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閑話 第二回 子供会議(アイスクリームは勝利の味)

「おやつは?」

「よく食べる気になるわね」

 保管庫のなかのお菓子の棚を漁るヴィートにニコレッタが苦言を呈す。

「ニコレッタは諦めたの?」

「諦めてないわよ! 時期尚早だと思っただけ」

 他の子供たちは何も言わない。

「ヒドラって…… ドラゴンより強くない?」

「なわけないでしょ!」

「侮ってたわー」

 ジョバンニが天井を見上げた。

「でも、あれでも弱い方なんだって。オリエッタが言ってた。エルーダの九本首のヒドラはレベルが五十もあるんだって。身体ももっと大きいんだって」

 マリーがヴィートのおこぼれに預かろうと後ろから棚を覗き込む。

「でもあっちは一体ずつしか出てこないし、五本首は普通にレベル三十代らしいよ」

 ヴィートが物色しながら言った。

「ここのはいくつだったの?」

 ニコロがコップを並べながら尋ねた。

「三十五。説明聞いてなかったのかよ」

 ジョバンニに突っ込まれた。

「圧倒されちゃって」

「どっちに?」

「師匠たち」

「あの結界、凄かった…… 五層結界だったけど、結局一枚も剥がされなかった」

「ヒドラ戦にいらないからマネするなって言ってた」

 マリーが言った。

「わたしたちに見せるためだって言いながら、ずっと受けてたもんね」

「むしろ攻めてた気がする。最後ヒドラの方が嫌がってたし」

「あれはヒドラの動きをしっかり見なさいって言ったのよ! 師匠の結界見てどうすんのよ」

「わかってるよ」

「ラーラお姉ちゃんも普通じゃなかったわよね」

 フィオリーナが筆記用具をテーブルに置いた。

「王女様の動きじゃなかった。あれは鬼!」

 カテリーナの台詞にニコレッタが吹いた。

「九本首の攻撃を見切りながら、一本ずつひたすら切り落としてるんだから」

「再生のタイミングを掴めって言われてもさ。あんなマネ怖くてできないよ」

「いくら猛毒を完全中和できるって言ってもあの牙に噛まれたらさ」

 ニコロとミケーレがぶるっと震えた。

「でも、おかげでタイミングは掴めた」

「あれだけ見せられたらね」

「あった!」

 ニコロとマリーは一番下の棚の隅にクッキー缶を見つけ出した。

「……」

「これいつの?」

「保管庫に入ってるんだから大丈夫だよ」

「あ、それ」

 トーニオが開けるなと言ったが、遅かった。

「オリエッタが置いていったやつだ。見付かると没取されるからって」

「パンケーキ……」

「タルト…… 果物(フルッタ)(フラーゴラ)の…… ミルフィーユ」

「プリン……」

「全部食い掛けだ……」

 ふたりは黙って蓋を閉じた。

「他を探そう」

「で、なんの話だっけ?」

「ふたりは凄いって話し」

「僕たちより幼い頃から一緒のパーティーで戦ってたって言うからね」

「阿吽の呼吸だよね」

「ヒドラの強さも怖さもわかった。師匠たちが何日も付き合ってくれたんだ。頑張らないと」

「うん。できるよ!」

「僕たちだって」

「わたしたちだって」

「じゃあ、具体的な作戦を考えようか」

「その前に…… 何かないの?」

「アイス製造器ならある」

「ミルクがないよ」

「あんなにあったのに……」



「攻撃班、一列横隊!」

 子供たちがビシッと一列に並んだ。暗闇の洞窟に煌々と光の球が浮かぶなか、子供たちの長い陰が背後に伸びる。その地面が子供たちの足元から周囲へと、整地され平らになっていく。

「ほう……」

 細やかな気遣いに付き添いの一人、バンドゥーニが感心する、と共に不安を覚える。開戦前に魔力が枯渇するんじゃないかと。

「魔法詠唱!」

 ヒドラが怪しい一団に警戒しながら、光源に近付いてくる。

「守備班、障壁展開! 三歩前へ!」

 ヒドラが荒波のように首をうねらせ、子供たちを威嚇する。

「来るぞ!」

 鋭い顎が大気を引き裂き、地を這うように襲いかかる!

 真っ赤な眼光と臭い息が子供たちのすぐ前に!

 がんと頭が衝撃に襲われ、あらぬ方にねじれた。

 ジョバンニの攻撃的な結界に叩き落とされたのだ。

「連続して来るぞ!」

 もう動きは見切っているとばかりに、打ち付けてくる頭をその都度、弾き返した。突破されても別の結界がカバーに回り、完全に防ぎ切った。

「今だッ! 撃てーッ」

 九本出揃ったところで『爆炎』魔法を一斉に撃ち込んだ。

「一本も残すなーッ!」

 トーニオが叫ぶ。

 フィオリーナが風を巻き起こして爆炎を払った。

「守備班、後方牽制ッ! 攻撃班とどめだ!」

 無数の攻撃魔法が二体のヒドラに放たれた。

 首のないヒドラには『ヒドラの心臓』めがけて一点突破、後方の一体には牽制に『氷結』魔法が斉射された。

「破壊確認ッ! 首、確認なし」

 心臓をなくしたまま再生が間に合わなかった手前のヒドラはそのまま崩れた。

「包囲陣形!」

 二手に分れて残った一体を包囲しに掛かる。

 先頭はいつでも心臓を狙える距離に陣取った。

「近寄り過ぎるな!」

 九本の首がちょうど一人一人にマッチアップする。

「行くぞッ!」

 魔法が悉く蛇頭に命中する。

 半分が吹き飛び、半分が半壊。半壊した首は既に回復が始まっている。

 思わぬ劣勢に驚いたヒドラは巨大な尻尾を薙いで、子供たちを遠ざけようとした。

 が、子供たちは既に射程外だ。

「尻尾を狙え!」

 頭に追撃を加えるために用意、詠唱していた魔法を尻尾に叩き込んだ。

 集中攻撃を受けた尻尾は『心臓』の手前でちぎれて洞窟の隅まで吹き飛んだ。

「あの太い尻尾を……」

 バンドゥーニは背中に冷汗を感じた。

 残った首が狂ったように波打ちながら叫び声を上げる。

 初めて対峙した者ならひるむところだが、子供たちには自分たちの計画が順調に進んでいる合図に聞こえた。

「気を抜くな! 放てぇ!」

 大人たちは目を丸くしている。

 ラーラもイザベルもバンドゥーニも呆然と立ち尽くしている。もっと苦戦すると考えていたのだ。まさかここまで統率の取れた動きがとれるとは。

「付き添いに参加しなかったのは子供たちの実力を知っていたからなのね」と、欠席したリオネッロに違和感を感じていたラーラは合点がいった。

 一方、子供たちはこの晴れの舞台に師匠がいないことを残念に思っていた。

 師匠がここにいないのは、信じられているからだいう確信はあったが、それでも一番喜んで欲しい人だったのだ。

「僕たちのゴールはここじゃないんだ……」

 トーニオは呟いた。

「スタート地点にようやく立った感じだよな」

 ジョバンニも同じ思いだった。

「金貨百枚、回収するぞーッ!」

 ヴィートとニコロとマリーとカテリーナが駆け出した。

「『完全回復薬』の原料回収だ!」

「百人分しか取れないんだよね」

「解体できるか?」

「ちゃんと教えて貰ったから!」

「師匠も調合に使ってるのかな?」

「たぶんね」

「てことは師匠は毎回、金貨百枚出してるってこと?」

「すげー」

「これ、師匠にあげる?」

「大丈夫よ。ヴィオネッティー家には秘伝があるから」

 ラーラが言った。

「あんたたちのなかで調合を極める者が出たら、いろいろ教えて貰えるかもね」

「調合はちょっと……」

「なんかマッドなイメージが」

「いつも万能薬の恩恵に預かってるくせに何言ってるの」

「わたしはヘモジの畑で薬草が採れるようになったらチャレンジするつもりよ」

 フィオリーナが言った。

「ほら、あっちも。最初の一体が魔石になるわよ」

 でかくはあったが、すべての首を吹き飛ばされたヒドラは魔石(中)にしかならなかった。が、火の魔石ゲットである。


「倒せたか?」

 迷宮の出口で師匠の帰りを子供たちは待っていた。

 リオネッロは迷宮攻略のノルマを今日も普通にこなして、ほぼ予告していた時間に戻ってきた。

 出てきた師匠に子供たちは自慢げに二つの火の魔石を見せた。

 師匠もヘモジもオリエッタも優しく笑った。

「約束通り、十三階層は付き合ってよね」

 ニコレッタが言った。

「十一階と十二階を突破したらな」

「十一階ってさ、こっちから攻撃しなかったら素通りできるんだって、俺、さっき気付いたわ」

 ジョバンニが言った。

「遅っ!」

「十一階層ってヒドラ戦を突破した冒険者へのご褒美フロアなのかもね」

 フィオリーナが言った。

「森のなかには狼もいるんだから、気を抜くなよ」

「十二階も一回突破してるしね」

「あれは出ないんでしょ?」

「あれはクエスト用の魔物だからな。魚は釣れるけど」

 マリーたちが笑った。

 先日のクエストで出てきたケルベロスが出ないことは既にリオネッロによって確認が取れている。

「そうだ。アイス食いに行くか?」

「牧場!」

「今日の稼ぎを土の魔石にしたいしな。褒美だ」

「安い褒美ね」

 ニコレッタが皮肉ったが、口角は上がっている。

「やった」

 ヴィートとニコロは拳を握りしめて喜んだ。

「あのさ、師匠。ラーラ姉ちゃんが『ヒドラの心臓』まだ売るなって」

 マリーが言った。

「ああ、商業ギルドがまだだし、使える薬師もいないからな。安売りしないで倉庫に保管しておくといい」

 師匠が開いたゲートが紫色に輝いた。

 ヘモジが飛び込み、子供たちが跡を追った。

 最後にゲートから出てきた師匠の顔が、心なしかうれしそうに見えた。

 振り返った子供たちはなんだか急に安堵した。興奮して騒いでいた気持ちがストンとなった。

「牧場にアイスクリーム屋ができたの知ってるか?」

「え?」

「リオネッロ、改造したアイス製造器売ったら、お店になった」

 オリエッタが言った。

「えーっ!」

「いろんな味のアイスが楽しめるみたいだぞ」

「なんで教えてくれなかったの!」

 マリーとカテリーナが駆け出した。

「知ったの昨日だからな。ヒドラ攻略前でそれどころじゃなかったろ?」

「早く!」

 子供たちは駆け出した。

 そして真新しい小屋の前で立ち尽くした。


『完売いたしました』


「がっくし……」

 子供たちは地面に膝を落とした。

 尾根に太陽が差し掛かり、橙色が青い空に沈んでいった。


 子供たちは師匠を恨めしそうに睨み付ける。

「師匠……」

「体験コーナはやってるんじゃないか?」

「その手があった!」

「ミルクはなくなんないもんね」

「師匠おおおおうッ」

 がっしり幼い子たちは師匠と抱き合った。

 帰路に就き始めたお客たちが奇異な視線を送った。

 そこにはもはやヒドラ戦の勝者の姿はどこにもなかった。いつもの彼らである。

「そうと決まれば」

「早く、魔石交換しちゃいましょう」

 そう言いながらフィオリーナが思わず吹き出した。

 釣られるようにニコレッタも笑い出した。

 ジョバンニもトーニオも、みんな含み笑いを一旦お腹に溜め込んだが、こらえきれずに吹き出した。

 みんな馬鹿みたいに笑った。

 ヒドラ戦でもこんなに真剣に悩まなかったんじゃないかと、自分たちの馬鹿さ加減に呆れた。

「つ、壺に入った。なんだかわかんないけど」

 何がおかしいのか。

 怖かった思いも、達成感も、開放感も今はもうどこにもない。どこかにすっかり消えてしまった。

「やってくれるってさ」

 トーニオが担当者と話を付けて戻ってきた。


「はぁー」

「おいしい……」

 子供たちは日が落ちた牧場を眺めながら、深々と溜め息をついた。

 眠り羊が奥の厩舎に戻っていく。大扉の向こうの明かりがまぶしい。

「この自家製ミルティッロが売れ筋だってさ」

 トーニオが小瓶を貰ってきた。

 ブルーベリーのシロップだ。

 全員に回し終わると一斉にスプーンを口に運んだ。

「酸っぱッ!」

「おいしい!」

「ミルクの濃厚な味に合うわね」

「今度うちでもやろうかしら?」

「うーん」

「僕は苦手かな」

「普通のがいい」

 ニコロとカテリーナには不人気だった。

「お子様ね」と、マリーが言った。

 師匠が吹き出した。

「あーっ! 師匠。何やってんだよ!」

「ごめん、ちょっと、おかしくて」

 厩舎の扉が閉まると外の景色が一気に暗くなった。


「帰るか」

「うん」

 そう言いながら誰も立ち上がらなかった。椅子に座ったまま、まだ余韻を楽しんでいる。

「うん、おいしかった」

 ヴィートが言った。

「ナーナ」

「みんなも来られたらいいのにね」

 マリーが言った。

「僕たちが作ればいいんだ。帰りにミルク分けて貰って」

「違うわ、ニコロ。この景色のことよ」

 ニコレッタに言われてマリーを見た。

「ナーナ!」

 ヘモジが椅子の上に勢いよく立ち上がった。が、全員の座高よりまだ低かった。

「ナーナンナーッ!」

 緑の大地を実現させるぞー、と叫んだが、通訳がまだ舌舐めずりをしていたので、誰にも理解されなかった。

「さあ、帰ろう。遅くなるとみんなが心配するからな」

 リオネッロはオリエッタを担ぎ上げると、照明を空に打ち上げた。

 光はヒョロヒョロ彷徨いながら『おめでとう』の文字列を描いた。

 子供たちは大きく目を見開いた。

「よく頑張ったな」


「やっぱ、少し酸っぱかったかな。ミルティッロは」


 子供たちはジョバンニの言葉にうなずきながら鼻を啜った。



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