南海峡防衛戦?
「直しちまったのかよ」
起きて開口一番、クルーに残念がられた。
「やっぱり仕事は道具ですね。最新設備のおかげで捗りました」
「はぁ…… 信じらんねぇ。たった一人で。それも一晩で」
「折角、早起きして手伝おうと思ったのによぉ……」
「あの…… 出撃まで見ていて下さって構いませんから」
「弟君、霧が晴れたとき最前線にいたきゃ、そろそろ出る準備をした方がいいぞ」
カー・ニェッキ氏がデッキに現れた。
隣のデッキでは修理したコアユニットに外装を取り付ける作業が急ピッチで行われていた。
「早くしろ。間に合わんぞ」
何をそんなに急いでるのか?
「何かあるんですか?」
「君と一緒に最前線に行きたい連中だよ。見たいらしい、君が来た理由を」
「みんなお前の機体より足が遅いからな。先に出ないと。俺も当番じゃなきゃな」
「わたしも出たかったが、まだここを離れられないのでね」
僕の肩に手を置いた。
「よい報告を聞かせてくれたまえよ」
特に二枚目というわけでもないのに格好いい。
そんなわけで僕がお暇する頃には格納庫にあったガーディアンはほとんど出払ってしまった。
ドラゴンを狩りながらの南進。霧が晴れると同時に敵増援部隊を急襲する予定である。
ギルドの人たちの話では大陸と最東端の島の間には橋一つないらしい。味方の船の大半は海を渡ることができるのだから橋の有無などそもそも関係ない。敵地上部隊だけが否応なしにそこで足止めされるのだ。
でも、だからといってそのまま放っておくことはできない。敵にだって両手がある。でかい身体と数の暴力によって狭い海峡を埋めることは難しい作業ではない。
だからこそ制空権を取ることは元より、海の上から包囲戦を仕掛ける必要があるのだ。
先刻まではこちらが優勢だったらしく、その必要もなかったらしいが。
霧が晴れるまでにどこまで撤退させられるか。前のめりになっていた分だけ時間が掛かる。
北側の海岸線を抑えられたとなると、船の脱出経路は海峡より南に限定されてしまう。海原が広がるだけの南側にこちらの拠点はなく、かなり大回りしての後退となる。
視界不良とドラゴンの横やりでさぞや渋滞していることだろうとカー・ニェッキ氏は語る。
霧が晴れたとき、しんがりが普段の倍の戦力をどこまで押しとどめていられるか。バリスタ並みの威力を誇る弓兵の射程から味方をどれだけ引き剥がせるか。
カー・ニェッキ氏から貰った地図の写しには撤退のプロセスが書かれている。増援の動きも書き加えられ、パオロ・ポルポラ氏ならこう動くだろうという予定ラインまで記されていた。
「やはり狙うなら」
「ここ!」
「ナーナ!」
三人揃って敵のど真ん中を指差した。
「一気に劣勢に追い込んでやる!」
地図の縮尺を頭に入れ、『プライマー』の規模を算定する。誘爆の要となるドラゴンタイプがどれだけ残っているかにもよるが、三カ所にお見舞いすれば敵の半分は葬れるだろう。
半日程飛んだ頃、霧が晴れ始めた。大地に重くのし掛かっていた灰色の雲は徐々に背景に溶け込んでいく。
敵の全容が目に飛び込んできた。
「やられた……」
敵が一枚上手だった。
敵陣はいつものような密集隊形を取っていなかったのだ。大陸に繋がる浅瀬の入口を中心に扇型に広く分散していた。
北で受けた過ちを二度は繰り返さないという意思の現れか。部隊を分けてきたのだ。それだけではない。
見渡す限りの大地がタロス兵で埋め尽くされていた。
「何が倍だよ!」
北の砦を襲撃してきた数のおよそ三倍の数が布陣していた。それにあの中央の一団……
一角だけ毛色が違う、黒い甲冑を着込んだような連中が混ざっている。揃って第二形態。まがまがしい魔力を漂わせていた。
「あそこ狙う?」
「ナーナ?」
魔力の固まっている場所となれば当然ターゲットにすべきポイントだ。が、あからさま過ぎる。
あそこに『プライマー』を撃ち込むことはやぶさかではないが、その後起こる事態は? 何を狙っている?
「誘われてる気がする」
「ナーナ……」
ふたりも同意見のようだ。
これだけ散開されると一網打尽にはできない。でもあのまがまがしさから想像するとかなり広範囲を巻き込めるはずだ。
「あの山の陰…… 魔力を感じる」
オリエッタとヘモジが身を乗り出す。
「あっちも」
伏兵か。
ヘモジがニヤリと笑った。
「狙いは僕たちか!」
魔力が漏れてくる程となると伏兵は二択。第二形態かドラゴンタイプだ。だが、第二形態があそこにいる理由はない。仮にゲートを開いて増援を呼ぶにしてもあの距離では遠過ぎる。となるとドラゴンだ。それも相当な数の。
「中央に第二形態…… なるほど。そういうことか」
最東端の島を狙う布陣のなかに、中央を襲撃してきた敵に合わせた包囲陣形が隠れている。
あれはこちらを引き込むための餌じゃない。
巨大なトラップだ。
「スピード勝負だな……」
僕たち三人は舌舐めずりをした。
敵がこちらに気付いたときにはもう僕たちはその空にいない。
『推進補助装置』を稼働した。
そして黒い一団の遙か上空に一気に跳んだ。
「エテルノ式発動術式! 『魔弾・プライマー』 火力最大!」
黒い連中が異変に気付いて、周囲にゲートを開こうとした。
が、遅かった。大地が先に吹き飛んだ。
粉塵が空高く舞い上がり、衝撃波が一帯を襲った。
そして山向こうにも爆煙が上がった。
「オリエッタたちはのろまじゃないから」
「ナーナ」
山の陰からドラゴンたちが夕暮れ時の烏のように真っ赤に燃えた空に次々飛び立っていった。そして何体かは墜落し、山の斜面に激突して新たな粉塵を巻き上げた。
「ゲートを完全に開かせてからやった方がよかったな」
不完全な状態で撃ち込んだせいで未開通のゲートの出口にいたドラゴンタイプまでは巻き込めなかった。
そこまで頭が回らなかった。
「でも今度は狙わせて貰うよ」
ドラゴンタイプが襲い来る。
「こっちの思う壺だよ」
周囲から迫り来るドラゴンタイプは僕にとってはいつ破裂してもおかしくない魔力溜まりと変わらない。ちょっと点火してやれば。
ドーン! と、地表の兵隊をごっそり巻き込んで吹き飛んでくれる。
「ナーナ」
僕は次の獲物を落とすために万能薬を口にくわえた。
「部隊を分けたのが裏目に出たな」
空に空白地帯がいくつもできていた。
高高度に達する『ワルキューレ零式』にはもはやどうでもいいことだが。
ドラゴンはその宙域を埋めるべく、その連中の頭を飛び越え迫ってくる。
こちらはドラゴンを都合よく引き回して、タロス兵の群れの上でとどめを刺した。
「ナーナナー」
流星群の如く勢いでドラゴンたちが地上に落ちていく。そして誘爆。爆砕された粉塵が再び舞い上がる。衝撃が周囲をなぎ倒した。
「ちょっとやり過ぎかも」
「そうだな」
味方にも余り手の内は見せたくない。
「よし、残りはヘモジにやろう」
「ナーナ!」
「僕は魔力切れだ」
僕たちはいたずらっ子のようにくくくと笑った。
ヘモジは大空をドラゴンより我が物顔で飛んだ。
迫り来るドラゴンの数は今までで最高だろう。それを余裕で振り回している。
銃弾が霧の影響の消えた多重結界に突き刺さる。
「ナーナーナ」
弾がなくなった。
「一発ぶち込んだら帰るつもりだったからな」
ミスリルとはい言え『補助推進装置』やその補修材で重くなった機体を軽くする必要があったから『魔弾』で代替できる弾をけちったのだ。
「二十発しかないぞ」
ヘモジは連射ライフルの弾倉を赤い物と入れ替えた。
称号持ちが使うのは勿体ないけどな。
『ドラゴンを殺せしもの』の称号持ちにドラゴンの多重結界は意味がない。特殊弾頭なんかなくてもドラゴンの結界は破れるのだ。
「ナーナーナ」
むしろ使い切ってからがお楽しみか。
ヘモジは敵の攻撃をかい潜りながら確実に落としていく。
「勿体ない!」
オリエッタが叫んだ。
なんのための特殊弾頭なんだか。一体を相手にばらまき過ぎだ。まあ、スコアになってるからいいけど。
ちょうど弾切れを起こしたところで『デゼルト・アッレアンツァ』と『アレンツァ・ヴェルデ』のガーディアン部隊が手前の邪魔者を廃してやってきた。
前線の援護を空からしていればいいのに。
こちらが単機で劣勢に立たされているんじゃないかと心配してくれたのか、ただガーディアンの性能を見極めたいだけなのか。
ヘモジは遊び相手を取られたような嫌な顔をした。
「ナーナ!」
低い声で唸った。
オリエッタと僕は苦笑いした。
「劣勢に立たされていると思われるのは癪だな。ヘモジ、余裕があるところを見せてやったらどうだ」
「ナーナ?」
「銃は捨てるなよ」
「ナーナ!」
この戦況でライフルをバックパックに収めるところを見たら、撤収すると思うだろう。でも、違うんだな。
「ナーッ、ナーッナーァアアア!」
ヘモジが金色に輝いた!
『補助推進装置』全開で一気にドラゴンの群に迫った!
「発光オプションだと思わないよな?」
「ないない」
オリエッタと僕は笑った。
ローリングをかましながら、先頭のドラゴンの首を切り裂いた。続け様三体のドラゴンを落とした。そして次の獲物を狙う。
援軍が今どんな顔をしているのか手に取るようにわかる。
「上から来るぞ」
「ナナーナ」
あげるって言われても。
『魔弾』で吹き飛ばした。
「うわっ!」
忽然と目の前にドラゴンの喉元が!
バキッ。
「あ」
ブレード壊したね?
「ナーナ?」
すっとぼけても駄目!
直したばかりなんだから、ヒビが入ってるわけないだろ!
一旦距離を取った。
「左手一本で頑張れ」
「ナナーナ!」
拳はやめろ!
オリエッタが笑った。
「どんだけ修理させる気だよ」
「おつり来る」
「そりゃそうだけど」
落ちていったドラゴンは『銀花の紋章団』のスコアになる。
「そろそろ譲った方がいいかな。折角の獲物だ。手柄を外部の者に取られるのは面白くないだろう」
「ナーナ」
最後にでか物を狙うようだ。
ヘモジはガーディアンでは追い付けない高さまで飛んだ。
襲ってこないだろうと高を括っていたのだろう。逃げようと身体を捻ったところをヘモジに襲われた。首を掻かれ、眉間に残ったブレードを突き立てられていた。
スーパーモードもちょうど終わった。
ヘモジはコクコクと万能薬の小瓶を飲み干した。
ぷはーと息を吐いた。
「よし帰ろう。用は済んだ」
形勢が一気に変わった敵群はもう大混乱もいいところだった。隊を分けたはいいが、その分指揮系統はバラバラだ。
もはやこちらを襲撃する余裕もない。逃げ道を探すのに躍起だ。
前線が鬱憤を晴らすかのように反撃を開始した。
こちらのドラゴンもほぼほぼ壊滅させたので、僕のために来た連中も引き返して反撃の一翼に加わった。




