帰還2
『グリフォーネ』は換装し易さに重点をおいたベストセラー機である。現在、最も多く稼働している機体で『銀花の紋章団』でも主力の一角を占めている。
なかでもドラゴンを狩ることを主目的にしてきた『銀花の紋章団』では、飛行ユニットに換装した物がほとんどを占める。子供たちが買い取った中古もまさにそのタイプである。
軽量化してあるとはいえ、小型化した『スクルド』や『ワルキューレ』に比べると全長だけでも二メルテ以上の開きがある。おまけにフライトユニットではなくボードタイプなので今後のことを考えると余りお薦めできない。
「歴戦の勇士だな」
さすが廃棄手前の機体だけあってボロボロだ。
モナさん的には修理し甲斐のある機体であろうことは一目瞭然。個人的には何を好き好んでと言わざるを得ないのだが……
汎用機とはいえ、事実上専用機のようなものである。ここまで乗り熟しているとなれば、設定も相当変えてきているだろう。これから学ぶ子供たちに癖のある機体というのはいかがなものだろう。確認する必要がある。
機体をしゃがませ、前かがみにさせると操縦席下の鳩尾辺りの装甲を外して、覗き込む。
工房のマスターキーを使ってコアユニットのコントロールパネルを起動させ、パラメーターを確認する。
「あれ? 新しい」
システム表示が新しい。よく見ると型番が最新になっている。
「『ヴァージョン・九』」
載せ替えたのか? しばし周囲を見渡し考えた。
いや違う! 新しいコアユニットに古い外装を貼り付けたんだ!
モナさんの仕業か?
モナさんは屋上のパラソルの下でお茶を片手に伝票を捌いていた。
「別々に購入したんですよ。コアが高かった分、外装を買うお金が足りなくなっちゃって。現金を持ち合わせてればもう少しなんとかなったと思うんですけど」
購入したい者が複数いれば、競り合いになるのはミズガルズでも同じだ。いつ現金化できるかわからないポイントより、現生をかざした者に分があるのも道理である。現金化がままならない砦では尚のこと。預金がいくらあっても大口の取引には注意が必要だ。
個人相手なら兎も角、ギルド船を持った連中を相手にするには分が悪過ぎた。一般との交流が増えて流通する貨幣が増えてくれば、少しはマシになるのだろうが、今のところ内輪な世界だ。
売り買い双方、割増分のポイント支払いをどこまで辛抱できるかに掛かっている。
帰宅した僕の目の前にヘモジがガラスの塊をドンと置いた。
「結構溜まったな」
でも温室のパネル一枚分にも満たない。
「ナーナ」
ワイン樽の底に合わせた大きさに加工して欲しい?
そう言ってヘモジは樽の底をミョルニルでぶち抜いた。
言われるまま丸くしたガラス板を抜けた底に填め込んで帯鉄でしっかり固定した。
底板をガラス板にした樽を一体何に使うのか。
イソイソと担いで出て行ってしまった。
その夜、改めて僕たちの帰還祝いが行われた。その間、話は留守中の出来事と僕の旅行譚に終始した。
肉祭りの本番が終わってしまったことは残念だった。三日三晩、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎだったらしい。
さらに船団の寄港に合わせてメインガーデンから補給船が来ていたらしく、滞在している部隊、ひいては本隊への補給も滞りなく行われたそうだ。
それといよいよ本格的な移住者の受け入れが始まるらしい。ギルドメンバーの家族と職人が中心になるようだ。
それに伴い砦の外周部にさらなる壁の建設が始まるらしい。洪水の一件もあって起点は北の防壁になるというから大掛かりだ。
「迷宮探索はどこまで行った?」
「十四階」
ヴィートが言った。
「進んでないじゃないか」
「あんな砦、攻略できないよ。こーんな大きな岩が飛んでくるんだよ」
ヒドラやフェンリルを相手にしてきた奴の言うことか。
「ガーディアンが使えれば楽勝なのに」
「だらしないわね。あんな連中、銃があれば」
ラーラが言った。
「ないもん」
「あ」
エルーダの十四階層には食人鬼が陣取っている。
山岳地帯に造られた要害を吊り橋で繋いでいるという厄介なフロアだ。子供たちの敗退の弁を聞く限り、ここの迷宮も変わりはないようだ。
「いかに吊り橋を渡るかだな」
完全な一本道で、しかもこちらからはほぼ上り坂、敵が常に優位な位置を占めている。そして至る所に食人鬼がいて、大岩を投げてくるのだ。ワンフロアまとめて彼らの砦というわけだ。
「よし。今夜は魔法の矢の作り方を教えてやるか」
「鏃にする魔石はあるの?」
ラーラが言った。
僕はヘモジを見た。
ヘモジは首を振った。
子供たちも。
そうだ。牧場で消費してしまったのだ。
勿体ないけど大きな魔石を使うことにした。
「教えることはすべてこの本のなかに書かれている」
食後のデザートが置かれたテーブルに一冊の本と魔石を持ってきて着席する。
「薄い」
「携帯用だからな。弓使いはこれを参照しながら魔法の矢を作るんだ」
魔法の矢に使う代表的な魔方陣が書かれている。弓使い仕様のサバイバルガイドである。
魔法使いの専門書のように細かくはないが、新人の弓使いが頭を悩ます程度には難解な解説本である。
要するに丸写ししろということだ。
「『必中』と『火炎』ぐらいでいいだろう」
「師匠」
「ん?」
「弓と矢は?」
「あ……」
「付与が付いた弓なら二、三張あるけど」
フィオリーナが言った。
「ゴブリンの弓でしょ?」
側で見ていたラーラが言った。
「スケルトンの弓だとでかいんだよ」
ジョバンニが応えた。
失念した。子供たちに弓を引く腕力なんてなかったんだ。
「弓、撃てるか?」
全員、首を振った。
「遊びでしか使ったことない」
「それも一回だけ」
「魔法使いが使う方が、おかしいでしょう」と、ラーラが僕にツッコミを入れた。
「魔石、大き目にするか」
付与強めでいこう。非力さは付与で補おう。
大きな魔石を手に取り考えた。
大きな鏃のついた矢を飛ばす方が却って難しくないか?
「…… ここまで大きいと弓である必要はないよな」
ヘモジが投擲するシャドウを始めた。
片足を高く上げ、腕と身体を後方に大きくしならせ、足を振り下ろす反動を利用して腕を素早く全身を使って振り下ろす。
「ヘモジちゃん、暴れちゃ駄目!」
マリーに怒られた。
「ナ……」
見ていたラーラと婦人は壁を向いて肩を揺らした。
見本を見せたつもりのヘモジは悲しそうな視線を僕に向けた。
食事中だからな。それに……
「投擲じゃなくてスリングショットだ」
両足を肩幅に開いて、左腕を伸ばす。グリップを握りしめているような形を作って、もう片手はウツボカズランのゴム紐を引き絞る仕草をする。そして指をパチンと離す。
はっきり言おう。
「ヘモジ。地味過ぎてわからん」
がーんと、衝撃を受けた素振りをしながら、大袈裟に倒れ込んだ。
「実物、持って来なさいよ。ヘモジロウ」
ラーラの言葉にヘモジは発憤した。が、尻を叩かれ、場外に消えた。
「お馬鹿」
オリエッタがデザートのチョコムースに顔を埋めた。




