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『ロッキングウィル』の場合

 応募者が多いので『石の意思』のメンバーが相手するのではなく、力の釣り合った応募者同士で対戦する形式を取るとアナウンスがあった。実績も加味して最終的に勝者から十名を採用するそうだ。

 解体作業者や雑務の欠員などは既に実地と面接で決まっているらしい。

 隣に座った事情通のお客の話では、鑑定能力のある目利きを一番欲しがっているのだそうだが、今年は空振りだったとか。『認識』スキルを持った者は余りいないから、門戸は常に開かれているらしい。

 実はうちのオリエッタ、スキル持ちである。

 我が家でも一時騒然となったが、そもそも物を知らなければ役に立たないスキルなので、生まれてまだ間がなかった本人には有り難みの薄いスキルだった。

 一度でも認識したことのある事象であれば、本人の意思とは関係なく、記憶領域から情報を引き出してくれる便利なスキルだ。なので、辞典でも図鑑でも兎に角、読みあさることが重要である。冒険者なら『魔獣図鑑』は必読だ。そんなわけで読書と商店巡りは必須である。

 僕がガーディアンのカタログなんかをよく好きで読んでいるせいで、オリエッタもガーディアンに関しては頭でっかちだ。


 一回戦が始まった。

 ルールは武闘大会のものが適用されるそうだ。武器と防具は模擬剣など募集側が用意した物から選択。アクセサリーは付与付き持ち込みありである。直接相手にダメージを与える魔法行為は不可。武器や当人に付与する身体強化型や属性付与型の魔法はありだ。

 タロス相手に『装備破壊』もないもんだが、対人戦ではすこぶる有効だ。あと『結界砕き』 対人戦の定番スキルだ。ドラゴンや精鋭タロス相手にも有効であるため、持っているだけで一歩先んじることができるだろう。

 観客席に結界が張られないところをみると、最初の対戦は魔法スキルに乏しい者同士の一戦であるようだ。

 地味な剣術による勝負となった。

「騎士を採用するんわけじゃないんだがな」

 隣りの客が愚痴った。

 双方決着が付かず、時間切れになった。と同時に隣りの客が溜め息をつく。

 二回戦、三回戦と続き、イザベルに「なんだ、自分のレベルでも結構やれそうじゃん」と思わせてしまっていると、事態は急変。単純に物理馬鹿なのだが、恐ろしく切っ先の速い奴が現われた。四回戦、開始数秒で相手を吹き飛ばし、戦闘続行不能でけりを付けた。

 隣に座って愚痴っていた客がぽかんと口を開けたまま固まった。

「採用ですかね?」

「あ、ああ。とんでもない掘り出しもんだ」

「見えた?」

 オリエッタがイザベルに容赦なく尋ねた。

「見えることと、回避することは違うわよ……」

 イザベルの目に真剣味が戻ってきた。

 彼女も初見だったら、倒れている冒険者同様、避けることはできなかっただろう。

「装備付与、速さに極振りですかね」

 ソルダーノさんが商人らしいコメントを述べた。

「動きがこなれてる。『装備破壊』を気にしていないようですね」

 この手の対戦では『装備破壊』で相手を弱体化させるのが定石である。大抵の者は壊されても諦めが付く程度の付与装備しか身に着けてこないものだが。ガチで本番装備をしてくるというのは余程腕に自信があるのか、金持ちか、ただの馬鹿である。

「ヘモジは見えた?」

「ナーナ」

 ヘモジは大きく頷いた。

 マリーは見えなかったようだ。ヘモジに同意を求めたが、ヘモジには見えている。こいつ自体、超速リオナ婆ちゃんに匹敵するスピードスターなのだ。スーパーモードとかいう、エテルノ様直伝のおかしな能力付与を使えばだが。

 五回戦からはまた平凡な戦闘に逆戻りした。そして残り二戦となったところで、客席に結界が張られた。いよいよかと客たちが身構えた。

 魔法を加味した戦闘が始まる。

 戦闘開始と共に一陣の風が巻き起こり、対戦者の一人が高く空に舞い上がった。

「上まで結界張ってないよね」

 僕は暢気なことを言いながら、万が一に備えた。

 見慣れた付与効果が剣先に宿った。

「『一刀両断』!」

 発動したが最後、すべてを切裂くこと間違いなしの必殺スキルだ。勿論、人を直接狙ってはいないだろうが、防御してくる剣とそれを握る腕は叩き折る気だ。

 後方に風の渦を発生させ、急降下!

 ガーディアンも使わず、空中戦かよ!

 相手の懐に飛び込んだ!

 勝利が見えた。が、吹き飛んだのは攻撃を仕掛けた側だった。

「これは……」

 本来であれば勝者は吹き飛んだ男の方である。剣などではなく、対戦相手本人を斬り付けていれば勝利は彼のものだった。が、模擬戦において殺生は禁止だ。手を抜いた結果、剣を犠牲にした相手に、カウンターの重い掌底を食らったのだ。一瞬の攻防。両者一戦級の冒険者であることは間違いないが、選考条件は勝利することだ。主催者側がどう判断を下すのか。彼程の腕なら他の『箱船』でもやっていけるだろうが、逃がす手はない。

「どうするのかねぇ……」

「勝負は時に残酷だ。冒険者って奴は一瞬で狩る側と狩られる側に分かれちまう。これが本番だったら、今日負けた奴らに悔しがる時間はなかったはずだ」

 隣りの客が僕の何気ない一言に答えた。

「ルールが足枷になると分かっていたなら別の手を探すべきだったとは思わないか? 彼はそれを探す努力を惜しんだ。己の勝利の方程式に固執したんだ。そうだろ? 慢心って奴だ。勝敗より中身が重要だとか言う奴もいるがな。運ってのは、日頃の努力やその日の体調や状況や、敵の都合の諸々も含めて、すべてをひっくるめたとき、わずかにでも己が勝っていたときに手に入る勲章みたいなもんだ。大事なんだぜ。何せ本番は一方通行でやり直しが利かないからな。『相手がドラゴンだったから負けました』なんて言えるか? 『敵のレベルがあと十低ければ、誰も死ななかった』なんて棺桶を前に言えるか? …… まあ、なんだ。そもそも腕のいい連中を揃えて、レベルを上げてから挑めって話ではあるんだがな…… 要は主催者の勝手だ。思い込みだ。だがそれがギルドのカラーってもんだろ? 狩りなんかそっちのけで、きれいどころをはべらせてハーレム気取ってる奴もいるしな」

 万年ランキング二位のブリッドマンのことである。

 僕は思わず吹き出した。

 元々やんごとなき大家の倅で資本が充実しているせいもあり、美女に釣られてかは兎も角、結構腕のいい連中が集まっていた。ロメオ工房のお得意様でもあるのであまり大きな声では言えないが、一言で言うなら、彼は周囲に過大評価されてしまった変わり者である。

『金持ちこそ前線で戦え!』の著書は有名で「前線で戦う者たちの現実(リアル)を知れば、金の使い道に迷うことなどないはずだ」という持論の持ち主である。

 一見、鷹派の急先鋒のように思われるが、実際はただの兵器マニアである。


「よくわかんなかった」

 マリーが解説を求めてきたので、わかり易く説明した。

 上空から振り下ろされたあの強力な一撃をいなした技量こそ、修練の賜物だと。


 最後の一戦は足技を多用した追いかけっこになった。イザベルがタロス三体とやっていたことを思い出す。お互い相手を捉えきれずに、すれ違いを繰り返していた。

 やはり実戦と勝手が違うのだろう。魔法を絡めながらも、お互い決め手に欠いてやりづらそうにしていた。

「スタミナ勝負か」

 ミスでもしない限りこの均衡は崩せない。

「ナ、ナ、ナ、ナ……」

 ヘモジがリズムを刻み始めた。

 わざとか?

 回避リズムが単調になり始めていた。

「ナーナ」

 ヘモジも訝しむ。

 どっちの仕掛けだ?

 それがわかる瞬間が来た! 一気に加速した一撃が単調なリズムを切裂いた!

 だが、飛び出す瞬間を狙われた。

 後の先。単調に刻まれていたリズムに乗せられることなく対戦者は辛抱強くこらえていた。

 両者の剣が砕け散った!

 お互い無茶をした。正しい位置で剣を受けきれなかったのだ。

「『装備破壊』?」

 ソルダーノさんが呟いた。

「いいや、ありゃ、ガチだ」

 隣りの客が唸った。

「そこまで!」

 引き分けの判定が出た。

 イザベルは黙り込んで、健闘を讃え合う両者を見下ろした。

 その顔には悔しさがにじみ出ていた。

 姉さんに見せてやりたいと思った。あの顔を見れば、採用したくなるに違いないと思ったからだ。

 己の非力を知り、悔し涙を浮かべる……

「いつか勝者になる目だ」

 隣りの客が囁いた。

 そして客は壇上の部下に手を振ると、席を外した。

『石の意思』代表。ランキング五位。ソール・ルカーノ氏、本人であった。

 引き分け組も含めて十六人の勝者が二回戦に進み、八名がまず確定した。

 残り二席を求めて、負けた八人による敗者復活戦が行なわれようとしていたが、退場者や棄権者が半分いて、二試合のみとなった。


 それでも予定より遅くなってしまったので食堂には入らず、露店で買ったケバブサンドを頬張りながら、次の会場に向かった。

 次のトライアウトは町の外の砂漠で行なわれる。送迎用のホバーシップが港から出るので、僕たちは急いでそれに乗り込んだ。

 定刻通り、二百人近いお客を乗せた船が町の大門を通り過ぎる。



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