『陽気な羊牧場』クエスト5
「師匠、魔石使っていい?」
「ん?」
店先を覗いていた子供たちが戻ってきた。
「ここでは魔石がお金なんだって」
僕の回答をよそに、子供たちはそそくさとリュックを漁り始めた。
「もしかして……」
これは爺ちゃんたちが秘密にしていた迷宮内の町みたいな。
「両替機があるんじゃないか?」
「ああ、それならこっちだ」
住人の一人が案内してくれた。
「ここに魔石を入れるの?」
二階の床を支える柱に鳥の巣箱のような両替機が設置されていた。小人サイズなので、子供たちでも投入口に手が届いた。
「中くらいの魔石をこの上から入れると小さいのが大体三十個出てくる。入れる石の質やサイズの違いで若干変動するけど、不正は一切ないぞ」
「ほー」
「そしてそれをこっちの機械に入れると――」
小さな金属板がチャラチャラチャラと添えた手のひらの上に落っこちてきた。
「これがわしらの通貨、ピエトラじゃ」
酔いが覚めてしまって飲み直している老人が解説を横取りした。
通貨が二十五枚出てきた。
風の魔石(小)は大体銀貨三枚だから、手数料を考えたら一ピエトラは大体百ルプリということだ。凄くおおざっぱな計算だが、金貨一枚が大体千ピエトラということになる。
「屑石も両替してくれるけど、大量に投入するとすぐパンパンになるからな。量があるときは従業員に頼むとええ。代わりにやってくれるからな」
なるべく持ち込ませないようにしよう。
僕はヘモジとオリエッタを視線で牽制した。
一方、魔石(大)以上のサイズは機械に入らないので、そのままの大きさで取引するか、両替商に頼むしかないそうだ。まあ、僕が『鉱石精製』で小分けにしてしまえばいいわけだが。
「魔石の属性を交換してくれる店もあると聞いたのですが?」
「ああ、交換屋かい? たまに来るけど、何の意味があるのかね? 通貨として使う分には価値に差はないんだけどね。あんたたちの世界では別の使い道があるのかね?」
「ええ、まあ」
「お互い儲かるなら、かまやしないがね。違法なことだけは勘弁してくれよ」
「それはもう」
「さあ、歓迎会の続きだ。続き」
僕たちは大いに楽しんだ。飲んで、食って、行商人たちの軒先を覗いて。
こんなことなら婦人たちも連れてくればよかった。
でも商会の一員になったソルダーノさんを誘うのは無理か。商人として直接取引できた方が利益は大きいだろうけど、それをやられると冒険者として中抜きができなくなる。オリヴィアを外さなければならなかった理由と同じだ。
「ああ、そうだ」
僕は先の薬のことを思い出した。
「実はこういう薬があるらしいのですが」と羊の毛刈りを容易にする薬のことを話した。
すると小人族の人たちは驚くどころか、全員知っていると回答した。
「それは『毛抜き薬』って言うんだ。毛刈りの季節になったら飲ませてやるんだよ。すると外套を脱ぐみたいに易々と、あのまん丸モコモコの毛がすっぽり取れるって寸法なんだ。だから俺たち小人族にも容易に羊毛集めができるってわけさ。効き目は一週間程度、効果が切れたらまた生え始めるから心配無用だぞ」
「じゃあ、これは」
マットの製法を見せたがそっちは知らないと首を振った。
まあ、砂漠を開拓する必要のない連中には無用の長物だから、然もありなん。
こっちは自作するしかないわけか。マットも売ってれば楽だったのに。
「師匠、いいの?」
この際、必要な物を好きに買っていいと指示を出した。持ち合わせは今日稼いだ魔石分だけしかないけど。
女性陣は布をしこたま買い漁った。リオナ婆ちゃんの秘密が今ここに。どれもこれも砂漠生活には過分なきれいな布であったが。
子供たちは専ら、装備品集めだ。宝石商で付与効果の付いたアクセサリーを探し、雑貨商でも武具や宝飾品を探した。
期待した物はあまりなかったようだが、全員、耐火性の靴下を大量に購入していた。
「耐火性プラス二十?」
オリエッタの解説に僕は目を丸くした。
「効果、高くない?」
大伯母に小声で尋ねた。
いくら何でも二割増しとは。消耗品の靴下なのに効果が高すぎる。これがアクセサリーだったら金貨が大量に飛んで行くだろう。
「なんの糸だろう?」
聞けば、羊毛に秘伝のエキスを吸わせただけのものらしい。水洗いは厳禁。浄化魔法で済ませること、とのこと。さすがになんのエキスかは教えてくれなかった。
うかうかしているとお宝が素通りしてしまうな。
でも、水洗いできない靴下というのは生理的にちょっと……
僕は羊毛の買い取り交渉を女将さんと行った。
急には無理だから予約ということで。質のよくない物も含めて大量に発注しておいた。
質の悪い物はマットにして土に埋めればいいし、高価な物は商会に売りつければいい。砂漠で羊毛は貴重だ。他の町に持って行けば高く売れるだろう。
取り敢えず、あるだけ購入させて貰った。
それと僕の分の魔石は、交換屋が来たときに土の魔石に換えて貰うために女将さんに預けた。
「お代官様々だね」
フェンリルを倒して手に入れた物だから魔石(大)がリュックのなかにゴロゴロ転がっている。
「なかったことにされたらどうするのよ」と、クエストの時に理不尽なご都合主義を懸念する声もあったが、何事にも最初はある。ここは信用第一である。対価は手数料になるが。交換屋と二重払いになっても、損は覚悟の上である。
「レース始まるよ」
眠り羊の賭けレースが始まった。
コースは直線、ほぼ母屋の奥行きと同じ距離をまっすぐ走って順位を競う。
「張った。張った! 使えるのはピエトラだけだよ」
魔石は賭けられないらしい。良心的だな。
買い物客たちが、ゾロゾロとコース脇に集まってくる。
子供たちは買い物で余ったピエトラを賭けた。
スタートラインに並んだのは色取り取りの眠り羊。赤、青、黄、緑、白、黒の六枠で競われる。
色分けされたゼッケンがモコモコの毛の上に紐で結わえられている。
オリエッタとヘモジが陰でニターッと笑みを浮かべる。
全員が賭けた後、一番人気のない黒ゼッケンの羊にふたりは両替してまでピエトラを投下した。
「では位置について、よーい」
ゴーン。小さな銅鑼が鳴らされた。
「メェ」
「メェ……」
「メェ、メェ」
「メェ」
「遅ッ!」
「メェメェ、メェ……」
「頑張れーっ」
子供たちは緊張感の欠片もないレースでも真剣に応援した。が、すぐにトーンダウンした。
「これ…… ゴールに辿り着くの?」
不安になるほど羊たちの歩みは遅い。
「大丈夫。これでいいのさ。一分過ぎたら、奥の手が出るからね。そこからが見物さね」
女将さんは笑いながらそう言った。
「お?」
他の羊たちが蛇行したり、コースの縁の草を食んでいる間に、ヘモジたちが選んだ黒ゼッケンだけは勤労な羊を演じて寡黙な歩みを続けていた。
「ナナ!」
「順調、順調」
オリエッタの視線が黒ゼッケンを追い掛ける。目下独走状態であったが、ゴールラインの奥で作業員が何やら始めた途端、事態は急変した。いや、時が止まったかのように静止した。
羊たちの視線が作業員の手元に釘付けになった。
作業員が餌箱に白い物をゴロゴロと投入した。
豹変した眠り羊が駆け出した!
「メエッ!」
「メェ!」
「メェメェ!」
「メェエエエエエッ!」
頭突きをする勢いで突撃する!
毛に隠れた短い足でギャロップする姿は恐ろしくコミカルで、でかい毛玉が跳ねているようだった。
「ナナナ!」
「うわぁあああ!」
オリエッタの精神支配を欲が凌駕したようだ。オリエッタも黒ゼッケンも頭を振っている。
黒ゼッケンが混乱している間に他の羊たちが脇を抜けていく。
「塩か!」
「あいつら岩塩には目がないんだよ」
女将さんがどや顔した。
「ゴールッ!」
「一着、赤! 二着、白! 三着、黄色」
女子に人気の赤ゼッケンが一着になった。
配当は低いがそれでも勝ちは勝ち。掛け金が増えて戻ってきて女子は大喜び。
男子は天を仰いだ。大袈裟な。
黒ゼッケンは結局、びりっ尻になり、不正までして臨んだヘモジたちはうなだれた。
小さな魔石まで両替して賭けたのに残念だったな。眠り羊の岩塩に抱く熱情が、オリエッタの邪念を凌駕することがわかっただけでもよかったじゃないか。そもそも催眠スキルを持つ眠り羊に、同じ精神支配系の攻撃を仕掛けるのが間違ってるんだ。これに懲りたら不正など企まぬことだ。
その後も僕たちは牧場見学を続け、家畜たちの赤ちゃんに黄色い歓声を上げつつ、バター作りやアイスクリーム作りを体験した。
どちらも苦労の割に少量しかできなかったが、おいしかった。
これはギミックなのか? お持ち帰り可能な商品になるのか?
一部を空の水筒に収めて転送してみたので帰ったらチェックしてみよう。持ち帰れたら婦人たちへのお土産になるだろう。
日が山陰に隠れ、空が橙色に染まり出すと行商人たちは店をたたみ始め、客たちも帰路に就き始めた。どこに帰るのかわからないが、徒歩や小型の馬車に乗り、峠の向こう側に消えた。作業員たちも忙しくなってきたようなので、僕たちもお暇させて頂くことにした。
「重い……」
最後にミルク缶いっぱいの絞りたてをお土産に頂いた。
これも持ち帰れるか、まだわからなかったが。
買い漁った商品と一緒に我が家の地下倉庫に転送させた。
「それじゃあ、皆さん、お世話になりました」
子供たちは一列に並んで一斉にお辞儀した。
「ああ、またいつでもおいで」
僕たちも手を振りながら、ゲートのある祠に足を向けた。
見慣れた白亜のゲートが僕たちを出迎えた。
楽しいハイキングは終わった。
「暑い……」
子供たちが一気にダレた。
「さあ、倉庫に行くぞ」
モナさんの工房経由で地下倉庫に向かった。
「あった!」
「ナナ!」
「魚!」
それはどうでもいい。
「こっちも!」
アイスクリームもミルクも冷えたまま残っていた。丸ごと保存庫と化しているここなら砂漠の環境でも腐らない。
「ガーディアン、持ってくる!」
子供たちはガーディアンを運び込むため、頭上の工房に戻った。
「それにしてもなんにもないな」
ほとんど魔石に換えている現状では何もない。がらんどうだ。ドラゴンの骸が捌けたはいいが、その無駄とも思える広さが却って…… 寂しい限りである。
婦人もソルダーノさんもアイスクリームを口にしながら、子供たちが楽しそうに、でも真剣に話しをする姿を見て頬を緩めた。
一方、館のオリヴィアはお冠であった。
「なんで連れて行かないのよ!」
アイスクリームも新鮮なミルクのお裾分けも効果はなかった。
「わたしだって節操ぐらいあるんですからね! あーっ、迷宮の商人と商いをするチャンスだったのにぃ…… 金のなる木がぁあ」
その残念がり方が既に駄目だろ。
クエスト取得の条件を探るべく根掘り葉掘り聞かれたが、あの『権利書』がまたいつ宝箱から出てくるか。確率は?
『迷宮の鍵』を使って開けたので、罠の難易度も気に掛かるところだが……
「あーっ、折角のチャンスが―ー」
まだ言ってるよ。
「その靴下、全部、買うからね!」
さすが商人。抜け目がない。




