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待ち人来たる。されど我らはその日暮らし

遅くなりました。


 今朝起きると、待ちに待った『天使の剣』の船団がやってきていた。予定より半日早い到着だった。

 指揮官はミセス、アドルナート・ルチッラ副団長。大型船の一隻に乗って登場だ。

 一行は当初の予定通り、修理や補給のついでに休息を取りに訪れたが、人払いの結界のせいでさらに疲弊していた。

 数日前、入れ替わりにカイエン・ジョフレ率いる冒険者ギルドと『ビアンコ商会』の船団が、駐在員を置いて砦を後にしていた。

 郷愁にも似た感情を抱きながら彼らの船影を見送ったその場所で、子供たちは新たな来訪者をうれしそうに迎えていた。

「すげー、大型船だけで十一隻もあるよ!」

 ヴィートが展望台の欄干に飛び付いた。

「あれだけで千人はいるよね。収容、大丈夫かな?」

 ニコロも欄干の隙間に頭を突っ込んで港を見下ろした。

 港湾ドックや拡張した浅瀬に大型船が列を作って停泊している。

 大型船の甲板には相変わらず壊れた中型船が、そしてその甲板の上にはこれまた壊れた小型船が子亀のように載っていた。損傷軽微で水にまだ浮く船や護衛してきた船は少し岸から離れた桟橋に回された。

 あれらの船の船倉には回収したドラゴンの部位がどっさり眠っているらしい。当初、冒険者ギルドと『ビアンコ商会』の船に詰め換える予定になっていたのだが。それらの船倉は既に満杯状態。因って港に空きスペースを作るべく、副団長たちの到着を待つことなく、彼らは帰路に就いたのである。

 そして新規の貨物は砦の倉庫に留め置かれることになった。

 やっと減ったと思ったのに……

「全員、お風呂入れないよね?」

「そっちの心配かよ!」

 ニコロが他の子たちに突っ込まれた。

「長旅から帰ったら、まずお風呂だろ」

「そりゃ、風呂に入る習慣があればな。普通はないから」

「でも『銀団』だよ」

 ニコロは正しい。スプレコーン育ちの彼らが風呂に入らないはずがない。

 メインガーデンの屋敷で茹で蛸になっていたクルーの姿を思い出した。

「自慢の大浴場と言えど、一度には無理だろうな」と、僕が応える。

 男女併せて一日、千人も入れれば御の字だ。恐らく二、三日もあれば一巡することだろう。

「宴会場もギリギリね」

 ニコレッタが楽しそうに笑った。

「みんな村に住むのかな?」

 人が増えてヴィートもうれしそうだ。数日前は火が消えた様に沈んでいたが。

「船室暮らしでしょ。船をなくした人たちだけじゃないの」

「大人の人たち、みんな忙しそう」

 フィオリーナも港を見下ろした。

 砦は物資の搬入と歓迎会の準備で大わらわだ。

「欠伸してるのは師匠ぐらいだよ」

 聞こえてるぞ、ジョバンニ。

 展望台から望む景色は壮観だった。が、船体はよく見ればどれもボロボロ。見るに堪えない姿をしていた。

「タロスの弓を諸に食らうとああなるわけだ」

 大きな矢を受けた船舷の装甲には塞ぎきれないでかい風穴が空いていた。子供たちもしばし沈黙。

「ありゃ、修理するより解体した方が早いな」

 沈黙を破ったのは狼顔の大男。背後から現れたるは我が家の新たな住人である。いろいろわけあって居候になることになった腕のいい中年剣士である。

「バンドゥーニさん、遅いよ!」

 子供たちに責められた。

「すまん。知り合いに呼び止められてな」

 死人がよみがえれば、聞きたいこともあるだろう。

「じゃあ、行きますか」

 僕たちは相も変わらずマイペースで迷宮通いである。資源調達のため、十六層、ゴーレムフロアを日々目指す者である。



 さかのぼること数日、バンドゥーニさん引率の下、子供たちが独力で十階層のヒドラを突破したというニュースが流れた。

 そのニュースは狭い巷にあっという間に広がり、衝撃を与えた。

 バンドゥーニさん曰く「悪い夢でも見ているかのようだった」だそうだ。

 保護者の僕たちがゴーサインを出したこと自体驚かれ、批判も浴びたが、それが却って「それほど優秀なのか」という妙な箔を子供たちに付けた。

 成功の秘訣はなんと言っても事前の徹底したリサーチにあった。

 僕とラーラとヘモジが対戦している現場を何度か見せて、相手のスケール、間合い、動きを徹底的に調べさせたのである。

 そして彼らは彼らなりの勝利の方程式を手に入れるに至った。

 牧場で高価な宝石類が手に入ったことも大きかった。挑戦を早めるきっかけになったことは明らかだ。即死級の毒を中和する耐毒装備が全員に行き渡ったことにより、保護者たちの不安を払拭できたわけであるから。

 子供たちはその日、二体の九本首を相手することになった。

 本来、九本首は一体を相手するにも複数のパーティーで臨まなければ難しい相手。それを人数はいるけど、まだ年端のいかない子供たちがやってのけようというのである。

 一応、その場にはバンドゥーニさんだけでなく、ラーラやイザベルも付き添っていたが、あくまで不測の事態が起こったときの緊急要員。

「手を出す必要、全然なかったわよ。リオネッロの弟子じゃないみたいに完璧だった」と言われた。

 子供たちはまず一体の首をすべて全力の『無刃剣』で斬り落とした。牙がなければ毒も食らわないというわけだ。

 ヒドラの首が再生することは子供たちも既に知っている。事前のリサーチで再生までの時間も頭に入っている。だからその前に再生の源泉、尻尾にある『ヒドラの心臓』を吹き飛ばしたのである。

『ヒドラの心臓』は調合に使われる高級部位のひとつで『完全回復薬』の正規の原料にもなっている物だ。ヒドラ狩りの主目的であり、リスクを負ってまで手に入れたくなるお宝なのである。

 だが、背に腹は代えられなかった。二体同時に相手にできない以上、子供たちは一体をやむなく捨てる選択をしたのである。

 彼らの限界と、今後の課題がそこにあったわけだ。

 後は足止めしつつ、同じ要領で首を刎ね、今度こそ『ヒドラの心臓』を回収したというわけだ。

 肝の据わり方が尋常じゃない。熟練した古老のパーティーのようだったと皆、褒め称えた。

 でも子供たちはそんなことより、十一階層の牧場フロアに正面から乗り込めることに感動を覚えていた。

 そして勝手知りたる十二階層のフェンリルフロアも収益度外視で大暴れして、翌日、早々に突破した。

「弟子は師匠に似るって本当ね」とラーラがしみじみ呆れ返った。


 そして本日。クリアしたご褒美として、十三階層のご案内を承った次第である。

 ヒドラを独力で倒せるんだから、もうしばらく勝手に攻略しろと言いたいところだが、女性陣がそれを許さなかった。子供なんだから、と。

 うちの婆ちゃんみたいに最下層であろうと、どこであろうと連れ回すのは感心しないが、ダブルスタンダードはいかがなものか。

「十三階層の敵はドラゴンフライとハンターフライだ。どちらも飛行型の魔物だ。ハンターフライはドラゴンフライの上位互換で『増援要請』のトラップでしか出てこない。はずだったんだが、ここでは当たり前のように出てくるので注意すること」

 ドラゴンフライは『沈黙』、ハンターフライは『体力吸収(エナジードレイン)』を使ってくる。

「ドラゴンフライは羽音に注意すること。ハンターフライは接近されないことだ。あと対魔結界を張っているから弱い魔法だと跳ねられるから注意するように。銃や弓でやるのが一番楽だけど…… ヒドラを魔法でボコボコにした連中に言うことじゃないな」

 みんな笑った。バンドゥーニさんのは苦笑いだ。

「昆虫系の魔物で大きさは五メルテ程、強力な顎と全身に生えている棘が武器だ。棘には麻痺毒の成分が含まれているので注意すること」

 全部『エルーダ迷宮洞窟マップ』に記されていることだが。

「報酬は?」

「風の魔石(中)だな」

 子供たちはあからさまにがっかり肩を落とした。

「その分数がいるから頑張るように。隠遁でやり過ごせればそれに越したことはないんだけど、どうかな」

 意味深に語っておく。

 場所は巨大な地下空洞。足元には沼地が点在している。

 頭上からは敵、足元は悪路となれば、注意力は散漫にならざるを得ない。しかも敵の索敵能力は範囲を含めて馬鹿にできない。水のわずかな波紋にすら反応する目のよさだ。

 銃があれば楽勝なんだよなぁ、とつくづく。

 でもそれ以前に問題が起きた。

「来ないでーッ!」

 悪寒が走るグロテスクなフォルム。

 巨大な複眼、七色に光る気味の悪い羽。ムカデのような棘だらけの尻尾。飛び散る緑色の体液。

 子供たちは逃げ惑い、あっという間に泥だらけに……

「師匠、降参します! 降参します!」

「却下に決まってるだろ! 死ぬまで闘え!」

「悪魔ーッ!」

「予習してきたんだろうに」

「あんなの机上の空論だぁ!」

 自分で言うか。

 不快な音の集まり。一見、普通の羽音に聞こえるが、神経に障るノイズの塊だ。

 魔法使いはこの音にやられる。集中をかき乱され、阻害される。乱されたら最期、魔法は発動しない。唱え直しだ。

 見てくれに動揺している段階で問題外だが。

 実にいい修行場だ。

「ヒント!」

「見えてる敵を全部倒したらな」

 子供たちは振り返り、敵の数を再確認する。

「見えるのは七体だけど、こっちに気付いてるのは二体だけだよ」

 ミケーレが叫ぶ。

 子供たちは大きく息をする。

 落ち着きが戻ってくる。

 大風呂敷を開けて一気にやろうとするから焦るんだ。遠くにいる敵に惑わされるな。広い空間では往々にしてそうなるものだが、見えている敵すべてが実害を与えてくるわけではない。しっかり間合いを把握しろ。

 分散する力がないのなら、まとまれ。いつものように仲間を思え。

 そして……

 焦らず迎え撃て!

「やっぱ降参します!」

「なんか凄くやりづらい!」

「ゾワゾワする」

「ゾワゾワしたくなかったら、近付かれる前に撃て!」

「俺たち、あんな遠くまで魔法飛ばせないから!」

「ノイズは何から発せられる!」

「羽根」

「だったら羽根だけを潰せ! 威力を抑えて、魔力を射程に回せ!」

「今すぐは無理ッ!」

「ノイズってなんだ?」

「何って?」

「空気の振動だろ?」

「あ!」

 消音結界を張った彼らは冷静を取り戻した。

「おー、なんか楽勝な気分!」

「よくもやってくれたなぁー」

 子供たちの反撃が始まった。

 なるほど。子供というのは精神攻撃に思った以上に脆いものらしい。

「精神力を鍛えてやらないといけませんな」

 バンドゥーニさんも同じ意見のようだ。

 そしてさらなる試練が……

「泥のなかに落ちた魔石はどうすればいいのぉお?」



子供たちのヒドラ戦はまた改めて。

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