合流と霧の夜
この声、聞き覚えがある!
技術集団『アレンツァ・ヴェルデ』の代表、カー・ニェッキ氏だ。
「『銀花の紋章団』のリオネッロです! リリアーナの弟の。カー・ニェッキさんですよね!」
「『銀花の紋章団』? なんでここに?」
「応援に来ました!」
「単機でか?」
何かを言い掛けてやめた。
僕がヴィオネッティーだということを思い出したのかも。
「話は後だ。付いて来なさい!」
霧の上を滑る三機のガーディアンの後ろについて飛んだ。
さすが技術集団。機体整備は完璧だ。駆動音に一切の歪みがない。
それに比べて我が『ワルキューレ零式』はもうガタガタだ。
霧を抜けると足元に真っ青な海が広がっていた。
対岸が見えた。
味方の気配はない。が、敵の気配もない。
「うーん」
地図を見る限り、前線はまだ大分南のようだが……
対岸は大きな島の一部に過ぎず『アレンツァ・ヴェルデ』を中心とした部隊はそのさらに向こうの大陸にいた。
塹壕が張り巡らされた平原地帯に大型船がバリスタを一方向に向けて整列している。
南の守備隊の第二線のようだ。
バリスタが向いている南に、越えてきた島とは別の島が一つ。そこから続々と冒険者たちが退去してきていた。人と物資を満載した中型船が傾きながら今、浅瀬を越えようとしている。
遠くで発砲があっても誰も振り向かない。これが彼らの日常か。
バリスタの先端がじっとこちらを捉えて離さない。
見たことのある『アレンツァ・ヴェルデ』の箱船が陣地の中央にあった。
先を行く機体が箱船の甲板に降りていく。
「おーッ、これが噂の新型かぁー……」
「このパーツなんだ?」
「ボロボロだな……」
団員たちにいきなり囲まれた。
『ワルキューレ零式』が身分証代わりになったようだ。
「俺たちも最新のオプションユニット買ったんだぜ。来年メインガーデンで実装する予定なんだ」
「あんた『ロメオ工房』のマイスターなんだよな? 後でユニット見てくれよ。二、三機調子が悪いんだ」
「このパーツなんだ?」
「これが『スクルド』の次世代機か? 噂では聞いていたけど、やっぱ似てるな。ん、ブレード折れたのか? どうやったら折れるんだ? 強度不足か?」
「『スクルド』の角が取れた感じなんだって? 実際操縦してみてどうよ?」
「俺たちが見ちゃって大丈夫か? 開発中の機体だろ?」
「このパーツなんだ?」
「それにしてもなんでこんなにボロボロなんだ?」
「えーと…… それはですね」
「ここまで何日掛かった?」
「一週間ぐらい」
「そっちの計画は順調みたいじゃないか」
「おかげさまで」
「このパーツ……」
「でも何しに来たんだ?」
「それはですね」
「うわー、何これ、かわいい。子猫ちゃん? あら、尻尾が二本あるわ。病気なの?」
「猫違う! 猫又。スーパーネコ!」
「しゃべった!」
「ナーナ」
「うわぁあ! こっちは念話かよ」
「お前ら人の話を聞けーッ!」
ギルドランク四位、技術オタク集団『アレンツァ・ヴェルデ』の面々には悲壮感がまるでなかった。
情報が伝わっていないのか? 既に対策済みということか?
僕が『補助推進装置』についての説明を始めると、一転固唾を呑んで聞き耳を立てた。
「嵐系の方がよかったんじゃないか?」
当然の質問が返ってきた。
「嵐系は持続力はあっても瞬発力がないんです。それに切りたいときに切れない」
「なるほど、言われてみれば」
「でも嵐系から始めたくなるよな?」
「魔力消費を考えたら、下級から始めるのがセオリーだろ?」
「でもミスリルかぁ。値が張るな」
既に購入する気満々である。
「現状なくても問題ないですし。見ての通り機体の方が保たない」
「調整はこれからだろ? 物になりそうなのか?」
「たぶん」
「でも中央からここまで一週間ってのは魅力だよな」
「情報の伝達速度は戦況全体に影響を与えるからな。そのうち偵察部隊には必須のアイテムになるかもしれないな」
ほとんどの遅れを転移魔法で帳尻あわせしたのだが、言わずにおいた。装置を今の状態で初めから使えていたら、恐らく同じぐらいの時間には到達できただろうと思ったからだ。そもそも転移魔法をヒョコヒョコ使ってきたなんて言えないし。
「それで増援の話は本当なのか?」
「ええ。だから来たんですが、見当たらないみたいですね」
「ここは第二線だからな。海を越えてくるドラゴン退治が主な任務だ。前線は『デゼルト・アッレアンツァ』の筋肉馬鹿たちに任せてある」
「なあ、弟君。無料でいいから、機体のオーバーホールさせてくれないかな? 記録とかは一切取らないようにするからさ」
全員が頷いた。ほんと機械オタクなんだから。
「そうして貰いたいのは山々なんですけど、敵の襲撃に備えないと」
「この霧は明日まで保つから大丈夫だ」
「そうだ! この霧はなんです? 自然のものではないですよね?」
「これは前線が撤収するときに使う結界さ。魔力の都合で二、三日しか保たないけどな」
「それって前線が押され気味ってことでは?」
「君の言っている増援のせいなのか…… 誰か前線の詳しい状況を聞いてこい!」
前線での戦いは一進一退。それを過去五十年続けているわけで、こんなことは日常茶飯事のようだった。霧はそのための備えの一環らしい。
第二線の連中はいつものことと高をくくっていたが、僕の情報が正しければ、敵はいつも以上の規模で前線を押し上げてくることになる。
前線の連中はこの霧のせいで却って全容が見えていない可能性がある。
「増援の規模はどれくらいだ?」
隣にいた奴がこっそり耳打ちしてきた。
「通年の規模と同等だとか」
「それって倍になるってことか?」
「らしいですね」
「で、増援はあんたが一人だけなのか?」
「ナーナ」
ヘモジが自分もいると言った。
ヘモジの強さを知らないギルドメンバーは苦笑いを浮かべた。
ヘモジは黙って床をミョルニルの柄尻で小突いた。
床にきれいな凹みができた。
音に驚いて振り向いた連中は二度驚いた。勿論、苦笑した男も目を丸くした。
ここはガーディアンを収納するためのハンガーデッキだ。特別頑丈にできている。その床が小人の一振りで陥没するなどとは誰も思うまい。
「ヘモジはああ見えて、ドラゴンより強いんですよ」
「でもガーディアンで特攻するのが趣味」
猫が補足した。
趣味って…… まあ、間違ってはいないけど。
前線から来た連中は最前線の後方で兵站を任されていた連中だった。
話を聞いてくるはずが、連れてきたようだ。
「そういやずいぶん焦ってたな。団長にしては珍しいことがあるもんだ」といつもの一時撤退と変わらないと言った後で、言葉を加えた。
『デゼルト・アッレアンツァ』の団員は何かに気付いたようで急に窓に張り付いた。
「他の連中はどうした?」
「順調に戻ってきているぞ」
「何隻戻ってきた!」
「朝からだから三十隻ぐらいだ」
「大型は?」
「いや、中型以上が三十隻だ。大型はその内の三、四隻か」
「そんな馬鹿な……」
団員は立ち尽くした。
「俺たちは補給部隊のしんがりだ。俺たちの前に大型船だけで十隻、中型を含めれば五十隻はいたはずだ」と言った。
半分がまだ霧のなかにいると言うことか。
お鉢がこちらに向いてきた。
「弟君! 君、ドラゴンと戦っていたよな?」
「ええ」
「どの方角から来た?」
「皆さんが来た方角から、あ」
聞かれてその異常さに気が付いた。
「兵隊いた」
オリエッタが呟いた。
「そうだ! あの場所にはタロス兵が既にいて、囲まれるところだったんだ!」
「すぐそこまで敵が来てるってことじゃないか!」
最前線を抜かれたわけではないと思うが、確かに……
「あの数は斥候か、はぐれた連中だと思うけど……」
「斥候を出せる位置に部隊がいる可能性がある」
「霧が晴れたら」
「挟まれる!」
「でも海がある!」
「ドラゴンは? あれで全部だったか?」
「見たのは三体だけですけど。霧が深くて」
「三体だけってことはないよな」
この霧ではなんとも。
でもいたとしたら当然それらはもっと南の撤収部隊の側面を狙っている可能性が高い。
「霧を張ったのは時期尚早だったか」
「そうしなきゃ、脱出はかなわないと前線が判断したんだ」
南の全権は『デゼルト・アッレアンツァ』のパオロ・ポルポラ氏が便宜上持っている。ギルドに所属していない野良の冒険者たちも皆、彼の指揮下に入る決まりになっていた。その彼が必要があって命令したのだ。
『アレンツァ・ヴェルデ』が空を『デゼルト・アッレアンツァ』が陸を主に受け持っているのは兵装の違いからだ。
この霧が敵の発見にマイナスに働いていることは事実だった。
霧に乗じて撤収するはずが、今は敵に利用されて襲撃を受けている。
いや、本番はこれからだ。
「出撃するぞ! 飛ばせる者はすべて上げろ!」
カー・ニェッキ氏が号令を掛けた。
撤収を邪魔しているであろうドラゴンの討伐だ。
結果、僕のガーディアンの無料修理は立ち消えになった。
自力で修理することになったが、工具も資材も自由に使っていいということなので、甘えさせて貰うことにした。代わりに壊れたコアユニットを修理することにする。
術式がこれでもかと施されているコアだけは、工房以外の者が手を付けることができない。勝手してセキュリティーを起動させでもしたら丸ごとおじゃんになるだけではない、今後の取引すべてがなくなるのである。ロメオ爺ちゃんと大伯母がアイシャさんまで巻き込んで、ハイエルフでも一見さんお断りのとんでも術式を施したのだから、突破はまず不可能だ。世代が変わる度に改訂もしているので、噂では『魔法の塔』も匙を投げたらしい。
「セキュリティーを突破してしまえば後は簡単だ」
コントロールを立ち上げたら終わったようなものである。
ユニットはゴーレムコアのコントロール下にあるから魔力さえ注げば自己修復してくれる。補充だけならパンク状態の僕でも問題ない。タイタンを丸ごと修復することに比べたら魔力消費は微々たるものである。
術式が断絶してしまって、自己修復がかなわない部分だけ手を加えた。
再起動してエラーが出なければ完了だ。
『ワルキューレ零式』の修理が終わったのは暗くなってからだった。
その間、予想は現実となり、ドラゴンの骸と一緒に亡くなった人の遺体が次々運ばれてきた。
あの時遭った一団は斥候であり、迷子だったわけだ。
僕は一仕事を終え、宛がわれた柔らかいベッドに転がった。
本番は霧が晴れたときだとカー・ニェッキ氏は言った。
約束するよ。僕が単機で乗り込んできた理由を見せてやると。
喧噪のなか、遠くでむせび泣く声が聞こえる。家族連れか……
こういう日は耳がいいことを呪いたくなる。何が起こるかわからない夜であるから消音結界を張るわけにもいかない。
僕はヘモジとオリエッタを抱きしめたまま、頭から毛布を被った。




