遭遇
次は魔力消費の改善だ。
と言っても使う魔法も威力も決まっているので、基本的には変えられない。導線を効率化させるだけだ。継ぎ接ぎしてきた術式の整理、かぶった記述の削除と単純化。調整によってずれたタイムラグの修復。どれも自分で書いてるのだから、限度がある。
残る課題は発動間隔の最適化のみ。機体の状況に合わせて推力にリミッターを掛ける作業だ。ゼロからいきなりトップスピードなどという無謀を起こさせないための仕組み作りである。段階を踏んだ加速アシスト。最終的にはコアに覚えさせたいところである。
今思い付く課題はそれくらいだ。
六日目にして頭に靄が掛かり始めた。
まずい状況だ。魔法を使い過ぎたようだ。
頻繁に変数を変えての作業がいつも以上に負担を掛けさせたようだ。集中できない。脳みそが煮詰まり掛けている。
旅立つ前から傾向はあったが、いよいよパンクしそうだ。
この日は転移せずに眠りを優先させた。
明日はいよいよ予定ポイントに到着する。遅れは出るが、遭遇戦もあり得るので万全の態勢で臨みたい。
七日目。爽快な朝を迎えた。
が、海岸線は霧に覆われ、目視が難しくなっていた。珍しいことがあるものである。
スライムになり掛けていたふたりは一瞬、見慣れぬ気象現象に元気を取り戻したが、何も見えないのだから見ていて楽しいものではない。飽きると保存箱を覗き込んで朝食を漁り始めた。
「まだ少し頭が重いな……」
敵の前進もこの天候で止まっているだろうか。
遅れを取り戻すべくスタートダッシュを掛けるつもりが、完全に予定が狂った。
休むわけにはいかない僕たちは、朝食をおざなりに済ませて鼠色の景色に飛び込んだ。
朝の爽快感は濃い霧と混じり合って霧散した。
精神疲労とでもいう奴がまたぶり返してきた。
霧のおかげで普段無意識に展開している結界を意識させられたからだろう。頭が混乱した。術式の平行処理がおぼつかない。初心者じゃあるまいに。
推進装置に気をやると、結界が薄くなった。慌てて結界に気をやると、今度は機体が揺れた。
「はぁ」
魔石で代替しよう。
結界は機体に委ねた。
操縦に集中だ。
僕は何度も首を振った。
このまま戦闘状態に入って戦えるのか? 別の焦りが心の隅に湧き出し始めた。
休憩を取るためにそろそろ高度を下げることにした。
沈殿した霧の影響を受けていない高台を探した。
こんなに晴れないものか?
「何も見えない」
オリエッタも心配そうに周囲を見渡す。
海流のせいか? これが当たり前の天候なのか?
いや、だったらもっと植生は豊かなはずだ。
この霧は特別だ。
諦めて霧のなかに降りた。
湿気を払い大きく息を吐いた。
視界はゼロ。敵の予想ルートはまだ先だけど、こう霧が深いと…… どこで遭遇してもおかしくない現状、僕たちは警戒を強いられた。
「ん?」
気分が晴れた? 今ぼやけていた感覚が戻ってきた気がした。
「スッとなった」
オリエッタもきょとんとしている。
「具合悪かったのか?」
「モーっとしてた」
「もー?」
「ムー?」
首を傾げた。
「なんとなくわかった」
これはもしかして……
「精神操作系の結界か何かか?」
オリエッタにまで影響を与えるとなると相当強力だ…… 「モー」であれ「ムー」であれ。
問題はどちらの勢力のものかということだ。
タロス側の仕掛けだとすると大変だ。人類側は魔法を封じられることになる。
人類側の仕掛けだとすると、魔力が生命線のタロスの動きは相当緩慢になるはず。
どちらにしても今の僕には最悪の仕掛けであることに変わりないが、味方側の仕掛けだとすると、この霧を排除するわけにはいかない。
「これが罠だとすると、ここはもう戦闘エリアということになるんだけど」
味方の位置が把握できないと殲滅級の大技は使うことができない。
「この霧から出よう。このままじゃ、敵と遭遇しても何もできない」
ズン! 地面が揺れた。
「タロス!」
オリエッタが自分の口を塞いだ。
「近くにいるのか!」
この霧! 探知系のスキルまで妨害するのか。
ヘモジがミョルニルに手を掛ける。
湿気が増えれば嗅覚が増すものと高をくくっていた。
改めて臭いと音を頼りに周囲を探る。
オリエッタとヘモジに指で合図する。
敵の数は三体だ。本隊からはぐれた連中か、斥候だ。
『ワルキューレ』をオリエッタに任せて、一人一体ずつ片づけることに。
全員位置に付いた。オリエッタの発砲と同時に一斉に襲い掛かる。
光った!
唸り声と共に足元に振動が。
続いてタロスの断末魔の叫び。
「ナーナ!」
ヘモジの声だ。
僕も霧のなかから浮かび上がった頭を打ち抜いた。
周囲から一斉に叫び声が上がった。
「こっち!」
『ワルキューレ』が地を這うように飛んできた。
ヘモジは既に手のひらに載っている。
僕も急いで飛び乗った。
「囲まれてた!」
高度を上げて包囲網を突破する。
僕とヘモジは急いで操縦席に乗り移った。
『ワルキューレ』が乱した気流のせいで霧が一部薄くなった。そこへ敵兵がゾロゾロと。
霧のなかに大量の影が蠢く。
上空から狙撃を繰り返すが、当たっているのか。
「くそ」
どこに行けばいいんだ。味方は!
気配は敵の物ばかり。
的になるかも知れないが、高度を上げて霧の上に出るか。
「あ」
見上げた空に鱗のきらめきが。
「やばい! 来るぞ!」
「ドラゴン!」
ドラゴンタイプが三体、こちらに気付いて降りてきた。
既にブレスを吐く気満々だ。
制空権まで敵の物か!
「ブースト!」
『補助推進装置』を使ってブレスの軸線を外しながら急上昇。
「ナーナ!」
ヘモジが『ワルキューレ』の主導権をオリエッタから譲り受けると、ライフルを連射した。
敵の結界が輝いた!
が、あっさり貫通し、肉片が飛び散った。
「霧の精神障害が効いてる!」
僕と同様、集中力が散漫になってるんだ。
頑強を誇るドラゴンが蜂の巣になって落ちていく。
が、このまま霧のなかに隠れられると再生されてしまう!
「ナーナ!」
『魔弾』をぶちかませと、ヘモジが目で訴えてきた。
何? 不甲斐ないご主人様の尻を叩くつもりか?
ちっこい癖に生意気な。
わかったよ。やってやるよ。
落下するドラゴンに『魔弾』を放った。
エテルノ式発動術式。弾道のない魔法が忽然とドラゴンの喉元で炸裂した。
ちぎれた首が霧のなかに落ちていく。
「ブレス!」
オリエッタが叫んだ!
上空からの一撃が結界をかすめた。
でも、威力がない。魔石の減りが普段の半分だ。
「突っ込んでくる!」
「ナーナッ」
ヘモジがブレードを構えた。
また接近戦か!
ヘモジが目を輝かせた。
真っ正面からぶつかった。
やると思った!
ブレードがドラゴンの眉間に突き刺さっていた。結界勝負はこちらに軍配が上がったようだ。
「あれ、ライフルは?」
さっきまで持っていたライフルはどこ行った?
「ナーナ!」
落ちていく頭を蹴飛ばしてブレードを引き抜くと、手を天にかざした。
空からライフルが不規則な回転をしながら落ちてくる。
「ナナナ!」
そうなるわな。
颯爽と手のひらにグリップを収めるつもりだったのだろうが、世の中そこまで甘くない。
銃は腕をすり抜け、地上に落ちていった。
「ナーナ!」
ここで『推進補助装置』を使うか!
一体を残して降下した。
ライフルに追い付くと抱えるようにしてホールドした。そしてそのまま霧のなかに。
残った一体がでっかく空いた隙を狙わないわけがない。
ブレスによって霧が薙ぎ払われた。
「ナーナ」
霧のなかで身構えるタロス兵をやり過ごして、そのまま急上昇した。
こちらの結界は減衰することなく正常に機能している。
とどめは僕が――
「『魔弾』」
「あ!」
「ナ?」
空から降ってきた銃弾がドラゴンの頭を吹き飛ばした。
特殊弾頭!
「どこの者だ! 撤退命令が出ているはずだぞ」
ガーディアンが三機、空に浮いていた。
前回の続き。取り敢えずフォントを切り替えて修正待ちすることにしました。




