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南へ 向かうは我一人?

「どこまで後退することになるか……」

 テーブルの上に広げられた地図には中海の海岸線が北端から南部の浅い海峡まで記されていた。

「中央を諦めた連中が転進したとか?」

 全員に頷かれた。

 一群が転進したルートを副団長が指でなぞった。

 それはあからさまな転進だった。

 規模は僕たちが倒しきれなかった北からの一群に匹敵すると、副団長は言った。

 幸い僕が見送った連中とは別動隊だったが、こういったものはどこかで必ず繋がっている。倒しておけばよかったと、できもしなかった癖に一瞬、頭をよぎった。

 それにしても先の戦闘の裏でまだこれだけの規模が動いていたとは。もしこの一群がそのまま来襲していたら…… タロス側にとって、今回の襲撃の奥の手になるはずだった駒だ。

 姉さんも大伯母も読めていなかっただろう。

 僕たちが北からの襲撃部隊を早々に追い返したことで、こちらの戦力を見誤ってくれたことが幸いしたようだ。

「確定だな」

 この計算し尽くされた緻密な侵攻パターンは偶然のなせる技じゃない。宰相クラスの策略家が寝ずに考えて偶然ひらめくレベルの計略だ。

 何よりこの機転の早さ。この位置だと、まだ初動段階だったはず。最初の一手を仕損じた段階で動いていたことになる。僕たちが敵の根城を落とした後ならいざ知らず…… はなから織り込み済みだったのか……

 これが本能のなせる技ならもう笑うしかない。

 あのゲートキーパーとがっぷり四つに組んでいる段階で普通じゃないとは思っていたが。

 人類が橋頭堡を悉く潰されてきたのも然もあらん。


 だが、これで敵の底も見えた。これも策略の一部でなければの話だけれど。

 敵に十分な数がいれば、ここは転進ではなく、計画通り前進させるべきケースだ。砦側の勝敗を抜きにしても姉さんたちの戦力を大きくそげたはずだ。

 どちらにしてもまだこちらの劣勢は変わらない。地の利を生かしてかろうじて互角に持ち込めているにすぎない。

 もしこのままズルズル内側に食い込まれるような事態になったら、中海の制空権の半分がドラゴンタイプの手に落ちる。僕たちの作戦が土台から崩れることになる。

 敵策士の思考とし、劣勢になるほど盤面を広げ、失敗を局地戦に落とし込もうとする傾向が見える。

 でもそれは優位性の裏返し。追加で投入できる戦力があればこそ、できた選択だ。

 それができなかった。つまりそういうことである。


「どうりで最近、襲撃がなかったわけだ」

 結界のせいだけじゃなかったんだな。

「このままでは補給線が心配だ。そこでだ」

 北の防衛戦でやったことをもう一度やってこいと言う。

「敵のゲートに飛び込めと言っているわけじゃないぞ」と大伯母に釘を刺された。

 要するに補給線のつぶし合いをしてこいと言うのである。

 しかし、どんなに速い船でも半月を要する強行軍だ。とても間に合うとは思えない。

 だから出番なわけだが。

 以前、僕が高速船を造りたいと言っていたことを、大伯母はしっかり覚えていたようだ。

 敵の射程に沿海の緑地帯が入らないことを切に祈るばかりである。


「幸い素材は幾らでも転がっている。この際だ。何を使っても構わない」

 廃船でも必要なら動いている船でも徴発して構わないから急いで準備しろと、気前がいい。

 てっきり転移魔法で行ってこいと言うのかと思ったが、これはもしかしなくても好機。

「一週間だ」

 制作日数込みでと、凄まれた。

 無茶振りだった。

「無理なら別の手を――」

 やらいでか!

 温めていたアイデアを実践するときが来たのだ!

 ふふふ。材料使い放題。

 迷宮で素材が取れるまでお預けかと思っていたが、無茶が効くならやらせて頂こう。


 以前から考えていたことがある。それは銃の応用である。

 銃と弾丸の組み合わせはこの世界で最も速く物体を移動させることができる手段の一つである。故に規制も多いが、原理は踏襲できる。

 質量の後方で『爆発』を起こし、その反作用で弾丸を飛ばす。

 これを船に応用できたら。

 でも船を巨大な筒で撃ち出すなんてことは考えてくれるな。そんなことをすれば船は木っ端微塵、乗組員に明日はない。そもそも筒は置いてきぼりになるし、帰りはどうする?

 そこで僕は考えた。

 筒の方になればいいんじゃないだろうかと。

 経験則から考えて『爆発』による反作用は本来、弾だけではなく銃に対しても発生しているはずである。石を石に投げ付ければ、当たった石は弾かれる。が、当てた石も弾かれるのである。それが道理というものだ。世界はこの手の相互作用で満たされている。

 にもかかわらず、魔法という特異性は術者の存在をすべての中心、起点に据えることができる。そのため、あるはずの反作用を無視できるわけだが、これもまた現実である。

 それこそが魔法だと言われる所以でもあるわけだが、それでも乗ってる船に反作用は適応される。結界などで覆っていなければ間違いなく木っ端微塵。そしてその破片で魔法使いも怪我をする。下手したらあの世行き。いや、逝かない方が奇跡だろう。

 ドラゴンはブレスを吐くとき身構える。羽を大きくばたつかせる。それはブレスの反作用があるからだ。ではブレスは魔法ではないのか、と言うとそうではない。魔力の減衰は間違いなく起こっている。

 では腹のなかで生みだされる炎はどこまでが魔法で、どこからが魔法ではないのか?

 魔法によって生み出される『爆発』と坑道災害などで起こる爆発との違いは何か?

 魔法使いなら後者にも影響を及ぼすことができるが、よくよく考えれば、それは新たに放った魔法によるカウンターに過ぎない。

 堂々巡りのなかで煮詰まった僕は考えるのをやめた。

 実践してみればいいだけの話である。

『原理、原則は後から付いてくる』

 爺ちゃん夫婦の持論である。

 そこで簡単な手のひらサイズの実験装置を造った。

 仕組みは銃の原理を逆さまにしたようなものだ。試験管のような先の閉じられた筒の内側に『爆発』を発生させるのである。

 閉じている先端を上に向け、平らな面に固定する。そして爪の先程の小さな『爆発』を筒の内側に放つのである。安全のため、筒が暴れないように周囲を覆ったが、結果に及ぼす影響がないように距離は離した。

 

 筒がびっくりしたバッタのように跳ね上がって、天井に突き刺さった!

「あらぁあ…… 外でやればよかったな」

 モナさんの工房の高い天井に穴が開いた。

 想像通りの結果になったが、穴が開いたのは想定外だった。でも、これは魔力による誘導ではない。魔法が筒に影響を及ぼしたわけではない。術式によって天井までの軌道を設定したわけでも、魔力で運んだわけでもない。

 それは『爆発』魔法が起こした現象の反作用に過ぎない。

 やばい臭いがぷんぷんする。

 問題は爆発の威力に対する容器の強度や、推進ベクトルのコントロールだ。

「どう考えても船は無理だ」

 地面をえぐる程の大爆発が必要になる。そして急加速が搭乗員を押しつぶす。

 緩やかな加速……

 あくまで補助システムとして使うことにすれば可能かも。ゼロからいきなりトップスピードというのがよろしくないわけだから。

 複雑な機構を考えている時間的余裕はない。物は単純でなければならない。

 推力は『爆発』の規模を変えることで、調整できるだろうが、まっすぐ飛ばすというのは存外難しい。方向舵が必要か?

 材質はどうする? 最低でもミスリルがいるな。というか、それしかない。



 そして翌朝。

 夢のなかで爺ちゃんに会っていた気がする……

「これが新しい『補助推進装置』です!」

 大伯母たちの前で先行的にお披露目する。

「ノズルの先端を細くすることで効率よく高速気流を発生させることができます。これにより従来にない方法で推力を発生させることが可能になりました。従来の『浮遊魔方陣』の補完機能として機能するはずです」

「理屈はなんとなくわかった。で、この穴は必要か?」

「空気の取り入れ口ですから。実はこの装置の肝なんですよ。このシャッターが逆止弁になっていて。推進方向から入ってきた空気を閉じ込める役目をしてるんです。でも爆発に耐える強度がなかなか」

「あー、細かい話はいい。後で書類にして提出しろ。うまくいったら『魔法の塔』に申請してやる」

「なんでガーディアンなの?」

 ラーラが言った。

「そりゃあ、船を動かすとなるとそれだけの威力が必要になるからだ。頑丈な容器を造るだけでいくら掛かると思う? ガーディアンなら姿勢制御もできるし、推力の調整も肌感覚でコントロールできる、はずだ」

「試したのか?」

 僕は港区から上層への上り坂の途中を指差した。

「ガーディアン一機、お釈迦にしちゃいましたけどね」

 壁の石垣が一部破損していた。

「わたしの『スクルド』じゃないでしょうね!」

「まさか、壊れかけのポンコツだよ。部品取りでモナさんが買い取った奴」

「で、間に合うのか?」

「今日中に僕の『ワルキューレ』に取り付けて、続きは移動しながらかな」


 かくして明朝、南下作戦が決行される運びとなった。

 僕の『ワルキューレ零式』に装着されたパーツは後に『ガルーダユニット』と呼ばれ、次代の飛行型ガーディアンのオプションとして人気を博すことになる。だが、このときはまだ制御もままならないじゃじゃ馬だった。

 モナさんは早速、お金を貯めて、自分のガーディアンに取り付ける気でいた。

「わたしの機体もいよいよ飛ぶときが来たわね!」

 だそうだが、恐らく跳躍の距離が伸びるだけになるだろう。

『爆発』魔法をどう自動化するか、吸気との兼ね合いを考えながら術式を考える必要がある。

 商品として売り出すのは大分先になるだろう。なので、『ロメオ工房』にも打診しておいた。「試作品、できたらよろしく」と言葉を添えて。

 今は自作のポンコツに頼るのみである。

『補助推進装置』の固定はあえて行わず、腰の鞘の位置に来るように着脱可能なベルトを巻くことにした。これで鞘を握るようにして、ノズルの向きをガーディアンの両手で制御できるわけだ。

 元々、近接武器はガントレットに仕込んだブレードだけだ。腰に取り付けても何の問題もない。

 後は姿勢制御をちゃんとガーディアンがやってくれるかどうかである。

「僕たちの持ってるお金でガーディアン買える?」

 子供たちがモナさんと中古の買い取り交渉を始めた。



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