クーの迷宮(地下14階 食人鬼戦)何やってんだよ
「ヘモジ、昨日の樽はなんだったんだ?」
「ナーナ」
内緒だと言ってニコリと笑った。
オリエッタも知っているようで、わざとらしくそっぽを向いた。
十四層の入口を出るとしばらく無人の林道を進んだ。道の隣は崖っぷち。この辺りの景色はあまりエルーダと変わらない。
途中まで勝手知りたる子供たちは小さな武器を手に意気揚々と僕の前を行く。
「大丈夫。弓より簡単だから」
昨夜、小石で多少練習した程度だが、皆、ある程度は飛ばせるようになっていた。
「『必中』あるしね」
通称『鏃』には威力と効果範囲を考慮して『火炎』ではなく『爆炎』を仕込んでおいた。後いろいろ手を加えたので、ガイドブックのレベルに収まらなくなってしまった。
そのせいもあって、銃を貸すだけでよかったのではないかと思い始めていた。
「なんで鏃なの?」
ニコロがミケーレに尋ねた。
「鏃って呼ばないと取り上げられちゃうからだよ。特殊弾頭扱いになっちゃうんだ。だよね?」
「ズル?」
「方便」
僕は言った。
「ズルだ」
「ズルだね」
「……」
「なんで鏃だといいの?」
今度はマリーだ。
「魔法の矢にする前の鏃だと言い張れば、言い逃れできるからよ」
ニコレッタが答えた。
「実際できるからな」
「ふーん」
「悪だ」
「悪玉師匠」
カテリーナとマリーが僕をからかって喜んだ。
「ぷっ」
「くくッ……」
オリエッタとヘモジも僕の足元で笑った。
そうだ。心のどこかに後ろめたさがあるのだ。
子供たちに使わせる道具に違法性を臭わせる要素があることに良心が耐えかねているのだ。銃なら持たせてやりたいと思っている事実が、その証拠である。実際『特殊弾頭』と『鏃』との間にどれ程の差があるというのか。
「『鏃』に制限がないことにはちゃんとした理由があるんだ」
トーニオが悪玉師匠をかばってくれた。
「知ってる! 魔力含有量に限界があるから」
マリーが即答した。
「コストと威力に…… なんだっけ?」
カテリーナはちょっとうろ覚えだ。
「相関関係がある」
「そう、それ」
わかってて言ってるのか?
「要するに威力のある魔法を付与しようとすると、大きい魔石を使うことになるから高く付く。費用対効果を考えると割に合わない」
ニコレッタが言った。
「元々エルフの技術だったから誰も法律守らなかったって言う話もあるわよね」
フィオリーナが言った。
どれも正解。ラーラ辺りが情報源か。
「でも、その常識を破ったのが、師匠の実家なんだよね?」
ヴィートの瞳がここぞとばかりに輝いた。
ニコロとミケーレが「おー」と感心する。
「単にコストを度外視しただけだ」
「弓使いは非常時に備えて、虎の子を持ってるってよく言うよね。ほんとかな?」
矢の形でだけどな。
林道を抜けると最初の橋が見えてきた。
相変わらず、食人鬼サイズの大きな吊り橋だ。
対岸には岩場を削って造った関が設けられている。
個人的な調査、攻略なら山肌ごと『魔弾』で吹き飛ばして、ヘモジを突入させれば終わりなのだが、本日は子供の引率も兼ねている。
「いた!」
こちら側の橋の袂に三体の食人鬼が薪で暖を取っていた。
「え?」
「ナ!」
「何あれ!」
そこにいたのは見たこともないカラフルな鳥の羽根で頭部を飾ったど派手な巨人だった。エルーダで見た野性味溢れる姿とは明らかに異なった。
「あれは食人鬼なのか?」
「食人鬼。間違いない」
オリエッタが『認識』スキルを働かせて、相手が食人鬼であることを確認した。
腰回りや槍の口金部分にも羽根を挿している。
ずいぶんとやりにくい相手になったものである。見付け易くはなったが。
まずは能力査定から。
子供たち曰く「岩を投げない食人鬼なんて、ただのでっかいゴブリンだよ」
だそうだ。
実際、隠遁能力の高い子供たちの前では後手を踏んでいた。
やはりこのフロア最大の敵は地の利の無さだ。
僕の出口探しの仕事は逆に一本道であるため、やることがなかった。
岩さえ空から降ってこなければ楽なものである。
「魔石になったよ」
風の魔石(小)を回収した。
派手な衣装は見せかけか!
いよいよ吊り橋を渡るときが来た。
「ちょっと危ないな」
ちょっとどころではない。
吊り橋は大人サイズどころか巨人サイズでできている。子供たちには落ちる要素、満載である。橋自体が非破壊オブジェクトであっても、これは危ない。ちょっと揺れただけで手摺りの隙間から落ちてしまいそうだ。
確かに、これでは気が散って結界どころではない。足が竦まないだけ感心する。マリーにしてもカテリーナにしてもなんで平気なんだ?
「怖くないのか?」
「ドラゴンより怖いことなんてないから」
あっけらかんとしていた。
全員が一本のロープに身体を結わえていた。最後尾の二人の仕事は柱にしがみつくことだった。
早速、対抗手段を講じるときが来た。
橋の向こうから三体の巡回兵が迫ってくる。
「頑丈な橋だな」
あの巨体で普通に走ってくる。
「見るとこ、そこ?」
「ナーナ」
子供たちとヘモジが橋の手前で身構えた。
敵はさすがに岩を担いではいないようだった。
射程に入ると、呆気なく子供たちの魔法で退治された。なるほどでかいゴブリンだ。
「引っ掛かったよ」
吊り橋の途中で倒れた骸が手摺りのロープに引っ掛かってしまった。
「通れない」
「魔石になるまで待ちだな」
向こうから駆けつける増援も、仲間の骸が邪魔して前に出られない。
「よし、今だ!」
溜まったところで子供たちの斉射を受けた。
「普通なら橋落ちてるよね」
ヴィートが言った。
「凍らせておいた方がいいぞ。魔石に変わった途端、谷底に落っこちるからな」
「了解」
立ち往生すること数分。氷を溶かしながら変化した魔石を回収していく。
お、(中)サイズが一個あった。
先方はあらかた片づいてしまったようで、敵の姿はなくなっていた。
「ちぇ、試したかったのに」
ヴィートがスリングを空討ちした。
対岸に楽々渡ることができた。
「ここの連中は徹底抗戦しないのか?」
「エルーダと違う」
オリエッタが高い岩のてっぺんから周囲を見渡した。
違うというのは困りものだ。
僕も慣れた現場と決め付けずに襟を正した。
「見るのも修行の内だ」
関を越えた先に別の橋が架かっていた。敵は既に備え万端。なるほど一時撤退は理にかなっていた。
僕は先頭に出た。
杖を敵陣に向けて構えるとエテルノ式を使わず、魔法を放った。
イメージ作りには見ることが何より大事だ。
大袈裟な魔方陣から放たれる『爆炎』は敵陣をあっという間に灰にした。
「うへー」
「一撃だ」
「森では使うなよ」
「わかってるって」
子供たちが早速まねしようと試みるが、やはり射程が届かない。
威力を犠牲にしてかろうじてニコレッタだけが敵陣の隅まで届いた。
「もうちょっとなのに!」
ニコレッタは悔しがった。
お前らがどれだけできる子なのか、教えてやりたいよ。
そして、ようやく仕込みの出番が来た。
大岩の上に小屋を建てただけの見張り場が次の橋の手前側にそびえ立っていた。
小屋の脇に投擲用だと思われる大岩が積み上げられているのが見えた。
このまま行くと岩が降ってくること間違いなしだ。
「数は三体」
小屋を燃やすだけならニコレッタにも届く距離だが、それだけだ。
「誰がやる?」
みんなが手を上げた。
「じゃあ、まずはトーニオからやって貰おうか」
「ジョバンニは討ち漏らしがあったときに備えて待機。他は周辺警戒だ」
「向こうからも来るよ」
橋を渡って巡回兵が迫って来る。
「上を先に片付ける!」
トーニオが判断を下した。
半分が橋の方を警戒した。
いい判断だ。
「行くぞ!」
トーニオが一体の敵に向けてスリングを放った!
『鏃』は放物線を描くことなく、異様な程まっすぐ飛んで行った。
そして敵の一体に命中した瞬間、小屋ごと吹き飛んだ!
撃ち込んだトーニオがびっくりして固まった。
残りの二体も吹き飛んで谷底に落ちていった。
小屋の残骸が呆然と立ち尽くす子供たちの遙か先に降り注いだ。
「えええええー?」
「威力あり過ぎだよ!」
「師匠!」
子供たちの視線が痛い。
迷宮内では魔力効果がアールヴヘイム並みだということをすっかり忘れていた。
「ごめん。やり過ぎた」
「またかーッ」
「馬鹿師匠!」
「あれじゃ、魔石回収できないじゃんか!」
「いやー、はっはっはー。参ったね、こりゃ」
「これだよ」
「やっぱり、わたしたちがしっかりしなくちゃね」
「そうだね」
マリーとカテリーナが真顔で拳を握りしめた。
宝箱が落ちていた。原形をとどめるべく、角々の補強材がぐにゃりと曲がっていた。
「小屋から落ちてきた奴だ」
「開くかな?」
罠はとっくに解除されていると思うのだが、念のためヘモジを前に出した。
キイイイイ。
軋みながらも呆気なく蓋が開いた。
「ナナ?」
頭を箱のなかに突っ込んだ。
「ナーッ!」
「どうした!」
箱のなかに落っこちた。
「ナナナ!」
なかから掲げたその手には、ガラスの塊が握られていた。
「なんだ、ガラスか」
「虹色鉱石かと思った」
ヘモジとオリエッタはうれしそうに懐に入れた。
「宝石もあるじゃん!」
階層が進んだ分、それなりの物が出るようだ。
金貨と銀貨。それとわずかばかりの宝石だ。
「どうすんの?」
対投石食人鬼対策だったスリングがこんなことになってしまっては、使いどころが難しくなってしまった。
責任を取るため、大岩をぶん投げてくる相手には僕が対応することに。
「銃持ってくりゃよかった」




