の試行錯誤が生きている。

「投下、用意!」

 目が輝いている。

 すっかりいたずら感覚だな。

 下から敵が唸り声を上げながらどんどん上ってくる。

「まだだ!」

「引きつけろ!」

 僕たちと違って敵の身体は大きい。彼らには残念ながら隠れる隙間がない。

「面白いことになりそう」

「ナーナ」

 ふたりも僕の両肩に載って興味津々だ。

 望遠鏡で坂の下を望む。

「そろそろ途切れるな」

 僕はトーニオに望遠鏡を渡した。

 敵の一団の最後尾が坂の麓に差し掛かっていた。

「投下ッ!」

 トーニオが合図した!

 最初の岩がゴロンと坂を転がり始めた。

「次、用意」

 子供たちが次を坂の縁まで移動させた。

「落とせーッ!」

 ジョバンニが最後の一押しをした。

 最初の岩が集団と接触した。

 悲鳴が山間にこだました。

 次弾が接触したときには、前線は阿鼻叫喚の様相を呈していた。

 撤収しようにも後続がつかえて引き返せない。大きな岩の球が勢いを増してどんどん近づいてくる。

 仲間の屍を乗り越え、大きく弾んだ球が後続の群れのなかに落下する。

 必死に押さえ込もうとはやるが、岩は次々落ちてくる。

 一旦骸の山につかえていた球も玉突きを起こしてまた動き出す。あるいはさらに不規則で大きな弾みの足掛かりとなる。

「もう球ないよ!」

「でかいの造ろうぜ」

 子供たちはさらに大きな球をとどめに落とすことにした。

「しっかり固めた?」

「大丈夫だって」

「重く圧縮したから」

「さらばデカゴブリンよ」

 特大サイズの球が坂を転がり落ちた。

 跳ねる跳ねる。

 途中に詰まった岩をも巻き込みながらさらに転がり落ちていく。

 まさか頂上にあった岩の在庫を一掃するとは思わなかったが。要領が素晴らしかった。

 僕たちは魔石回収のため、降りることにした。

 戻りは「転移よろしくお願いします」だそうだ。



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