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クーの迷宮(地下14階 食人鬼戦)橋を渡れ!

ヘモジが吊り橋を行く、軽やかにステップを踏みながら。

 総じて軽いこちら側は橋が揺れることはない。

 一方、あちら側は激しく波打っていた。

 そしてその波は中央に迫りつつある。

 見晴らしのいい橋の上をど派手な巡回兵が渡ってくる。手には石斧。あれだけでもヘモジより重そうだ。

 ヘモジが橋の中間でピタリと止まった。そしてゆっくりと腰のホルスターからミョルニルを引き抜く。

 巡回兵が斧を振り上げ、吠えた!

「派手過ぎて迫力ないよね」

 マリーがカテリーナと交わした台詞を聞いて、他の子供たちが笑い出す。

 見せるのも修行の一環とは言え……

 タロス兵と比べると大きさも迫力も全然足りない。

 ヘモジが食人鬼の頭に電光石火の一撃を加えて、橋の下に落とした。

「あーっ、魔石が」と、子供たちが悲嘆の声を上げる。

「急がないと今日中に帰れないぞ」

 僕はそう言って歩を進めた。

 中央まで来たときには、もはや生きている巡回兵はいなかった。

 骸を凍らせた。

 魔石になるまで立ち止まっていたら、ルーティーンに嵌ってしまった。

 増援が来る。倒す。魔石になるのを待つ。の繰り返し。言ってる側から。

 それでも要員は限られるから、すぐ下火になった。

 ヘモジは大満足。

「ようやく途切れたか」

「一度に来ればいいのに」

 オリエッタも欠伸する。

 ヘモジだけで間に合ってしまうから子供たちの出番はなしだ。

 同じような吊り橋がまだ四、五本ある。

「ナーナ」

 石が積まれた関の防壁まで来ると、ようやく岩が飛んできた。

「普通、あの石一つで橋が崩れるよな」

 最初の一つが飛んできたと思ったら、二つ三つ、雨のように降ってきた。

「ナナ」

 ヘモジは気にせず先に進んだ。

「僕の役目か」

 結界で弾くだけだけど。

 事実を繰り返し目の当たりにすることによって人は認識を定着させる。それは「当たり前」という名の裏打ちとなって、やがて確固とした現実となって戻ってくる。

 爺ちゃんたちに散々見せられてきた「当たり前」で僕もできている。

「常識のない弟子というのもどうかと思うけど」

 見るだけでも修行になるからな。

 僕は降り注ぐ大岩の攻撃を難なく弾き返した。

「師匠、俺たちもやる!」

 子供たちが前に出た。

 人に責任取れとか言っていたくせにもう辛抱、切らしたのか?

 僕の結界の外側に障壁をちょこちょこ展開させては、衝撃の感触を確かめ始めた。

「もうちょっと強めかな」

「維持するの結構大変かも」

「タイミング早めで、交代でやりましょう」

 入れ替わり立ち替わり前に出ては模索する。

「みんな、結界もいいけど、そろそろいいんじゃないか」

「あ、忘れてた」

「攻撃こそ、最大の防御だった!」

 敵の陣地が子供たちの射程に入った。

「攻撃開始!」

 トーニオの指揮の下、飛んでくる岩が描く放物線の始点めがけて、攻撃を始めた。

「ふん!」

 ジョバンニが橋の行き止まりにある岩を袈裟懸けにした。

 隠れていた食人鬼が真っ二つになって転がった。

「それで隠れているつもりかよ」

 あちこちの岩の影から赤や黄色の羽根がチラチラ見え隠れする。

 子供たちは当たり前のように岩を砕いていく。

 敵もこれではおちおち隠れてもいられない。

 威嚇しながら逃げ出した。

 初等レベルの魔法使いのすることじゃないな。

 攻撃では完全に敵を圧倒していた。

 さて敵は打って出るか、引き下がるか。相当数叩いたはずだが。

 敵は迷うことなく撤収を選択した。

「またか」

 この種族はどうやら無理に突っ込んでくる程単細胞ではないらしい。

「罠よ!」

 フィオリーナの声に男共が立ち止まった。

 道の先、絶壁にできた亀裂の間に、ロープに縛られた大岩が大量に吊されていた。

「なるほど理由があっての撤退か」

 子供たちが次々岩を落としていく。

 岩を砕きに掛かる者もいれば、効率的にロープを切りに掛かる者もいる。仕掛けをわざと発動させる者も。同じ魔法を使っても対処方法は千差万別。

「『魔弾』モドキ!」

 すべてをぶっ飛ばしに掛かる馬鹿もいる。

「ちょっとカテリーナ! こんなところで全力出してどうするのよ!」

 ただの『爆炎』魔法だった。

 一瞬ヒヤッとした。まさかユニークスキルが伝染したのかと思った。

 名前は兎も角、大岩を二、三個巻き込んだ。

「すぐ回復するから平気」

 カテリーナの回復速度は確かに目を見張るものがあった。他の子供たちに比べてもそれは明らかだ。

 元異国の王族の末裔だけあって何かあるのだろう。ユニークスキルのことをあからさまに聞くのは非礼に当たるが、お姉さんに確認を取った方がよさそうだ。

 幼いうちに無理し過ぎるのは普通、成長にとってよろしくないことだが、ことによっては思いやりが却ってユニークスキルの成長を妨げることになりかねない。

 僕の転移魔法なんか、その最たる例だ。ユニークではないけれど。

 おかげで今や人やガーディアンさえも同時に転移させられる程である。

 みんな万能薬を舐めてるので差は見えにくいが、カテリーナの小瓶の減りは年長者のそれに比べても明らかに少ない。

「余力は残しておきなさいよ」

「わかってる」

 マリーの手を取って、ニコレッタから逃げ出した。


「……」

 大地の亀裂を進むとまっすぐ伸びる上り坂が。

「怪しい」

「ナーナ」

 あからさまだ。

「どうする?」

「上るしかないだろ」

「師匠」

「エルーダにはなかった仕掛けだな」

「ナーナーナ」

 ヘモジが上り始めた。

「行くぞ」

「行くの?」

「問題ない」

 地面がゴロゴロ鳴りだした。

 ヘモジが壁の方に寄っていく。

「ナーナーナ」

「『端に寄れば平気』だって」

 転がり落ちてくる丸岩が見えてきた。

 大きさがはっきりしないけど、先行するヘモジの言葉からすると、壁に寄りさえすれば隙間に隠れられるようだ。

 僕たちは一列になって壁に張り付いた。

 ゴロゴロゴロ…… ドン!

 球体が跳ねた。

 ズン!

「!」

 近づくにしたがって勢いが増していく。

 ゴン、ドン、ガン、周囲に激しく当たる度に岩は大きく飛び跳ねる。

 余裕を持って見守っていた子供たちが、あまりの暴れっぷりに段々青ざめていく。

「来たぞ!」

 尋常ではない揺れが足元を襲う。

 子供たちは投げ出されそうになる身を地面を掘って押さえ込んだ。

 それはでか過ぎる球体だった。食人鬼にしても大き過ぎる鞠だった。実体化したヘモジが雪だるまを造ったらちょうどこんなサイズになるだろうくらいだ。

 大き過ぎたから角と球面の隙間に立ったまま避けられた。

「親切設計」

 子供たちの掘った穴にすっぽり身を隠したオリエッタが言った。

 通り過ぎた勢いだけで子供たちが数人、転がっていた。

 結界は効いていたはずだから突風に襲われたということはない。完全に迫力に飲まれたのだ。

「ナーナ」

 次の球が転がってくる!

「師匠!」

 子供たちが真剣な顔で催促してくる。

「走るぞ! 遅れるな!」

 僕たちは坂道を駆け上がった。

 それを見たヘモジも踵を返すとてっぺん目指して駆け出した。

「ナーナーナーッ!」

 遠くで叫んだかと思うと、擦れ違う大岩をヘモジがぶっ叩いて粉砕した。

「ミョルニル、怖ぇー」

 ジョバンニがぶるった。

 質量差を考えるとあり得ない光景だが、これがもはや僕たちの現実だった。


 僕たちは必死に走った。

 大人でも息が絶え絶えなのだから、子供たちに至っては拷問でしかない。

「屍のようだ」

 我が弟子、初の敗北か?

 坂の頂きで地面に張り付いて伸びていた。

 傍らには岩を落としていた食人鬼の骸がヘモジの座興に付き合って無残に転がっていた。

 周囲を見渡すと、僕たちは山頂に近い場所にいることがわかった。

「これは、これは」

 冗長な繰り返しを排除して、最短距離を来たようだ。

 麓を見下ろすと通常の緩やかな攻略ルートがあった。

「おや? 道、間違えた?」

「師匠……」

「嘘だろ……」

 死にそうな恨み節が聞こえたが無視した。

「ちょっと早いけど、この辺りで昼にするか? 見晴らしもいいし」

「戻らないの?」

 人の肩に乗って全然疲れていないオリエッタが言った。

「もう一度この坂、上りたい人?」

 子供たちは全員潰れたまま、手を交差して否定した。

「はい、決まり」

 開けた場所に小石を並べて、その中央に火の魔石を置いた。

 周りの小石が赤く焼け始める頃合いを待って、鉄板代わりにスライスした石の板を載せた。

 ベーコンを焼き始めると、匂いに釣られた子供たちが起きてくる。

 水筒に入ったスープを鍋に空けて板の傍らに置くと、挽肉のパティをベーコンの脂で焼き始めた。

「ほら手を洗って」

 フィオリーナが子供たちの手に浄化魔法を掛けていく。

「師匠を手伝って」

 裂いたパンに葉っぱを一枚載せて、ベーコンとパティを重ねていく。

 仕上げに炙ったチーズを垂らし込んで挟み込む。

「これ一人いくつ?」

 子供たちに生気が戻ってきた。

「三つ食べていい?」

「食べてから言いなさいよ」

「いつも二個も食べ切れないだろ?」

「今日は食べられるよ!」

「さあ、どうだか」

「材料はあるから、好きなだけ食べてかまわないぞ」

 ヘモジは相変わらず野菜スティックをポリポリ。

 オリエッタは自分だけ肉団子をスープのなかに落とした。

「あそこがたぶんゴールだ」

「もう橋一本だけじゃん」

「テント建ってるよ」

「リーダークラスがいるんだよ」

「宝箱もある」

「あることわかってるの?」

「エルーダでは有名な宝箱があったんだ。ここにもあるかはわからないけど」

 一日開けないと金貨が十枚ずつ増えていく、びっくり宝箱の話をした。

 罠は最悪で『解錠』スキルをマックスまで上げていても、失敗する確率が五割もあるという鬼仕様。命懸けの博打用宝箱だ。

 ここの指揮官の詰め所のなかにそれはある。



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